241 - 「嵐の前」


「その情報に嘘はないな? 虚偽の報告は重罪だぞ」



 ジーソン家所有の1番ドックにて、金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトの女騎士3人が、船大工の男を囲み、強めの口調で問い詰める。


 女騎士達から威圧的な尋問を受けているのは、以前、ドックでマサトに突っかかったことのある船大工のテナンだ。


 女騎士の威圧プレッシャーにビビりながらも、威勢だけは一人前のテナンは、いつもの調子で挑発混じりに応じていた。



「へっ! そんな脅さなくても嘘なんて付きやしねーよ。奴らは大量の衣類やら物資を買い込んで南に出航した。これが全てだ。行き先なんて海亀ウミガメの連中が俺たちなんかに教えるかってんだ!」


「本当だな?」


「そんなに疑うんなら、港にいる他の奴らにも聞けばいいだろ!」


「ふん、良いだろう。一先ずは信じてやる。だが、覚えておけ。私達、金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトにあまり舐めた口を聞かぬことだ」


「あぁん? 一丁前に支配者気取りかよ。ここはジーソン公所有の船渠せんきょだ。お山の大将を気取りたいんなら余所で……」



 そう反抗的な態度を取り続けるテナンに、女騎士が苛立たない訳もなく――


 話すテナンの顔目掛け、女騎士の裏拳が振り抜かれた。



「がはっ!?」



 鋼鉄製の籠手で殴られたテナンが、派手に転がる。


 突然の暴力に、状況が掴めず口をパクパクさせながらへたり込んだテナンを、女騎士は鼻で笑う。



「この程度で済んだことを幸運に思うことだ。次は牢獄へ連行する。行くぞ」



 女騎士達がドックから立ち去る。


 その後ろ姿を悔しそうに睨むテナンに、それまで建物の影で様子を見ていた男が近付くと、おもむろに回復薬ポーションを差し出した。


 テナンはその男――マサトを横目でチラッと見て溜息を吐く。



「ったく…… 見張ってなくてもあんたらを売りはしねーよ。一応、海亀ウミガメを退治してくれた恩人だからな」



 マサトから回復薬ポーションを受け取ったテナンが、小さく「わりぃ」と感謝を述べて一気に飲み干す。



「プハッ! ふー痛え痛え。馬鹿力女が、鉄の籠手で思いっきり殴りやがって…… しっかし、間一髪だったな。あと数時間出航が遅れてたら、オサガメがあいつらに抑えられてたとこだったぜ?」


「そうだな。だが、予定通り餌を海へ放てた。後は食い付くのを待つだけだ」

 


 海亀ウミガメの本拠地である浮島プロトテスガは、事前の情報通り南下を続けている。


 奴等の目的が、オサガメやアカガメの捜索であれば、オサガメの軌跡を辿って南の大海へと移動するはず。


 海原への誘き出し、陸から十分引き離したところで、アカガメ同様海の底へ沈めるという計画だ。



「でも、金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトに行き先教えちまって良かったのか?」


「ああ。問題ない。金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトの斥候程度であれば迎撃できるだけの戦力は残してきた。それに、彼女らが邪魔をするなら海亀ウミガメと一緒に焼き払うだけだ」


「一緒に焼き払うって簡単に言うけどよ、あんた誰を相手しようとしてんのか分かって……」



 プロトテスガを相手にするだけでも十分信じられないのに、この男は必要であれば金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトも一緒に焼き払うと平気で言ってのけたと、テナン驚きを通り越して呆れていた。


 だが、同時に口元を緩めさせる程の頼もしさもこみ上げる。



「はっ、まぁいいや、俺としては海亀ウミガメも今の金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトも大差ねーし、一緒に蹴散らしてくれんなら溜飲も下がるってもんだ。だけどまぁなんだ、あんたもあんま無理はすんなよ」


「俺がしているのは、大義も何もないただの殺し合いだ。気遣いはいらない」


「へっ、あんたも大概なへそ曲がりだな。いいぜ、その方がこっちも気楽だ。あんたが俺たちの敵を勝手に殺しまくってくれれば、俺たちも仕事がしやすくなる。勝手に応援させて貰うぜ」



 テナンの言葉に、少しの間を置き、マサトが質問を返す。



金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトはワンダーガーデン全土の治安維持に貢献していると聞いた。それを倒すということは―― 今より治安が悪化する可能性もあると思うが」


「あぁ? そんときゃそんときだろ。それに言ったろ? 今の金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルト海亀ウミガメと変わらねーって。誰もあいつらに逆らえねー分、その辺の海賊よりタチが悪い。因縁付けられたらそこでお終いだ」


「海賊よりはマシだと思うが……」


「はっ、そこは真面目に突っ込むのかよ! 海賊相手なら武力で自衛できるだろ? 予防も対策もできる。だが、金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトは権力の暴力だ。どうする事もできねーからタチが悪いんだよ」



 犯罪者が相手なら抵抗できることも、国家権力をもった警察が、虚偽の事実を元に権力を振りかざしてくるとなれば、抵抗すら許されなくなる。


 それは確かにタチが悪いと、マサトは納得した。


 テナンの意外にもまともな回答に、フッと笑みが零れる。



「あぁ? なんで今笑った? 笑う様なこと言ったか?」


「いや、お前もちゃんと考えてるんだなと少し関心した。感情でしか物事を見れない馬鹿だと思っていた」


「おい言い方! まぁ間違っちゃいねーけどな」



 テナンが溜息を吐くと、俯き、今度は恥ずかしそうにしながら頭をボリボリとかいた。



「えー、あー。その、なんだ。すまん!」



 突然、テナンがマサトへ頭を下げる。



「何がだ?」


「あんたが最初にここへ来た時、俺たちは勘違いしてあんたの邪魔をしちまった! ここの奴等を代表して謝る! 悪かった!」



 突然の謝罪にマサトが目を丸くする。



「気にするな。俺は気にしていない」


「まぁ一応ケジメって奴よ。俺たちは曲がったことが嫌いだからな」



 すると、白い髭を蓄えた老齢な職人――1番ドックを取りまとめる棟梁のグドックが、話に加わってきた。



「なぁに一丁前に儂らの代表面してやがる」


「げ、親方!?」


「だがまぁてめぇでケジメ付けようとした気概は評価してやる」



 そう言うと、グドックもマサトへ向き直り、頭に巻いていたタオルを取り、深々と頭を下げた。



「すまなかったな。この通りだ。許してくれ」



 これには、流石のマサトも呆気に取られた。


 船大工達がマサト達を海亀ウミガメと勘違いしたのは、マサト達がそう見せかけていたからであり、彼らに非はないと思っていたからだ。


 だが、いらぬ疑いをかけたという事に対し、こうして頭を下げてくれる事が、何よりも意外だった。



「……頭を、上げてください」



 突き放した言い方ではなく、しっかりと敬語で返す。


 犯罪者や乱暴者には非道に振る舞えるが、礼節を重んじる年長者に無礼な態度を突き通せる程、マサトは無神経でも傲慢でもなかった。



海亀ウミガメを装っていた私たちにも原因があります。なので、私も気にしていません。謝っていただく必要も――」


「まぁなんだ。これは儂らのケジメだ」



 そう告げてニカッと白い歯を見せて笑うグドックと、鼻の下を指で擦りながら笑うテナン。


 師弟揃って同じ事を言った二人に、少しだけ、心が晴れていく。


 すると、黒いフードローブを風に靡かせた白眼の青年が、手を振りながら走ってきた。



「父ちゃーん! 金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトが西へ飛び去って行ったよ! それも各地で一斉に移動し始めたって!」



 マサトとヴァーヴァの間に生まれた一人息子のヴァートだ。



「いよいよ、始まったか。プロトテスガは?」


「明日にはここに到着するだろうって師匠が」


「分かった。街人の避難は?」


「キャロルドさんがプロトテスガの巨大な浮島見てようやく決断したみたい。これから始めるらしいよ」



 これで最悪の場合の被害は最小限に抑えられると、ホッと胸をなで下ろす。


 北の空には、目視でも確認できるほどの巨大な大陸か浮かんでいるのが見える。


 キャロルド然り、街人も目の前に脅威が迫っていると分かれば、避難誘導にも従ってくれるだろう。


 空を見上げるマサトへグドックが問う。



「あんた、本気であれとやり合うのか?」


「はい」



 微塵の不安も感じさせない揺るぎない眼差しを受け、グドックは目を丸くしながら頭をかいた。



「そ、そうか。儂らに出来ることがあればなんでも言ってくれ。船大工衆総出で手伝うぞ」


「ありがとうございます。では、取り急ぎは避難誘導に協力を」


「そうだったな。よしきた! 任せとけ!」



 グドックが厚い胸板をドンと叩く。



「テナン行くぞ! 顔の広い儂らが先導すれば円滑に進む。時間はそれ程ねぇ、急ぐぞ!」


「おう!」



 駆け足で避難誘導へと赴く親子のような二人の背中を見送る。


 すると、ふとヴァートが何やら落ち着かない様子でもじもじし始めたのが視界の端に映った。



「駄目だ」


「え!? まだ何も言って……」



 驚くヴァートの目を見て、言い聞かせるように話す。



「プロトテスガには俺一人で行く」


「な、何でだよ! おれだって父ちゃんの力になれるくらいの実力はあるはずだろ!?」


「だとしても、だ。俺の能力は単独行動に向いている。だから一人で行くんだ。ヴァートはヴァートの出来ることをしてくれ」


「出来ることって何!?」


「皆の護衛だ」


「でもプロトテスガは父ちゃんのところに行くんだろ!? 街は素通りするんじゃ……」


「もし、素通りしなかったら?」


「え……」


「プロトテスガが、いや、海亀ウミガメのヘイヤ・ヘイヤという男が、スペード領でやった虐殺の話を聞いた。同じことをここでしないとも限らない。ギガスというモンスターが街に放たれたら、誰が街を守る? 誰が皆を守る?」



 ヴァートは黙ってマサトの話を聞く。


 その瞳は真剣だ。



「急な避難は絶対じゃない。知らずに街に残る人、あえて街に残る人、避難したくてもできない人が必ず出てくる。ヴァートには、もしもの時に街を、皆を守ってもらいたい。頼めるか?」


「分かった。皆の事はおれに任せてよ」



 そう答え、ヴァートは力強く頷いた。



「助かる」



 マサトが頭を撫でると、ヴァートは恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしながら「と、父ちゃん!

おれそんなに子供じゃないんだから、や、やめてよ!」と抗議した。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UC】 期待の眼差し、(赤)、「インスタント」、[一時能力補正+1/+0] [与ダメージ増加Lv1]

「過度な期待は重荷になるが、適度な期待は当人のやる気を起こさせる起爆剤となり得る。それが期待とは違うものだとしても、当人がそう受け取れば、それは期待に変わる」

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