272 - 「眠りの森のダンジョン7―黒角の魔女」

 不吉な色をした雨雲が、その下に無数の魔物を従えて迫ってくる。


 突如現れた敵の軍勢に、城の攻略に成功して一息ついていたモイロ達が酷く狼狽した。


 ニーマが青い顔をしながら叫ぶ。



「あ、あれは……黒角の魔女!? なんで!? 黒い森から出られないんじゃなかったの!?」


「黒角の魔女? なんだそれは。初耳だぞ」


「え、あ……その……」



 マサトの指摘を受けたニーマが慌てる。


 すると、モイロが代わりに答えた。



「黒角の魔女は、数十年以上前に眠りの森のダンジョンで暴れていたっていう魔女だよ。まだアタシらが生まれる前に、高ランクの冒険者達が伝説級レジェンド古代魔導具アーティファクトを駆使して封印したって話だったし、呪術師ショウズ達が大規模攻略した時も現れたっていう情報はなかったから忘れてたんだ」


「その魔女に関する他の情報は?」


「ないよ。恐ろしく強力な魔法を使うとしか」


「そうか」



 モイロの参考にならない情報を聞いたララが溜息を吐く。



「案内役が聞いて呆れるのよ。セラフはどうするつもりかしら」



 皆の視線がマサトに集まる。


 結局、数で圧倒的に勝るモンスターの軍隊が相手となれば、一介の冒険者パーティでは勝ち目などない。


 それをどうこうできるのは、マサトくらいなのだ。


 もう1人を除いて。



「パークスならどうする」



 マサトに意見を求められたパークスが、意外な顔をしながらも口を開く。



「私であれば、ヴァートを連れて撤退しますね。ダンジョンの出口が機能しているかは不明ですが」


「パークスでもあれを相手取るのは難しいのか?」


「あなたに過大評価してもらえるのは光栄ですが、私も人の子です。あの数相手に、不眠不休で戦い続けることはできませんよ」


「そうか」



 殲滅能力の高いパークスなら可能かと考えたマサトだったが、単騎でモンスターの軍勢を相手にするほど無謀な選択は取らないようだ。



「それなら、パークスは皆を連れてウッドが守るダンジョンの入口まで退避してくれ」


「父ちゃん!? おれも戦えるよ!?」


「それは分かってる。応戦するなら、ウッドが力を最大限に使える場所の方が良いというだけだ。いざという時に撤退できる場所を確保しておいた方が、心理的な疲労も少なくて済む」



 マサトがそう説明すると、ヴァートはすぐに納得した。


 ヴァートが素直で良かったと、マサトの中でヴァートの評価があがる。


 ララとキングもマサトの考えに賛同した。



「ララもセラフの意見に賛成かしら」


「んだな。まともにやり合う数じゃねぇなありゃ」



 マサトに忠実なアタランティスと、早くこのダンジョンからおさらばしたい白い冠羽ホワイトクレストの面々は、当然ながら賛同する。


 パークスが口を開く。



「それは構いませんが、あなたはどうするつもりですか?」


「そうだな――」



 数に対抗するには、数を揃える召喚魔法が手っ取り早い。


 空を飛ぶ敵に対抗できるとなると、手持ちのカードで役に立つのは「プロトステガの魔術師ギルド軍団」のみ。



【SR】 プロトステガの魔術師ギルド軍団、(黒×6)(X) ※Xは黒マナのみ、「ソーサリー」、[X:プロトステガの闇魔法使い1/1召喚X。プロトステガの闇魔法使いは、[飛行][闇魔法攻撃Lv1] をもつ 1/1 の人族として扱う]



 だが、大量のマナ行使によるマナバーンを軽減するコンボカードがなければ無限召喚はできない。


 ライフをぎりぎりまで犠牲にして召喚したとしても、せいぜい数十体が限界だ。


 これではあの軍勢に対抗できるまでにはいかないだろう。



(となると、あれしかないか)



「広域の殲滅魔法を試す」


「殲滅魔法ですか。なるほど。まだそんな奥の手が」


「俺もまだ1度も使ったことがない魔法だ。どのくらいの効果があるかは使ってみなければ分からない。だが、その魔法の風下に立つと巻き添えになる可能性がある。だからパークスは、入口まで皆を移動させたら風の障壁を作ってほしい。ララは防護魔法を」


「風下が危険と……分かりました」


「お安い御用かしら」


「アタランティス」


「ああ! なんだ!? セラフの頼みならなんでもやるぞ!?」


「皆のフォローを。後、準備ができたら合図してくれ」


「承知した!!」


「ヴァートは白い冠羽ホワイトクレストのメンバーをフォローしてあげなさい」


「分かった!!」



 念の為と、マサトは護衛の召喚モンスターを増やす。



「プロトステガの伝書影、召喚」



【UC】 プロトステガの伝書影、1/1、(黒×3)(1)、「モンスター ― シェイド」、[飛行][手札帰還][(黒):一時能力補正+1/+0 ※上限3]



 黒い光の粒子が舞い上がり、光の中から1体の黒い影が姿を現す。


 [手札帰還] という強力な能力を持ったシェイドタイプのモンスターだ。


 シェイドとは、怨霊や悪霊のような実態の希薄な存在で、マナによるパンプアップ能力が付いているのが特徴のモンスタータイプでもある。


 マサトは伝書影に黒マナを注ぎ込み、最大限まで強化すると、ヴァートに従うよう命令を与えた。


 命令を受けた伝書影がヴァートの影へとするりと潜り込む。



「このシェイドは例え死んでも何回でも召喚し直せる。危険を感じたら使い捨てて構わない」


「分かった!」


「それとこれも、礼拝堂の守護霊ガーディアン・オブ・チャペル、召喚」



【R】 礼拝堂の守護霊ガーディアン・オブ・チャペル、1/1、(白×3)、「モンスター ― スピリット、クレリック」、[飛行][物理攻撃無効]



 先程とは一転、今度は白い光の粒子が宙を舞い、全身甲冑の光の騎士が姿を現した。


 甲冑の輪郭は淡く輝き、甲冑自体は半透明で反対側が透けて見えている。


 こちらは、[物理攻撃無効] という強力な能力をもったモンスターだ。



「こいつも連れていけ。物理攻撃では死なないモンスターだ。動きは遅いが盾職タンクとしては使える」


「ありがとう!!」


「ちょっと過保護すぎやしないかしら……」



 ララが呆れ、キングが恥ずかしげもなくマサトに護衛を要求する。



「セラフ、おれたちに護衛は?」


「欲しいのか? 優艶な紫蝶グレイスフル・バタフライでよければ付けるが」


「おっ!? マジか!? と、いや待てよ……優艶な紫蝶グレイスフル・バタフライって、毒蝶じゃねぇーか! 殺す気か!」


「じゃれ合ってる暇はないかしら。さっさと移動するのよ!」


「おっと、そうだな!」


「キング」


「なんだなんだ? まだあんのか? それとも、まともな護衛でも召喚してくれる気になったか?」


「違う。あの敵は空からやってくるが、森の上空にはまだ罠が残っている可能性もある。極力空は飛ぶな」


「飛ばねぇよ! というより、飛べと言われてすぐ飛べるかよ! あの時はゆっくり落ちただけだったの見てただろ? おれは落ちていく過程で、助けもせずただこっちを見ていた非道なお前らをしっかりと見てたからな!?」


「プークスクス。あの時のキングの顔傑作だったかしら。思い出したら笑えてきたのよ」


「てんめぇ……このチビ助! 待て! 逃げるな!」


「……パークス、後は頼んだ」


「最悪の事態になっても、ヴァートだけは守りますよ」


「ララも守って欲しいかしら!?」


「おいおい、おれ達も守ってくれよ!?」



 敵の軍勢が迫ってきているのに、毎度のことながら緊張感のないララ達に、ニーマが焦りのあまり憤った。



「ふ、ふざけてる場合ですか!? 敵はもう目前ですよ!? 今は一刻も早く撤退すべきでしょ!?」


「その通りだ。ウッドまでは野犬が先行してくれる。行け」



 強かな野生の犬ワイルド・ドッグスを森へと走らせると、ヴァートが続いた。



「父ちゃん気を付けて!」


「ああ。問題ない。すぐ片付けて行く」


「うん!」



 その後をパークスが追い、慌ててララがキングの背に飛び付き、白い冠羽ホワイトクレストメンバーも続いた。



「合図を忘れるなよ」


「大丈夫だ! 任せろ!!」



 そしてアタランティスも最後に続く。


 マサトが敵軍の中へ単騎で向かうことに、疑問を抱く者はいない。


 マサトには、それが少し嬉しくも感じていた。



「仲間……か」



 全員の背を見送った後、マサトは空を黒く染める一団へと目を向けた。



「やるか――」



 背に炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを生やし、勢いよく空へと飛び立つ。


 標的は、敵勢の中央付近で、巨大な鳥の上に立っている――黒角の魔女だ。




◇◇◇




「愚かな侵略者……本当に愚か……」



 全身が黒い羽根で覆われた巨大な鳥――嘆きの怪鳥ブロディアの上で、瞳に憎悪の炎を宿した女が静かに呟いた。


 女の名は、マレフィセント・ヴィラン。


 茨の国において、禁忌の黒山を根城にする大賢女の1人だ。


 頭に生える真っ黒な二本の角は、彼女が魔人族の中でも高位の血筋である証明でもある。


 他の大賢女の中でも群を抜いて強い魔力を秘めていた彼女は、茨の国を侵略者達から守る守護者の立場でもあった。


 数年前に次元の祠から現れた侵略者の集団によって、黒山に封印されてしまうまでは。


 それでも配下の魔物を使って侵略者達の妨害を行っていたが、長年身体を縛っていた封印が突然解かれたため、急いで根城から飛び出してきたのだ。


 だが、マレフィセントの悪い予感の通り、既に茨の城は陥落し、城を守っていた茨達は干からびてしまっていた。


 茨が枯れたということは、茨の国を支配する王だけが所持することを許された宝剣――茨の国の宝剣ヴァーダントナイフソーンの所有権が他の者に移ったことを意味する。


 それはマレフィセントも瞬時に理解した。


 持ち主であった茨の国の女王、ターリアの死も。



「哀れなターリア……敵に甘さを見せるからこうなったのよ……これはあなたが招いた結末。あなたは優しすぎた。あなたの優しさが国を殺したの。彼らは人の言葉を話す魔物。この国から全てを奪う目的でやってきた侵略者達。彼らに与えるべきは、恐怖と、絶望と、死だけなのよ……」



 マレフィセントの心の中に、仲間を守れなかった自身の非力さを嘆く気持ちと、仲間達を失った悲しみと虚しさ、そして、それを奪った侵略者達に対する怒りが渦巻く。



「もう、失うものは何もないわね。私を縛るものも何もない。そう、祠の先に広がる別の世界へ、報復の侵攻を反対する者達も全員死んだのよ。これがどういうことかお分かりかしら? 愚かな、愚かな侵略者さん?」



 マレフィセントが両手を広げると、身体から黄緑色の炎が吹き上がった。



「お返しに、今度はあなたの世界を私が滅ぼしてあげる」



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【SR】 嘆きの怪鳥ブロディア、5/4、(黒×3)(8)、「モンスター ― 鳥」、[飛行][(黒×3):啄む怪鳥2/1召喚1]

「ブロディアの嘆きは、出産の苦痛に耐えかねてあげる悲鳴だとも、出産の喜びにあげる歓喜の声とも、生まれた子に向ける祝福の言葉とも言われている。ブロディアが鳴けば、呱々の声をあげた怪鳥の群れが、獲物へと次々に襲いかかるだろう――世話役のホホー」


【R】 雷喰いの円盾ライトニングイーターシールド、(赤)(2)、「アーティファクト ― 装備品」、[装備補正+0/+2][雷魔法吸収Lv2][装備コスト(赤)(2)][耐久Lv3]

「おぉ、これは中々の品ですよ。雷の常襲地帯である雷平原に生息する希少な雷喰い亀の甲羅で作られた円盾ですね。雷を吸収する強力な効果をもちますが、逆に近くの雷を吸い寄せてしまう弊害もあるので、間違っても雷平原へ持ち込んじゃ駄目ですからね?――からかいの笑みを浮かべる流離いの女武器商人、ミーオ」


【C】 壊れかけの雷槍クラクトゥ・ライトニングスピア、(赤)(3)、「アーティファクト ― 装備品」、[装備補正+3/+0][雷属性攻撃Lv2][装備コスト(赤)][攻撃時:耐久Lv-1][耐久Lv1]

「これ、雷飛竜カタトゥンボの牙で作られた雷槍じゃないですか!? 凄い! 過去にこの槍を持っていた人といえば、AAランククラン、春の空スプリングスカイに所属していた雷撃のセレナさんくらいですよ! あれ? もしかして……ああ、だから壊れてるんですね。残念です――憂いを帯びた表情をする流離いの女武器商人、ミーオ」

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