237 - 「闇魔法の申し子ヴァート5」
突如姿を現した奇形の黒い悪魔。
黒いキチン質の筋が葉脈のように広がった翅を広げ、耳障りな羽音を響かせながら、炎の翼を生やした男の前でゆらゆらと空に浮いている。
その悪魔を見た途端、ヴァートの背中を不快な寒気がぞわぞわと駆け上がった。
原因は、あの悪魔が周囲に放つ死の気配だ。
「あ、あり得ないだろ…… な、何で……」
ヴァートは、召喚魔法が自分だけが使える特別な力だと思い込んでいた。
今まで召喚魔法を扱える者に出会ったことがなかったのだ。
絶対の自信があった眷属召喚。
しかしながら、炎の翼を生やした男が行使してみせたそれも、紛れもなく召喚魔法そのものだった。
「け、眷属召喚は、
ヴァートの言葉が聞こえたのか、黒い悪魔がゆっくりと振り向き、瞳のない顔をヴァートへ向けた。
その悪魔が放つ異質な気配に、ヴァートが思わず「うっ」と唸る。
すかさず腰の引けたヴァートへ、悪魔を召喚してみせた男――マサトが停戦を促す。
「武器を捨てろ。俺たちは
「し、信じられるかよ!」
「それなら、これ以上続けるのか? お前は、大義も勝算もない不毛な戦いを続けて何がしたいんだ?」
その言葉に、ショックで引っ込んでしまっていた対抗心が再び勢いを取り戻す。
(ふ、ふざけんなよ! 勝算がない!? 召喚ができるからって何だ! それなら、こっちは魔法で圧倒してやる!!)
持ち前の負けず嫌いを発揮し、何とか気を持ち直したヴァートが、マサトへ再び吠える。
「な、舐めるなよ!!」
懐から素早く短杖を取り出し、高速で
大気中の
「冥界に君臨せし不遜なる混沌の王よ……」
だが、マサトはその行動を予測していた。
ヴァートの詠唱に合わせて右手を翳すと、火の粉を纏った風の放流が、ヴァートを大きく囲うように発生する。
「詠唱している間の対策はないのか? 無防備だぞ」
「なっ!?」
異変を察知したヴァートが、
すると、ヴァートのいた場所から火柱が迸った。
「くそっ! あの距離から一瞬で火柱を発生させられるのか!」
(火の加護ってこんな厄介だったのか!? これじゃあ詠唱してる間にやられる!)
そう思考を巡らせるヴァートへ、マサトが注意を促す。
「俺だけに注意を向け過ぎだ。敵は俺だけじゃない」
「なに……?」
飛び退いたヴァートへ、火柱を突っ切ったファージが襲いかかった。
涎を撒き散らしながら凶悪な牙を剥き出しに大口を開けて迫る黒い悪魔に、ヴァートが焦る。
「うわっ!? へ、
「ガルゥァアッ!!」
「キィィイイイイ!!」
間一髪のところで
だが、その一瞬の隙――モンスター二匹によって視界が隔たれた隙を突いて、マサトはヴァートへと肉迫していた。
「いいっ!?」
ヴァートの目が大きく開かれ、その白い瞳に紅い炎が映り込む。
「お前じゃ俺には勝てない。武器を捨てろ」
「だ、誰が降参なんてするか!!」
そう話すや否や、ヴァートは黒い煙を纏い、空へと飛び上がった。
(い、一度態勢を立て直して……)
「逃げるのか?」
「なっ!?」
黒煙となって飛行するヴァートに、紅蓮の炎に包まれたマサトが並走する。
(な、何で付いてこれるんだよ!? は、離れろ!!)
加速し、空を無規則に飛び回るも、ぴったりと追従してくるマサトに、ヴァートの中の焦りが少しずつ恐怖へと変わる。
「い、いい加減付いてくるなぁ!
だが、ヴァートは既になりふり構っていられない状態にあった。
強引に発現させた黒い靄が、マサトを囲むように無数の手の如く伸びる。
(よし! 捕まえた――!!)
黒い靄が檻の形状に変化したその時――
閃光がヴァートの目を眩ました。
「な、眩しい!?」
ほぼ条件反射でその場から全力で離れるも、背中に強い衝撃を受けて一瞬意識が飛ぶ。
「ぐはぁっ!?」
(な、何が……)
内臓が浮き上がるような感覚に、脳が危険信号を上げて意識が急速に戻る。
(お、落ちてる!?)
真っ逆さまに落ちていく中、ヴァートは混乱しながらも着地することだけに意識を集中させた。
(さすがにこのまま落ちたらただじゃ済まない……!)
再び黒い煙を身に纏い、
甲板がドスンと音を立てて軋み、黒い煙が周囲へ拡散し、霧散した。
「ぐっ……!!」
足に激痛が走るも、何とか着地に成功する。
(ハッ…… あ、あいつは!?)
敵を見失ってしまったことに焦ったヴァートが、慌てて辺りを見回す。
「ど、どこに行った!?」
「どこを見てる。俺はずっとここだ」
空を見上げると、三対の炎の翼を広げた男が腕を組みながらヴァートが復帰するのを待っていた。
敵へ追撃しなくとも問題ないとする余裕の態度。
いつもであれば相手の態度に激怒するヴァートだったが、心の中に生まれた少しの恐怖心がブレーキとなり、僅かに冷静さを取り戻すことに成功する。
(だ、駄目だ。闇雲にぶつかって勝てる相手じゃない……)
敵の態度は挑発の類いではなく、現にそれ程の差があるのだとようやく気付く。
だが、ヴァートもまだまだ若かった。
素直に敵との力の差を認められない自尊心が、態度となって現れる。
「よ、余裕かましてると痛い目みるぞ」
「まだ諦めないか。分かった。それなら、これでどうだ――?」
マサトが両手を翳す。
(また火柱か!?)
ヴァートがいつでも回避できるよう黒い煙を身に纏うも、その予想は悪い形で裏切られた。
「飢えるファージ、召喚」
「な……」
耳を疑うその言葉は、無情にも二回繰り返され――
「まだだ。飢えるファージ、召喚」
「そ、そんなのありかよ……」
急に身体から力が抜けていく。
それは、ヴァートが短い人生で経験した――3回目の心が折れる瞬間だった。
――――――――――――――――――――
▼おまけ
【C】
「アンタまたその魔法を母ちゃんに使ったらただじゃ置かないよ!!――
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