271 - 「眠りの森のダンジョン6―茨姫」
「ここだ」
何もない通路の途中で立ち止まり、汚れた石壁を指さす。
すると、ララが目を細めながら壁を調べ始めた。
「壁に偽装魔法と認識阻害の魔法がかけられてるかしら。ララでも注視してようやくその違和感に気付けるほどに強力なのよ」
キングも壁に触れたが、何の違和感も感じられずに首を傾げた。
「俺にはただの壁にしか見えねぇぞ? こんなの良く見つけたな」
「本当によく発見できたかしら。普通なら気付くことすらできないのよ」
「ララでそれってんじゃ、大抵の奴は無理だろうな。さすがは上位のスピリットってことか」
「そんなスピリットを使役してるセラフが異常かしら」
「んだな。で、これどうするんだ? ぶち破るのか?」
「そう簡単にはいかないのよ。ここだけ強固な防衛魔法が何重にもかけられているかしら。相当厄介なのよ」
「へぇ。じゃあそれだけ見つけられちゃ困るもんがこの先に隠されてるってことだな。そいつは楽しみだ」
「取り合えず、セラフに任せるかしら」
皆の視線がマサトに集まる。
(仕方ない……あれを試すか)
マサトは壁に手を当てると、少しずつ壁へとマナを流し込み始めた。
腕や壁から淡い光の粒子が溢れ、ふわふわと舞い上がる。
「す、凄い濃密な
舞い上がる
一方で、
マサトが
どんな
それは非効率という以前に、必要とされる
「セラフ流の冗談か何かかしら……」
もちろん、マサトは大真面目にやっている。
常人には到底不可能な方法でも、マサトはできそうだからとやっているに過ぎない。
すると、さっそく壁に変化が表れた。
パキパキという乾いた音とともに、壁の所々で微量の光の粒子が弾け始めたのだ。
(いけるか……?)
それに手応えを感じたマサトが、壁へ流す
すると、壁全体から光の粒子が溢れはじめ、遂には薄い光の膜がパリパリーンと硝子が割れたような音をあげて一斉に弾けた。
「うおっ!? やったのか!?」
「父ちゃん凄い!!」
「さすがはセラフだ!」
キングが驚き、ヴァートとアタランティスが称賛の声をあげる。
「本当に
目の前の石壁が蜃気楼が晴れるかのようにすぅっと消えていく。
「マジかよ、壁がある訳じゃなかったのか。手触りは完璧に壁だったぞ」
「
壁が消えた先には短い通路があり、行き止まりとなる壁には扉が付いていた。
キングがニヤつきながら話す。
「ほぉ~、装飾の凝った木彫りの扉か。隠し部屋の扉にしては、随分と洒落てるねぇ」
王室で育った元王子のキングは、耐久性よりも装飾を重視したような扉に何か違和感を感じ取ったようだ。
「ララ、罠が仕掛けられているかどうか判別できるか?」
「特に魔法の気配はしないかしら。念の為、そこの
ララに促されたマサトが、
「み、見てみます!」
ガラーがすかさず扉の前まで移動し、扉を隈なく調べる。
「だ、大丈夫みたいです。扉自体に仕掛けはないです!」
「分かった。ありがとう」
「は、はい!」
ガラーがびくびくしながらもマサトに道を譲る。
(罠じゃないとすると、ここはダンジョンの隠し部屋か何かか?)
マサトは扉の前に立つと、慎重に扉を開けた。
扉の先は、淡い優しい色合いの寝室だった。
部屋の中央には、茨と薔薇の紋章が彫刻された木のベッドがあり、そこに
(あれは、もしや茨姫……?)
「また魔女なのよ。用心するかしら」
ララの言葉に、皆が警戒を強める。
すると、女がゆっくりと面を上げた。
色白の肌に、憂いを帯びた
そして漂う品格の高さ。
一目見ただけで、その女性が身分の高い者だと誰もが思った。
マサトが女の頬に光る涙の線に気付く。
(泣いていたのか……? どういう状況だ?)
状況把握のため、マサトが右手を横に出して、皆へ待ったをかける。
だが、対話を試みようとしたマサトよりも先に、女は透き通るような声で話し始めた。
「貴方方がここへいらしたということは、もう私1人になってしまったのですね」
そう言って、悲しそうに笑う。
だが、その笑みもすぐに消えた。
残ったのは悲しみに暮れる表情のみ。
「これが私の運命というなら、私は、私の運命を受け入れます」
女が枕の下からナイフを取り出したことで、皆の警戒心が一気に高まる。
「この城に残る最後の宝は、このベッドの下にある隠し階段を降りた先に保管してあります。どうぞお好きになさってください」
そう告げると、女は誰の言葉も待たず、そのままナイフを自身の胸に突き刺した。
「なっ!?」
一同がその行為に驚く。
マサト自身も動くに動けずにいた。
対象が敵なのか救う対象なのか判断できなかったからだ。
ただ、MEには自身を生贄に発動する魔法や能力も多く存在するため、敵の攻撃に備えて動けるよう集中していた。
女が苦しそうにしながら倒れるようにベッドに横たわると、命の光が消えかかった虚ろな瞳を少しだけ開き、口から血を流しながらも誰かに語りかけるように呟いた。
「うぐっ……皆……ごめんね……私なんかのために……お願い……どうか許し……て……」
女の瞳から大粒の涙が溢れ、瞳に灯っていた光がゆっくりと消える。
状況を把握できず、暫く沈黙が支配する。
その空気を最初に破ったのは、いつも通りララだった。
「し、死んだかしら。どういうことなのよ」
その疑問に答えられる者はいない。
何も起きないと判断したマサトが、ガラーへ指示を出す。
「ガラー、部屋に罠がないか確認してくれ」
「え!? は、はい!!」
ガラーが再びびっくりしながらも、慌てて了承し、部屋の中を調べ始める。
「どんな罠があるか分からないからアタシも手伝うよ!」
「そうしてくれ。ヴァートもアタランティスも頼む」
「分かった!」
「了解した!!」
こうして皆で手分けして部屋の中を調べる。
罠はなかったが、収穫やダンジョンに関する手掛かりもなかった。
キングが頭をかきながら話す。
「この部屋には何もねぇな。なぁセラフ、早くこのベッド退かして、この娘が言ってたお宝見に行こうぜ?」
「ああ」
すると、ララが待ったをかけた。
「ちょっと待つかしら。これが気になるのよ」
ララが、先程からずっと観察していた女の遺体のナイフに手を伸ばすと、そのまま躊躇うことなくナイフを抜き取った。
「値打ちもんか?」
キングがララが抜き取ったナイフを覗き込むと、感心した声をあげた。
「ほほぉ~。確かにこりゃ相当な価値がありそうだな」
「鑑定してみるかしら」
ララがナイフに付いた血糊をベッドのシーツで拭き取ると、ナイフの鑑定を行った。
「ララの目に狂いはなかったのよ。これは宝剣かしら」
「「おお」」
一同が感嘆の声をあげる。
「
「へぇ、大層な名前だな。で、どんな力があるんだ?」
「知らないかしら。これ以上は鑑定不能なのよ」
「は? おまっ、武器の名前だけで宝剣だぁ!って騒いでたのかよ!」
「騒いでないかしら! ララでも鑑定不能だということは、間違いなく
「んなこと言っても鑑定できなきゃ宝の持ち腐れだろって」
騒ぎ始めるキングとララに、マサトが割り込む。
「その剣を」
「わ、分かったかしら」
ララから宝剣ソーンを受け取る。
茨の装飾がある全体的に緑がかった短剣だ。
(名前と見た目からして、緑マナ系統の
試しにと緑マナを宝剣に込める。
すると、短剣に淡い緑色の光の粒子が舞い散り、宝剣を装備できたのが感覚的に分かった。
(やはり……)
装備できたことにより、ステータスからその
【UR】
(茨の苗木の無尽蔵召喚と、植物操作。それに生成上限のないマナ生成付きか。確かに宝剣に相応しい性能だ)
その宝剣には、茨の国を支配できるだけの力があることが分かった。
「これは俺が預かる」
「それは問題ないかしら。ララ達が持ってても、この手の鑑定不能品は国に取り上げられて終わりなのよ」
すると、ララが
「その顔はこの宝剣の能力が分かった顔かしら! 後で、ララだけにこっそり教えるのよ!」
「ああ、それは構わない」
マサトの返事に、ララが満足気に頷く。
どうやらララは物欲がない代わりに、知的探究心が強いようだ。
「じゃあ、いよいよ地下探索だな?」
キングが楽しそうにそう告げる。
「そうだな」
マサトは了承するも、依然としてベッドの上に横たわったままの亡骸が気になった。
「それより、この娘の遺体は消えずに残ったままなのか?」
その質問にはララが答える。
「大抵のモンスターは死んだらダンジョンに吸収されて消えるのよ。でも、死体が消えないユニークモンスターもいるかしら。その場合は倒したらそれ以降沸かなくなるのよ」
「……ユニークモンスター、か」
「原理は分からないのよ。ただ、ダンジョンは別の次元に繋がっていて、その次元に住む者達の場合は消えずに残ると結論づけた学者もいたかしら」
それを聞いたマサトが考える。
もしそれが本当であれば、自分がやったのはただの略奪行為になる。
それを最初から知っていれば、この娘が自分で命を断つことも避けられたかもしれない、と。
(今となっては後の祭りだな)
そう思い、考えるのをやめる。
だが、もし過去に戻れることがあれば、違う方法でアプローチしてみようとも考えていた。
「んじゃ、ベッド動かすぜー。セラフは反対側持ってくれ」
「ああ」
キングと共にベッドに手をかけたその時――。
ゴゴゴゴと地響きがあがり、突然城全体が揺れ始めた。
「地震!?」
「お、おいおいどういうことだ!?」
揺れはおさまるどころかより激しくなっていき、天井や壁が崩れ始める。
「全員外に出るぞ!」
「そ、外に出るまでにこの城は保つのかしら!?」
「俺が壁を破る! ヴァートはアタランティスを! キングとパークスとモイロは他のメンバーを頼む! 俺に続け!!」
そう告げると、マサトはララを拾って抱きかかえつつ、瞬時に
「やったかしら! セラフなら安心なのよ!!」
「緑の姉ちゃん! 掴まって!!」
「ヴァート! 了解した!!」
「んなっ!? ぺっぺっ! なんだこの粉!? あっ! ちょ、ちょっと待てお前ら!!」
「それは
「空を飛べるようにって!? どうやって!?」
「ア、アタシにも教えて!!」
「知らん。急げ、猶予はない。掴まれ少年」
「は、はい! すみません! 姉貴死ぬなよ!!」
「なにぃ!?」
「ちょぉお! アタシら置いて行くなぁあ!!」
「モイロ早くぅううう! 飛んで! 飛んでぇええ!!」
「ちょっとニーマ乗るな! 重い!!」
「重いとはなんじゃボケぇえ! いいから早く走ってぇえええ! きゃあああ天井がぁああ!!」
「くっそララの奴ずりぃぞ一人だけ! 仕方ねぇ! 一か八か姉ちゃん走るぞ! そこのおっさんも乗れ!!」
「お、おっさん!? まだそんな歳じゃ……」
「つべこべ言ってっとぺしゃんこになるぞぉお!? うぉおおおおおおお!!」
「うわぁあああああああ!?」
「ひぃいいいいいいいい!?」
「きゃぁあああああああ!?」
城の外壁が爆発とともに木っ端微塵に吹き飛び、舞い上がった煙の中から炎の翼を広げたマサトがララを抱えて飛び立つ。
その後に、黒い靄を纏ったヴァートが、アタランティスをぶら下げながら飛び立ち、ガラーを片腕で抱きかかえたパークスが続いた。
上空から庭を見たマサトが呟く。
「茨が急速に枯れていく……」
「宝剣の持ち主が死んだからかしら?」
「いや、この宝剣の能力の代償だ。持ち主が変わると、それまでこの宝剣で召喚した茨が全て死に絶える」
「そういうことかしら」
宝剣ソーンを所持していた女性が茨姫ポジションだったのだろう。
そして、このダンジョンの舞台である茨の国は、この宝剣の力で成り立っていたとも推測できる。
(王女か宝剣を奪われると、国が滅びるから部屋に匿われていたのか……?)
その真相は瓦礫の中へ埋まってしまった。
すると、煙の中からニーマを背負ったモイロと、タスマを背負ったキングが絶叫をあげながら飛び出してきたのが見えた。
飛ぶ感覚に慣れていないのか、必死に足をばたつかせて空中を走っている。
「あっちは楽しそうかしら」
「そうだな」
「それより、自害した女の言ってた宝が瓦礫の下に埋まっちゃったのよ」
「諦めよう。あの言葉が本当かどうかも分からない」
「それもそうかしら」
そう話すマサトの目の前に、突然システムメッセージが表示される。
『幸運の金の皿のカードを獲得しました』
【R】 幸運の金の皿、(0)、「アーティファクト ― 食器」、[幸運Lv2][耐久Lv1]
(これは……魔法使い達をもてなすのに使ったとされる金の皿か?)
「どうかしたのかしら?」
「いや……王女は嘘を言っていなかったのかもしれない」
「どういうことなのよ。ララにも分かるように話すかしら」
「お喋りはこの辺にしておこう。モイロとキングが落ちていく」
「あの落下速度なら放っておいても死にはしないかしら」
そういう間にもモイロとキング達が絶叫しながら落ちていき、背後から迫っていた土煙に巻き込まれて姿を消した。
「一先ず地上に降りる。空は目立つ」
「それは同意なのよ」
マサトが土煙のない門の外へと降り立つと、ヴァートとパークスも続く。
「ヴァート、怪我はないか?」
「大丈夫だよ。それより、すっごい危なかったね! 他の人は無事かな?」
ヴァートが心配そうに庭の方を見る。
土煙によって先の様子を見ることはできない。
すると、アタランティスが耳を済ませながら答えた。
「ヴァート心配しなくても大丈夫だ。4人の足音が聞こえる」
その直後、土煙の中からモイロ、ニーマ、キング、タスマが土埃まみれになりながら走って出てきた。
「はぁ……はぁ……死んだかと思った……」
「ぜぇ……ぜぇ……もう無理……足に力が入んない……」
「
「ひぃ……ひぃ……い、命がまだあることを、か、神に感謝いたします……」
他のメンバーの無事が分かったことで、パークスの側にいたガラーも安堵の表情を浮かべた。
土煙の中から野犬と
全員無事だ。
「少し休憩が必要そうだな……ん?」
壊れた門の側に、黒い靄が浮かび上がったのに気付く。
呪術師ショウズの霊体だ。
ショウズはマサトの方へゆっくりを近付きながら、何か訴え始めた。
「まだだ……まだ気を抜くな……狡猾な魔女はまだいる……まだ……ひと……ぐ……ぐわぁあああ!?」
だが、突然苦しむように絶叫すると、ショウズの霊体はそのまま消え去ってしまう。
「な、なんだったのかしら」
「分からない。だが、一つだけ確かなことは――」
マサトが急速に広がる黒い雨雲を見上げる。
「向こうは相当お怒りのようだ」
黒い雨雲の下には、無数の黒い鳥が飛んでおり、その中でも一際大きな鳥の上に、その人物はいた。
真っ黒な二本の角に、黒いマントと黄緑色の炎を纏った魔女だ。
その魔女は、並々ならぬ殺気を放ちながら、マサト達を睥睨していた。
――――――――――――――――――――
▼おまけ
【UR】
「死は継承の時。古き王の支配は死によって断たれ、新たな王によって全てが生まれ変わる。茨に何色の花が咲くかは、王となる者の素質次第――品位の大賢女ニーティア・ディグ」
【R】 幸運の金の皿、(0)、「アーティファクト ― 食器」、[幸運Lv2][耐久Lv1]
「最高の料理を作るには、最高の食材の他に、最高の食器も必要なの。最高の食器は、その食材の価値を引き立て、食す者を幸せにする魔法と同じなのよ――美食の大賢女ヤミィ・アピシウス」
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