231 - 「小休止」
「セラフ! 怪我はないか!?」
マサトがオサガメの甲板へと降り立つと、アタランティスが尻尾を揺らして真っ先に出迎えた。
顔は心配している様だが、雰囲気はどことなく嬉しげだ。
「ああ、怪我はない」
「そうか。それなら良かった……」
「途中、光の矢が飛んできたけど、あれはアタランティスが?」
「そ、そうだ。セラフが危ないと思って援護したつもりだったけど、迷惑だったか……?」
「いや、助かった。ありがとう」
「それなら良かった!」
褒められたのが余程嬉しかったのか、アタランティスの顔がパァッと花やいだ。
(アタランティスは頼られたいタイプなのか……? レイヤと一緒だな……)
「セラフ? 何か言ったか?」
「いや、何も」
マサトがアタランティスと話していると、アタランティスと同じくマサトの帰還を待っていたキングとララが会話に加わった。
「あのアカガメ相手に、本当に傷一つ付けずに戻ってくるなんてな。信じられねぇぜ」
「だから言ったかしら。セラフならアカガメ程度何の問題もないのよ」
半分呆れた感じに話すキングに、ララは腰に手を当てて自慢気に言い切る。
そんなララへキングが横目でチラッと視線を向け、ララのドヤ顔を見て小さく溜息を吐くと、再びマサトへ話しかけた。
「しっかし、また派手にやったな。生存者はなしか?」
「敵は全員始末した。仕留められなかった者も、血の臭いにつられて集まってきた海のモンスターに、海中へ引きずり込まれていった。恐らく誰も助からないだろう」
「海のモンスター…… おいおいマジか……」
マサトの話を聞いたキングが慌てて船首へ走り、海面を覗き込む。
「不味いのか?」
そうマサトが聞き直すと、キングは頭を掻きながら難しい顔をして答える。
「オサガメくらいでかい船なら、モンスター避けも徹底してるだろうし、心配はいらねぇと思うが…… 念のため大きく迂回した方が良さそうだな」
キングの言葉にアタランティスが賛同する。
「オレもキングの意見に賛成だ。この近海には
「二人とも心配し過ぎかしら。セラフなら問題ないのよ」
だが、二人とは違い、ララは問題ないと言い切った。いつもの事ながら、自信満々だ。
「海中のモンスターもセラフなら敵じゃないかしら。セラフも二人にそう言ってやるのよ」
ララにそう促されたマサトだったが、僅かに顔をしかめると、頭を左右に振りながら言い難そうに言葉を返す。
「水中戦はきつい…… 泳ぐのが下手だから」
マサトの思わぬ告白に、三人の動きが止まる。
どうやらすぐさま理解できなかったようだ。
目をパチクリさせたララが、首を傾げながら聞き直す。
「泳ぐのが下手と聞こえたかしら」
「そう言った…… 沈むのは得意だけど……」
「沈…… プ、プークスクス…… 急に笑わせないでくれるかしら!」
「バッハハ! セラフにも意外な弱点があったんだな! まぁ火の加護持ちは総じて水に弱いって相場は決まってるし、カナヅチでも変じゃねぇよ」
「オ、オレは泳ぎが得意だから、カナヅチのセラフが溺れても助けてやれる! だからそう気に病む必要はないぞ!?」
「言うんじゃなかった……」
目尻に涙を溜めながら怒るララに、笑いながらフォローしてくるキングと、必死に励まそうとしてくるアタランティス。
三人の反応に、マサトは脱力しながら目頭を押さえた。
因みに、カナヅチとは金槌と書き、泳げない人のことを指す。金槌は水に入れると即座に沈み、浮かび上がらないことからきているらしい。
マサトは元々あまり泳ぐのが得意ではなかったが、本格的に筋肉トレーニングを始めて以降、より水に沈みやすい体質になったため、苦手意識が強くなり今に至る。
脂肪が少なく、重い筋肉の多いボディービルダーは下半身が沈んで泳ぎ難いというのは有名な話だが、マサトはその話をする気分ではなかった。
「だから、もし仮に水中戦を余儀なくされたら、空を飛んで一人で逃げるからな」
反撃とばかりにマサトがそう告げると――
「薄情者なのよ! ララを置いて逃げるなんて許されないかしら!」
「おいおい、セラフ頼むぜ。こんな海のど真ん中で見捨てないでくれよ?」
「オ、オレも見捨てられるのか……?」
怒ったり、揶揄いの笑みを浮かべたり、不安な表情で泣きそうになったり、三者三様の反応を見せた。
そんな他愛のないやり取りに、マサトは心が少し軽くなる感覚を感じたが、その直後、助けられなかった奴隷の子供の事を思い出し、再び気分が沈む。
その感情の僅かな機微を察したのか、キングがマサトの肩に手を乗せ「まぁまぁ」と慰めるように声を掛けた。
「あんま考え詰め過ぎんのも良くねぇぞ? 俺達がやってんのは殺し合いだ。何があったかは知らねぇが、殺したくない相手でも殺さないといけない時もある。助けたくても助けられない時もある。反省は大切だが、背負い過ぎるといつか潰れるぜ? 何より心が保たねぇ。誰でも同じだ。だから心のバランスを取るために皆適度に忘れるんだよ。酒飲んでな!」
そう話すや否や、キングは勢い良くマサトの背を叩いて移動を促すと、「祝杯だ祝杯!」と言って船内へ歩き始める。
「アカガメ討伐は虐げられてきた者達にとっての吉報だからな! 奴隷達の中にも喜ぶ者がいるだろうよ!」
「それは名案かしら。奴隷だった者達にも振る舞うのよ」
「お、なんだララぁ。珍しく意見が合うじゃねぇか」
「明確に目の前の脅威が一つ消えたのよ。少しくらい騒いでもバチはあたらないかしら」
「じゃあそうと決まれば話は早ぇな! 狼の姉ちゃん、皆への周知頼まぁ!」
「分かった! 任せろ!」
アタランティスが尻尾を振りながら嬉々として走り去る。
「まぁ偶にはいいか…… 酒くらい」
「そうそう、それで良いんだよ。いい加減なくらいがこのクソみたいな世界には丁度良い」
「キングはいい加減過ぎるかしら」
「うっせ。ほっとけ」
こうして、その日はオサガメで飲んで歌っての大宴会が開催された。
最初はおどおどしていた奴隷達も、腹が満たされ、酒が回ると皆顔に笑みを浮かべ、解放された喜びに涙を流しながら他の者達と打ち解け合った。
皆、
オサガメの脅威が消えても、まだアカガメがいる。そう奴隷達の心を縛っていた恐怖心も、マサトがアカガメを壊滅させたことで薄れ、更には豪華な食事が振舞われたことで、ようやく自由になれたことを実感することができたのだ。
酒の飲めない女子供には、マサトのアイディアで果実水やお菓子が振る舞われたりした。
これも好評で、いつの間にかマサトの周りには人集りが出来る程になった。
マサトに対する悪魔のような強さによる恐怖心が、奴隷達共通の敵でもあるアカガメを倒した事で、憧れや尊敬へと変わった瞬間でもあった。
宴は一日中続き、次の日を迎える。
一行は港都市コーカスへと進路を向けるが、ここで一つ問題があがった。
問題を提起したのはララだ。
「元奴隷達のことなんて気にしていなかったから今までは良かったのだけど、セラフが奴隷達の事も気にかけるのなら、このままコーカスへ向かうのは危険かしら。
「確かになぁ…… オサガメじゃ、大分目立つしな。こっそりと入港なんて無理な話だ。
オサガメのまま上陸すれば、騒ぎになるのは必須。
元々オサガメを乗り捨てて帝都まで行くつもりだったマサト達ならまだしも、力も身寄りもない元奴隷達はどうすることもできず、かといって同行させるには人数が多過ぎる。
このままでは、元奴隷達は捕まるが、それで良いのかと言うのだ。
「それなら
「何か手があるのかしら」
「バレなきゃって…… 軍服はあるが、流石に無理がねぇか?」
マサトの言葉に、ララとキングがそう返し、アタランティスは不思議そうな顔で話の続きを待った。
「ダック・ガルダンを召喚して、そいつらに対応させる。それならすぐにはバレないだろ。それでもバレたら始末すれば良い」
「そ、そんな召喚もできるのかしら。開いた口が塞がらないとはこの事なのよ。もう何でもありかしら……」
「ぶったまげたな。いや、なんつーか。マジックイーターが、世界を支配していたって話の信憑性が増すぜ……」
ララとキングが動揺する中、唯一、マサトの話を今一理解できなかったアタランティスだけが、どういう事だろう?と首を傾げていた。
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▼おまけ
【UC】
「美味しい食事、楽しい会話、温かい雰囲気。それらは皆の疲弊した心を癒す。」
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