232 - 「浮島プロトステガ」


 雲一つない晴天。


 本来であれば陽の光が遮られることのない晴れの日に、突如巨大な影が大地を覆い隠した。


 雄大な大地が続くワンダーガーデンの北部上空に姿を現したそれは、巨大な亀の形をした島だった。


 その島の名は――浮島プロトステガ。


 奴隷商ギルドとしてワンダーガーデンのトップに君臨し、今や国政にも多大な影響力を与えるほどの権力をもつ、海亀ウミガメの空飛ぶ本拠地である。


 その空に浮かぶ特殊な島の城にて、浮島プロトステガの王、ヘイヤ・ヘイヤが、定期連絡が消失したアカガメとオサガメについての報告を部下から聞いていた。



「おひょ? オサガメに続いてアカガメも音信不通かひゃ?」



 王座の肘掛けに足を掛け、もう片方の肘掛けに頭を乗せながら、自慢の長い耳を頭の上でくるくると巻き付けて戯れていたヘイヤ・ヘイヤが部下の男へ聞き返す。


 ヘイヤ・ヘイヤは、雌雄で見た目の大きく異なる兎人族の雄だ。兎人の雌は、人族に近い美しい容姿をしているのに対し、兎人の雄は兎の面影を多く残す容姿をしている。


 どちらも兎の様に長い耳と丸い尻尾を持ち、特に雄は愛くるしい見た目が特徴的な種族なのだが、ヘイヤ・ヘイヤに関しては異質で近寄り難い危険な雰囲気を身に纏っていた。


 ヘイヤ・ヘイヤの毛並みは茶色く、鼻周辺と手足だけが白い。頭にはボサボサの髪のように長い毛が生えており、身に付けている高級そうな服は、何日も洗っていないかのように汚れていた。


 何が可笑しいのか、自分の発言の後に「あひゃひゃ」と狂ったような笑い声をあげると、ヘイヤ・ヘイヤの質問を受けた部下の男は、深々とこうべを垂れた。



「はい。ヘイヤ・ヘイヤ様」



 フードから覗いたその男の頭部に髪はなく、代わりに奴隷印が大きく刻まれている。


 それは、身も心もヘイヤ・ヘイヤに忠誠を誓った盲信者の証だ。彼らはヘイヤ・ヘイヤが死ねと命令すれば、喜んで舌を噛み切り自害することができる狂信者でもある。


 

「オサガメに続き、アカガメからも定期連絡が途絶えました。連絡が途絶える前の報告から、オサガメは南部に向かう途中にて、アカガメは定期連絡の途絶えたオサガメを捜索するべく、西部に向かう途中にて消息を絶ったと推察されます」


「あひゃひゃ。おひょひょ。オサガメだけじゃなくてアカガメすらもたった数日でやられるなんて、そんな愉快な話があるんかひゃ?」



 王座に横に腰掛けながらも、片手にティーカップと受け皿をそれぞれ持ちつつ、器用に紅茶を啜っていたヘイヤ・ヘイヤが、引き攣ったような笑い声をあげ、部下の男へ片眼を向けた。


 血の様に真っ赤な縦長の瞳孔と、常闇の様に濃い黒一色で染まった眼球がギョロリと忙しなく動き回る。


 男も主人であるヘイヤ・ヘイヤの視線を感じ、顔を上げてしっかりと眼を見て話す。


 その瞳もまた、濃い黒一色で染まっていた。



「所詮、彼らも使い捨ての奴隷。地上では海亀ウミガメの名を盾に幅を利かせていたようですが、実力は下の下。替えの効く駒に過ぎません。しかしながら、そんな彼らもヘイヤ・ヘイヤ様の所有物です。我らに敵意を向ける者には相応の罰が必要かと愚考いたします」


「あひゃひゃ。それは愉快な話だひゃ。で、どんな愉快な罰を考えているのかひゃ?」



 ヘイヤ・ヘイヤが楽しそうに、それでいて卑しく笑う。



「犯人の所在が掴め次第、その者の親、子供、友人、関係する全ての者を奴隷にし、その出身地、または国を滅ぼし、その全てを奪い尽くします。以上を持って、その者への罰とするのは如何でしょう?」


「おひょひょ。ヌルいヌルい。それじゃ甘々だひゃ。その者の前で親族諸共料理して喰ってやるのが一番だひゃ。炙ってバターにするも良し、搾り取ってワインにするも良し、煮詰めて紅茶に混ぜるのもありだひゃ。どれも最高の味がするに違いなひ。ひひ。あひゃひゃ」


「それは素晴らしいお考えです。目の前で親や友だった者達が調理される光景を見た時の罪人の甘美な悲鳴が、今にも耳に聞こえてくるようです」


「あひ。帽子屋や帝王の皮を被せたお人形も誘って、盛大にお茶会を開こうだひゃ。皆に最高のバターを塗ったパンに、搾りたてのワインと紅茶を振る舞うだひゃ。勿論、とびっきりのステーキも! あひゃひゃ!」


「帽子屋様もさぞお喜びになるでしょう。では、金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトにも捜索の協力を仰ぎますか?」


「おひょひょ。それは良い案だひゃ。捕まえた者は特別にプロトステガにご招待するだひゃ。久し振りに鷲獅子グリフォンの肉も食べたいと思ってたところだったひ」


「ヘイヤ・ヘイヤ様に味わって貰えるとあれば、最高の褒美となりますね。では、仰せの通りに」



 部下の男が再びこうべを垂れ、後退るようにして退出する。


 ヘイヤ・ヘイヤは、再びティーカップに口を付けると、そのままバリバリと食べ始めた。



「フログガーデンへ遠征する前に良い余興が楽しめそうだひゃ。あひゃひゃ、あひゃひゃ」


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【SR】 狂ったお茶会、(白)(黒)、「エンチャント ― 領域エリア」、[支配下モンスター生贄時:ライフ回復Lv1] [耐久Lv3]

「炙ってバターにするも良し、搾り取ってワインにするも良し、煮詰めて紅茶に混ぜるのもありだひゃ。どれも最高の味がするに違いなひ。ひひ。あひゃひゃ――プロトステガの王ヘイヤ・ヘイヤ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る