236 - 「闇魔法の申し子ヴァート4」


 静まり返った船内に、コツコツと靴底の音だけが鳴り響く。


 壁の至る箇所に焦げ跡や破損が見られるも、床にはゴミ一つ落ちていない。


 白い服の男は船内の様子に違和感を感じながらも、周囲を警戒しながら黙々と船内を進んでいった。



(……妙ですね。普通であれば修繕されるような床の破損は放置されているのに、手摺には埃一つない。この矛盾は何でしょうか。オサガメ程の大船に船匠がいないなど考え難いですが)



 客室と思わしき部屋の扉を開ける。


 誰もいないことは気配で分かっていたが、部屋の様子が気になったのだ。



(部屋の掃除も行き届いてる。つい最近まで使われていた痕跡もある。この広い船内の掃除となれば、掃除に割く奴隷の数も多いはず。ですが、先程から奴隷の姿を一人も見かけない。不思議ですね。一体何処に隠れているのか)



 すると、廊下で物音がした。誰かが走り出した足音だ。


 男は警戒しつつも、素早く廊下へ飛び出し、足音のした方へ駆け出す。



(この拙い足音は…… 子供ですか?)



 男が標的の背後を捉えるのに、そう時間はかからなかった。


 背中を丸めて逃げる標的へ、殺意を込めて言葉を発する。



「止まりなさい」


「ひっ!?」



 呼び止められた者が肩を竦め、すぐさま立ち止まると、ぶるぶると震える身体をぎゅっと抱きしめながら蹲った。



「わ、わたしは掃除していただけです! だ、だから殺さないでください!」



 そう涙声で訴えた相手は男の読み通りまだ子供だった。


 身体に合っていない大人用のメイド服を着ており、手には布を持っている。手は皹で赤く荒れていることからも、嘘を言っていない可能性が高いと判断できる。



「他の者は何処に?」


「し、知りません!」


「知らないことはないはずです。正直に答えなさい」


「こ、殺さないでー!」



 メイド服の子供は怯えるだけで仲間の居場所を吐く様子はない。それが仲間を庇ってのことか、恐怖でパニックになっているだけけどうかは分からなかった。



(さすがに子供を尋問するのは避けたいですが――)



 男がそう考えたその時、端の廊下の曲がり角から視線を感じた。


 すかさず男は行動に移す。



「そこですか!!」



 男が手を振り抜くと、一瞬空間が歪み、視線を感じた先の壁が爆ぜた。



「ケロッ!?」



(――ケロ?)



 叫び声に引っかかりを覚えたが、通路から気配が遠ざかっため、考えるよりも先に敵の後を追った。


 だが、敵は船内を熟知しているのか、中々追い付くことができなかった。



(やりますね。しかし、これでは私を誘導しようとしているのが丸わかりですよ)



 追う過程で通り過ぎようとした部屋から多くの気配を感じて立ち止まる。



(何かいますね。もしや、私に気付かれては困る何かがこの部屋に……?)



 男が扉に手を掛けると、先程まで追っていた気配が再び近付いてくるのが分かった。


 それと同時に、黒い棘のようなものが飛来する。



「その気の抜けた投擲では、私を捉えることはできませんよ」



 その棘を躱し様に左手を払う。


 左手から放たれた空気の歪みは、そのまま廊下の端で手を向ける者――蛙人フロッガーへと瞬く間に到達し、その身体を引き裂いた。



「ゲロォッ!?」



 蛙人フロッガーは倒れ、床に薄黄緑色の体液を撒き散らして絶命した。


 男が蛙人フロッガーを見て驚く。気配の主が蛙人フロッガーだとは思わなかったのだ。



(なぜ蛙人フロッガーがこの船に…… オサガメがフログガーデンへ渡航したという情報はなかったはず。まさか、蛙人フロッガーはワンダーガーデンにも生息していた? 仮にそうだとして、なぜオサガメの船に……)



 ワンダーガーデンの乾燥した気候は蛙人フロッガーに適していないため、蛙人フロッガーはワンダーガーデンでは長生きできず、蛙人フロッガーがフログガーデンから出ることはないというのが男の知る常識だった。



(考えていても分かりませんね。分からないことは、この部屋にいる者達に聞くとしましょう)



 男が扉を開け放つと、そこには黒い棘のような武器を構えた蛙人フロッガーと、その背後に船員と思わしき格好をした者達が身を寄せ合っていた。



「また蛙人フロッガーですか。海亀ウミガメはいつからカエルの住処になったのですか?」


「ケロ達は海亀ウミガメではないケロ。だから、海亀ウミガメを倒しにきたオマエの敵でもないケロ」



 その言葉に、男の目が大きく見開かれる。



「ほぅ、ではなぜオサガメの船に?」


「オサガメはセラフ様が乗っ取ったケロ」


「乗っ取った……? では背後にいる者達は? オサガメの船員のようですが」


「この者達はセラフ様が解放した元奴隷ケロ。船員の服を着ているだけケロ」


「確かに、どの者達も服を着こなせてないようですが…… そのセラフという者は何処ですか?」


「もうすぐ来るケロ」


「もうすぐ来る……?」



 すると、狼の遠吠えが船内に微かに響いた。



「あれはヴァートの…… そう言う事ですか。オサガメの船員は何処にいますか?」


「戦闘員は全員セラフ様が始末したケロ。ここにいるのは、元奴隷と非戦闘員だけケロ」


「くく、そうですか。にわかに信じ難い話ですが、一先ずあなたの言葉を信じるとしましょう。では、最後の質問です。あなたの召喚主は誰ですか?」


「セラフ様ケロ」


「くく、ははは」



 男が堪らず笑う。



「何がおかしいケロ」


「……失礼。人は嬉しい時、自然と笑いが込み上げてしまうようです。もし私の予想が正しければ、早くヴァートのところへ行かないと不味いですね」



 そう言うや否や、男は踵を返して部屋から出て行こうとして――立ち止まった。



「いや、それよりも…… そのセラフという主人に伝えておいてください。あなたが対峙している白眼の少年は殺すなと。殺せば一生後悔しますよ、と」



 男の言葉に、蛙人フロッガーが訝しむ。


 だが、そんな蛙人フロッガーを余所に、男は不敵な笑みを浮かべながらすぐさま去って行った。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 飛びかかる蛙人バウンシングフロッガー、1/1、(青)、「モンスター ― 蛙人」、[毒Lv1]

「円らな瞳、丸い指先、ぽってりとしたお腹。どうです? 美味しそうに見えてきたでしょ?――腹ペコ亭店長トト」

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