227 - 「海が紅く染まる日3」


 破滅の大砲ドゥームキャノンが放たれる少し前。


 マサトは三対の炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを広げ、空を舞いながら海上に浮かぶ船へと火球を放っていた。


 船が火球を避けることはないが、上空で飛行しながら直線的な軌道を描く火球を船に当てるのは中々難しく、命中率は然程高くない。


 だが、幸い的となる敵船は密集しているため、狙い撃たずとも乱発するだけで次々に着弾させることはできていた。


 火球をまともに受けた船は爆散し、黒煙を上げて燃え上がる。


 海へと外れた火球も、爆発とともに大きな水飛沫をあげ、荒波を引き起こすことで周囲にいる船の進路を狂わせた。


 突然の荒波に、舵の制御を失った船が隣接する船へ衝突し、アカガメ側の被害が増えていく。


 それだけでなく、揺れる船上では砲手が狙いを定められず、放たれる大砲の弾はみるみるうちに減っていった。


 そんな中、上空から海上を見下ろすマサトの視界に、敵船から無数に飛び立つ影が入る。



(あれは何だ……? 鳥……? いや、人か?)



 それは、白い翼を広げた鳥人達だった。


 片手には銃やら剣やら、それぞれ何かしら武器を所持している。


 大砲では捉えられぬと、アカガメは次の一手を打ってきたのだ。



(奴らも空を飛べるのか…… フログガーデンでは見なかった亜人だ)



 確かに個々が空を飛べるのであれば、他の種族に比べて有利なのは間違いない。


 だが、マサトは飛んでくる鳥人達に脅威を感じていなかった。


 それよりもまずは母体となる船の撃破が優先だと、マサトは迫ってくる敵を冷めた眼で見下ろしながら、敵船への火球攻撃を続けた。



「クワーッ!?」



 飛来する火球に、鳥人達が怯み、アヒルの合唱のようか騒がしい叫び声をあげて騒ぐ。


 だが、マサトの放った火球が飛んでくる鳥人達の間をすり抜け、海に浮かぶ船へと向かって落ちていくと、鳥人達は一瞬呆気に取られた。


 標的が自分達ではないと気付いたのだ。


 そして、そのマサトの行動が意味することに気付くと、顔を真っ赤にさせながらマサトへ追い縋った。



「舐めるなクワーッ!」


「やらせはしないクワーッ!」



 その間も船から飛び立つ鳥人達は増え、遂には空から見下ろす青い海原が、飛び交う鳥人達でまだらに白く映る。



(想像したよりも数が多いな……)



 鳥人達の接近とともに、アヒルの鳴き声のような耳障りな合唱が大きくなりつつあったその時、突然光の線がマサトの頬を掠めた。



「何……?」



 接近してきた鳥人の一部が魔法銃を発砲したのだ。



「また例の銃か……」



 マサトは船へ放っていた火球の手を止め、目障りな鳥人への対処に思考を切り替える。



「少し数を減らすか……」



 マサトが全身にマナを込めるべく集中すると、目が眩むほどの炎が発生。


 一瞬で大炎が身体を覆った。


 炎は急な温度変化を引き起こし、局所的に密度の異なる大気を作り出す。


 それは差し込む光を屈折させ、陽炎となって見る者の視界を歪ませた。


 そして、マサトから発生した熱波は瞬く間に拡散。


 火の粉を散らした熱波は、近くまで接近した鳥人達に容赦なく襲いかかった。



「な、なんだクワッ!?」



 突然の肌を焼く程の強い熱波に、鳥人達は焦り、接近を止める。


 その顔は、驚きと恐怖と混乱で引き攣っていた。



「炎の翼!? 強力な火の加護持ちだクワッ!」


「グワッ!? あ、熱い!? ひ!? 奴自身も、燃えてるクワッ!?」


「こ、これ以上近付けないクワッ!」



 動きを止めた鳥人達に対し、炎を見に纏ったマサトが自ら突進していく。



「き、来たクワッ!?」


「応戦するクワッ!!」



 身構える鳥人達。


 そのうちの一人に、マサトは狙いを定めて迫る。


 だが、その決着はとても呆気のないものになった。



「グッ!? ア、アヅィッ!? グワァァアッ!?」



 数メートルほど離れた位置まで接近したところで、マサトに接近された鳥人が突然炎に包まれたのだ。


 火達磨になった鳥人が、叫び声をあげながら落下していく。



「脆いな…… まずは一人」



 マサトが呟き、鳥人達が言葉を失う。


 まるで目の前の光景が信じられないかといった様に、炎を身に纏ったマサトと、全身から炎と煙をあげて落下していく仲間へ、視線を交互に移した。


 そして、その光景に理解が追いついた時、戦慄が身体を駆け巡った。



「い、異能者クワッ!!」



 鳥人の一人が叫び、本能が警鐘を鳴らす。


 空を飛んでいた者は、あろうことか鳥人達が見下している空すら飛べぬ、翼を持たない人族だった。


 だが、そこには大きな認識の差異があった。


 翼だと思っていた翼は炎で出来ており、更には豪炎を身に纏い、接近しただけで発火させるほどの強い熱波を放っていたのだ。


 超人的な能力をもつ者達は確かに存在する。


 それは超強力な加護を持った者達や、古代人が残した強力な古代魔導具アーティファクトを使いこなす者達だ。


 だが、その手の異能者はほんの一握りで、帝国が支配しているワンダーガーデンにおいては、認知されていない隠れた異能者は既にいない――全て帝国が居場所含めて把握している――という認識が一般的だった。


 そのワンダーガーデンでの常識と、ワンダーガーデンで上位に位置する権力と地位を得た海亀ウミガメ一派としての驕りが、接近するまで敵の力量を見極められなかったという愚かな事態を招いたのだ。



「グワァッ!?」


「グワァアァアッ!?」



 慌てふためく鳥人達の群れに、炎を身に纏ったマサトが容赦なく突っ込み、鳥人達の絶叫が雲一つない空に木霊する。


 肉迫された鳥人達は次々に燃やされ、踠き苦しみながら空から落ちていく。


 だが、鳥人達にとっての敵はマサトただ一人。


 圧倒的な戦力差を見せつけられながらも、まだこの段階ではマサトを仕留められると考える者も多かった。



「銃で撃ち落とすクワッ!!」


「「クワッ!」」



 鳥人達が魔法銃で応戦する。


 だが、頼りの魔法銃による魔法弾も、マサトが周囲に展開した炎によって簡単に掻き消されてしまったことで、状況は一変した。



「き、効いてないクワッ!?」


「そんな、あり得ないクワ……」



 まるで燃え盛る巨大な炎に水滴を一滴垂らしたかのような魔法弾の掻き消され方に、今度は魔法銃を構えていた鳥人達の動きが止まる。


 その時、短杖を構えていた鳥人の一人が叫んだ。



破滅の大砲ドゥームキャノンの砲撃が来るクワッ! 退避ッ! 退避ィーーッ!!」


「ク、クワーッ!?」



 その言葉に、鳥人達が散り散りに逃げ始める。



破滅の大砲ドゥームキャノン? 船からの砲撃か?)



 マサトは逃げる鳥人を焼き払いながら、海上の船へ視線を向ける。


 船上には、確かに嫌な雰囲気を放つ何かがあった。



(あの紅く光る奴か……?)



 鳥人達を追いかけ回しつつ、標的を船へと切り替え、敵船への攻撃を再開する。


 すると、程なくして敵船から赤黒い光の粒子が放たれた。


 その赤黒い光の粒子は、大砲の砲弾よりも速い速度で迫る。


 最初こそ、その光の弾の軌道は全てマサトを向いていたように思われたが、無数に放たれた内の一発が、突然逃げる鳥人の一人へ逸れたことで、鳥人達にとっても、マサトにとっても状況が変わった。



「曲がった!? まさか、追尾!?」



 赤黒い光の弾から逃げる鳥人達。



「く、くうわぁああああッ!?」



 そして、追尾する赤黒い光の弾に追いつかれたその刹那――


 鳥人の身体は内側から爆散した。


 白い羽根と赤い血肉が、赤黒い光の粒子とともに粉々に飛び散る。



「砲撃の開始が早すぎるクワッ!?」


「敵と破滅の大砲ドゥームキャノンの射線上から離脱するクワーッ!」


「に、逃げろクワーッ!」



 味方からの突然の誤射に、混乱する鳥人達。


 その後も、逃げる鳥人達を追うように次々に光の弾が逸れていき、空に複数の赤黒い花を咲かせた。



(不味い……!!)



 迫りくる赤黒い光に、マサトもすかさず回避行動にうつる。


 炎の翼ウィングス・オブ・フレイムの出力を上げ、急加速でその場から離れると、その後を追うように大量の光の弾が、その進路を変えた。



(間違いない! 自動追尾ホーミングだ! それなら……!!)



 マサトは追い縋る光の弾を誘導しながら、逃げる鳥人達の群れへと突っ込む。



「ク、クワァアアッ!?」


「来るなクワァアアッ!?」



 逃げる鳥人達の横を巧みにすり抜けると、マサトを追ってきた光の弾が鳥人達に接触。


 マサトの通り過ぎた空で、鳥人達が次々に爆散していく。


 だが、それでも光の弾の数は減らない。



(きりがないな……)



 マサトが回避し続ける間も、船からの砲撃が継続しているのだ。


 敵船を叩かない限り、自動追尾ホーミングという厄介な効果をもつ魔法攻撃を止めさせる手段はないだろう。


 そう判断したマサトは、目標を鳥人達から敵船へと移し、急降下を開始した。




◇◇◇




「おーおー、随分と派手にやってんなぁ」



 巨大奴隷船オサガメの甲板にて、マサトの戦いの様子を眺めていたキングがそう呟くと、隣にいるララが鼻息を荒くしながら続いた。



「アリス以外にあんな戦い方のできる者が存在すること自体、驚きなのよ。本当に一人でアカガメとやり合ってるかしら」


「確かに驚きだ。理不尽なほどにつぇー奴ってのは、どの大陸にもいるもんだな。しっかし、アカガメの野郎、まさかあれを積んでるとは…… あの赤黒い自動追尾ホーミング砲弾、間違いねぇ。破滅の大砲ドゥームキャノンだ」


「あれがキングの話してた "人そのものも弾にする非道兵器" かしら。凄い威力なのよ。鳥人達が木っ端微塵かしら。その弾の元が人だなんて想像できないのよ」



 そう話し、フンスと勢いよく鼻から一息吐くと、ララは手を腰に当て、話を続けた。



「それをあろうことか奴隷船に装備させるなんて、奴隷商人が如何にも考えそうなことなのよ。虫唾が走るかしら」


「ああ。奴隷を弾扱いするなんてな。それにあの数…… 帝都の上層部が海亀ウミガメと癒着してるのは確定か? 流石にあの量の伝説級レジェンド古代魔導具アーティファクトを隠しておくのは難しいだろ。帝都に配備されている破滅の大砲ドゥームキャノンの数以上にあるぞ?」


「癒着してない訳がないかしら。きっとズブズブなのよ。仮に海亀ウミガメが帝国へ虚偽の報告をしていたとしても、その虚偽が発覚したところで揉み消されるだけかしら。権力の肥大化した海亀ウミガメにとって、帝国の法はもはや機能してないのよ。何でもありかしら」



 その現実に、キングが歯噛みする。


 いつもは飄々としているキングだが、元王子という国の将来を担う立場にいたキングにとって、腐敗した国の現実を見るのは耐え難いものだった。


 すると、二人のすぐ側で一緒に戦況を見守っていたアタランティスが急に声をあげた。



「ああ! 危ない! 今当たらなかったか!? セラフは大丈夫なのか!? あれほどの砲撃だぞ!? もし当たったりしたら!?」


「アタランティスは少し落ち着くかしら。セラフなら例え数発当たっても死にはしないのよ」


「だが当たったら怪我するだろう!? やはり、セラフ一人に行かせるべきじゃなかったんじゃないか!? オレ達も早く加勢に!」


「加勢に行ったところで、図体がでかいだけのこの船じゃ、良い的なのよ。狙い撃ちされて海の藻屑と化すだけかしら」


「だが、何もせずに見ている訳にはっ!」


「力のない者が援護に向かっても足を引っ張るだけだといい加減気付くかしら! 今は何もせずに見ていることが、セラフへの一番の援護なのよ!」


「ぐっ……」


「まぁまぁ、二人ともその辺にしとけ。って、おい!? アタランティス!?」



 キングがアタランティスとララの言い合いの仲裁をしようと振り向きながら声を掛けると、アタランティスは手に持っていた大弓を構えようとしているところだった。


 ララがアタランティスに問いかける。



「何をする気かしら」


「せめて、セラフへの援護射撃を……」


「止すかしら。標的がこちらに流れたら、それだけでセラフの邪魔になるのよ」


「そうだぜ? それに、大弓程度じゃ、さすがにこの距離は届かないだろ?」


「問題ない!」


「マジかよ。いやいや、狙い撃つなんて無理だろ?」


「狙い撃てる!」



 アタランティスの言葉に、キングとララが顔を見合わせる。



「やれやれなのよ。好きにすればいいかしら」


「好きにさせてもらう! オレはセラフを援護する!」



 そう言い切ったアタランティスが詠唱を口ずさむと、身体から淡い緑色の粒子が舞い、一陣の風がアタランティスを包み込んだ。



「セラフは命の恩人だ。死なせはしない!」


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 飛び立つ鳥人族のアヒル種ダック・ガルダン、1/2、(青)(1)、「モンスター ― 鳥人」、[飛行]

「彼らは空を見上げることに慣れていない。傲慢な彼らの心を満たしてくれる種族は、皆彼らの視線の下にいるからだ」

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