212 - 「名乗り」
(そんな事になっていたのか……)
キングと名乗る、奴隷船の牢の中で出会った男から聞いた、自分が去った後のフログガーデンの話は、それはとても衝撃的なものだった。
キングと名乗った金髪の男の話はこうだ――
アローガンス王国の要所を守る砦がハインリヒ公国によって次々と陥落し、遂に首都である王都ガザまでがハインリヒ公国によって占領された後、アローガンス王国の女王であるフロンは、唯一残ったローズヘイムを拠点とし、ハインリヒ公国に対し最後まで抵抗してみせた。
ここまでは俺が知っている史実と概ね同じ。
だが、問題はその後だ。
アローガンス王国とハインリヒ公国との攻防は、太陽教が長い間封印してきた銀色の怪物――シルヴァーが復活したことにより状況が一変。
ハインリヒ公国は、ハインリヒ三世率いる魔導兵主力部隊を展開し、公国の総力をもって銀色の怪物へ討伐戦を仕掛け、大戦の果てにこれを撃破。
だが、その被害は大きく、公国の魔導兵部隊は壊滅状態となった。
これを好機と踏んだアローガンス王国は、ハインリヒ公国を自領から追い出すべく、魔法禁忌目録に記載のある禁忌魔法に手を染める。
その禁忌魔法とは、
禁忌とされているのは、
当然のように、アローガンス王国の召喚した
そして、その時に発生した余波が津波を起こし、その津波はフログガーデン南東部にある港を飲み込んだだけでなく、フログガーデン大陸から東、大海を挟んだ先にあるワンダーガーデン大陸にまで届き、湾岸に生活圏を築いていた何百万という人々をも飲み込んだとか。
だが、フログガーデン大陸の惨劇はこれだけに留まらなかった。
アローガンス王国の
それが――
人族にとっての厄災ともいえる禁忌召喚の応戦。
その情報は、瞬く間に大海を超えた大陸へと伝わり、
ヴァルト帝国は、ワンダーガーデン大陸全土を監視できる程の規模と実力をもつ
空を金色に染める程の
だが、ヴァルト帝国の
その火種は消えることのないまま、フログガーデン大陸とワンダーガーデン大陸の大陸間戦争は数年続き、今でも大海を挟んで激戦が繰り広げられているという。
「俺が知ってるのはこれくらいだ。フログガーデンへの侵攻作戦に行った奴の話じゃ、フログガーデンは夜な夜な黒い奇形の空飛ぶ
「それで、魔境なんて呼ばれているのか」
「魔境というより、もはや魔界だな。で、気になる点がいくつかあったんだろ? 顔に出てたぜ?」
キングが金色の前髪をかき上げながら、片眉をあげてこちらを見る。
「ああ、色々ある。まず、フロンはどうなった?」
「バハッ! 一国の女王様を呼び捨てなんてお前は恋人かなんかかよ!」
「茶化すな、答えろ」
「へいへい。そうピリピリすんなよ。俺が知ってる話だと、フロン女王は暗殺されたって話だ。まぁ良くある話だな。フロン女王は、酷い圧政で民衆から恨まれてたって話だし。ハインリヒ三世もアローガンス王国との戦いで殉死したと聞いた」
フロンが酷い圧政を敷いていた?
ハインリヒが王国との戦いで殉死?
確実に史実が改竄されて伝わっている。
恐らく、ヴァルト帝国側が国民に対して大義名分を謳いやすいように情報を操作したのだろう。
この男――キングも、暦を聞いて最初にヴァルト暦で話したことから、ワンダーガーデン大陸側の人間だと考える方が自然だ。
「大宮忠、青の王と呼ばれた男のことは知ってるか?」
「青の王? 知らないな。大宮なんたらっていう名も初耳だ。そんな変わった名なら一度聞いたら忘れないと思うんだが」
「そうか……」
大宮忠は死んだのだろうか。
自分が知りたかったことは殆ど分からなかった。
キングの話には、俺の存在が丸々抜け落ちていたからだ。
ローズヘイムでの独立宣言や、シルヴァーとの一戦がなかったことになっているのは、偶然ではないはず。
意図的に隠蔽された可能性が高い。
そう考えていると、キングが腕を組み、片手で顎を触りながら話し始めた。
「なぁ、あんたフログガーデン側の人間だろ? もしそうなら、本当のところはどうなんだ? 仮にそうじゃなくても、俺が知ってるこの情報に違和感を感じねぇか?」
「違和感?」
「そう、違和感だ。そもそも、何でアローガンス王国とハインリヒ公国は、禁忌魔法を使えたんだ?」
「それは、優秀な魔法使いがいたからじゃないのか?」
「バハッ! まぁそれはそうなんだが、魔法禁忌目録に記載してある禁忌魔法は、禁忌である以前に、そもそも行使できる者がいない上位の
「それは……」
「いいや、おかしいことだらけだ。なぜアローガンス王国は、地方要塞でしかないローズヘイムに籠城できた? 援軍もない孤立した状態で、大陸の八割を手中に治めたハインリヒ公国相手に籠城だぞ? 勝ち目なんてないだろ。それに、あの魔導兵にどう対抗した? その手段の情報が、ごっそり抜け落ちてやがる」
キングの眼が鋭くなる。
「これはあくまで個人的な推測でしかないんだが、俺の知ってるこの情報は、帝国によって改竄されている」
驚いた。
キングは得た情報に疑いを持っている。
(この男は帝国側の人間じゃないのか?)
キングは事実を伝えた上で、そこに自分の推理を展開してみせた。
「こういう噂もある。ローズヘイムに、ドラゴンに跨る英雄あり、と。その者、大炎を操る
心臓がドクンと跳ねる。
キングの鋭い視線が、まるでお前がそのマジックイーターか?と問いただしているように感じたからだ。
だが、それは俺の錯覚に過ぎない。
俺は努めて冷静に言葉を返した。
「あり得るのか? マジックイーターの仕業だなんて」
すると、キングは急に笑い出し、首を振りながら肩をすくめて言った。
「ないない。もしそうなら、今頃、ヴァルト帝国はなくなってるんじゃないか? そうなってねーってことは、そういうこった。ま、あくまでも噂だよ噂。帝国が流した情報も、どこまで信じられたもんか分からねぇーがな」
そこまで言うと、キングは急に視線を落とし、ボソリと呟くように話す。
「俺のダチの一人がな。口封じに幽閉されるまで、夜な夜なこう零してたんだよ。ドラゴンと
「ドラゴン……?」
「笑っちまうだろ? 神聖なドラゴンが、まさか
「ドラゴンは神聖なものとして考えられているのか?」
「ん? あー、フログガーデンじゃどうなってんのかは知らねぇーが、ワンダーガーデンでは、ドラゴンは知能が高く、気高く、神聖な上位種族として一目置かれてるな。信仰対象でもある」
ドラゴンは神聖な生き物。
一度ドラゴンに滅ぼされたことのあるローズヘイムでの見方とは正反対のものだ。
神聖な生き物故に、自国の敵となることを良しとしなかったのか、キングの語った帝国側の情報には、ドラゴンの存在は何一つ出てこなかった。
「何となく、状況が掴めた」
「こんなんで良ければお安い御用だ。で、結局のところ、あんたは――」
キングがそう聞きかけた時、通路側からカツンカツンという足音が響いてきた。
それも複数。
「チッ、看守がきたか」
皆が通路から顔を背ける。
すると、軍服姿の男が三名、鉄格子越しに牢の中を見て声を上げた。
「おい、アイツ起きてるぞ」
「嘘だろ? 今まで何しても起きなかったのに?」
「ハッ、驚きだな。生きてたのか」
男の一人が、警棒で鉄格子を叩く。
「おい、お前。今までずっとそこで寝てたお前だ」
間違いなく俺のことだろう。
ここはどうするべきか。
すると、キングが看守に気付かれないように呟いた。
「今はまだ耐えろ。まだ暴れて良い時じゃない。分かったな?」
何か計画があるんだろうか?
それが俺に関係するとも限らないが。
「おい! 聞こえないのか!? お前だお前! 早くこっちに来い!!」
ガンガンと警棒で鉄格子を叩き、その度に耳障りな音が牢内に響く。
頭の中に直接響くような鬱陶しい音に、俺は反射的に看守を睨みつけ――
「うるせぇよ」
と、啖呵を切った。
俺の言葉に、キングがギョッと目を見開く。
「あぁ? 何か言ったか?」
警棒で鉄格子を叩くのをやめた軍服の男が、胡乱な目つきでこちらを睨む。
聞こえなかったなら、改めて言い直してやるだけだ。
俺はもう遠慮も自重もしない。
「うるせぇと言った」
「てめぇ……」
軍服の男の額に青筋が浮かぶ。
「そこから動くなよ。他の奴らも動いたら同罪だ。指がなくなると思え」
軍服の男達が牢の鍵を開け、中に入ってくる。
(仮にも囚人達のいる牢内に入ってくるなんて、危機感がないのか? それとも、襲いかかられても対処できる自信がある? もしくは、囚人達が襲いかかってこれない状況に自信があるだけ? どっちだ?)
一瞬だけ考えるも、どっちでも良いやと考えるのを止める。
「どけ!」
「はいはい、退きます退きます」
キングが両手を上げて脇に退散する。
俺以外の囚人は皆壁際。
目の前には看守が三人。
三人とも警棒を手に持っている。
「看守に楯突くとどうなるか、その身に教えてやる」
看守の一人が、警棒を振りかざす。
何のフェイントもなく、ただ正面から振り下ろされるだけの警棒。
その軌道は顔へ向かっている。
だが、何も抵抗することなく殴られるとでも思っているのだろうか?
だとしたら、大間違いだ。
「なっ!?」
俺は、看守との距離を詰め、振り下ろされる腕の手首を左手で受け止めると、看守の動きはあっさりと止まった。
その動きの止まった看守の左顎に向けて、硬く握った拳を振り抜く。
「グフッ」
ゴッと鈍い音とともに、力なく崩れ落ちる看守。
顎への右フックが綺麗に決まった。
寝起き直後は身体の自由が効かなくて焦ったが、もう平気なようだ。
意識通りに自由に動く。
問題はない。
「き、貴様! 看守に危害を加えるとは! どうなるか分かってるのか!?」
反撃されると思っていなかったのか、他の二人が及び腰になりながら後退りする。
「俺のことより、自分のことを心配したらどうだ?」
「くっ、後悔することになるぞ!!」
そう捨て台詞を吐いて逃げようと踵を返す看守の背中へ向けて、全力でショルダータックルをかます。
「グフェッ!?」
ガシャーンという大きな音をたてて、俺と鉄格子の板挟みになった看守二人が意識を飛ばす。
「敵に背を向けて逃げる奴がいるかよ…… 鍵は開いた。俺は行く。出たければ好きにしろ」
そう言い残し、鉄格子の扉を潜ると、他の囚人達も近付いてきた。
スキンヘッドの男が喋る。
「い、行くってどこにだ? 出航して間もねぇから、まだ海の上だぞ?」
「それなら、この船を乗っ取る」
「乗っ取るって……」
「ちょ、ちょい待て待て」
驚く囚人達をかき分けて前に出てきたキングは、呆れた表情を浮かべていた。
「まだ大人しくしとけって言っただろ…… ったく、まぁやっちまったもんはしょうがねぇ。俺もあんたに付いてくぜ。この船を乗っ取るなら人手は多い方が良い」
「勝手にしろ」
「へいへい。勝手にしますとも。ってか、いい加減、あんたの名前を教えてくれよ。呼び辛くてしょうがねぇ」
「俺は――」
正直に名乗ろうか一瞬迷い――
これから起こすであろう自分の行動に適した名前を思い付く。
「
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