234 - 「闇魔法の申し子ヴァート2」
「一応、まだバレてねぇみたいだな」
オサガメ周辺には
船内に入れば、奴隷や非戦闘員しかいないという異常な光景を目にする事になる。であれば、船に誰も寄せ付けなければ良いという判断だ。
「そもそも
「まぁそりゃそうだが」
ララから突っ込まれたキングが振り返り、船縁に背を預けながらマサトへ話しかける。
「しっかし、セラフ。本当に良かったのか? 奴隷達に何もあそこまで配慮してやる必要はねぇと思うんだが……」
「ララもそう思うのよ。お陰で潤沢な軍資金がすっからかんかしら。セラフの錬金術に回す分も残っていないのよ」
キングの話にララが乗っかる。
キングとララが指摘したのは、マサトが奴隷達にオサガメの財宝を分け与えたことについてだ。
奴隷達が再出発するための支度金として、数年は働かなくても食べていけるだけのお金――金貨数枚を一人ずつ渡し、更には元奴隷だと分からないように身なりを整えさせるため、仕立て屋に大量の衣類を手配した。
さすがにそこまでの施しを与えると思っていなかったキングとララは、マサトの判断に驚いた。
だが、マサトはあまり気にした様子もなくさらりと返す。
「先立つ物がなければ生活できないだろ。金も働くあてもない辛さは知ってる」
「はぁ…… そりゃ大層な考えで結構だが…… まぁいいか。セラフがそれで良いってんなら」
「セラフがそう決めたのならララはもう何も言わないのよ」
「オレは最初からセラフの意見に賛成だったぞ」
複雑な表情を見せたキングやララとは違い、アタランティスはどこか自慢気だ。
マサトからの突然の施しに、奴隷の殆どが泣きながら感謝の言葉を述べる光景は、アタランティスやキングだけでなく、偽善を嫌うララの心にも響いたのだった。
「ただ、俺も最初はここまでするつもりはなかった。寝食を共にしたら簡単に見捨てられなくなっただけだ」
「バハッ! いいんじゃねぇか? そういう人間臭いところ、俺は嫌いじゃねぇぜ?」
奴隷に関する話が一区切りしたところで、マサトはこの後の話を続けた。
「予定通り、全員この船から降ろしたら、オサガメは港から出し、乗り捨てる」
「勿体ねぇが無難なところだな。売るわけにもいかねぇし。俺らならもう降りる準備できてるぜ」
「ララも準備万端かしら」
「オレも問題ない!」
「分かった。後はガルダン達に任せれば上手くやってくれるはず。俺たちは先を急ぐ」
「うっし!」
「分かったかしら」
「承知した!」
マサト、キング、ララ、アタランティスの四人は、ガルダンと
マサトはアタランティスにも「好きにして良い」と提案したが、アタランティスは「セラフについて行く!」の一点張りだった。
アタランティスには帝都に移住させられた仲間を救う目的があるとの話だったが、そうマサトに懇願した時のアタランティスは、まるでマサトに見捨てられることを恐れた子犬のようだった。
マサトが「好きにしろ」と許可を出すと、満面の笑みを浮かべて尻尾をブンブンと振り、「好きにする!」と言ってマサトの隣に並んだ。
その様子に呆れたララが「発情期が近いのかしら。緑狼族はよく分からないのよ」と話すと、キングが「緑狼族が嘘を付けないって言うのは知ってたが、こういうところまで正直に行動しちまうのか……」と不憫な子を見る目でアタランティスを見守っていた。
そして、港町を歩くこと数分。
さっそく問題が起きた。
「まさか…… ガルダンがやられた?」
召喚したダック・ガルダンとの繋がりが消えたのだ。
突然立ち止まったマサトに、キングがすかさず声をかける。
「どうした? まさか、もう問題発生か?」
「オサガメに残してきたガルダンがやられた」
「マジかよ、もうバレたのか? バレるにしちゃ早くねぇか? どうする? 奴隷達はまだオサガメから降りてねぇだろ? 戻るか?」
「バレたのなら戻るのは危険かしら。ここで問題を起こせば、必ずアリスを呼び寄せることになるのよ。ララは戻るのに反対かしら」
「オレは奴隷達を助けたい。奴隷の中には子供もいるんだ。でも、セラフに従う」
それぞれが意見を述べ、マサトの言葉を待つ。
マサトは――
「俺は戻る。俺に付き合う必要はない。三人も好きにするといい」
そう告げて踵を返す。
「やれやれ。そう勝手に一人で行くなよ。俺たちも付き合うぜ? な、ララぁ」
「ここまで来て別行動なんて水臭い以前にララへの裏切り行為なのよ。ララもセラフに付いていくかしら」
「オ、オレはセラフと離れたくない!」
「……好きにしろ」
オサガメへ戻るマサトの後に、キングとララが続き、アタランティスはすかさずマサトの隣へ並ぶ。
左右に振られるアタランティスの緑色の尻尾を見ながら、キングとララは「一匹だけ動機がちげぇな(違うかしら)」とお互い顔を見合わせ、呆れた笑みを浮かべるのだった。
◇◇◇
「おかしいですね……」
体格の良い鳥人族を真っ二つに斬り捨ててみせた白い服の男が、オサガメの甲板に立ち、警戒して近付いてこようとしない他の鳥人族を見て呟く。
「一人始末すれば、蜂の巣をつついたように湧き出してくると思っていましたが、予想に反して冷静のようです」
すると、黒い煙の塊が、オサガメの船の外から放物線を描いて飛来し、白い服の横に落ちた。
煙が舞い上がると同時に、黒いフードローブ姿の男が膝をついた状態で姿を現す。
ヴァートだ。
ヴァートは、ゆっくりと立ち上がりると、白い服の男へ語りかけた。
「噂に聞いてたのと全然違うね。人族を見下した短気で傲慢な種族って話だったのに。仲間が死んだのに、反撃どころか誰も激怒すらしないなんて」
「噂はあくまでも噂と言うことでしょう。ただ少し妙ではありますね。静か過ぎます」
「もしかして既に皆出払ってる……? まさかね」
そう話しながらヴァートが両手に黒い炎を纏うと、白い服の男が歩き始めた。
「出てこないのであれば、船内へ踏み込むまで。ヴァートは私が討ち漏らして外へ逃げ出してきた者達の処理をお願いします」
そう告げ、細身の剣を抜くと、刀身に不可視の風を纏わせた。
「師匠、
「使いません。この船は奴隷船でもあります。無抵抗な奴隷まで殺す必要はないでしょう」
「そか。分かった。外は任せて」
「任せましたよ」
そう告げて船室へ立ち入ろうとした男の前へ、新たな鳥人族が大きな翼を広げて降り立った。
立ちはだかる鳥人に、白い服の男も足を止める。
「ようやく一人きましたか」
「何者だ。なぜ我々に刃を向ける」
「ほう、いきなり仲間を斬り殺した相手に会話を望むとは。これは予想外です」
「師匠、これ時間稼ぎが目的じゃないのか?」
「そうかも知れませんね」
「なら早く片付けちまおうよ」
「ふむ。ヴァート、あまり事を急ぎ過ぎて、重要な情報を見逃しても良くありません。もう少し情報を探るとしましょう」
「んな悠長な!」
師匠と呼ばれた男は、銀色の縁の眼鏡を片手でクイッと押し上げると、未だ武器を抜かずに目の前で仁王立ちしている鳥人族の戦士へ言葉を返した。
「なぜ刃を向けるのか。そう聞きましたね? それはあなた達が
「であれば、お前達は
「だとしたら、どうしますか?」
「何もしない。我々は
そう告げるや否や、ガルダンの戦士は後方へ飛び退き、仲間達を連れて更に後方へ下がった。
その行動に、白い服の男とヴァートが呆気にとられる。
「これは…… どういうことですか? 彼らは
「師匠、これ嘘だよ! きっと罠だ! そうやっておれたちを翻弄させて逃げるつもりだ!」
「逃げる? オサガメを置いてですか? 彼らが嘘を付くメリットは?」
「い、いや、そこまでは分かんないけど……」
「ふむ……」
先程までとは打って変わり、涼しい表情から険しい表情へと変わった男は、そのまま船内へと続く扉へ向けて進み始める。
「し、師匠? もしかしたら船内に招き入れることが罠かも!? おれたち依頼主に嵌められたんじゃ!?」
「それは状況からして考え難いでしょう。ジーソン家が
「じゃ、じゃあ……」
「ヴァート、あなたは予定通り外で待機です。周囲を警戒し、殺意を向けてくる者がいれば対処してください」
「し、師匠は?」
「私は船内を探ります。そうすれば何か情報を得られるはずです。仮に私達の戦力を分断するのが目的であったとしても、ヴァートと私であれば問題ないでしょう。と、言うことで外は任せましたよ」
「え、あ、し、師匠!」
ヴァートの呼び止めも聞かず、師匠と呼ばれた男は船内へと一人進んだ。
「何だよこれ! 思ってた展開と全然違う! おれと師匠で格好良く奴隷商蹴散らすんじゃなかったのかよ!?」
誰もいなくなった甲板で、不完全燃焼気味になったヴァートはそうひとりごちた。
――――――――――――――――――――
▼おまけ
【R】 港都市コーカスの1番ドック、0/5、(青×4)(1)、「モンスター ― 施設」、[船持続強化+0/+1] [船修理Lv3] [建物]
「うちに依頼してくれりゃあどんな船だって整備してみせるぜ? ここには最高の設備が揃ってっからなぁ!――コーカスの船大工テナン」
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