256 - 「娘との再会」

「こちらの部屋をお使いください。こちらの丸い基盤に少量の魔力マナを流せば扉は自動で開きます」


「分かった」



 マサトがそう答えると、黒いローブに身を包んだ女性はどこか緊張した面持ちで会釈した後、そそくさと立ち去った。


 その後ろ姿を何気なく見送ると、ローブの背中に描かれていた竜と蜘蛛が赤い糸で結ばれている紋章が目に入る。



竜語りドラゴンスピーカー後家蜘蛛ゴケグモを繋ぐ赤い糸か……)



 竜語りドラゴンスピーカーと、黒崖クロガケを召喚することで強引に支配下に組み込んだ後家蜘蛛ゴケグモを繋ぐ役割は、本来マサトが担うはずだったものだ。


 当然、その支柱であるマサトが消えれば、その繋がりも消えていたとしてもおかしくはない。


 だが、マサトが残した繋がりは、マサトが残してきた者達によって15年もの間、しっかりと紡がれてきたのだ。


 その事実を改めて実感できたことで、マサトも少しばかり感慨深い気持ちになった。



(俺が消えた未来の姿……)



 球状の突起に触れ、軽く魔力マナを流すと、部屋を区切る鉄の扉が自動で開いた。


 まるでSFに出てくる宇宙船にでも乗った気分だ。


 案内された部屋は、船内とは思えぬほどに広い。


 壁は白を基調としたシンプルな装飾ながら、部屋には机や椅子だけでなく、観葉植物まで設置されている。


 中央にあるベッドは天幕付きで、キングサイズと大きく、部屋にはシャワー室までも備え付けられていた。


 そこが階級の高い者が使用する特別な部屋であることは一目瞭然だ。



(取りあえず、身体を洗おう……)



 シャワー室で身体に付いた不快な血の臭いを落とし、予め用意されていた着替えに袖を通す。


 部屋に案内される前に、癒し手ヒーラー達に治療してもらったため、傷は完治している。


 だが、一桁まで減ったライフが全快した訳ではない。


 暫くは戦いを避け、回復に専念する必要がある。



「ふぅ……」



 ベッドの端に腰掛け、一息つく。


 暫く目を閉じていると、戦いの光景が強烈にフラッシュバックしてしまう。


 鼓動は早まり、呼吸も荒くなる。



「またか……落ち着け……」



 項垂れるように背中を丸め、強く握った右拳を左手で握り、再び昂り始めた気持ちを必死に抑え込む。


 殺し合いをした直後は、いつもこんな感じだ。


 一度火が付いた闘争心は中々沈静化してはくれなかった。


 気を抜けば、怒りの感情とともに魔力マナが紫色の炎となって身体から溢れだそうとしてしまうのだ。



(これじゃ休もうにも休めないな……)



 ワンダーガーデン大陸最大の奴隷商ギルド、海亀ウミガメは壊滅させた。


 それによって大量のマナを確保し、「腐敗のプロトステガ」という強力なセットデッキを獲得することもできた。


 それを行使するためのマナも存分に回収できた。


 今後、ヘイヤ・ヘイヤのような最上級悪魔ジェネシス・デーモンが複数体相手となっても、手持ちのカードと、過去に召喚したドラゴンやファージ達がいれば対処できるだろう。


 だが、休める時に休んでおかなければ精神がもたない。


 焦っても仕方がないことは理解していたが、心と体は別物。


 いっそのこと限界が来るまで起きていようかと考えていると、ドアをノックする音の後に、可愛らしい女性の声が聞こえた。



「お父様、フェイトです。焼き菓子と紅茶をお持ちしました」



 フェイトは、マサトと黒崖クロガケの間にできた娘だ。


 この飛空艇に乗り込んでから一度対面しているが、その時に改めて黒崖クロガケから紹介された。


 大人しくて礼儀正しい赤髪の美少女、というのがマサトが感じたフェイトの第一印象だ。


 黒崖クロガケと関係をもった覚えはなかったマサトだったが、黒崖クロガケが嘘を付いているようにも見えず、マサトは自分の娘だと思って接しようと決めていた。


 父親としての実感も確証もないが、せめて自分を父親だと信じている様子のフェイトを悲しませたくはない、という気持ちが湧いたのは確かである。


 仮にそれが偽りであったとしても、恥をかくのは自分だけであれば何の問題もないだろうというのがマサトの考え方だ。



「今開ける」


「恐れ入ります」



 心底嬉しそうに微笑んだフェイトが、白い陶器のティーセットが載ったトレーを持って入室すると、部屋の中にバターの芳醇な香りが広がった。


 お皿の上には、ハート型に形取られたセピア色のクッキーが並べられている。



「お父様のために作って参りました。どうぞ召し上がってくださいな」


「俺のために? ありがとう。上手に焼けてるね」


「はい! この日のためにいっぱい練習したんですよ?」


「それは楽しみだ」


「ふふ。今、紅茶をお淹れしますね」



 テーブルにトレーを置き、慣れた手付きで紅茶を淹れ始める。


 薔薇の模様が描かれた白い陶器のカップへと薄い紅色のお湯が注がれると、今度は爽やかな花の香りが部屋を満たした。



「良い香りだ。茶葉はフログガーデンから持ってきたのかい?」


「半分当たりで、半分外れです。実は、フログガーデンで育てた茶樹の苗を、このリヴァイアスに移して育ててるんです。この部屋にあるあの植物も、緊急時に薬草代わりになる植物なんですよ?」



 そう告げながら、フェイトはマサトが観葉植物だと思っていた植物を指さした。



「へぇ、考えられてるんだな。合理的だ」


「はい! 備えあれば患いなしですから」



 両手を頬の脇で合わせて、にこやかに微笑むフェイト。


 自分の娘とは思えない程に賢い子のようだ。



「さぁさぁお父様、どうぞ召し上がってくださいな」


「じゃあ、1つもらうよ」



 クッキーを一つ摘まんで口に放ると、サクサクとした歯応えの後に、程良い甘さが口の中に広がる。



「うん、美味しい」


「本当に!? 嬉しい!!」



 マサトが笑顔で感想を述べると、フェイトは満面の笑みを浮かべながらマサトに抱き着いた。


 フェイトの赤い髪から紅茶のような瑞々しい香りがふわっと漂い、触れた肌から少女の温もりが伝わると、海亀ウミガメとの死闘で張りつめていた気持ちが不思議と和らいだ気がした。


 フェイトが恥ずかしそうに、それでいてお茶目に舌を少し出しながら離れる。



「あっ、私ったら嬉しくてつい……」


「フェイトのお陰で少し気が楽になったよ。闘いの直後だったからね、気持ちを中々鎮められなくて困ってたんだ」


「お父様でもお困りになることがあるんですか?」



 フェイトが揶揄いを含んだ笑みを浮かべながら、マサトの顔を覗き込む。


 黒崖クロガケに似て顔の整った美少女だ。


 その整った顔に、マサトの面影は見られない。


 だが、マサトは構わず話を続ける。



「困ることばかりだよ。あの時ああしていればって後悔も多い」


「そうなのですね。でも、お父様じゃなければできないことばかりだったはずです! 後悔などなさらずに、どうか胸を張ってくださいな? お父様はわたしの自慢なのですから!」



 15歳とは思えぬ饒舌ぶりに、マサトはとても驚く。


 黒崖クロガケの影響だろうか。


 まだまだ子供っぽさが残るヴァートと比べたら大人びているように思えた。



「はは、ありがとう。そう言えば、お母さんはまだ外かい?」


「はい。まだ現場を指揮しているようです。それより、あの、お父様のことをもっと知りたいのですが……」


「俺の?」



 年頃の女の子のように、フェイトが恥ずかしそうに俯きながら頷く。


 フェイトにとって、マサトは15年を経て初めて対面できた実の父親なのだ。


 もっと色々話をしたいのだろうという気持ちは理解できた。



「いいよ。何から話そうか」


「嬉しい! お父様が育った世界のお話が聞きたいです!」



 花のように華やかに微笑むフェイトに、マサトは日本のこと、この世界に飛ばされてきてからの事を掻い摘んで話した。


 フェイトは自分の知らない世界に目を輝かせたり、驚いたり、悲しんだり、コロコロとその表情を変えながら聞いていた。


 そして、この世界に飛ばされたであろう兄の事を話すと、フェイトは少し考えた後に、真剣な表情で口を開いた。



「わたしの力なら、お父様のお兄様を探せるかもしれません」


「本当に?」


「お父様がこの地に飛ばされると分かったのも、この力のお陰なんです。曖昧なところも多いですが、それでも試してみませんか? ただ、必ずしも探せる対象がお父様のお兄様とは限りません。それと、大量の魔力マナを消費するので、一度試したら暫くは探せなくなってしまいますが……」



 探す相手は選べないようだが、対象と関係が深く、身近にいる相手が先に選ばれる傾向にあるとのことだ。


 やって貰うこと自体にリスクはない。



「ああ。フェイトが無理しない範囲で良いから、お願いできるかい? 兄貴以外にも所在の気になる人はいるんだ……」



 自分を庇って姿を消してしまったダークエルフのレイアに、王族ギガンティアの末裔である白髪の美少女ベル。


 その他にも、消息不明となった者達は多い。



「分かりました」



 フェイトが力強く頷くと、徐に目を瞑り、祈るように両手を結んだ。



「効果があるかどうかは分かりませんが、探したい相手のことを思い浮かべていてください」


「分かった」



 マサトが兄の顔を思い浮かべる。


 だが、同時にレイアやベルの顔も浮かんでしまう。


 すると、フェイトの身体から虹色の粒子がキラキラと舞い上がり始めた。



「お願い、お父様の運命を探して――」



 フェイトが保有する、対象と関連のある人物をサーチできる特殊な加護――魂の願いソウルウィッシュだ。


 フェイトが瞳をゆっくりと開く。


 その瞳は虚で、虹色に輝いている。



「立派な大聖堂……その建物の中に、祭服に身を包んだ男の方と……その男の方に連れられた、青と白の鎧に身を包んだ……凛とした立ち姿の騎士様が見えます……祭壇に描いてある紋章は……兎と時計……?」


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 フェイトお手製、愛のクッキー、(0)、「アーティファクト ― 料理」、[食用時、マジックイーター限定:ライフ回復Lv1、状態異常回復Lv1][食用時、マジックイーター以外:状態異常ランダムLv1][耐久Lv1]

「隠し味は秘密です♪――青ざめるガルアの横で微笑むフェイト」

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