273 - 「眠りの森のダンジョン8―先手」


 空を覆い尽くす程のカラスのような黒い鳥の群れが、迫るマサトに狙いを定め、一斉に向きを変える。


 鴉のような見た目に、「キーキー」という耳障りな鳴き声。


 個々の戦闘力よりも数で圧倒するタイプのモンスターだろう。


 しかし、一介の冒険者パーティが対処できる許容を遥かに超える数がそこに存在している。


 取り込まれれば身動きが取れなくなるであろうことは容易に想像できた。



(……少し数を削るか)



 両手に火球を作り、そのまま目の前に放つ。


 火球は火の粉の尾を引きながら鳥の群れ目掛けて飛び、程なくして着弾。


 連続して2つの爆発を巻き起こし、周囲にいた鳥をまとめて焼き払った。


 数十匹は倒せただろう。


 だが、焼け石に水。


 その程度では状況を変えることはできなかった。


 火球による攻撃を受けなかった鳥たちが、円状に発生した煙を次々と突っ切って来ている。



(やはり、この程度の攻撃じゃ埒が明かないな。あれ・・を使うなら、敵軍中央まで攻め込みたいが……まずは突破口を作るのが先か)



 目の前に迫る黒い鳥の群れを観察する。

 

 ヘイヤ・ヘイヤとの戦いの時のように、炎の膜を展開しながら敵の群れへ強引に突っ込むこともできるが、マサトとしても視界が塞がれた状態で戦うのは避けたかった。


 敵を引きつけるため、高度を上げる。


 すると、敵は黒い山の方角から飛んで来ているのが分かった。



(根城はあの黒い城か。なら――)



 マサトが再び軌道を変える。


 すると、黒い鳥の群れも、マサトの後を追うように向きを変えた。



(よし、このままついて来い――)



 マサトを追う先頭の鳥達に引っ張られ、空一面に広がっていた群れの形が細長く伸びる。


 遠方から見たら、空に浮かんだ黒いスライムが触手を伸ばしているような絵図に見えたことだろう。


 すると、ウッドのいる方角の森から、緑色の光が放たれたのが見えた。


 アタランティスの合図だ。



(意外に早かったな。だが、タイミングは申し分ない)



 マサトがそのまま後退しながら敵を引きつけていくと、遂に敵の群れが黒い城とを結ぶ直線上に入った。



(今だ!!)



 マサトが両手を前に突き出し叫ぶ。



火の玉ファイヤーボール!!」


【R】 火の玉ファイヤーボール、(X) ※Xは赤マナのみ、「ソーサリー」、[火魔法攻撃LvX]



 マサトの言霊に大気が震え、周囲に淡い紅色の粒子が無数に舞い上がる。


 突き出した両手の前には、巨大な炎の渦が出現し、その中心に光り輝く球体が生まれた。


 それは周囲に発生した粒子を巻き込みながら急速に成長し、瞬く間に巨大な火の玉へと姿を変える。


 その大きさは直径4m程。


 紅に輝く球体の表面は、太陽フレアのように小爆発が発生し、ゴォゴォと音をあげながら炎を撒き散らしている。



「ハァッ!!」



 敵の先に位置する黒い城目掛け、成長した火の玉を放つ。


 放たれた巨大な火の玉は、視界が歪む程の熱波と白煙を引き連れ、迫る鳥達目掛けて突っ込んでいった。




◇◇◇




 迫る巨大な火の玉に、怪鳥達がキーキーと騒ぎ立てる。


 正面から巻き込まれた怪鳥は一瞬で蒸発し、直撃を免れた鳥達も、その熱波に身体を焼かれて地に落ちていく。



「火の精霊も顔負けの威力ね」



 マレフィセントが関心した様子で話す。


 威力は相当なものだが、余裕をもって躱せる程度の弾速だ。


 このくらいなら危機感を抱くほどではない。


 マレフィセントは、足元の怪鳥ブロディアに回避指示を出そうとしたところで、あることに気付いた。



「まさか―― 」



 背後を振り返る。


 すると、迫る巨大な火の玉と自身を結ぶ直線の先に、根城が見えた。


 偶然にしては出来すぎだろう。


 敵が火の玉を放つ前にとった、何かを調整するような不自然な動きも、初めから怪鳥の群れと根城を一掃するのが目的だったと考えれば納得がいった。



「相変わらず、忌々しい程に、ずる賢さだけはご立派のようね」



 マレフィセントの、絶世の美女とも言えるほどの美しい顔が怒りで歪む。


 前回も嫌らしい絡め手で封印されてしまったのだ。


 その忌々しい過去が、怒りの感情とともに蘇ったが、それが返ってマレフィセントを冷静にさせた。



「構いません。ブロディア、避けなさい。城の1つや2つ。あの者たちの世界に行けばいくつでも手に入るもの」


「ギィーーーーーーーッ!!」



 怪鳥ブロディアがその大きな翼を羽ばたかせ、急旋回で火の玉の軌道から外れる。


 炎の翼を持った男が放った巨大な火の玉は、軌道を変えることなく、マレフィセントが先程までいた場所を轟音と熱波を撒き散らしながら通過した。


 1つに束ねられた綺麗な黒髪が、吹き荒れる熱風に煽られ、左右に揺れ動く。


 マレフィセントは根城へと向かう火の玉を横目で見送る。


 その瞳に感情の機微は見れられない。


 火の玉が通過した跡には、黒煙の帯だけが残っており、マレフィセントはその煙の先へと視線を辿り――。


 違和感に気付いた。



(――今何か)



 すぐさま気配を感じた方へ視線を戻す。


 火の玉が残した黒煙の中。


 そこには、先ほどまで遠くの空にいたはずの人影が。



(――まさかッ!!)



 マレフィセントの目が大きく見開かれる。



「これが狙いかッ!!」



 そこには、黒髪の男が両手を広げて滞空していた。


 巨大の火の玉のすぐ後方に追尾する形で特攻してきていたのだ。


 すぐに気が付けなかったのは、火の玉が発する閃光や熱波が強烈だったというのもあるが、何より侵略者であるこの男が、身に纏っていた炎と翼だけでなく、魔力マナの気配までも完璧に殺していたことが大きい。


 直前まで男が発していた、遠方の空からでも分かるほどの恐ろしい程の濃密な魔力マナの気配が、近くまで接近してきたこの男には全く感じられなかった。



(一杯食わされたようね。でも、距離を詰めたからといって――)



 このモンスターの軍隊相手に、単騎で何ができるというのか。


 そう考えたマレフィセントへ、黒髪の男が答えを突きつけた。



疫病散布スプレッドプレイグ



 再び濃密な魔力マナが男から溢れ出すと、突然男の周囲から四方へ、無数の紫黒色の煙が迸った。



(一瞬でこの濃度の魔力マナを!?)



 危険を察知したマレフィセントが瞬時に杖を構え、足元の怪鳥ブロディアごと覆い尽くす強力な魔法障壁を展開。


 更にブロディアがその大きい翼を羽ばたかせ、迫る煙を巧みに躱してみせた。



(ただの目眩ましとは違う……この不気味な煙は……)



 何をされたのか状況把握に集中する。


 変化が最初に出たのは、紫黒色の煙をまともに浴びた怪鳥達だ。


 鳥達は次々に奇声をあげると、口から泡を吹き、苦しむようにもがきながら地へ落ちていった。


 その変化は、煙の周囲にいた怪鳥達にもあらわれていく。



「相変わらず嫌らしい真似を」



 マレフィセントが再び怒りに震える。


 敵が散布してきたのは、状態異常系の何かだというのは判断がついた。


 それも、怪鳥達が一瞬で戦闘不能になる程の強力な状態異常だ。


 危険を回避するなら、一時撤退が望ましいことはマレフィセントも理解していた。


 だが、彼女のプライドがそれを許さなかった。


 マレフィセントが怪鳥ブロディアに命令する。



「構わず、あの侵略者との距離を詰めなさい。この土地へ足を踏み入れたことを後悔させてあげるのよ」




◇◇◇




 次々に息絶え、落下していく黒い鳥の群れを見たマサトが、作戦が上手く行ったことに小さく頷いた。


 巨大な火の玉で鳥達を焼き払いつつ、強引に突破口を開き、自分は炎を身に纏い、火の玉の一部を装いつつ追従。


 敵陣中央まで辿り着いたら、大型魔法ソーサリー発動まで魔女に補足されないよう炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを消して滞空した。


 事前に妖精の粉フェアリーパウダーを自分に振りかけておいたため、翼を消しても落ちることはない。


 魔法やマナを行使しなければ、自分の身体は微量の魔力マナすら察知されない特殊体質だというのも把握済みだ。


 見つからないという自信はあった。


 そして、それは成功する。


 敵陣中央まで辿り着いたマサトは、疫病散布スプレッドプレイグという大型魔法ソーサリーカードを行使した。



【R】 疫病散布スプレッドプレイグ、(黒×5)、「ソーサリー」、[疫病Lv3 ALL]



 疫病Lv3という状態異常を全対象に放つ広域魔法である。


 即効性があるかどうかは賭けだったが、発生した紫黒色の煙に触れた敵が即死したのを見て、マサトは賭けに勝ったことを確信した。



(これで大分数を減らせる。邪魔な鳥達も、疫病散布された周囲には近づくことすらできないはずだ)



 紫黒色の煙は、風に靡いて大気に溶け込み、その色を薄く変えていっているが、疫病の恐ろしいところは目に見えなくなっても大気中にウイルスが存在しているという点だ。


 煙がない空でも、鳥達が次々に地へ落ちていっている。


 その間も疫病は無色透明になり、風に運ばれてその範囲を広げていく。


 それによって敵は自動的に殲滅できるが、逆に時間をかけすぎるとヴァート達のいる場所へも疫病が流れかねないという問題があった。


 マサト自身は、疫病耐性Lv5という耐性をもっているため、疫病Lv3の中でも自由に動ける。


 勿論ヴァートも疫病耐性Lv5持ちだが、他の者達に疫病耐性は恐らくない。



(時間はかけられないな――)



 マサトは再び炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを展開させ、巨大な黒い鳥に乗った魔女に集中する。


 意外にも魔女は撤退する素振りを見せず、旋回しつつもこちらへ向かって来ようとしていた。


 魔女と鳥には円状の薄黒い膜が覆われていることからも、何かしら防衛魔法が行使されていることが分かる。


 距離が近付くにつれ、巨大な鳥の上に立つ魔女の容姿が明らかになっていく。


 魔女には、頭に黒くて湾曲した二本の太い角が生えていた。


 髪と角の生え際を覆うヘアバンドのようなものを被り、腰の高さまで伸びた黒い後ろ髪は一つに束ねている。


 金色の瞳に、白い肌、黒い唇。


 顔はまだはっきりと見えないが、美人であろうことは何となく造形で分かった。


 黒い長杖を持ち、身体のラインが分かる黒いドレス風のローブにマントを羽織っている。


 そして、足元の巨大な黒い鳥の見た目は、周囲を飛び交う鴉に似た黒い鳥をそのまま巨大にした感じだった。


 だが、こちらには赤くて鋭い瞳が六つあり、嘴からは凶悪な牙が覗いている。



(先手を取る。いけ、またたきのスピリットブリンキング・スピリット



 接近する隙を作るため、またたきのスピリットブリンキング・スピリットに攻撃指示を出す。


 すると、空中を光の線が走った。


 光は空を不規則に飛び、魔女へと接近。


 そして――。


 突然発生した黒紫色の光と衝突し、白い光が弾けた。


 マサトの視界に、またたきのスピリットブリンキング・スピリットが手札に戻ったことを告げるメッセージが表示される。



(なにっ!?)



 またたきのスピリットブリンキング・スピリットがやられたことで、隙きを突かれた形になったのはマサトの方だった。


 魔女の声が空に響く。



「グルーンッ!!」



 先程一瞬だけ見えた黒紫色の光が再び現れると、次の瞬間には、目の前に巨大な悪魔が姿を現していた。


 黒紫色の肌に、金色の二本角。


 角の両端には、まるで高電圧のテスラコイルから発生した稲妻のように、無数の紫電がバチバチと凄い音をあげている。


 ボロボロの翼に蜥蜴のような尻尾があり、顔に目や口はない。


 体型は、人型の悪魔のようで、マサトを包み込むように、上下に巨大な手を出した状態で腕を伸ばしていた。



(くっ!? いつの間に!?)



 マサトが炎の出力をあげて離脱を試みようとするも、上下にある悪魔の手から発せられた紫電によって身体の自由を奪われてしまう。



「ぐっ……」



 悪魔のような見た目のこのモンスターの名は、雷雲の精霊グルーン。


 大賢女マレフィセント・ヴィランが使役する精霊の1体である。


 すると、魔女――マレフィセントが、手に持つ黒杖の先をマサトへ向けた。



(不味い!!)



 無数の紫電を浴びて痺れた身体に鞭打ち、マサトが必死に身体を動かす。


 だが、マレフィセントはそれを無駄な足掻きだと言わんばかりの表情で言い放った。



「消えなさい」



 マレフィセントの美声が響き、手に持った黒杖から閃光が発生する。



(――間に合え!!)



 黒杖の先から、極太の稲妻が走るのと、マサトが予め装備していた雷喰いの円盾ライトニングイーターシールドを展開したのは、ほぼ同時だった。


 閃光と同時に轟音が鼓膜を穿ち、視力が大きく削られる。


 だが、マサトへのダメージは軽微だった。


 雷喰いの円盾ライトニングイーターシールドの展開が間に合ったのだ。


 マレフィセントが放った稲妻は、雷喰いの円盾ライトニングイーターシールドが持つ [雷魔法吸収Lv2] の効果によって大幅に吸収、軽減された。


 また、マサトの身体を拘束していた紫電も雷喰いの円盾ライトニングイーターシールドに吸い寄せられているようで、自由に動くことができるようになっていた。



(危うく直撃するところだったが、雷属性で助かった。だが、拘束技からの魔法攻撃か。やはり魔法を使う相手は危険だ)



 雷喰いの円盾ライトニングイーターシールドを左腕に装備したままマレフィセントへと向き直ると、マレフィセントは目を見開いた。



「無傷!? なぜ動ける!?」



 グルーンによる拘束を受けても動けるマサトに驚いたマレフィセントだったが、グルーンの手から発生した紫電がその腕に装備された盾に吸われていくのを見て全てを理解する。



「あれはッ!? また厄介なものをッ!!」



 その盾は、マレフィセントに挑んだ冒険者の1人が装備していたものであり、その盾のせいで苦汁を舐めることになったことをマレフィセントは覚えていたのだ。



「グルーンッ! そのまま潰してしまいなさいッ!!」


「グゥゥーーーーン」

 


 どこから声を発しているのか、口のない精霊グルーンがマレフィセントの命令に応え、マサトを潰しにかかる。


 だが、力尽くでマサトを潰すのは難しかった。


 何故ならば、拘束の解けたマサトは自身の周囲を灼熱の炎で徹底防御しており、更に言えば、マサトの素のステータスは、8/8という大型モンスタークラスである。



「グゥゥーーーーン!?」



 虫を叩き潰すように両手を閉じたグルーンだったが、逆に両手を焼かれた激痛に耐えきれず、勢いよく手を離した。


 そして、マサトが放った火球を受け、そのまま消え去る。


 徐々に戻りつつある視力を頼りに、マサトは怪鳥に乗るマレフィセントを見つけ、呟いた。



「次は俺の手番ターンだ」



 敵の連携にハマらない最も簡単な対策は、敵が注意しなければいけない程の力をもつ仲間を増やすこと。


 その相棒にマサトが選択したのは――。



悪食の悪魔ディヴァルリング・デーモンヘイヤ・ヘイヤ、召喚」



 浮島プロトステガを支配していた最上級悪魔ジェネシス・デーモン、ヘイヤ・ヘイヤだった。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 疫病散布スプレッドプレイグ、(黒×5)、「ソーサリー」、[疫病Lv3 ALL]

「天使にとっての浄化は、聖なる力で場所を清めることを指す。だが、悪魔にとっての浄化は、邪悪なる力による汚染を指す。では、疫病を操る神にとっての浄化とは何なのか。答えはその両方にある――疫病の神アポロンを信仰する者」


【UC】 雷雲の精霊による拘束バインド・バイ・グルーン、(赤)(2)、「エンチャント ― モンスター」、[雷魔法拘束Lv5][耐久Lv2]

「グルーンが伸ばした両手の中は、積乱雲の中と同じっすね。いや、それよりもっと質が悪いか。閉じ込められてみれば分かるっすよ――悪戯の大賢女ミスチフ・チチフ」


【R】 雷雲の精霊グルーン、2/3、(赤×2)(4)、「モンスター ― エレメンタル」、[(赤):一時能力補正+1/+1 ※上限3][雷魔法攻撃Lv2][飛行]

「ぎゃー! ごめんなさいっす! もう悪戯しないから許して欲しいっす! 次はカエルじゃなくてミミズにするっすから! あ! や、やめてマレフィセント姉さん! それだけあばばばばば――土下座しながら感電するミスチフ・チチフ」

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