257 - 「アリスと猫と騎士と伝説」
帝都で最も格式の高いクライストチャーチ大聖堂。
そこは、アリス教団の総本山であり、帝国最強の守護者アリス・リ・アーサーが誕生した聖地でもある。
外観は、教団のシンボルカラーでもある青と白を基調としたゴシック建築で、その大きさも相まって城のようにも見える。
だが、内観は想像以上だ。
高窓からは大量の陽の光が射し込み、ステンドガラスの色を成して室内へと降り注ぐ。
光は部屋の装飾に乱反射すると、聖堂内をより一層煌びやかに彩っている。
普段であれば、参拝者から溜息が漏れ出てもおかしくない絶景だ。
だが、今日は静寂に包まれていた。
偶にパチッパチッという陽の光の妖精が無邪気に戯れる音が響くだけだ。
参拝者の立ち入りを禁じられた聖堂内だが、人がいない訳ではない。
アリス教団の中でも位の高い祭司が、主の帰還を静かに待っていた。
――コツ、コツ、コツ
その聖堂内に、足音が響くと、それまで静かに待っていた男が立ち上がり、足音の主を笑顔で出迎えた。
「お勤めご苦労様でした。我らが愛しの君、アリス」
「…………」
アリスと呼ばれた女騎士が立ち止まる。
だが、女騎士は無言だった。
空色の瞳は微動だにせず、真っすぐ目の前だけを見つめている。
男は構わずアリスの元へ歩み寄り、愛おしそうに表情を崩しながら、アリスの白い頬へ触れた。
「珍しく激しい戦いだったようですね。貴方の美しい白い髪が返り血で少し汚れてしまっている」
シニヨンを三つ編みでまとめあげたアリスの美しい白髪を見上げ、悲しそうにそう話すと、そのままゆっくりと抱き締めた。
アリスは瞬き一つしない。
されるがままだ。
アリスを抱き締めたまま、男は幸せそうに呟く。
「貴女がいない間、私の心は寂しさで張り裂けそうでした。こうして貴女が無事に帰ってきてくれたことを、私は神に感謝するでしょう」
そう陶酔した表情で話すこの祭服の男は、アリスの世話役を、アリス教の教祖リデル・オブ・マーリンから賜った
モルドレッドが少しだけアリスを離し、正面に向き合う形で見つめ合う。
否、アリスの焦点はモルドレッドに合っている訳ではなく、ただ目の前を向いているだけだ。
だが、モルドレッドは恍惚としている。
そして、モルドレッドの視線が少し下に下がると、その瞳に、アリスの赤い唇が映った。
二人の距離が再びゆっくりと狭まり始め、互いの息遣いが当たるまで近づく。
「……アリス」
モルドレッドの瞳が閉じ、唇が触れようとしたその瞬間、アリスの肩へ何かが飛び乗った。
「ブニャ~」
「なっ!?」
モルドレッドが大きく目を見開き、勢いよくアリスから飛び退く。
「猫!? どこから入った!?」
赤紫と灰色の縞模様が特徴的な猫が、驚くモルドレッドを見てニヤニヤ笑っている。
「クソ猫がッ!!」
怒ったモルドレッドが猫を捕まえようと素早く手を伸ばすも、猫は軽快に身を翻してそれを躱し、青地に白い兎と金色の時計の紋章が描かれた布が敷いてある祭壇の上へと飛び移った。
「くッ……小癪な。まぁ良い。お前の始末は後回しだ」
モルドレッドはアリスに向き直ると、聖堂の奥へと促した。
「さぁ、聖なる泉で身を清めてきなさい。私は着替えを用意してから向かいます。私が良いと言うまで泉から出てはいけませんよ?」
モルドレッドが横に退いてアリスに道を開けると、アリスは再び歩き始めた。
その後ろ姿を見送ったモルドレッドが、口元に笑みを浮かべる。
「お帰りなさい。私の愛しの君、アリス」
◇◇◇
「アリスが戻ったか……」
青と白の魔導服に身を包んだ白髪の青年が、水晶でできた玉座から立ち上がる。
青年の名は、リデル・オブ・マーリン。
アリス教を立ち上げた教祖であり、悠久の時を生き永らえる伝説の
彼のいる部屋の中央には、床一面に広がる魔法陣と巨大な水晶があり、同じく水晶でできた天井からは、どこからか流れてきた光の粒子がきらきらと舞い落ちている。
「そのようですね。今回の収穫は上々のようです」
雪のように降り注ぐ光の粒子を見上げた若い女性――ニニーヴ・リーヴェがそう答える。
ニニーヴもまた、リデルと同じ生ける伝説の一人だ。
二人が収穫と呼んだモノとは、アリスが回収してきた死者の魂を指す。
彼らは不老ではない。
悠久の時を生き永らえるために、他者の命を糧にする方法を知っており、それを実施しているだけなのだ。
「今回のアリスは中々良い仕事をしてくれる。技量はまだまだ初代の足元に及ばぬが、あの
「そうですね。暫くは壊れずにいてくれるかと。その前に帝国が崩壊してしまいそうな危うさを感じますけど」
ニニーヴがしらけた目をリデルに向ける。
「例え帝国が消えても、アリス教の火は絶やさぬよ。この私がね」
「左様ですか」
溜息を吐くニニーヴに、リデルが納得のいかない表情を見せるも、すぐさま話題を切り替えた。
「そういえば、
「
「あの小さな大陸に生息する
「奪われたモノを取り戻しに来たのかも知れませんよ?」
「ふむ」
リデルが髭のない綺麗な顎を撫でながら考える素振りを見せる。
「アリスの頑張りのお陰で、力に余裕ができた。夢を見るのも飽きてきたし、偶には外の様子を見に行くとするか」
「それは良い考えですね。私も久し振りに散財して日頃の鬱憤を発散しようと思います」
「言い方に棘がある気が……」
口を尖らせるリデルに、ニニーヴの咎めるような視線が刺さる。
「さて、アリスにくっ付いて聖堂内に侵入したブタ猫でも追い出しに行くとするかな」
「では私は、アリスに汚らわしい情欲を向ける愚か者を躾に行きましょう」
「……やれやれ。先が思いやられるな」
2つの巨星が、十数年ぶりに開かずの間から姿を現す。
彼らが齎すのは、帝国にとっての福音か、凶音か。
――――――――――――――――――――
▼おまけ
【UR】
「我らが愛しの君、私の愛しの君。君の全ての世話を私が担当しよう。君はこれからも私に身を委ねていれば良い。これは私だけの特権だ。私だけの――情欲に溺れるモルドレッド」
【UR】
「この窮屈な姿にも大分慣れたわね――鏡の前で裸を晒すニニーヴ・リーヴェ」
【R】
「この世の楽園がそこにある。だが、私は学んだ。夢といえど休息が必要だということに――長い眠りから目覚めたリデル・オブ・マーリン」
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