255 - 「獅子と一角獣」

 白群色の大型飛空艇、リヴァイアス号に開いた昇降口から、アーノを連れたマサトが船内へと入る。


 アーノは、つい先ほど捕虜として捕まえた闇魔法使いでありながら、スペード領のギルド所属と名乗り、海亀ウミガメとは何の関係もないと身の潔白を訴えた女だ。



「あ、あの炎の男だ!」


「なに!?」


「やはり彼もこの者達の仲間だったのか!?」



 マサトに気付いた金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトの女騎士達が騒ぐ。


 だが、鷲獅子グリフォンも彼女達も、拘束されていなかった。



(既に話はついたのか?)



 警戒する彼女達の視線を浴びながら、炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを消して着地するのと同時に、アーノを目の前に突き出す。



「う、うわわ」



 たたらを踏んだアーノが、鷲獅子グリフォンの鋭い視線を受けて怯えると、女騎士の1人が騒いだ。



「あの女、海亀ウミガメの生き残りだ!」


「ち、違う! 私はロゼアー所属の魔術師ギルド、陰日向カゲヒナタのアーノ! 海亀ウミガメになんて所属した覚えはないの!」


「この期に及んで白を切るつもりか! 痴れ者め!!」



 女騎士達が殺気立つと、鷲獅子グリフォンもそれに呼応しようとした。


 だが、それをマサトが威圧して黙らせる。



「煩い。黙れ」


「ひっ」


「クゥウン……」



 マサトが放った濃いマナの波動と殺気は、騒いだ女騎士と鷲獅子グリフォン達を怖気付けさせた。


 それまでがやがやと騒がしかった広い格納庫が一瞬で静かになる。


 すると、女騎士の波を退けて、黒髪の美人が姿を現した。



「来たか。待ってたぞ」



 黒崖クロガケだ。


 黒崖クロガケは、マサトの顔を見ると、一瞬だけ口元に笑みを作り、すぐさま黒いローブ姿で立ち尽くしていたアーノへ視線を移した。



「その女は?」


海亀ウミガメの闇魔法使いの1人で間違いないが、気になることがあって生かして連れてきた」


「気になることか」



 黒崖クロガケがアーノに話しかける。



「確か、ロゼアー所属と言っていたな」


「は、はい」


「ランクは?」


「Aランク、です。陰日向カゲヒナタも、Aランクパーティです」


「それなら身の潔白を証明できるかもな。誰かユニコス卿をお連れしろ」


「ユニコス卿がここに!?」


「いる。プロトステガの牢獄に囚われていたところを私が助けた」


「よ、良かった……」



 アーノが勝手に安堵し始める。


 どうやら知り合いのようだ。


 その後、すぐ1人の初老の男性が連れてこられた。


 名をユニコス・ディズレーリ。北部、スペード領に領地を持つ伯爵で、アーノが話していた北東港都市ロゼアーは、ユニコス領とのことだった。


 ユニコス卿は牢獄生活が長かったのか、大分痩せており、服から覗く皮膚には痛々しい拷問の跡が覗いていた。


 そのユニコスがアーノを見て驚き、声をかけた。



「お主、アーノか! どうして奴らのローブを!?」


「い、いえ、これは違うんです! 気が付いたらこの姿で空を飛んでて、それで! スペード領で戦った時からの記憶がないんです!!」


「記憶が……?」



 訝しむユニコス卿に、黒崖クロガケが口を開く。



「この者達だけでなく、他の魔法使い達がヘイヤ・ヘイヤに操られていた可能性はある。ヘイヤ卿の皮を被った最上級悪魔ジェネシス・デーモンによってな」


「まさか……」



 ユニコス卿が言葉を失い、黒崖クロガケはマサトへと話を振った。



「気になるというのはこのことか?」


「ああ。悪魔的集団憑依デモニックマスポゼッションという魔法の存在は確認している。対象の領域にいる人族を対象として悪魔を憑依させる付与魔法エンチャントだ。それが使われたかどうかは定かじゃないが、プロトステガを墜とした直後に憑依が解けたなら、その可能性は十分考えられる」



 マサトの言葉に、その場にいた全員の表情が凍り付く。


 それが事実であれば、彼らが戦っていたのはただ操られていただけの民だということに気が付いたからだ。



最上級悪魔ジェネシス・デーモンとはそういう存在だ。我々の常識の枠の外にいる」


「し、しかし、なぜそれならネメシス殿は動かない!?」



 黒崖クロガケの説明に、ユニコス卿が悲痛な声をあげると、白髪の老人が話に割り込んだ。


 決して大きい声ではなかったが、不思議と腹へと響く、力強い声だ。



「ユニコス卿、いい加減現実を受け入れんか。ネメシスは悪魔デーモンと手を組んだのだ。そうでなければ辻褄が合わん」



 そう話したのは、ユニコス卿と同じくスペード領に領地をもつ、ライオス・グラッドストン伯爵だ。


 ライオス卿もユニコス卿同様、プロトステガの牢獄に囚われていたところを黒崖クロガケに救い出された。



「ライオス卿!」


「卿とは犬猿の仲だったことは認めよう。戦争もした。だがな、領地を全て焼かれた今、憎むべき敵は同じはずだろう。あの拷問の日々を忘れたとは言わせんぞ」


「ぐっ……」



 認めたくない現実に、ユニコス卿が苦痛の表情を浮かべる。


 ライオス卿とユニコス卿の不仲は、ワンダーガーデンでは有名だった。


 小競り合いも1度や2度ではない。


 北西の港都市ロドネーを主要都市とするライオス卿と、北東の港都市ロゼアーを主要都市とするユニコス卿は、その土地柄、双方が商売敵という背景もあったが、真の理由は思想の違いにあった。


 ライオス卿は自由主義者であり、帝国主義に反対する云わば改革派。


 一方でユニコス卿は帝国主義に賛同する保守派だった。


 その相反する政治思想が、彼らが相容れない根本的な理由だ。


 どちらも互いが目の上のたん瘤だったのだ。



「卿が保守派でありながら、ネメシスにその首を狙われたのは、卿が保守派であるが故に、ネメシスが帝王の座につくことに強く反対したからだろう。ヴァルト帝国はこれまでも男系のみがその座につくことを許されてきた。ネメシスにとって、卿は儂同様、邪魔な存在だったのだよ」


「……しかし、ならなぜ私達を生かしておいたのだ」


「そんなことも分からぬほど耄碌したのか。儂らを殺せば、儂らが世に送り出してきた鷲獅子騎士グリフォンライダー達を繋いでおく鎖も消える。だが、儂らが存命のうちは、意のままに金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトを操れるではないか。儂らは体の良い人質だ」


「故郷を焼いた者に対する報復の抑止力か……」



 ライオス卿は、自身が運営を手掛ける鷲獅子騎士グリフォンライダー育成学校――誇り高き獅子の紅き翼グラッドストン・ウィングから第五部隊隊長キャサリン・グリンを、ユニコス卿も同様に、自身が運営を手掛ける鷲獅子騎士グリフォンライダー育成学校――気高き一角獣の白き翼ディズレーリウィングから第六部隊隊長ビビアン・グレイを、その他にも優秀な鷲獅子騎士グリフォンライダー達を輩出した実績がある。


 その代表格でもあるキャサリンとビビアンは、どちらも金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトにおいて発言力の強いシングルナンバーの隊長格だ。


 ユニコス卿が膝を折り、頭を抱える。


 だが、ライオス卿は話を続けた。



「ふん、角を折られた一角獣ユニコーンはその程度か? 儂は牙こそ折られたが、心までは腐らせんかったぞ。今の卿の姿を見て、ディズレーリの家紋が泣いておるわ」


「ぐっ、言わせておけば! 我が家紋の一角獣ユニコーンを愚弄しおって! 吠えるしかできぬ獅子ライオン風情が!」


「吠えることもできぬ者が何を言うか。儂らにはまだやることが残されておるだろう」


「お主に言われずとも分かっている! 至急、ビビアンに連絡を取る! 報復戦だ!」



 瞳に力を戻したユニコス卿に、ライオス卿が鼻で笑う。



「ふん、ようやくいつもの調子が出たか。ということだ、黒崖クロガケ殿。儂らも協力しよう」


「端からそのつもりだ」


「ふ、豪気な女よ。良いだろう。この老いぼれ2人の余命、好きに使ってくれ」


「勝手に私の命を扱うな! だが、私も協力しよう。牢獄で朽ちる命だったのだ。私から全てを奪ったネメシス殿に、最期に一矢報いたい」


「ということだ。状況は分かっただろ?」



 黒崖クロガケ金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトの面々へと話を振る。


 急に話を振られた彼女達は動揺した。


 その中の1人が疑問を口にする。



「この悪魔デーモンが奴らの仲間ではないと証明できるのか?」


「お前は何を見てきた。この悪魔デーモン――ファージ達が巨人達と戦っていたところを見ていたはずだ」


「それは……」



 悪魔デーモンに対して忌避感があるのだろう。


 素直に納得しない彼女達に痺れを切らしたマサトが前に出ると、皆の視線がマサトに集まった。



「こいつらは、全て俺が召喚したモンスターだ。今、その証拠を見せてやる」


「なに……? 召喚?」



 訝しむ周囲を無視し、マサトが床に向けて掌を翳し、召喚を行使する。



「飢えるファージ、召喚」



【C】 飢えるファージ、2/2、(黒)、「モンスター ― ファージ」、[飛行] [毎ターン:ライフ2点を失う]



 黒い光の粒子が螺旋を描くように舞い上がると、瞬く間に1体の奇形の悪魔デーモン――ファージが姿を現し、耳障りな奇声をあげた。


 ――キィィイイイイ!!



「召喚!?」


「そんなことが!?」



 驚く女騎士達。


 だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。


 召喚されたファージに合わせて、他のファージ達も奇声をあげ始めたのだ。



 ――キィイイ!

 ――――キィィイイ!



 皆が頭を庇うように耳を塞ぎながら周囲を見渡す。



「こ、呼応してる!?」



 女騎士達が動揺する様子を暫し見つめた後、マサトが手をあげると、耳障りな合唱がぴたり止んだ。


 女騎士達だけでなく、ライオス卿とユニコス卿も驚きで目を見開き、アーノも驚きのあまり尻餅をつき、口をあんぐり開けてマサトを見つめていた。


 それは、誰の目から見ても、マサトが召喚主だと確信できる程の異様な光景だったのだ。



「ほ、本当なのか」


「これほどの召喚を……全て1人で?」


「驚いたな。儂の領地でも、この者ほどの魔術師を見たことはないぞ」


「私もだ……」



 ざわめく者達に、マサトが告げる。



「俺はこれから帝都を攻め落とす。協力するしないは自由だ。だが、邪魔をするなら容赦はしない」



 この場にいる誰よりも強き意思の光を放つマサトの眼差しに皆が息を呑み、復讐に燃える者達の心を魅了した。


 海亀ウミガメと浮島プロトステガという帝国が誇る強大な勢力の一角を崩したマサト達は、帝国に不信を抱く者達を取り込み、次のステージへと駒を進める――。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UR】 老練したライオス・グラッドストン伯爵、0/1、(赤×3)、「モンスター ― 人族、貴族」、[獅子の加護Lv3] [支配下モンスター:弱体能力補正無効]

「牙を抜かれ、爪を剥がされても、吠えることはできる。全ては何かを成し遂げたいと思える強い意志が、その心にあるかどうかだ。儂にはある。卿にはないのか? 一角獣ユニコーンのように気高き強い意思が――プロトステガの囚人ライオス」

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