238 - 「闇魔法の申し子ヴァート6」


 飢えるファージと地獄の猟犬ヘルハウンドが死闘を繰り広げている中、新たに召喚した二体の飢えるファージが、黒いフードローブ姿の男――ヴァートを取り囲んだ。



(飢えるファージと互角なら、あの狼は2/2クラス程度。そこまで警戒する必要はないな)



 黒い奇形の悪魔と黒い狼が戦っている様子を一瞥し、そう判断したマサトは、呆然と佇むヴァートへと目を向けた。



(急に動きが止まったが…… 何を考えている? 次はどうくるつもりだ?)



 警戒する必要があるのは、効果を予測できない未知の魔法だ。


 大抵の魔法であれば膨大なマナに物言わせて強引に打ち消せるが、全ての魔法を相殺できる訳ではない。


 行使されただけで起死回生の一手となる魔法がないとも限らないのだ。


 だが、それらの強力な魔法は、大抵の場合、複雑で長い詠唱が必要でもある。


 その為、マサトは敢えてヴァートに詠唱させ、それを上回る速度で炎を行使できると見せ付けたことで、ヴァートの詠唱を封じてみせた。



(仮に相手がまた簡易詠唱ショートキャストを行使してきても、あの黒い靄の手や黒い炎の弾丸程度であれば、被害なく打ち消せる。打ち消されると分かった上で牽制してくる可能性はあるが……)



 マサトに簡易詠唱ショートキャスト常闇の牢獄ダークプリズンを行使しても通用しないことは、ヴァートも理解していた。


 だが、例え簡易詠唱ショートキャストで牽制しても、次の一手を考える余裕すらヴァートには残されていなかった。


 闇魔法で上空へ逃げたとしても、マサトに容易に捕捉されてしまうと分かった上に、駄目押しとも言える召喚魔法。


 この召喚が決定打となったことは、誰から見ても明らかだった。



(そろそろ潮時だな)



 呆然と立ち尽くしているヴァートへ、マサトが告げる。



「もう終わりにしよう」



 すると、ヴァートはマサトを見上げ、気後れした様子で一歩後退した。


 これまでの威勢は霧散し、目は泳ぎ、身体は小刻みに震えている。



(気持ちが折れたか。勝負あったな)



 マサトがそう思ったその時――


 突如大きな破裂音が響き、ヴァートを囲んでいた二体のファージが勢いよく弾き飛ばされた。


 遅れて吹き荒れる突風に、ヴァートのローブが激しくはためく。



「どうやら間に合ったようですね」


「し、師匠!!」



 今にも泣きそうな表情から一転、パアッと明るい笑みを浮かべたヴァートが振り向いた先には、金髪をオールバックにした白い服の男が、右手に持った剣を差し向けながら立っていた。


 マサトは新たに姿を見せた男を冷静に観察する。



(船室へ侵入したもう一人の男か。手に持っている剣はなんだ? 刀身の周囲が歪んで見える。風の魔法か、それとも光か…… 刀身に強力な何かを纏ってるな……)



 一方で、白い服の男は、マサトへ視線を向け、警戒しつつも、銀縁の眼鏡を左手の中指で軽く押し上げながらヴァートへ声をかけた。



「無事ですか?」


「も、もちろん! だ、だけどあいつはかなり危険だ! あの黒い悪魔を三体も召喚したんだよ!」


「あれが召喚ですか。フログガーデンでよく見かけるタイプの悪魔が三体。なるほど。決定的ですね」


「し、師匠? な、なんでそんな冷静に…… しょ、召喚だよ!? おれでも一体が限界なのに! 三体も同時に!」


「ええ、知っています。恐らく、彼は三体どころか、何百、何千と召喚を行使できますよ」


「……え? 何百? 何千……? し、師匠一体何を……」



 その言葉にヴァートが呆気に取られるも、白い服の男はヴァートを無視して歩き出す。


 その男の姿に、マサトは引っかかりを覚えた。



(なんだ……? あの男…… どこかで……)



 口を先に開いたのは白い服の男の方だ。



「久し振りですね。丁度、15年振りくらいですか。あなたは覚えていないかもしれませんが、私は鮮明に覚えていますよ」


「俺を……?」


「はい。あなたは、ローズヘイムの英雄王、マサトですね?」


「なっ」


「ええええええええーーーーっ!?」



 マサトが大きく目を見開いて驚くも、それ以上に驚いたのはヴァートだった。



「ちょ、し、師匠、ちょっと待ってよ! あ、あれ…… あいつが!? ほ、本当に!?」


「ええ、そうです。見た目が殆ど15年前のままだったので私も驚きましたが、その代わりすぐ彼だと分かりました。雰囲気や身に纏う気配は少し違いますが、間違いありません。彼がそうです」


「そ、そんな…… じゃあ……」



 ヴァートがわなわなと震えながらマサトの方へと振り向く。


 だが話の見えないマサトは白い服の男へ質問を投げかけた。



「……悪いが誰だ? 俺を知っているのか?」


「覚えていませんか? まぁ私も歳をとりましたからね。名前で思い出してくれると嬉しいですが――」



 そう告げながら、白い服の男は眼鏡を外し、鋭い眼光をマサトへ向ける。



「私はパークスです。ティー公爵の元側近であり、元後家蜘蛛ゴケグモの戦闘構成員、A0特殊型の。と言っても、あなたとは後家蜘蛛ゴケグモのアジトで一度しか会っていませんが」


「パークス…… 後家蜘蛛ゴケグモ……」



 そこまで考え、ようやく思い出す。


 後家蜘蛛ゴケグモにギガンティアの末裔であるベルが拐われた時に、地下で対峙した鎌鼬男だ。


 かなりの手練れで、咄嗟に和平の心パシフィスト能力付与エンチャントして無力化したのを覚えていた。



「あの時の鎌鼬使い!?」


「ようやく思い出してくれましたか。私にはその後の人生を変えるきっかけとなった重要な一戦でしたので、15年経った今でも鮮明に覚えていますが。いえ、あなたに覚えていて貰えて光栄ですよ」



 そう話したパークスは、「さて」と自分の話にさっさと区切りを付けた。



「多少のすれ違いはあったものの、取り返しのつかない被害が出る前にお互いの素性が分かって良かった」



 パークスが背後で震えているヴァートへと手を向け、話を続ける。



「ご紹介が遅れましたが、そこで子犬のように震えている彼の名はヴァート。かつて黒死病の魔女ペストウィッチと呼ばれたヴァーヴァの一人息子であり――」



 そこで一呼吸止めると、パークスは口元に笑みを浮かべ、告げた。



「あなたの息子です」



 その告白に、マサトの時が一瞬止まる。



「……は?」


「驚くのも無理はありません。ですが、あなたは15年も姿を消していたのです。いや、正しくは15年後のこの世界へ飛ばされたといった方が分かりやすいでしょうか」


「……知ってるのか? 俺が未来へ飛ばされたってことを」


「知っていますよ。その事実を知っているのは、ほんの一握りの人物だけですが」


「……そう、か」


「15年の年月は、色々なものを変えました。あなたが姿を消してからもフログガーデンは災難の連続でしたが――、おっと、その話はまたの機会にしましょう」



 パークスが剣を収め、背後で棒立ちしているヴァートを手招きする。



「ほら、ヴァート。何を突っ立っているのですか。あなたが探していた目的の人物が目の前にいるというのに。いざとなって怖気付いたのですか?」


「な、だ、誰も怖気付いてなんかっ!」


「では早く来なさい。それと、杖も地獄の猟犬ヘルハウンドも不要です。しまいなさい」



 ヴァートがぎこちなく頷き、慌てながら短杖を懐にしまい、地獄の猟犬ヘルハウンドへ向けて手を払うと、地獄の猟犬ヘルハウンドが瞬く間に黒い靄となって霧散した。


 完全に矛を収めた二人に、未だに理解が追いついていないマサトが話しかける。



「仮にパークスが本人だとして、彼が…… 俺の息子?」


「15年という月日が経てば、授かった子も大きくなるのは道理。ヴァーヴァが身篭ったという事実も聞かされず、初対面が14歳になった息子というのも抵抗があるかもしれませんが、この子は紛れもなくあなたの息子です」


「俺の……」



 突然のこと過ぎて実感が湧かず、呆然とするマサトに、パークスは続ける。



「その反応、ヴァートは父親似ですね。あの魔女の子にして、この子は根が素直過ぎると思っていましたが、あなたが父親なら納得がいきます。眷属召喚も、父親の血の影響でしょう。それより、あなたはいつまで空に浮かんでいるつもりですか?」


「あ、ああ」



 パークスに言われるがまま、マサトが甲板の上へ降り立ち、炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを消す。


 すると、ヴァートは恥ずかしそうにチラチラとマサトの方を窺いつつ近づいてきた。



「と、父ちゃん……?」


「………………」



 フードを取ったヴァートの顔は、緊張しているのかほんのり赤い。だが、肌は薄紫色で、眼は白眼。ヴァーヴァの特徴に良く似ているが、自分に似ているかと言われると正直判断が付かなかった。


 マサトの反応に傷付いたのか、ヴァートが足を止めて視線を落とす。



「い、いきなり父ちゃんって呼ばれても戸惑うよね。ご、ごめん」


「いや、もし本当に君が俺の息子なら、謝まらないといけないのは俺の方だ……」


「父ちゃん……」



 一向に距離感の縮まらない二人に、パークスが助け舟を出す。



「15年の時を飛び越えてきたあなたが、この現実を受け入れるのに時間が必要だというのは理解できます。なので、少しでもその理解が早まるよういくつか質問をしましょう」


「質問か…… 構わない。続けてくれ」


「では、あなたは彼の母親であるヴァーヴァと関係を持ったことは?」



 子の前でなんて事を聞くんだと思ったマサトだったが、ヴァートの真剣な眼差しに腹を決める。



「……ある」


「では、ヴァーヴァは自身が保有している加護の特性上、子供が産めない身体だったという事はご存知でしたか?」


「いや、それは知らなかった」


「では、ヴァーヴァが [黒死病ペストの加護] を保有していたというのは?」


「それが加護かどうかは知らなかったが、触れた相手に黒死病ペストを感染させる力を持っていることは知ってる。身を持って体験したから」


「そうですか。そこまで知っていれば十分でしょう。ヴァーヴァはその加護のせいで子供が埋めない身体でした。正しくは、身籠ることは出来ても、黒死病ペストによってすぐ死なせてしまう――っと言ったところでしょうか。彼女のように子供にも同じ [黒死病ペストの加護] が遺伝すれば黒死病ペストを無効化できますが、加護が遺伝する可能性は低いですからね。そもそも夫となる相手が黒死病ペストに耐えられないという問題もあったそうですが。では、なぜそんなヴァーヴァが身籠り、ヴァートを生むことが出来たのだと思いますか?」


「それは……」



 少し考える。


 自分が黒死病ペストに抵抗できたのは何が理由だったか。


 そして思い出す。



「疫病耐性か?」


「そうです。彼は産まれながらに強力な疫病耐性を保有していた。これは父親から遺伝した可能性が高い。彼の命を守った適性は [疫病耐性Lv5]。ここまで耐性値の高い適性を、私は見たことがありません。各ギルドの情報網を使って調査しましたが、その様な強力な耐性保有者の登録は見つけられませんでした」



 パークスが眼鏡を拭き、改めて掛け直すと、マサトを見て話を続けた。



「あなたは [疫病耐性Lv5] という適性、または加護を保有していませんか? 恐らく、それがあなたとヴァートを繋ぐ決定的な証拠となるはずです」



 パークスの言葉を受けて、マサトが生唾を飲み込む。



「……ある。それが適性なのか、加護なのかは分からないが、俺には [疫病耐性Lv5] の補正がある」


「フッ、であれば疑う余地はありませんね」


「いや、待て。それだと時系列がおかしい。俺が疫病耐性を得たのはヴァーヴァと会った後だ。それからヴァーヴァとの接触はないはず……」


「なるほど。では、どうやってその耐性を得たのですか?」


「確か…… 黒死病ペストを治療した過程で得たんだったと思う」


「そうですか。それであればそれほどおかしいことではありません。元々あなたが耐性を得やすい体質であったというだけでしょう。その体質がヴァートへ受け継がれ、ヴァーヴァのお腹で成長する過程で耐性を得たと考えれば納得がいきます」


「俺と同じようにして耐性を……」


「そうです。普通では考えられませんが、あなたの子であるなら理解できます。そもそも、ここまで高位の召喚魔法を使える者が、あなたの子でない訳がない。ヴァーヴァの遺伝子が強過ぎた影響か、容姿こそ母親似ですが、あなたと同じ珍しい黒髪の遺伝子も受け継いでいるようですし、あなたと似ている部分は多いですよ」


「俺に似てる部分……」



 マサトがヴァートへと目を向ける。


 ヴァートは口を一文字に結びながら、今にも泣きそうな、とても不安そうな表情で、マサトの言葉を待っていた。



(泣き虫なところは俺似か…… 笑えるな)



 マサトがヴァートへ語りかける。



「ごめんな。君にとっての15年前は、俺にとっては数日前の出来事なんだ。だから、自分の子供だと言われても実感が湧かない」


「だ、だよね」



 ヴァートが両手でローブをぎゅっと掴みながら、精一杯の愛想笑いを浮かべる。


 拒絶されたと思ったのだろう。


 しかしながら、それを顔に出さまいと精一杯気丈に振る舞おうとしていた。


 それが余計に痛々しく見えるとも知らずに。


 そんなヴァートへ、マサトは両手を広げて告げる。



「だけど、俺の子なのは確かなんだろ? 君が纏っているマナに、他にはない親しみを感じたのは、俺の子だからだったんだな。おいで。感動の親子の再会なら、まぁまずは抱擁だよな?」



 ぎこちなく笑って告げたその言葉に、ヴァートは目を見開き、大粒の涙を溢れさせた。



「と、父ちゃぁあああん!!」



 マサトの胸に飛び込んだヴァートは、今まで溜め込んでいた想いが決壊したかのように咽び泣いた。


 14歳とてまだ子供。周りから国を救った英雄とも、国を捨てた謀反人とも呼ばれていた父をただひたすらに信じ、異国の地まで探しにきたヴァートにとって、父との再会は夢にまで思い描いた奇跡だった。


 今でこそ立派な魔法使いとして成長したヴァートだが、生まれた時から才能を開花させた訳ではない。年相応の苦労がそこにはあったのだ――


 母親であるヴァーヴァの黒死病ペストの加護のせいで人里近くでは暮らせず、ヴァートは幼少期からゴブリン達が遊び相手だった。


 そんな子供の将来を危惧したヴァーヴァは、断腸の思いで幼いヴァートを竜信教ドラストへと預けた。


 意外にも、ヴァーヴァは子供にはちゃんとした教育を受けさせたいと真っ当な考えをもっていたのだ。


 だが、ローズヘイムを訪れたヴァートは、臆病な性格故にうまく友達が出来ず、黒死病の魔女ペストウィッチの子供ということで皆から敬遠され、更には甘えられる両親も近くにいなく、孤独な毎日を過ごしていた。


 同年代の子が親子で楽しく買い物へ行く姿を見ては、一人枕を濡らす日々もあった。


 だが、両親から受け継いだ才能だけはヴァートを裏切らず、その才能に目を付けたパークスが弟子に迎えたことで、ヴァートは急成長する。


 その頃から、才能を自分に残してくれた父に対する想いは強くなっていったのだった。


 側にいなくても、自分の中に流れる父の血がいつでも守ってくれる。助けてくれる。力になってくれると、そう信じてこれたから、今のヴァートがあるといっても間違いではない。


 その父にようやく会えたという気持ちが、今まで蓋をしてきた辛かった記憶とともに決壊したのだ。


 そんなヴァートが落ち着きを取り戻すには少し時間がかかった。


 ドック内が静まり返ってから小一時間。


 心配したキング、ララ、アタランティスがオサガメへと顔を出し、泣いた子供をあやしているマサトを見て目を丸くしてみせるまで、親子の抱擁は続いたのだった。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【SR】 ヴァートのお守り、(黒)(赤)(1)、「アーティファクト ― お守り」、[(赤):タドタド1/3召喚1 ※上限1] [生贄時:常闇の影ダークシェイド0/2召喚1] [耐久Lv3]

「それは可愛い一人息子の為に作った常闇の魔女ダークウィッチお手製のおまもりであり、ヴァートのおり役でもある」

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