239 - 「キャロルドの蒐集物」


「父ちゃん、それでね! 砂丘地帯で蠍のモンスターが出た時に……」



 ジーソン家の応接間にて、皆の生温かい眼差しを浴びながら、ヴァートのお喋りは続く。


 その内容は、母ちゃんは優しいけど怒ると恐ろしく怖いという家族のことから、竜信教ドラストでの日々、旅の道中で起きた話まで、とにかく多岐に渡った。それだけヴァートには父ちゃんに聞いてほしい内容がいっぱいあったのだ。


 キングとララはというと、マサトに息子がいたこと、そしてその息子が父を探しに旅をしていたという感動的な展開に驚き、アタランティスに限っては、セラフも人の子だったのだなと何故か一人だけ嬉しそうにしていた。


 暫くして、キャロルドが執事を背後に伴って入室する。


 額に玉のような汗を浮かべたキャロルドは、あたふたしながら来訪者全員を見渡し、パークスを見つけるとすぐさま声をかけた。



「せ、先生! し、心配してたんだよね!? オ、オサガメは、ど、ど、どうなったんだな!?」


「安心してください。オサガメの戦闘員は全員この世を去りました」



 パークスの言葉に、キャロルドが短い両手を小さく上げて喜ぶ。



「さ、さすが先生なんだな! たった二人でオサガメを退治するなんて、やっぱり凄腕だという噂は本当だったんだな! あ、後はアカガメをどうするかなんだよね!!」


「その件ですが――」



 そこでパークスはマサトへと視線を向ける。



「実は、私達が到着した頃には、既にオサガメの戦闘員は全て死んでいたのです」


「ど、どういう事なんだな?」


「それは――」



 パークスがマサトへと説明を引き継ぎ、マサトがオサガメとアカガメをそれぞれ壊滅させた件について説明すると、キャロルドが驚き一瞬、すぐさま短い両手を上げて喜んだ。



「オサガメだけじゃなく、アカガメも一人で壊滅させたなんて、す、凄過ぎるんだよね! ぜひうちと専属契約を結んで欲しいんだな!」


「申し出は有難いですが、それは難しい相談です」



 すかさずパークスが口を挟み、淡々と断るも、興奮したキャロルドが引く様子はなかった。


 標的をパークスに変えたキャロルドが鼻息を荒くしながら迫る。



「い、いくらなら良いんだな? 言い値を出すんだよね!?」


「お金の問題では……」


「と、土地でも家でも何でも用意するんだな。もしくは、ワ、ワダジの秘蔵のお宝を譲っても良いんだよね! 中央に献上せずに蒐集し続けた古代魔導具アーティファクトがたくさんあるんだよね!」



 その言葉に反応したのはマサトだ。



「……古代魔導具アーティファクト?」



 勝機を得たりと、キャロルドが嬉々としてマサトへ駆け寄ると、その手を取り、つぶらな瞳で懇願した。



「ワ、ワダジの宝物なんだよね。でも、先生方になら譲ってあげても良いんだよね!」


「……見てから決めても?」


「も、勿論なんだよね! き、きっと気に入ると思うんだよね!」



 結局、マサトの一存で一同はキャロルド秘蔵の古代魔導具アーティファクトが保管してあるという地下の宝物庫へと移動した。


 何重もの隠し扉と魔法障壁で保護された宝物庫には、金銀財宝とは程遠い、大小様々な古ぼけた骨董品が保管されている。


 どれもとても大切にされているのか、宝物庫内は埃一つなく、見やすいように綺麗に陳列されていた。


 マサトがララにアイコンタクトを送ると、その意味をすぐ察したララが「全く、世話がやけるかしら」と溜息を吐き、マサトの指示で古代魔導具アーティファクトを鑑定していく。


 ララが鑑定魔法パァスを使えることに驚き、喜んだキャロルドだったが、その喜びも長くは続かなかった。



「ここにある大半が、古代魔導具アーティファクトでも何でもない紛い物ゴミクズかしら。よくもこんなガラクタを大量に集めたのよ」


「う、嘘は良くないんだな。偽物だというしょ、証拠をみせるんだな」


「ハッ! 見苦しいのよ! ま、別に信じようが信じまいが個人の勝手かしら。ララは真実を言ったまでなのよ」



 ララがそう吐き捨て、興味なさそうにプンと横を向くと、キングがすかさずフォローに回る。



「キャロルドさんにゃ申し訳ねぇが、このチビ助はこう見えてもワンダーガーデン唯一の最上位支援魔法師ハイ・エンチャンター、ララ・ラビット・アクランドだ。嘘は言わない筈だぜ?」


「誰がチビかしら!」


「アクランド家の!? そ、そんな…… それじゃあ……」



 あまりのショックに顔面蒼白になったキャロルドが、ガックリと肩を落とし膝をつく。


 だが、次の瞬間には「ダ、ダックワーズの仕業なんだな!」と憤り、わなわなと震えて顔を真っ赤にさせた。


 そんなキャロルドを余所に、マサトは気になった物を選別していく。


 大半が紛い物であったものの、古代魔導具アーティファクトがなかった訳ではなかったのだ。


 時の秘宝こそなかったが、マサトが興味を引いた物もあった。



(価値がありそうなのはこの二つくらいか)



[UC] 不思議な小瓶 (3)

 [(1):薔薇色の不思議な水を精製]

 [精製上限5]

 [耐久Lv1]


[R] 改変された梟の目玉マァダァファイオウルアイズ (1)

 [(3):カードを一枚指定する。そのカードが存在する場合、次のターンまでそのカードを公開した状態でプレイする]

 [耐久Lv1]



 不思議な水を精製する小瓶と、梟の目玉。


 不思議な水は精製するまでどんな効果を持つのか分からないが、梟の目玉は時の水晶を探す手掛かりになる。



(梟の目玉は欲しい。だが、これをどう伝えるべきか……)



 欲しいと切り出せば、キャロルドはマサトに専属契約を持ちかけるだろう。


 そうなれば交渉は平行線になる可能性がある。



(何か良い交換条件はないか……)



 すると、執事が血相を変えて階段を駆け下りてきた。



「キャ、キャロルド様! た、大変でございます!」


「な、何なんだな?」


「ロリーナ・イーディス様から、緊急を告げる赤紙が届きましてございます!」


「あ、赤紙!? は、早く渡すんだな!!」



 執事から小さな赤紙を受け取ったキャロルドは、食い入るようにその紙を見て、見る見る内に顔色を悪くさせた。



「ま、不味いんだな…… ウ、海亀ウミガメの本体が動いてしまったんだな……」


「本体……?」



 マサトが疑問を口にすると、キングが説明する。



「奴隷商ギルド、海亀ウミガメのボス――ヘイヤ・ヘイヤが動いたって事だろうな。さすがにバレたか? 奴が動くってことは、浮島プロトステガが南下してるって事か。確かロリーナ嬢ちゃんのイーディス領は中央南部だったはず。そこからイーディス産の使い鷲イーグルを出したとして、プロトステガがここに到着するのは、早くて1週間後ってくらいか」



 すると、キャロルドがピクリと動いて止まり、キングへ視線を向けた。



「ロリーナ嬢ちゃん……? チミはやけに詳しいんだな? ……んんん? よく見れば、どっかで見た顔な気もしてきたんだよね」



 ぐいぐいと距離を縮めてくるキャロルドに、キングが慌てて顔を背けつつ、話の続きを促す。



「そ、それより、あのイカれたヘイヤ・ヘイヤが来るってことは、相当やべぇんじゃねぇか? 北のスペード領がどうなったか知ってるだろ?」


「そ、そうだったんだな」



 キャロルドが再び慌て始める。


 海亀ウミガメのヘイヤ・ヘイヤが、北部に領地を持つスペード領で行った大虐殺は、ワンダーガーデンの領主達の間では有名な事件だった。


 キャロルドとキングのやり取りは続く。



「こ、こうなったらアリスを呼ぶしかないんだな」


「それは止めておいた方がいいぜ?」


「な、何でなんだな?」


「今のアリスは、帽子屋ハッタ・ハット卿の操り人形だ。その帽子屋と繋がりの濃いヘイヤ・ヘイヤに対して何の抑止力も持たない。それどころか、一緒になって敵に回る可能性すらある。同じ理由で、金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトも駄目だ。まぁアリスや帝国が正常に機能しているなら、スペード領があんな事になってはいねぇけどな」


「そ、それはその通りなんだな。で、でも、だとしたらどうしようもないんだよね」


「まぁ確かに正面からやり合うには分が悪い。プロトステガにはギガスもいるしな。焦土に変えられてお終いだ」


「そ、それじゃあ困るんだな! あ、せ、先生! オサガメとアカガメを殲滅した先生なら!」



 泣きそうな顔をしながら、キャロルドは一抹の望みを抱いてマサトを見る。


 同時に皆の視線を浴びたマサトは――



「別に構わない。敵なら討つだけだ」



 と、あっさりと了承してみせた。



「だが、条件がある」


「な、何でも言って欲しいんだよね!」


「そこの魔導具アーティファクト二つを貰う。後、オサガメにいる俺の部下達にこの領地での市民権を」


「そ、そんな事ならお安い御用なんだよね! さ、さっそく手配するんだよね!」



 キャロルドが執事に指示を出す。


 その間、キングとララはやれやれといった表情でマサトへ話しかけた。



「まぁこうなると思ってたけどな。部下達ってのはあれか? 元奴隷達のことだよな?」


「そうだ」


「優しいねぇ。セラフは」


「ただの自己満足だ」


「ララは、セラフの自己満足は嫌いじゃないのよ」



 アタランティスも満足顔で同意する。



「さすがセラフだ! 皆の喜ぶ顔が目に浮かぶよ!」



 アタランティスの言葉にララとキングが頷く。



「でも、プロトステガ相手に本気で一人で戦争仕掛ける気なのかしら」


「セラフなら問題ない気はするが、今度はオサガメやアカガメなんかとは比にならない程、巨大な相手だぞ?」


「問題ない。一人で十分だ」



 その言葉に反応したのは、ヴァートとパークスだ。



「お、おれも行く!!」


「平時であれば止めるところですが、相手が海亀ウミガメであれば、私達の標的でもあります。手伝いますよ」



 パークスは続ける。



「ただし、相手がプロトステガとなると、騒ぎが大きくなるのは必然。アリスや金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトに集結されると厄介ですので、少々手回しが必要でしょう」


「何か手があるのか?」



 そう質問したマサトだけでなく、キングやララもパークスの言葉に耳を傾ける。



「ええ、あります。フログガーデンの部隊に、ワンダーガーデン西部を襲撃させて、中央の気を逸らします」


「「まさか……!」」

 


 キングとララが驚くも、パークスは気にせずマサトへ告げた。



「あなたがフログガーデンに残してきたファージ達を使います。今のあなたにファージ達の指揮権がないのは不思議ですが、彼らは今、ゴブリンの革命王――オラクルの指揮下にありますので、オラクルに連絡を取って侵攻させれば良いでしょう」


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 改変された梟の目玉マァダァファイオウルアイズ、(1)、「アーティファクト ― 遺物」、[(3):カードを一枚指定する。そのカードが存在する場合、次のターンまでそのカードを公開した状態でプレイする] [耐久Lv1]

次元を渡り歩く者ディメンションズ・ウォーカーの気まぐれによって改変され、世界の理から外れた異物の瞳は、同じ異物を見抜く力を宿した――ルイスの見聞録、第十一章、フクロウ」

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