226 - 「海が紅く染まる日2」
「さっさと歩けッ! クワッ!」
鳥人の一人が、のろのろと歩いていた奴隷の背中を蹴り飛ばす。
手と足を鎖で繋がれていた奴隷は、当然その衝撃を受け止めきれず、そのまま前のめりに倒れ込み、「ううっ」と呻き声を上げた。
派手に転び、中々立ち上がらない奴隷に苛立った鳥人が、倒れた奴隷まで歩き、その髪を鷲掴みにすると、そのまま頭部を強引に持ち上げ、怯える奴隷の顔を覗き込みながら睨む。
「翼を持たない下等な種族が、鳥人様の手を煩わせんじゃねぇクワッ」
その様子を、奴隷の一人――サーロは、痣だらけの両手を祈るようにぎゅっと握り締めながら、不安そうに見つめていた。
サーロは緑狼族と、多種族の血が混ざった雑種に属する狼人族のハーフだ。
母が緑狼族であるにもかかわらず、混血の狼人である父の血を色濃く受け継いだサーロは、髪は焦げ茶色で、緑狼族特有の加護をもっていなかった。
だが、それはマアト族に仕えることができないというだけで、サーロは他の狼人と何ら変わりはない。
優しい両親のいる幸せな家庭で育ってきたごく普通の狼人の子供だ。
あの日、海賊に身を扮した
サーロがまだ言葉を覚え始めたばかりの幼い頃、緑狼族達の暮らす集落に襲撃があった。
それは、帝国の属国となる道を選んだマアト族が、大勢の緑狼族の戦士達を引き連れて、帝国の首都へ移動したタイミングでの、計画的な襲撃だった。
守り人不在の集落に、海賊達を追い払う力などなく、集落は焼かれ、抵抗する者達は皆殺しにされた。
幼いサーロは生き残ったが、サーロの両親は残酷にもサーロの目の前で殺され、それ以来サーロは人と話すことができなくなった。
生き残った者達は皆奴隷にされ、アカガメに乗せられて各地を転々とすることになる。
狼人の子供は一部の愛好家に高く売れる。
中でも緑狼族の子供は貴重で、普通の狼人の子の数倍の高値を付ける程だ。
だが、サーロの髪は焦げ茶色で、雑種の血筋が色濃く現れていたため、狼人の子供の中でも価値が低かった。
更には華奢で手足も細く、口もきけず、目も虚ろ。
結局、サーロと同じ年頃の狼人の子供達が次々と売られていく中、両親を失ったショックから立ち直れず衰弱していくばかりのサーロを買う者が現れることはなかった。
そして、今。
久しぶりに牢から出されたサーロは、いつもと違う緊迫した雰囲気に怯えていた。
奴隷となってから体験したことのない爆音に、振動。
そして鳥人達の怒号。
いつもは余裕たっぷりの鳥人達が、皆焦り、苛立っている。
それは他の奴隷達も同様に感じていたようだ。
サーロの耳に、奴隷達の呟く声が届く。
「な、何が起きてるんだ……?」
「またどこかの船を襲撃してんだろ……」
「じゃ、じゃあさっきの爆発音と揺れは何んだ? まさか
「アカガメをか……? まさか……」
「クワーッ! うるせぇッ! 誰が勝手に喋って良いと言ったぁッ!!」
鳥人が怒鳴り、手に持っていた棒で鉄格子を殴って奴隷達の無駄口を止めさせる。
ガンガンと牢内へ響く音に、サーロは驚いて身体を跳ねさせると、反射的に頭についた両耳を手で塞ぎ、目をぎゅっと瞑った。
そのサーロに、鳥人が荒い足音を立てながら迫ると、移動の邪魔だと言わんばかりに首根っこを掴んで持ち上げ、蹴り飛ばした奴隷の方向へ放り投げた。
「……っ!?」
「ちんたらしてんじゃねぇッ! さっさと出ろッ! 全員だッ!」
突然のことでサーロは慌てたが、床に身体を打ち付けた程度で大きな怪我はなかった。
鳥人達が本気だと察した奴隷達は、命令されるがまま、不安な顔つきで牢から出る。
だが、誰も床に倒れる奴隷の男やサーロに手を貸す者はいない。
手を貸せば、自分まで被害が及ぶ事を知っているからだ。
「そのまま甲板へ全員あがるクワッ!」
揺れる船上に足を取られながらも、ジャラジャラと赤く錆びた鉄の鎖を引きずりつつ、奴隷達が列を成して甲板へと並ぶと、そこには目を疑う光景が広がっていた。
「アカガメが…… 襲撃されてる……?」
奴隷の一人が、燃え上がる他の奴隷船を見て呟く。
赤黒く染められた船体からは、黒い煙と炎があがり、多くの鳥人達が武器を持って空へと飛び立っていくところだった。
そして、その空からは時より火の玉が降り注ぐ。
――ドォオオンッ!!
「うわぁあっ!?」
「な、なんだ!?」
空から降ってきた火の玉が、丁度近くの船に直撃し、爆音が轟いた。
衝撃波で奴隷達だけでなく、近くにいた鳥人までもが体勢を崩す。
それだけの威力が火の玉にはあったのだ。
呆気に取られた奴隷達の頭上には、船の破片と思わしき木の破片がパラパラと舞い落ち、それが夢ではないと実感させた。
――アカガメが何者かに襲撃されている。
それは奴隷達にとって嬉しい出来事だった。
千載一遇のチャンスだ。
もはやワンダーガーデンでは逆らえる者がいなくなったとまで言われる大規模な奴隷商ギルドに歯向い、更にはここまでの被害を与えられる者がいたのだ。
その事実だけで、奴隷達の瞳に希望の光が戻る。
側から見れば生死にかかわる危機的状況でも、アカガメから逃げる事ができるかもしれないと考えた者も多かった。
だが、それも次の鳥人の一言で絶望へと変わる。
「まずはお前だクワッ! さっさと入れッ!!」
先頭を歩いていた奴隷の一人が、鳥人に突き飛ばされる形で、巨大な大砲の後方に空いた空間に押し込まれる。
「う、うわ!? な、何!? い、嫌だ! や、やめてくれ!?」
叫ぶ奴隷を無視し、鳥人は後方の扉を強引に閉めると、大砲の口を空へ向け、船頭へ向け叫んだ。
「装填完了クワッ!」
返事はすぐ返ってくる。
「合図があるまで待機しろぉッ!!」
「クワッ!!」
鳥人が大砲を操作すると、大砲の後方が紅く輝いた。
その光の線は、砲身へと無数に伸びる。
同時に上がるくぐもった断末魔。
その悲鳴は、大砲の中から聞こえてきていた。
「は、
「まさか、俺たちを弾として使うつもりか……!?」
「お、俺はまだ死にたくない!?」
それは、
アカガメはその
本来であれば帝国への献上義務が発生する
奴隷の中にその存在を知る者がいた理由は、アカガメが献上したその一割の
命を犠牲に命を奪う非道の兵器として、主に人権派の貴族から非難の声があがり、弾として使われる可能性の高い奴隷達はその動向に大いに注目した。
だが、結局のところ、守りの強固な帝国首都が
だが、その
その事実が奴隷達を大いに混乱させ、恐怖させた。
サーロが恐怖のあまり動けずにいると、その場から逃げようとした一人の奴隷の前に、突然空から鳥人が降り立ち、その奴隷へ向けて容赦なく剣を振り下ろした。
「大人しくしてろクワッ!!」
「ぎゃぁっ!?」
「ひぃっ!?」
肩から袈裟斬りにされた奴隷が激痛にのたうち回ると、鳥人は鬱陶しいとばかりに、その奴隷を足で踏みつけた。
そして、怯える奴隷達へ告げる。
「最悪死体でも弾としては問題ないクワッ。それとも、今すぐ死にたいクワッ?」
「そ、そんな…… あ、あんまりだ……」
「嫌だ…… 死にたくない……」
奴隷達が絶望したその時、再び火の玉が近くの船へ直撃した。
――ドォオオンッ!!
「きゃあああ!?」
「うわぁああ!? また他の船がやられたぁあ!?」
奴隷達が悲鳴をあげる。
看板へ、無数の木片が降り注ぐ中、ダックワーズの声が響く。
「クワァアアッ! 撃てぇええッ! 空を飛んでるあいつを撃ち落とせぇえええッ!!」
「「クワッ!!」
ダックワーズの命令に、鳥人達は
そして――
――ギィィュユユユアアウウウンッ!!
紅い光の線が無数に浮かぶ
ダックワーズ号の砲撃を合図に、他の奴隷船からも次々と放たれる
周囲に木霊する奇怪な放射音は、さながら人の断末魔のようだ。
「……ぅっ、……ぅ」
その光景に、サーロがガタガタと震え上がる。
炎、煙、悲鳴、怒号。
そして、床を伝う赤い血。
その全てが、サーロにトラウマとなった辛い過去を思い出させたのだ。
「……ぃぁっ、……ぃっ!?」
声にならない声を上げ、サーロは再び頭を抱えて蹲った。
心の中で、パパ、ママ助けて、と叫びながら――
――――――――――――――――――――
▼おまけ
【R】
「人族の数を減らす方法? そんなの簡単だよ。人族を簡単に殺せる兵器を渡してやれば良いのさ。例えその兵器が人族の命を犠牲にする代物だったとしても、間抜けな人族は喜んで同種殺しを始めるはずだよ。あはははは――無邪気に笑う狂った悪魔、セオフィラス」
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