235 - 「闇魔法の申し子ヴァート3」


 マサト達がオサガメを停泊してある1番ドックへと戻ると、船大工達が遠巻きにオサガメの様子を見守っていた。



「何があった」



 マサトが船大工の一人に話しかける。



「んあ? 何って、キャロルドさんが依頼したっつー男二人組が海亀ウミガメ退治に……」



 船大工がそう答えながら振り返ると、声を掛けてきたのが、つい先ほどオサガメから出て行った四人組だと気付いて慌てふためいた。



「って、あ、あんたら、あのオサガメの!?」


「そうだ。誰も近寄らせるなと言っておいたはずだ。金もちゃんと前払いで払ったはずだが?」


「い、いや、お、俺たちにはどうしようも…… キャロルドさんの命令じゃあ…… なぁ」



 周りにいた他の船大工達もその言葉に頷く。



「キャロルド?」



 理解できなかったマサトの代わりに、すかさずキングが船大工へと聞く。

 


「ジーソン家のキャロルドか?」


「あ、ああ、そうだ。ここはキャロルドさん所有のドックだからな」


「ってことは、領主の差し金ってことか。随分嫌われてんだな。海亀ウミガメは」



 キングの言葉に、気不味そうに視線を逸らす船大工達。

 

 だが、キングは構わず続けた。



「領主は海亀ウミガメへ明確な敵対行動を示したってことだろ? あんたらは、あの海亀ウミガメとやる気か? 報復が怖くねぇのか?」



 キングがそう問い詰めると、白い髭を蓄えた老齢な職人が船大工達をかき分けてやってきた。

 

 年齢を感じさせない程に鍛え上げられた身体は日焼けしていて浅黒く、威嚇用なのか手にはバールのような鉄の棒を握りしめていた。

 


「だとしたらどうする。儂らも始末するか? 儂らはキャロルド坊ちゃんの下で働いてんだ。例え相手が海亀ウミガメだろうが、関係ねぇ。儂らはキャロルド坊ちゃんに従うまでよ」



 すると、今まで弱腰だった船大工達が急に勢い付いた。



「そうだそうだ! 親方の言う通りだ!」


「でかい面しやがって! ここはジーソン家所有の1番ドックだぞ! 海亀ウミガメは出ていけ!」


「お前たちに俺たちのコーカスは好きにさせねぇ!」



 船大工達の態度が急変したことに、今度はキング達が動揺する番だった。



「おいおい、意外な展開過ぎるだろ」


「タイミングが悪すぎるかしら。なんでララ達が来た途端にこうなるのよ」


「セラフ、どうするんだ……?」



 アタランティスに話を向けたらマサトは、いきり立つ船大工達を一瞥すると、何も言わずオサガメへと歩き始めた。


 マサトの行動に、船大工達が一瞬静かになる。


 すると、船大工の一人がわざわざ駆け付け、マサトの前に立ち塞がった。

 

 年齢は二十代くらいで、顔には自信が満ち溢れている。



「ちょっと待った。兄ちゃんの帰り道はこっちじゃないぜ? この船はジーソン家が差し押さえる。お帰りはあっちだ」



 そう告げてマサト達が来た道を指さすと、再び船大工達が騒ぎ始めた。



「いいぞテナン!」


「よく言った! それでこそ親方の一番弟子!」



 テナンと呼ばれた船大工は、どうだと言わんばかりの表情でマサトを見る。形勢有利とみて、気が大きくなっているのだろう。


 一方で、マサトは冷めた視線を目の前の男へ一瞬だけ向けた後、何も言わずすぐさま視線をオサガメへと移した。

 

 無視されたと感じたテナンが「おい」と言いながらマサトへと手を伸ばそうとしたその瞬間――


 マサトは炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを展開した。


 背中から真紅の炎が噴き出し、三対の翼を広げると、熱風とともに火花を舞い上げ、近寄ろうしていたテナンの肌を焦がした。



「あ、あつ!? な、なんだ!? 炎!?」



 驚きのあまり尻餅をついたテナンを尻目に、マサトは構わず空へと飛び立つ。


 テナンは口を開けて固まり、その様子を見守っていた船大工達から動揺の声があがった。



「炎の翼……」


海亀ウミガメの幹部…… だったのか?」


「な、なぁ大丈夫か? 俺たちもう後には引けないぜ……?」



 自分たちが喧嘩を売った相手の一人が、強力な [火の加護] 保有者だという事実に顔を青ざめさせる。


 海亀ウミガメは腐っても帝国最大の奴隷商ギルドだ。


 海亀ウミガメへの日頃の鬱憤と、領主の明確な敵対表明により一時的に感覚が麻痺してしまっていた船大工達だったが、敵に回してタダで済む相手ではないことは百も承知だった。

 

 マサトの炎の翼を目の当たりにしたことで再び弱腰になった船大工達を見て、空気が変わったことを察したキングがすかさず口を開く。



「あんたらの覚悟は分かったぜ。まぁ安心しろ。俺たちは海亀ウミガメじゃねぇ」


「……どういうことだ?」



 親方と呼ばれた船大工が訝しむも、キングは口元に笑みを浮かべるだけだった。



「そのまんまの意味だ」




◇◇◇




 炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを広げ、オサガメの甲板を見下ろせる位置まで飛び上がると、甲板に黒いフードローブ姿の男――ヴァートが立っているのが見えた。



(あいつか……)



 マサトがヴァートを見つけると、ヴァートも空へ飛び上がってきたマサトを認識した。


 マサトの姿に一瞬だけ目を見開いて驚いたヴァートだったが、次の瞬間には口元に笑みを浮かべ、独り言を呟く。



「火の加護持ちか…… それもかなり強力な。へへ、師匠。ようやく手応えのありそうな奴が来たぜ」



(何だ……? ここからじゃ上手く聞き取れないな。詠唱か?)



 訝しむマサトを余所に、ヴァートは両手に纏った黒い炎を大きくさせる。


 どうやら相手は既に戦闘態勢に入ったようだ。


 海亀ウミガメの敵でないなら戦う必要はないと考えていたマサトだったが、同時にこの状況では説明したところで信じてもらえないだろうと諦めてもいた。



(話し合いは難しそうだな)



 双方がお互いの一挙一動に注視する。


 沈黙を先に破ったのはヴァートだ。



「おまえがオサガメの船長か?」


「違う」


「船長じゃないのか。まぁいいや。海亀ウミガメの連中は排除するのみ! くらえっ!!」



 突然ヴァートが片手を突き出し、先手必勝とばかりに手に纏っていた黒い炎の塊を放つ。


 その塊は黒い煙の尾を引きながら、一直線で空に滞空しているマサトへと向かう。



(拳大の炎なら避ける必要もないか……)



 マサトは迫る黒い塊をじっと見つめ――被弾する直前に左腕で振り払った。



――バァンッ



 手の甲に黒い炎の塊がぶつかり、爆発音とともに黒い炎が弾ける。


 視界を黒い炎が覆ったが、マサトが身に纏う紅蓮の炎が壁となり、相殺されて空に消えた。



「へぇー、まさか避けずに殴って打ち消すとは思わなかったよ。その腕、もう使い物にならないんじゃない?」



 顔に浮かべた笑みを少し引きつらせたヴァートが強がる。


 渾身の攻撃に敵が避けると踏み、次の一手を考えていたのだが、敵は避けずに腕を振り払うだけで打ち消してしまった。

 

 初めての経験に動揺したヴァートへ、マサトが答える。



「避ける必要があるなら避ける。腕は無事だ。殴ったのは腕ではなく、手の甲だが」


「ぐっ」



 無表情でそう答えたマサトに、自分の攻撃を軽視されたと受け取ったヴァートが歯を食いしばり悔しがる。



「あれは本の小手調べだからな。あれで全力だと思うなよ……」



 マサトへ対抗心をめらめらと燃やすヴァート。


 その心の炎は、ヴァートの周囲に黒い炎となって発現した。



「おまえには特別にとっておきを見せてやる」



 そう啖呵を切ったヴァートは、勢いよく柏手を打つと、そのまま地面へ両手を付け、詠唱を開始。



「冥界に君臨せし不遜なる混沌の王よ、終焉を望む我が血と魔力マナを贄に、その混濁たる常闇の牙を貸し与え給え!」



 地面に発現した魔法陣が、黒い煙とともに紫色の光を放つ。



「眷属召喚! 地獄の猟犬ヘルハウンド!!」



 詠唱が完了すると同時に、魔法陣の上を光と黒い煙の放流が起こり、その直後、勢い良く弾けた。


 突風が駆け抜け、獣の遠吠えが響く。



――オォォオオオオオン!!



 そこには、漆黒の身体に黒炎を身に纏った大狼が、鋭い牙を剥き出しにしながら空に浮かぶマサトを睨んでいた。



地獄の猟犬ヘルハウンドの召喚…… 召喚が使えるということは…… もしやプレイヤーか?)



 召喚してみせたヴァートを見ると、ヴァートは目に見えて分かるくらいに息を荒くしながら笑っていた。



「どうだ! 見たか!?」



(いや…… プレイヤーならたかが召喚一つであそこまで疲弊しないか)



「どうした!? おれの眷属召喚に驚き過ぎて声も出ないだろ!? はは! そうだろそうだろ!!」


「凄いな。まだ若いのに」


「はぁん? 若いからって舐めてると……」


「だが、召喚くらいなら俺にもできる」



 ヴァートの言葉に被せるように呟いたマサトの発言に、ヴァートは一瞬止まり、大声で笑った。



「はははっ! そんな強がり言った奴は始めてだ! おれは特別なんだよ! じゃあ見せてくれよ! その召喚とやらをさ! まぁ無理だろうけどな! はは!」



(……本当にそう思ってるみたいだな)



 高笑いするヴァートを観察していたマサトは、この青年を黙らせるには召喚が一番だと判断した。



(この手の若者は、自分より弱いと判断した相手の言葉など聞く耳持たないだろう。強い力を持っているなら尚更だ)



 そう判断し、召喚で応戦する。



「飢えるファージ、召喚」



[C] 飢えるファージ 2/2 (黒)  

 [飛行]

 [毎ターン:ライフ2点を失う]



 マサトの召喚に応じ、空中に黒い靄が大量に噴き出し、それが渦を巻くようにして空中へと集まると、翅を広げた黒い悪魔が姿を現した。


 映画のエイリアンを連想するような骨格。


 楕円形の頭部に、鋭い牙。


 長い手足に、先端が鋭利な槍のようになっている長い尻尾。


 肉体に皮膚はなく、ファージ特有の剥き出しとなった黒い筋肉が蠢いている。


 虫のような翅を広げ、口から涎を大量に垂らした悪魔は、目の前をゆらゆらと滞空しながらマサトの命令を待っていた。



「な、なんだよそれ!? しょ、召喚!? う、嘘だろ!?」



 信じられないものを見たかのような表情で、ヴァートは突然現れた飢えるファージを凝視していた。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 飢えるファージ、2/2、(黒)、「モンスター ― ファージ」、[飛行] [毎ターン:ライフ消失Lv2]

「満たされることのない飢えが奴らの原動力となる」

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