270 - 「眠りの森のダンジョン5―夢路の魔女」

 森を抜けると、鋭い棘の付いた茨で埋め尽くされた庭園の前に出た。


 その先には、青い屋根とまるで火事でも起きたかのように酷く黒ずんだ外壁の城が見える。


 随分と呆気なく目的地まで辿り着けたことに、マサトが思わず呟く。



「これでAA難易度……?」



 すると、そのすぐ斜め後ろをくっつくように付いてきていたモイロが応じた。



「そ、それはアンタが森にいるモンスターを一掃したから何もなかっただけで……! 討伐ランクAクラスの樹人ツリーフォークが群れで出る時点で十分AA難易度だから!!」


「そんなものか……」



 マサトからしてみれば大したことのない樹人ツリーフォークでも、モイロやヴァート、アタランティス達が戦う想定で考えれば、あの巨大な樹人ツリーフォークの群れ相手では相当苦戦を強いられるだろうことは、マサトでも容易に想像できた。


 パークスがいれば問題ないかもしれないが、頭一つ飛び抜けた力がなければ攻略すら不可能だっただろう。



(MEの世界なら、変異種1体相手に完封されることもあるかもしれない。油断せずにいこう)



 マサトが気を引き締め直していると、壊れた門のあたりから黒い靄があがり、強かな野生の犬ワイルド・ドッグス地獄の猟犬ヘルハウンドが唸り声をあげた。



「父ちゃん!」


「強い怨念か何かかしら。でも不思議と敵意は感じないのよ」



 ヴァートがマサトを呼び、ララが対象を分析する。


 黒い靄は少しずつ人形の身体を作ると、ゆっくりと近付いてきた。


 マサトがララに聞く。



「敵じゃないのか?」


「そこまでは分からないのよ。でも、死んでいった冒険者の思念体が、新たな訪問者に何かメッセージを伝えようとするのは、ダンジョン内では良くあることかしら」


「良くあることなのか……」



 ふと、レイアがここにいたらさぞ怖がるだろうなと思い出し、少し切なくなる。



「敵の可能性があるなら、排除するまでだ」



 マサトがまたたきのスピリットブリンキング・スピリットに指示を出そうとすると、モイロが近付く黒い霊体を見て叫んだ。



「ま、待った! あ、あれ、呪術師ショウズだ! 間違いない!!」 


「あれが……? ララ、分かるか?」


「ララに聞かれても分からないのよ。噂で知ってるだけで、ショウズ自身に会ったことはないかしら」


「キングは?」


「俺も噂だけで会ったことはないな」


「でも、AAランクの実力者なら死後もこの世に留まる術を身に付けていても可笑しくはないのよ」


「目的は何だ?」


「だからララに聞かれても分からないかしら。直接、そこの本人にでも聞けば良いのよ」



 ララはそう告げると、小さい手で黒い霊体を指差した。


 その間も、ゆっくりと黒い霊体は近付いてきている。


 ローブを羽織った姿だが、フードは被っておらず、顔の輪郭は分かる。


 霊体故、半透明の黒いマネキンのような人相だが、知ってる者が見れば誰か判別可能な範囲だろう。



「そこで止まれ。止まらなければ排除する」



 マサトが告げると、黒い霊体は理解したのか歩みを止めた。



「言葉が通じたな」


「やけに素直かしら」



 皆が警戒する中、キングとララが緊張感のない声をあげる。


 すると、呪術師ショウズと思わしき黒い霊体は、マサトの指――呪術師ショウズの命の指輪を指差した。


 掠れた声が、皆の脳に直接響く。



「それを……どこで……」


「この指輪か? ここ一帯の樹人ツリーフォーク妖精フェアリーを殲滅したら手に入った」


「そう……か……」



 視線を下げ、思い詰めるような表情を見せた霊体に、マサトが先を促す。



「話はそれだけか? なら退いてくれ。俺たちはその城に用がある」



 霊体が顔をあげる。



「頼む……仇を討ってくれ……魔女達の生き残りは……まだ城にいる……」


「約束はできない」


「それでも良い……私は自分の命と引き換えに……魔女達に呪いをかけた……その呪いが解けるまで……私はこの地に縛られ続ける……」



 霊体の姿が消え始める。



「気を付けろ……魔女達は狡猾だ……隙を見せるな……決して……情けを……かける……な……」



 それだけ告げると、呪術師ショウズと思わしき霊体は完全に姿を消した。


 ララが不満気に愚痴を漏らす。



「随分と勝手な奴かしら。言いたいことだけ言って消えたのよ」


「まぁ冒険者なんてそんなもんだろ。向こうも言うほど俺らに期待しちゃいねぇだろうさ」



 キングはそう答えたが、モイロ達白い冠羽ホワイトクレストは元AAランク冒険者の言葉に不安を覚えたようだ。


 モイロが再度、マサトに問う。



「ほ、本当に城の中へ入るのか? あのショウズでも生きて帰れなかった場所だぞ!?」



 魔法使いソーサラーのニーマも続く。



「そ、そうですよ。貴方でも、城の中までは危険過ぎます! い、一旦引き返しましょう!!」



 両手で杖を強く握りしめ、青い顔で必死に訴えかけた。


 ガラーとタスマも背後で頷いている。


 するとキングが代わりに答えた。



「引き返そうにも、ここへ入るのに通った洞窟は塞がったままだったろ? どっちにしろ進むしかねぇと思うが」


「そ、それは……べ、別の入口を探すとか」


「別の入口ねぇ。本当に別の入口があるなら、な?」


「うっ……」



 ニーマが言葉を詰まらせる。


 他に入口が存在する確証などないからだ。


 背を丸めて引き下がるニーマへ、マサトが声をかけた。



「ウッドに周辺を調べさせたが、入口らしいものはなかった。城に立ち入りたくなければ、ここで待っていろ」


「ア、アタシ達も行くよ! なっ!?」



 モイロに促されて、ニーマ達が渋々頷く。


 待つにしても、ここが安全だという保証はどこにもない。


 危険なダンジョン内における一番の安全地帯は、強者であるマサトの側なのだ。


 それは、モイロ達も理解していた。



「先に進むぞ」



 マサトを先頭に、全員が再び歩き始める。


 壊れた門の前に差し掛かった時、モイロ達は庭に広がる無数の茨を見て立ち止まったが、マサトは構わず灼熱の炎を身に纏うと、そのまま茨で埋め尽くされた庭園を突っ切り、皆が進む道を強引に作った。


 モイロ達が唖然とする中、灰と化した茨の上をヴァートやララ達が続くと、モイロ達も慌てて後を追った。



「しっかし、まるで廃城だな」 



 物が散乱した城内を見たキングが呟く。


 城内へは何の妨害もなくすんなり入ることができた。


 戦闘の痕跡が残る壁には、冒険者らしき白骨死体がそのまま放置されており、お世辞にも人が住んでいるとは思えない状態だ。



「本当にここに魔女が住んでのか?」



 キングの疑問はすぐ解けた。


 強かな野生の犬ワイルド・ドッグス地獄の猟犬ヘルハウンドが再び唸り声をあげると、紫色のローブに身を包んだ老婆が姿を現したのだ。



「あの茨を簡単に焼き払って入ってくるとはね。恐れ入ったよ。どうやら私にもお迎えが来てしまったようだね」



 老婆のしわがれた声が響く。



「今日が私の命日だとしても、1人で地獄に行く訳にはいかないねぇ。お前さんたち全員とまではいかなくても、数人は一緒に連れて行ってあげるから、覚悟するんだよ」



 老婆がそう告げると、周囲に鋭利な紡錘が現れた。


 その数は徐々に増えていく。



(あれは糸紡ぎの針か……? もしそうならあの老婆が13人目の魔女?)



 マサトの頭の中で、グリム童話――茨姫に登場する王女を眠らせた13人目の魔法使いと、紡錘を自在に操る目の前の老婆が重なる。



(糸と針なら、炎を纏える俺が行った方が良いだろう)



 マサトは一歩踏み出すと同時に、再び炎を身に纏った。



「俺が行く」


「任せたかしら!」


「おう! 頼んだぜ!」



 ララとキングの声援を背で受ける。


 すると、熱風に煽られた老婆が口に笑みを浮かべた。



「お前さんたちは本当に火炙りが好きみたいだねぇ。全く。嫌な記憶を思い出しちまうじゃないか」



 その時、ガラーとアタランティスの声が響いた。



「いってぇっ!?」


「くっ!? なんだ!?」



(まさか……!?)



「私は言っただろう? 1人で地獄に行く訳にはいかないってねぇ」


「やられたのよ! 不可視の針かしら!!」



 ララが叫ぶ。


 目の前に針を出現させたのは、不可視の針を勘付かせないための演出だったのだ。



「チッ!!」



またたきのスピリットブリンキング・スピリット! やれ!!)



 空中に、不規則に進む光の線が一瞬だけ現れる。


 すると、老婆が顔を歪めながらよろめいた。



「なんだいっ!? 妖精フェアリー!? 違う……これは上位のスピリットかい!?」



 相手が怯んだ隙に、マサトが背中から炎を噴射させて一気に距離を詰めると、老婆の前方に浮かんでいた無数の針が、マサトの纏う灼熱の炎に触れ、瞬く間に蒸発した。


 老婆の目が驚きに見開かれる。



「なっ!?」



 敵を牽制するように展開していた針を無視して、ここまで容易に踏み込まれるとは思ってもみなかったのだ。


 マサトは相手の隙を見逃さず、素早く次の動作に移る。


 両手に具現化させた月食の双剣ハティ・ファングを目にも留まらぬ速さで振るうと、躊躇せずに老婆の首を斬り落とした。


 胴体を残して老婆の頭部が床を転がる。



(やったか……?)



 マサトは警戒しながらも、老婆の頭部と胴体を炎で焼きにかかる。


 すると、頭部だけになった老婆が、不気味に笑いながら最期の言葉を告げた。



「やるじゃないか……だけどね、城にはもう……大した宝は残っちゃいないんだよ……私以外は皆侵略者共に殺され、奪われちまったからね……残念だったね……ヒヒッ」



 そう言い残し、灰となって崩れ去る。


 どうやら無事に仕留められたようだ。



「被害は!?」


「全員無事かしら!」



 ガラーとアタランティスが針で刺されたような傷があったものの、特に状態異常はなかった。


 ララ曰く、呪いのような付与魔法エンチャントを察知していたが、それも老婆が死ぬと同時に消え去ったとのことだ。



「無事なら良い。念の為、城の中はモンスター達に探索させる。ヴァート、地獄の猟犬ヘルハウンドを頼む」


「分かった!」



 強かな野生の犬ワイルド・ドッグス地獄の猟犬ヘルハウンド、そしてまたたきのスピリットブリンキング・スピリットに城の中を探索させている間、マサトはマナの回収を試みた。



(マナよ……)



 老婆が倒れた場所から、淡い青色の光の粒子が舞い上がり、マサトの中へと取り込まれる。



『夢路の大賢女ホルダが紡いだ魔法のローブのカードを獲得しました』


【SR】 夢路の大賢女ホルダが紡いだ魔法のローブ、(青)(1)、「アーティファクト ― 装備品」、[眠り攻撃無効][魔法攻撃耐性Lv2][装備コスト(0)][耐久Lv3]



 眠り攻撃に絶対の耐性と、魔法攻撃にも一定の耐性をもつ魔法のローブを手に入れることができた。



(大賢女ホルダ? さっきの老婆の名前か? 魔女じゃなかったのか?)



 新たな疑問が湧くも、その答えを知る者はいない。


 暫くして、犬達が戻ってきた。



「収穫はあったのかしら」


「何もなかったみたい」



 ララの質問にヴァートが答える。



「父ちゃんの方は?」


「こっちも収穫なしだ」


「そっかぁ、残念」



 ヴァートが肩を落とす。


 だが、マサトは魔女がいるなら眠っている王女もいるはずだと考えていた。


 すると、またたきのスピリットブリンキング・スピリットから念が届いた。



強かな野生の犬ワイルド・ドッグスには見つけられなかったが、スピリットには気になる場所があったようだ。そこへ行ってみよう」



 マサトの言葉に、ヴァートだけでなく、ララとアタランティスも顔を輝かせた。



「えっ!? 本当!? 何かあるかな!?」


「早く行くのよ!!」


「貴重な宝だと良いな!!」


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 月食の双剣ハティ・ファング、(黒)(5)、「アーティファクト ― 装備品」、[装備補正+2/+0][闇属性二段攻撃][俊敏Lv4][装備コスト(黒×2)][耐久Lv3]

「月食の大狼ハティの牙で作られた双剣。この剣に認められた者は、ハティの如き俊足を得るが、同時に憎しみの感情が増幅され、執拗以上に敵を追い込みたくなってしまう弊害を生む――古代魔導具アーティファクト蒐集家エッダの記録、61項」


【SR】 夢路の大賢女ホルダが紡いだ魔法のローブ、(青)(1)、「アーティファクト ― 装備品」、[眠り攻撃無効][魔法攻撃耐性Lv2][装備コスト(0)][耐久Lv3]

「なんで私がこのローブを編んでいるのか気になるのかい? そうかい。お前さんには奇っ怪に映るんだろうね。でも、大した理由じゃないよ。間違って自分の指を針で刺しても眠らないためさ。笑っておくれ――苦笑いを浮かべながら話すホルダ」

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