225 - 「海が紅く染まる日」

 視界に広がる澄み切った青空と海原。


 髪を撫でる潮風は優しく、時より耳に届く波音が、荒廃した心に一時の癒しを与えてくれている。



(過去にどんな事があっても、穏やかな日差しは変わらない…… 世界の見方を変えるのは、自分の心根次第か……)



 ふと、そんな事を考えながら、数日前の記憶を思い出す。


 結局、問題を起こした囚人達は全て始末した。


 奴隷達に報酬として与えた宝石類を奪った囚人を探すため、囚人達を個々に問い詰めてみれば、奴等は宝石を奪っただけでなく、女性の奴隷達を強姦したりやりたい放題だったことも分かった。


 囚人とは名ばかりで、実際は冤罪やら国への反逆罪と聞いていたが、それ自体が嘘だったのか、奴隷に対する偏見が彼らにそういう行動を取らせたのか、真実は分からない。


 だが、約束を守れない者にまで情けをかける気はさらさらなかった。


 囚人達を殺して得たマナは(2)。


 相変わらず獲得できるマナは少ないが、今は貴重なマナだ。



 俺は見張り台の上に立ち、どこまでも水平線が続く海原を眺めていると、黒く焼け焦げた甲板の上に、黄色い小鳥がボトリと落ちるのが見えた。



「……鳥?」



 周囲には羽休めができる島や岩場は見当たらない。


 360度、見渡す限り一面に広大な海原が広がっているだけだ。


 俺は見張り台から飛び降りると、甲板に落ちた小鳥を拾い上げ、再び周囲を見回した。



「陸が近いのか?」



 すると、同じように甲板に出てきていたキングが近付いてきて、俺の独り言に答えた。



「それは番いインコだな」


「番いインコ?」


「そうだ。そいつらは、番い同士、お互いの居場所が分かるらしくてな、どんなに引き離しても、相方の所まで飛んで戻る習性がある。まぁ早い話が、その習性を利用した追跡鳥だな」


「追跡用の鳥か。ここにも、その番いインコがいるのか? 鳥を見かけた覚えはないが」


「いや、既に生きちゃいねぇはずだ。番いインコの習性は、例え相方が死んでても関係ねぇからな。生きたまま逃げられちゃあ追跡できねぇと、大抵の場合は灰にして、船内の何処かに埋める」


「そうか…… 可哀想だな」



 手の上に乗せていた小鳥の扱いに、自然とそんな感想が口から漏れるも、感傷の気持ちは湧いていなかった。


 自分の発言も、どこか他人の譫言のように耳へと届く。


 だが、キングはそんな俺の発言に頷きつつ、頭をかきながら答えた。



「実際にこんな残酷な使い方をしてるのは奴隷船くらいなもんだぜ? 普通は、結婚祝いで贈られる縁起物の鳥だからな。本当に酷ぇこと考えやがる」


「奴らに良心を期待するだけ無駄かしら」



 いつの間にかキングの横にちょこんと立っていた幼女が、鼻息を荒くしながらキングに続く。



「番いインコがここまで来たということは、すぐ近くまで海亀ウミガメが迫ってるということかしら。でも、向こうからわざわざ出向いてくれたのは好都合なのよ。ここでなら、相手を殲滅しても目立たないかしら」


「まぁ確かにそれは好都合だが…… お、噂をすれば何とやらだな。お出ましだ」



 今まで何もなかった水平線の先に、ポツポツと赤黒い点が現れる。


 その様子を見たキングが、口笛を鳴らして戯けてみせた。



「ヒュー。あの船の数を見ろよ。まだ増えていくぜ? オサガメ一つ探すのに、ちょっと仰々し過ぎやしねぇーか?」


「奴隷商の考えることなんて、きっと下らないことなのよ。どうせこれを機にオサガメごと奪い取ろうとか考えていてもおかしくないかしら」


「おいおい、仮にも仲間だぜ? さすがにそんな事しねぇーだ…… ろ?」


「語尾から自信が抜け落ちてるかしら」


「いや、何だか有り得ねぇー話でもねぇーなと……」



 すると、緑色の長髪を風に靡かせながら、大弓を持ったアタランティスが颯爽と現れ、話に加わる。



「敵か? 風が騒がしくなった」



 そう聞きながら、自然と俺の横に立ち、水平線に浮かぶ船団を見つけ、視線を鋭くする。



「あの忌々しい色…… アカガメの連中だ! 憎き同胞の仇!」



 どうやらアタランティスとアカガメには深い因縁があるようだ。


 だが、俺の目の前に敵が立ち塞がるなら、俺がやる事は一つ――



「行ってくる」



 そう告げ、船首へ向け歩き出す。



「セ、セラフ!? 待て! 無茶だ! 相手はあのアカガメだぞ!?」



 アタランティスが相変わらず俺を心配して止めてくれるが、要らぬ心配だ。


 アタランティスが近付いて来ようとしたので、炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを展開して遮る。



「うっ…… セラフ。む、無茶だけはするなよ!」


「それは約束できない」


「そんな……」



 身に纏う炎の出力を上げ、掌に乗せていた番いインコの亡骸を灰に変えると、灰は風に運ばれて消えていった。


 戦地へ赴こうとする俺へキングとララが声を掛ける。



「セラフなら心配いらねぇと思うが、仮にも海亀ウミガメのNo.2だ。純粋に数が多いだけじゃねぇ何か秘密があるはずだ。油断だけはするなよ」


「キングは心配し過ぎかしら。アカガメなんてセラフの敵じゃないのよ。ちゃっちゃと片付けてくるかしら。ララはここでちゃんと見ててあげるのよ」


 

 二人の声を背中で受け、俺は三対の炎の翼を広げ、空へと飛び立った。




◇◇◇




「クワックワックワッ! ようやく見つけたよぉ。ダック様のオサガメちゃん〜」



 奴隷軍船アカガメの船長、ダックワーズが、自身の名を付けた帆船――ダックワーズ号の船頭に立ち、目前に捉えたオサガメを見て喜びの声を上げる。


 ダックワーズ号は、三本のマストを持ち横帆七枚、縦帆五枚を備えたフリゲート級の帆船だ。


 フリゲート級とは、戦列艦よりも小型だが、高速で移動できる快速船を指す。


 船体と帆は赤黒く塗られているが、これは血祭りにあげた奴隷達の血で染まったとも言われており、それがアカガメ本船の外観上の特徴に繋がっている。


 そのダックワーズ号の見張り台にて、オサガメから飛び立つ何かを確認した部下が叫んだ。



「船長! 何かがオサガメから飛んでくるクワッ!」


「何かが飛んでくるだぁ? オサガメに飛行できる奴なんていないはずだが…… もしやプセリィの奴勘付いたかぁ? どうせ斥候か伝令だ。構わねぇ、撃ち落とせぇ」


「クワッ! 砲撃よぉーいッ!」



 ダックワーズと同じ鳥人族の部下達が、砲甲板に備え付けられている砲台を動かし、前方の空を飛ぶ何かに向け、標的に対して自動追尾補正のある呪文を詠唱する。



「万物に宿りし母なる魔力マナよ、大気の魔力マナよ、我に敵を穿つための道を、風の導きによって示し給え――追尾する風の導きアシストホーミング


「準備よーし!」

「準備よーし!」

「準備よーし!」



 狙いを定め終わった砲手達が、船長の合図を待つ。



「オサガメには当てるなぉ? あれはダック様の物だからなぁ。双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルとともに無傷で手に入れたいんだよぉ。クワックワックワッ!」



 ダックワーズが高らかに笑う。


 そして――



「邪魔な鳥はちゃんと撃ち落とせぇ? 外すなよぉ? じゃあ行くぜぇ? 撃てぇーッ!」



――ドォオオンッ!!

――――ドォオオンッ!!

――――――ドォオオンッ!!



 アカガメからの先制砲撃により、マサトと奴隷軍船アカガメとの戦いの火ぶたが切られた。




◇◇◇




 周囲の船より一回り大きい船から轟音と煙があがり、黒光りした砲弾が勢いよく迫る。


 まだ船とは距離があるため、躱すのは容易だ。


 砲弾を躱しても、オサガメに流れ弾が届く心配もない。


 問題があるとすれば、船に接近するにつれて砲弾を躱す難易度が上がることだが、接近せずに片付けてしまえば問題はないだろう。


 そう考えながら飛来してくる砲弾を躱そうとすると、弾道が少しだけ変わるという出来事が起きた。



(今、少しだけ弾道が変わったか? 追尾魔法でもあるのか?)



 だが、それだけだ。


 少しくらい弾道が変わったところで、炎の翼ウィングス・オブ・フレイムで素早く急旋回できる俺に当たることはない。


 俺はお返しとばかりに、海上に浮かぶ船団へ向けて両手を向け、[火の加護] の能力である [火魔法攻撃Lv2] を駆使して火球を連続で放った。


 ドンッドンッドンッと音とともにバスケットボール程の大きさの火球が、火の粉を引きながら海上に浮かぶ船団へと落ちていく。


 一発目と二発目が外れ、三発目が綺麗に帆船へ直撃。


 火球が船に命中すると、爆発とともに大きなマストを大破させた。


 外れた火球も、大量の水柱をあげ、その余波で周囲にいる船を大きく揺らし、その進路を変えさせる。


 密集していたことが仇となり、進路を無理矢理変えさせられた船は、並走していた他の船に衝突。


 上空からでも船上の混乱が分かる程に、敵は慌てふためいていた。



(大した対空砲火もない相手なら、このまま圧倒できそうだな)



 俺は黙々と上空を旋回しつつ、火球による爆撃を継続した。




◇◇◇




「た、隊長ぉー!? さっきの被弾でメインマストがやられたクワァー!」


「何ぃー!? たった一撃だぞ!?」


「ナキア号が大破したクワーッ!」


「カーキー号中破!」


「次々にやられていくクワーッ!?」



 部下が、次々に撃破されていく味方の様子を伝える。


 突然の攻撃に皆が混乱し、周囲の船団の至る場所から黒い煙と火の手が上がる中、怒りに顔を歪ませたダックワーズの怒号が響く。



「チッ、標的が小さ過ぎるかぁ…… 魔砲隊はどうしたぁ!?」



 だが、部下から返ってきた言葉は、どれもダックワーズを更に苛立たせるものばかりだった。


 

「しゃ、射程外でクワッ!」


「砲撃はぁッ!?」


「敵の飛行速度が早くて、ね、狙いが定まらないクワッ!」


「それなら全員武器持って飛べぇッ! 空からの奇襲攻撃はアカガメの得意技だろぉッ! 相手にやられてどうすんだぁッ!!」


「「クワッ!!」」



 空中戦の開始を合図する笛の音とともに、武器を持った鳥人族の部下達が、背中に生えた大きな翼を広げ、次々に空へと飛び立つ。


 その間にも、空からは火の玉が降り注ぎ、一隻、また一隻と沈められていく。


 その様子に、ダックワーズが、全身の羽を逆立てながら空を睨む。



「まさかプセリィの奴ぁ、このダック様を嵌めやがったんじゃねぇだろうなぁ? 誘い出されたのはこのダック様の方だったって訳かぁ? 上等だぁ、あの空飛ぶ野郎一人でこのダック様に勝てるつもりでいるなら思い知らせてやらぁ」



 ダックワーズが部下に怒鳴る。



破滅の大砲ドゥームキャノンは無事だろうなぁ!?」


「クワッ! 破滅の大砲ドゥームキャノンに損傷なし! 被害はメインマストのみです!」


「グ、グゥワァッ! メ、メインマスト…… ク、クソグァッ! ダック様の船を傷付けやがってぇッ! 出せッ! あの五月蝿い小蝿を撃ち落としてやるッ!!」

 

「クワッ! 奴隷たまは何人連れてきますか!?」


「全員だぁッ! 全員連れて来いッ! 破滅の大砲ドゥームキャノンを載せてる他の船にも伝えろッ! 奴隷たまが無くなっても構わねぇッ! 空を飛んでるあいつを撃ち落とせぇえええッ!!」



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 番いインコ(雌)、0/1、(緑)、「モンスター ― 鳥」、[召喚時:番いインコ(雄)0/1 召喚1。召喚された雄は雌と番い(運命共同体)となる] [] [ステータス上限 0/2]

「常に一緒にいる仲睦まじい番いのインコです。その絆は、どんなに遠く離れていても、お互いの居場所を察知できると言われています。貴女も浮気性な旦那様の首輪として、お一ついかがですか?――闇市の鳥飼いホホー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る