229 - 「海が紅く染まる日5」


(……ん? ……子供!?)



 船へ真っ逆さまに急降下している最中、船の上で両手を広げている子供が視界に入る。


 その子供は手足を鎖に繋がれ、ボロ布を身に纏っているが、何故か涙を流しながら微笑んでいた。



(なっ!? チッ…… 子供の奴隷か!!)



 突然の事に驚き、マサトの心に躊躇が生まれる。


 そのまま敵船へ、追尾させている魔法弾を誘導して当ててやろうと考えていたマサトだったが、一瞬の躊躇いが土壇場で方針を変えさせた。



(くそッ! 当たるなよッ!?)



 追尾してくる魔法弾が船へ流れないよう配慮しつつ、何もない海面へ大きく軌道を変える。


 減速すれば自分を追尾し続ける赤黒い魔法弾に追い付かれてしまう。


 かと言って急に軌道を変えれば、流れ弾が船へ接触しかねない。



(このまま海面へ当てるしかないか……)



 迫る海に、足元が竦むような感覚に襲われるも、込み上げる恐怖心を抑え込み、海面ギリギリまで我慢する。


 そして――



(チィッ! 曲がれェッ!!)



 海面へ衝突する直前に、海面から水平になるよう軌道を無理矢理起こしにかかる。


 身体に大きく負荷がかかり、視界がブレるも、歯を食いしばり、力尽くで抑え込む。


 風圧で海面が引き寄せられ、後方へ大きく水飛沫が上がる。


 ギリギリの所で海中へのダイブを免れたマサトが後方へ視線を移すと、追尾する赤黒い魔法弾が次々に海面へ突っ込んでいくのが見えた。



(やったか……!?)



 例えへ落下先が海だとしても、高速で海へ落下した時の着水衝撃は無視できない程に大きい。


 マサトの思惑通り、魔法弾は着水時の衝撃により水中で爆発した。


 爆発の衝撃で海上へ水柱が高く打ち上げられる。


 その後も海中へと突っ込んだ魔法弾が次々に爆発し、一斉に水柱の上がるその様子は、さながら海面に突如現れた水の壁のようだった。


 だが、次の瞬間、海中へと流れなかった赤黒い魔法弾が、その水の壁をぶち破って迫ってきた。



(やっぱり駄目か!!)



 赤黒い魔法弾は振り落とされることなく、マサトの後をぴったりと追尾し続ける。



(くそ……)



 敵船すれすれを通り過ぎることにはなったが、追尾性能が良いのか、流れ弾に当たった船は一隻もない。


 子供を見殺しにせずに済んだという安堵感と、今更躊躇する必要があったのかと、中途半端な自分の決断を責める気持ちが衝突する。


 その心の矛盾ストレスを吐き出すかのように、マサトは吠えながら、自身を追尾する赤黒い魔法弾へ向けて火球を連続で放った。



「うおおおおおおッ!!」



 火の粉を撒き散らしながら、後方へ飛んでいく火球群。


 それは、飛行するマサトへしつこく追尾する魔法弾とぶつかり、真紅の炎と赤黒い炎を同時に爆発させた。


 目が眩む程の閃光の点滅が、赤黒い船団を白く照らし、耳を穿つ程の轟音は、周囲の喧騒をかき消す。


 強烈な爆発の連続に、海面には巨大な水柱が複数打ち上げられ、それが大きな波となって船団を揺らした。


 海上すれすれを飛行するマサトに、追撃の砲撃は飛んでこない。


 火球の連打によって全ての魔法弾を潰したマサトは、速度を維持しつつ、再び子供の奴隷がいた船――一際大きな奴隷船へと素早く移動し、甲板の上で停止。


 三対の炎の翼を大きく広げ、言葉を失っている鳥人や奴隷達の頭上で滞空した。



「皆殺しにするつもりだったが、気が変わった。全員武器を捨てて投降しろ」


「投降しろだぁ? ダック様に向かって良い度胸だなぁ?」



 一際体格の良い鳥人が、船の端に掴かんでいた手を離し、ゆっくりと立ち上がる。


 だが、マサトにはそれが誰なのか分からない。



「誰だ?」


「誰だだぁ? 海亀ウミガメのNo.2、アカガメの船長であるダックワーズ様だッ!」



 そう威勢良く叫んだのは、二足歩行の黄色い嘴のアヒルだった。


 空を飛んできた者達も皆同じようなアヒル顔。


 つまりは、この奴隷船はこのアヒルが支配しているのだろう。


 そして、その傲慢な態度から、口で言って従うような輩ではないことも、マサトは瞬時に理解した。



「お前が船長か。その調子だと投降する気はなさそうだな」


「ハッ! 笑わせるなよぉ? 誰が下等な人族何ぞに従……」



 そうダックワーズが話し始めるのと同時に、マサトは話を聞くのも無駄だと言わんばかりに即座に行動に移す。


 ダックワーズへ向けて手を伸ばすマサト。


 そのマサトの行動に、話ながらも警戒したダックワーズだったが、次の瞬間には、自身の身体が炎に覆われていた。


 脳が状況を理解するまでの一呼吸の間があり、その直後にダックワーズの悲鳴が響き渡る。



「グワァアッ!?」


「船長!?」


「船長ォオ!?」



 ダックワーズの悲鳴に、状況を静観していた部下の鳥人達が叫ぶ。


 だが次の瞬間、ダックワーズは身体を覆っていた炎を掻き消し、白い翼を羽ばたかせて空へ飛び上がってみせた。



(炎が消された……? どういう事だ……?)



 マサトが炎を掻き消してみせたダックワーズへ目を凝らす。


 一方で、ダックワーズはこめかみをヒクヒクと痙攣させながら、マサトを睨みつけた。



「やってくれたなぁ。この落とし前は高くつくぞぉ?」




◇◇◇




 敵の攻撃を掻き消し、颯爽と空へ飛び立ったダックワーズだったが、想像を超えた攻撃に、内心は穏やかではなかった。



(何だあいつはぁ!? あれ程の出力の炎、いつ行使したぁ!? 詠唱も予備動作すら見せなかったぞぉ!?)



 大砲は当たらず、部下達による空中戦でも制圧できず、更には伝説級レジェンド古代魔導具アーティファクトであり、精度の高い自動追尾ホーミングで必ず標的を討ち落としてきた破滅の大砲ドゥームキャノンによる砲撃でも仕留められなかった。


 そこまでの敵は初めてだったのだ。


 すると、ダックワーズが首から下げていた金色の首飾りが、突然灰となって消えた。



(グウッ…… グワァアッ!? ガ、ガルトマーンの護身符だぞぉ!? どれだけ高い金を積んでこれを手に入れたと……)



 怒りに震えるダックワーズ。


 一度のみ、命の身代わりとなってくれるとされる、鳥人の王――ガルトマーンが身に付けていたとされる金の護身符だ。


 その貴重な古代魔導具アーティファクトが、理解を超える敵の攻撃に一瞬で灰と化した。


 つまりそれは、同じ攻撃を受ければ、即、死に繋がることを意味している。



(ま、不味い…… また同じ攻撃を受けたら……)



 その事実に、ダックワーズはマサトへ啖呵をきりながらも、下手に行動を移すことができないでいた。


 すると、マサトが再び動く気配を見せる。



「ま、待てッ!」



 焦ったダックワーズが左拳を突き出し、その中指に嵌めていた黒い宝石の付いた指輪を見せつける。



「これは残虐王の黒い指輪クルエルキングリング! ダック様の命令一つで、奴隷供を爆発させられる古代魔導具アーティファクトだッ! 少しでも動けば、貴様も道連れだぞッ!!」



 残虐王の黒い指輪クルエルキングリング


 刻印したモンスターを任意に自爆させられる、伝説級レジェンド古代魔導具アーティファクトだ。


 残虐王クルエルキングシリーズの一つでもある、その残忍な効果を持つ指輪は、古代魔導具アーティファクトに詳しい者であれば大抵は耳にした事はあるくらいには有名な代物でもある。


 その筈なのだが、ダックワーズは今一つ確信が持てずにいた。



(ど、どうだ!? こ、これなら手も足も出まい!?)



 マサトの手が止まる。


 その反応を見たダックワーズは、勝機を得たとばかりに喜んだ。


 不安を感じていた分、その喜びも大きい。



「クワックワックワッ! 賢い判断だぁ。なぁに、お前程の力を持つ者なら、例え下等な人族であっても無下にはしないから安心しろぉ?」



 そう告げ、再び「クワックワックワッ」と高笑う。


 だが、それが自身の最期の言葉となるとは、この時のダックワーズは知る由もなかった。




◇◇◇




(光……?)



 マサトは、空に浮かぶダックワーズ越しに、オサガメから放たれた何かを視認していた。


 凄まじい速度で迫るそれは、緑色に発光する矢だ。


 その軌道は、ダックワーズへ向いている。



(あのアヒルは気付いていないのか……?)



 光の矢がダックワーズへ到達する僅か数秒の間、マサトはじっと様子を窺う。


 ダックワーズはそのマサトの行動を、残虐王の黒い指輪クルエルキングリングによる脅しの効果だと勘違いして高笑いを続けているが、マサトの耳には届いていない。


 そして、光の矢は一陣の風とともに、ダックワーズへ到達。


 その頭部――首から上を綺麗に吹き飛ばした。



(あの距離から弓矢でヘッドショット…… アタランティスか? あまり気にしていなかったが、第一級弓剣士ソードアーチャーはかなり強い戦士なのか?)



 マサトがアタランティスへの認識を改める。


 現に、帝国の勢力圏にありながら、マアトが小国を維持できていたのは、この緑狼族の中でも極めて能力の高い戦士――第一級弓剣士ソードアーチャー達の力に支えられてきた部分は大きかった。



 頭部を失ったダックワーズが、拳を突き出した状態で、そのまま海へと落ちていくと、その様子を見ていた鳥人達から動揺の声があがる。



「せ、船長」


「船長がやられたクワ……」



(また副船長みたいな奴が出てきたら面倒だ。さっさと片付けよう)



 マサトが再び鳥人達へ布告する。

 


「大人しく全員投降しろ」



 顔を見合わせる鳥人達だったが、マサトが炎の翼ウィングス・オブ・フレイムの出力を上げ、大炎の翼を広げて力を誇示してみせると、鳥人達は大人しく武器を捨てた。



「それで良い」



 冷めた瞳で鳥人達を見下ろすマサトの視界に、再び子供の奴隷が入る。


 子供は先程とは違う不安な表情で、マサトを見上げていた。



「かみ…… さま……」



 子供の掠れた声が耳に届く。


 ふと、その痩せこけた狼人の子供と、我が子のように可愛がっていた狐人のクズノハが重なって見えた。



(クズノハ…… クズノハはまだ生きてるのか……?)



 そう、マサトが一瞬集中を切らしたその時――


 赤黒い閃光が瞬いた。


 周囲の船がマサトへ向けて破滅の大砲ドゥームキャノンを放ったのだ。



「だろうな。そうなると思っていた。想定より早かったが」



 表情一つ変えず、マサトは再び上空へ飛び上がる。


 そして、しっかりと追尾してくる魔法弾を、火球をぶつけて次々に処理していった。


 だが、その中に追尾してこない魔法弾が一つあった。


 その魔法弾は、子供の奴隷がいた船へ真っ直ぐ飛び、そのまま着弾。


 赤黒い光の爆発は、子供の姿と船を一瞬にして喰らい尽くした。


 それが狙ったものか、はたまた狙いがズレただけの誤射かは分からない。


 だか、その一撃は、マサトの心に眠っていた増悪の炎を焚きつけるきっかけになった。



「敵も味方も関係なしか…… やはり、敵に慈悲はいらないか……」



 怒りに呼応した炎が、業火となって身体を覆い、恐怖心が希薄していく。



「敵に慈悲は不要…… 慈悲は不要……」



 業火を身に纏ったマサトが、破滅の大砲ドゥームキャノンの魔法弾を巧みに躱しながら敵船へ再び突撃をかける。


 感情の欠落した殺戮者と化したマサトに、数百といた船団は、瞬く間に瓦解。


 紅い炎を上げて海へ散った。


 生存者はいない。


 死者の血で紅く濁った海原の上空では、マサトが紅蓮の炎の翼を広げ、死者から舞い上がる光の粒子をぼんやりと眺めていた。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 鳥人の王ガルトマーンの金の護身符、(1)、「アーティファクト ― 装備品」、[ダメージ1点軽減:耐久Lv-1] [装備コスト(0)] [耐久Lv2]

「ガルトマーンは、ナーガ族に対抗する為、万の奴隷を生贄に、自身の命を守る護身符を作らせた――工匠カルマンの記録、四十一項」

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