238.5 - 「回想録――ヴァート誕生」


 大地が低い唸り声をあげて震え、小石達が一斉に踊り出す。


 禿山の地中深くにある洞窟では、歓喜の雄叫びをあげたゴブリン達による飲めや歌えのどんちゃん騒ぎの真っ最中だった。


 そのゴブリン達の中心で、大きな声で泣き叫ぶ赤児を大事そうに抱き抱えながら小躍りしているのは、オークゴブリンのタドタドだ。



「うまれたど〜! りゅうきしさまとばぁばのこどもだど〜! おとこのこだど〜! おだうれしいど〜! さいこうだど〜!!」


「オマエ達煩いよッ! こっちは子供一人産み落としたばかりで死にそうだってのに、少しは静かにできないのかいッ!?」



 そう怒鳴りながら現れたのは、黒死病の魔女ペストウィッチのヴァーヴァだ。


 ヴァーヴァは、酷く疲れた様子で、壁に手をついており、息も絶え絶えだった。



「どぉわー!? ばぁばはまだやすんでていいだど。たどお・・・のめんどうはおだがみてるからだいじょうぶだど!」


「誰がタドオだいッ!? アタシの子供に勝手に変な名前を付けるんじゃないよッ!!」


「ご、ごぶりんのふうしゅうでは、こをとりあげたものがなまえをあたえてよいきまりなんだど。だから、おだがなまえをつけたんだど。おだのなまえからとったかっこいいなまえなんだど」


「何言ってんのか滑舌が悪くて聞こえやしないよッ! ったく、それでも碌でもないこと言ってんのだけは分かる自分が嫌になるよ。はぁ、その子の名前はもうとっくに決めてあるんだ。呼ぶならちゃんとした名前にしておくれ。それにアンタはゴブリンじゃなくてオークゴブリンなんじゃなかったのかい?」


「そういえば、おだおーくごぶりんだったんだど。ごぶりんとずっといっしょだったからわすれるとこだったんだど。あ、それと、ばぁばがなんだかやさしくなったきがするんだど」


「いちいち気に障る豚だねッ! い、いたたた……」


「だ、だいじょぶだか?」


「大丈夫な訳ないだろッ! 今にも死にそうだよッ!!」


「ぜ、ぜんぜんしにそうにないんだど。げんきそうだど……」


「はぁ…… その子の名前は、ヴァートだよ。アタシの名前と旦那の名前から取ったのさ。どうだい? 良い名前だろ?」


「ばぁと、だか。たどおにはまけるだが、それでもじゅうぶんいいなまえだど」


「そうかいそうかい。豚に同意を求めたアタシがバカだったよ」


「ばぁばおつかれだど。あ、おだちょっときになることができたんだど」


「なんだい? どうせまた碌でもない質問なんだろうけどさ。今日は気分が良いから聞いてあげようじゃないか」


「なんだかぶきみでぎゃくにこわいんだど……」


「あぁん?」



 剣呑な雰囲気を発したヴァーヴァに焦り、タドタドが早口で質問を投げかける。



「り、りゅうきしさまのなまえをとったならまぁばぁ・・・・じゃないだか?」


「豚の癖にいいとこ突いてくるじゃないのさ。マーヴァは女の子だったら付けようと考えていた名前だよ」


「そうだっただか。でも、それだとばぁばみたいにまがまがしいまじょになりそうななまえだど。このこがおとこのこでよかったんだど」


「どういう意味だいッ!?」



 ヴァーヴァが怒鳴るも、その声にいつもの迫力はなかった。

 

 その様子を見て本当に弱ってるのだと察したタドタドは、慌ててヴァーヴァの元へ駆け寄ろうとしてヴァーヴァに止められる。



「ま、待ちなッ! こっち来るんじゃないよッ!!」


「どぉわっ!? き、きゅうにどうしただか?」


「その子に黒い斑点はついてないだろうね?」



 タドタドは、腕の中でずっと泣き続けているヴァートを持ち上げ、くまなく体中を観察する。



「ついてないど」


「そ、そうかい」



 そういうと、ヴァーヴァは脱力するように地面へ座り込んだ。



「だ、だいじょうぶだか!?」


「安心したら気が抜けただけだから心配はいらないよ」


「そ、そうだか。ばぁと、だっこするだか?」



 タドタドの言葉に、ヴァーヴァは少し悲しい顔をした。



「遠慮しとくよ。その子に万が一黒死病ペストがうつったら大変だからね」


「そうだか。でも、このこはきっとぺすとにはかからないんだど」


「……なんでそんなことが分かるんだい?」


「おらくるからてきせいをしらべるがらすだまもらったんだど。おだ、それをつかってしらべたからわかるんだど」



 ドヤ顔しながらそう話すタドタドに、ヴァーヴァが大きく目を見開き、今度は鬼の形相で怒鳴った。



「なんでそれを今まで黙ってたんだいッ! 本当に使えない豚だよッ!!」


「ど、どわぁー!? そ、そんなにおこったらばぁとがこわがるど!」


「それよりも、その子が黒死病ペストに感染しない理由を教える方が先だよッ! なんでその子は黒死病ペストに感染しないと言い切れるんだいッ!?」



 いつもなら怒鳴りながら詰め寄るヴァーヴァだが、今日は本当に体力がないのか、怒鳴りながらも地面に座り込み、立ち上がろうとはしなかった。

 

 そんなヴァーヴァを心配しつつも、タドタドは理由を話した。



「ばぁとには、えきびょうたいせいのてきせいがあるんだど。おらくるがいってたからおだもしってるんだど。えきびょうたいせいれべるごがあればぺすとにもかからないんだど! すごいてきせいなんだど!」


「疫病耐性…… それもLv5……」



 ヴァーヴァが壁に身体を預け、ハハハと力なく笑う。

 

 その瞳からは一筋の涙が流れ落ち、乾いた地面を濡らした。



「あのオラクルが言ってたなら間違いないね…… はぁ…… 良かったよ…… 本当に…… こういうのを奇跡って呼ぶのかね……」


「ばぁばが…… ないてるど……」


「そりゃあ涙くらいでるってもんだよ。黒死病ペストなんかに好かれたアタシが自分の子供を授かることができたんだ。今なら神様にだって股を開けるさ」


「せっかくのかんどうのばめんが、だいなしなひょうげんだど……」



 そういいながらも、タドタドはヴァーヴァの元へヴァートを連れていく。


 すると、先程まで大声で泣き喚いていたヴァートがたちまち静かになった。



「ばぁとは、ままがだいすきみたいだど。あんなにないてたのに、すぐなきやんだど。ちょっとおだせつないんだど」


「バカ、妬くんじゃないよ。でも安心しな。そのうちすぐ懐くさ。この子はアタシの子なんだからね」


「……それはどういういみだか?」


「さあね」



 ヴァーヴァが、むず痒がって身動ぎしたヴァートを抱き直す。



「ほら見な、こんな可愛いらしい顔して、気持ち良さそうに寝てるじゃないか。この顔を見てると、不思議と疲れも吹き飛んでいくようだよ。今なら、この子の為ならなんだってできる気がするね。本当に、無事に生まれてきてくれて、感謝の気持ちしかないよ……」



 すやすやと寝息を立てて眠るヴァートへ、慈しみの笑みを浮かべながらぽろぽろと涙を溢れさせるヴァーヴァを、タドタドは黙って見守った。


 いつの間にかゴブリン達も黙り、禿山はいつもの不気味な静けさを取り戻す。


 こうして、ヴァートは生まれた。


 人里離れた山奥の薄暗い地下で、数多のゴブリンに祝福され、母の慈愛をたっぷりと浴びながら。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UC】 慈愛の眼差し、(白)、「インスタント」、[一時能力補正+0/+1] [ダメージ軽減Lv1]

「それが魔女から齎されたものだと、誰が信じようか――慈愛の伝道師アフエ」

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