228 - 「海が紅く染まる日4」


 雲一つない青空に、赤黒い花が無数に乱れ咲き、煙の尾を引いた鳥人達が次々に落ちてくる。


 その様子を、船に残った鳥人達は驚愕の表情で、空を見上げていた。



「どうなってるクワ……」


「一体何が起きてるクワ……」



 空の喧騒に比例して、船上は静まり返る。


 鎖に繋がれ、破滅の大砲ドゥームキャノンの弾にされると恐怖で怯えていた奴隷達も、空の異変に気付き、言葉を失っていた。


 先程まで頭を抱えながら蹲っていたサーロも、場の空気が変わったことを察知し、伏せていた頭を上げ、ゆっくりと瞳を開ける。



(……おそら?)



 ボヤけた視界の先で、皆が空を見上げている。


 サーロも皆につられて空を見上げると、太陽の様に光輝く何かが空を飛んでいるのが見えた。


 サーロの胸がドクンと高鳴る。



(ほのおのひと…… おそら…… とんでる……)



 サーロの脳裏に、緑狼族の母から良く聞かされた神様の記憶が蘇る。



 太陽の様に強く光輝く真実の炎を身に纏い、世界を支配する九神の一柱――



 『太陽神ラー』



 真実の元に平等で、嘘をつく者を、身に纏う真実の炎と光で焼き尽くすとされる、マアト族が唯一崇める絶対の神。


 常に真実であれば、その身と魂は、真実の船に招かれ、未来永劫救われるとされる救いの神でもある。



(かみ…… さま?)



 サーロが心に思い描く太陽神の姿と、大炎を纏いながら空を舞うマサトの姿が重なった時、サーロの身体を強い衝撃が駆け巡った。



「ぁ…… ぁぁ……」



 長い間、発声することを忘れた喉から掠れた声が溢れる。



(おしえないと…… サーロはここですって…… おしえないと……)



 優しい母の記憶とともに蘇った、母が良く聞かせてくれた太陽神の話。


 常に真実であれば、その身と魂は、真実の船に招かれる。


 生まれてからずっと、母の教えを守って嘘をつかずに生きてきたサーロは、必ず真実の船に乗れると信じていた。


 そして、真実の船にはきっと――



(おふねにのれば…… ママと、パパにあえる……)



 死んだ両親が居て、サーロを待っていてくれている。


 そう信じていた。


 だから、サーロは精一杯叫んだ。



「ぁあ…… さま…… こ、こ…… です……」



 掠れた声が弱々しく響く。


 波の音に掻き消されてしまいそうなか細い声。


 サーロの叫びは、周囲にいた奴隷達にも届かない。


 だが、サーロが太陽神だと信じた光の主は、まるでサーロの叫びが聞こえたかのように突如軌道を変え、サーロのいる船へ向けて加速し始めたのだった。



「う、うわぁぁああ!? こ、こっちに突っ込んでくるぞ!?」


「何をしてるクワッ!? 迎え撃てぇえええッ!!」


「ひ、ひぃいい!?」



 迫る光に、周囲が慌てふためく。


 その喧騒の中、サーロだけは、一人心穏やかに、両手をぎゅっと握りしめながら微笑んだ。



(とどいた…… サーロのこえ……)



 次第に強く、大きくなる光を、サーロは真っ直ぐ見つめ、立ち上がる。



(おむかえ…… きた…… サーロ…… ずっと…… ずっと、うそつかなかったよ……)



 そして、両手を広げ、光に語りかけるように呟く。



「ママ…… パパ…… いま、いくからね……」



 ゆっくりと閉じた瞳から涙が溢れ、頬を伝う。


 それは、死への悲しみの涙ではなく、大好きな両親に会える歓喜の涙だった。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 狼人の癒やし手ヒーラー、サーロ、1/3、(緑)(1)、「モンスター ― 狼人、癒やし手」、[回復魔法Lv1]

「たまに夢を見るの。同じ夢。小さい頃に両親を失って、奴隷になる辛い夢。でも、最期はいつも決まって太陽神様に救って貰えるのよ」

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