207 - 「プレイヤー5」

「相手も必死か」



 俺が時の秘宝の使い方を忠のクローンから聞いていると、フラーネカルの繋がりが消えた。


 まさかフラーネカルがとは思ったが、相手は俺と同じMEプレイヤーだ。


 モンスター除去の一、二枚入れていてもなんらおかしくはない。



「それでマサト、それを使うのか?」



 腕を組みながら壁に寄りかかり、俺とクローンのやり取りを聞いていたレイアが聞いてくる。



「……使う。時を戻して、フロンとシュビラを救う」


「そうか。なら早くしろ。いつ妨害が入るか分からない」



 そう告げるレイアは少し寂しそうな表情をしていた。


 レイアの不安を代弁するかのように、カジートが疑問を口にする。



「時を戻す秘宝なんて物がこの世にある事自体驚きだけど、仮にそれを使って時を戻したとして、今の俺達はどうなるんだ?」


「さぁ……」


「さぁ、って……おい! それはちょっと無責任だろ!? 今の記憶が消えて一緒に戻るのか!? それとも、あんただけ時を遡ってこの世界から消えるのか!? それだけでも全然違う! どっちにしろ俺達にメリットはないって点では一緒だけどな!」


「カジート、やめろ」


「レイアはそれで良いのかよ!? もしかしたら、その、こいつともう会えなくなるかもしれないんだぞ!?」


「良い。マサトが決めた事に、私は従う。私はマサトを守れればそれで良い」


「……っ!」



 カジートが握った拳を壁に叩きつける。


 だが、それだけで何も言わなかった。


 カジートの言いたい事も痛い程分かる。


 時を戻すという事は、それまでにあった出来事を無かったことにするということ。


 辛かったことも楽しかったことも、全てがなくなる。


 怒りたくなる気持ちも分かる。


 その記憶が自分達には残らないというなら、今までしてきた努力も水の泡になるのだから。


 もし、俺だけが時を遡り、この世界線は俺を除いて残るのであれば、皆の記憶は消えたりはしないかもしれないが、俺がこの世界を捨てて消えることに変わりはない。


 実際、どうなるかは分からない。


 でも、俺は決めたんだ。


 フロンとシュビラを助けると。



「レイア、カジート、ごめんな。でも、俺はフロンとシュビラを死なせたままにしたくないんだ。きっと、レイアが死んでも俺は同じことをしたと思う」



 レイアは目を瞑ったまま何も返さない。


 だが、今はそれでいい。


 レイアの怒りも受け止めた上で、俺は自分の誤ちを正す。


 俺は右手に持った時の秘宝を見つめる。


 クローンから聞いた時の秘宝の性能はこうだ――



[UR] 時の秘宝 (15)  

 [(X)(X)(X)(X)(X):Xターン、時を戻す。時の秘宝をゲームから取り除く]

 [耐久Lv1]



 5マナで1ターン――つまり、過剰にマナを保有している俺にとっては、たった5マナで "1日" 時を戻せる。


 今の手持ちのマナは、(虹×3)(赤×2625)(緑×1251)(青×10245)(黒×506)(白×94)。


 自分がここへ転移してくる前まで、余裕で時を戻せるくらいには潤沢にマナがある。


 後は決断するのみ。



「じゃあ、使う」


「次は失敗するなよ」


「ああ。同じ誤ちは繰り返さない」


「チッ、勝手にしろ!」



 レイアは相変わらず寂しそうな表情で、カジートは怒りを押し殺しながらも言葉を返した。


 マナを込める。


 時の秘宝が淡く輝き、光が消えた。



「……あれ?」


「どうした?」


「いや…… マナが勝手に消えたような……」



 もう一度マナを込める。


 だが、結果は同じだった。


 マナを込めた直後に霧散してしまう。



「やっぱり…… 何かに妨害されてる……」


「何!?」



 皆でクローンを睨むも、忠のクローンは大袈裟に手振りで否定した。



「い、いやいやいや。オレじゃないから!? それに、魔導具アーティファクトの起動能力を無力化するならまだしも、マナ自体を搔き消すなんて芸当、オレ知らないし、オレのデッキにそんなのねーから!?」


「じゃあ一体誰が……」


「マサトに時を遡らせたくない者の仕業であるのは間違いないだろうな」


「まだ伏兵が中に……? まさか、闇の手エレボスハンド!?」


闇の手エレボスハンドだとしても、マサトの膨大なマナを相殺させる程の真似が出来るとは考え難いが……」


「マナが使えないなら、色々と不味い。別の場所でも同じか試そう」


「その方が良いだろう。どうやら、マサトにだけ影響があるようだしな」



 掌に炎を出して見せたレイアが、その炎を握りつぶしながら真剣な表情で告げる。



「気を付けろ。裏切り者は他にもいるらしい。それも、相当前から念入りに準備できた者の仕業だ」


「誰がそんなことを……」


「心当たりは――」



 レイアが何か話そうとした直後、ローズヘイムを地震が襲った。



「地震!?」


「な、なんだ!? 何が起きてる!?」



 突然の地震に、カジートが慌てるも、レイアが落ち着いて指示を出す。



「カジート! 周囲を警戒しろ! マサト! 急げ! 敵は本気だ! どうやらどうしてもお前に時の秘宝を使わせたくないらしい」


「分かった。ここでマナが使えないなら留まっていても何も解決しない。取り敢えず外に出よう」



 屋敷を警備しているゴブリンを全て引き連れ、屋敷の外へと飛び出す。


 丁度そこへ、エンペローブ族の族長であるヨヨアとその一族が、蝗百足イナデに跨り、血相を変えてやってきたところだった。



「マサト! マサトはいるか!?」


「ここにいる! どうした!?」



 ヨヨアの乗る蝗百足イナデが、目の前まで滑るように走ってくると、ヨヨアの背に覆い被さるように担がれていた男が崩れ落ちた。


 地面へ崩れ落ちる大男の長い黒髪と長い髭を見て驚愕する。



「ニド…… ニドか!?」


「息を引き取る前にこいつの言葉を聞け!!」


「な、何を……」



 気が動転しながらも、言われるがままに、地面に倒れたままピクリとも動かないニドへ駆け寄る。


 致命傷の傷を負っているなら、治療が先だろと思ったが、ニドの状態を見て、それが出来ないことを悟った。



「ど、どうしてこんな状態に……」



 羽織っていたマントで隠れていたニドの右肩から右半身が、ごっそり消失していたのだ。


 既に治療後なのか、切断面である傷口は塞がっているが、それだけでは生命を維持できないことは明白だった。



「グフッ……」


「ニド! 誰にやられた!?」



 ニドがゆっくりと目を開く。


 だが、あるはずの眼球は既になくなっていた。



「わ、私と…… したことが…… す、少し…… ゆ、ゆだんしまし、たかねぇ……」



 ニドの残った左腕が、俺の首元を掴む。


 その腕に引き寄せられるまま、頭を下げると、ニドは俺の耳元で囁いた。



「あの…… エルフ…… には…… 気を付け…… なさ……い…… あの……」


「エルフ? エルフって誰だ!?」



 ニドの手から力が抜ける。



「ニド! おい、ニド!! くそ! ヨヨア、ニドは何故こんなことになったんだ!?」


「私は巡回中にこの状態になったニドをたまたま拾っただけだ。瀕死になったニドが、死ぬ前にお前に話すことがあると言ってな…… 治療で延命しつつここまで連れてきた。それ以外は何も知らない」


「他のコロナ族は!?」


「見ていない。ニドがこの状態ということは、コロナ族も無事ではないだろう」


「相手はニドよりも強者か……」


「それよりもマサト、ニドは何て言っていた?」


「――に、――と」


「何? 聞こえない――、ちゃんと――」


「だからエルフに気を付けろ…… って……」



 怒鳴るように言い返し、異変に気付く。


 何かがおかしい。


 周囲から音が少しずつ消えていく。


 自分を中心に何かの幕で覆われているみたいだ。


 目の前に立つヨヨアだけでなく、レイアやカジートも異変に気付いたらしい。


 何か必死に騒いでいるが、全く聞こえない。


 無音だ。


 忠の仕業かと思ったが、カジートに胸ぐらを掴まれたクローンは激しく首を横に振っている。



「一体どうなって……」



 すると、急に自分を中心に薄い光の膜が発現し、その光が急速に収束し始めた。


 訳も分からずニドの亡骸を抱いたまま硬直していると、光の膜を突き破るようにしてレイアが飛び込み――俺を突き飛ばした。



「マサト!!」


「な、レイア!?」



 レイアに突き飛ばされ、光の膜の外へと弾き飛ばされる。


 光の膜はそのまま縮小し、俺の代わりに入ったレイアと一緒に消え去った。


 外の喧騒とともに音が戻る。



「レ、レイア!!」



 だが、レイアは消えてしまった。


 光とともに。


 残ったのは、球状に抉れるようにして消失した地面のみ。



「お、おい!? レイアはどうした!? どこに行った!?」



 カジートが騒ぐも、その答えを知っている者はいない。



(レイアは…… いや、レイアには起死回生の指輪を身に付けさせてある。あれで死んだならここに再召喚されているはず。ならまだ死んでない)



 起死回生の指輪に絶対の信頼がある訳ではないが、その効果が発動していないなら、レイアはどこかに飛ばされただけだ。


 でも一体どこに?


 ヨヨアが周囲を警戒しながら話す。



「ニドをやった奴の仕業か…… マサト、気を抜くな。ここはそいつの射程圏のようだ。またいつ攻撃があるか分からない」



 エンペローブ族とゴブリン達が周囲を警戒するも、先程から変わった様子は見られない。


 恐らく、ここに留まっても敵の正体を見破ることはできないだろう。


 レイアがいれば可能性はあったが、索敵能力の高いレイアがいない状態ではそれも難しい。



「ここにいたらやられる。格上が相手ならまともに相手をしても駄目だ。狙いは俺。もしくは――」



 この、時の秘宝。



「おい、どうするつもりだ!?」



 カジートが問う。



「ローズヘイムから離れる。まずはそれからだ」


「離れるって…… おい!?」



 背中にマナを込めると、先程と同じように込めた先からマナが消える感覚に襲われる。


 それでも強引にマナを込め続けると、背中から光の粒子が噴出した。



「その翼は!?」


「光の翼!?」



 ヨヨアとカジートが驚くも、これは何てことはない。


 込めたマナが、片っ端から霧散して光の残滓となって消えてるだけだ。


 その量が多いから、目に見える形で噴出しているに過ぎない。



「これでも飛べるか……?」



 構わずマナを更に込めると、身体が少し浮く感覚を得られた。


 いける。



「俺は行く。カジート、ヨヨア。ローズヘイムは任せた。クローンもここでローズヘイムを守れ」


「おい! 行くって何処にだ!? レイアは!? レイアはどうなった!?」



 カジートはやっぱりレイアに惚れていたのか。


 先程から消えたレイアのことを心配している。


 俺も心配だ。


 でも、時を戻せれば、その心配も消える。



「マサト…… 分かった。死ぬなよ。お前が死ねば、火傷蜂ヤケドバチの蜂蜜が手に入らなくなる。それは困る」



 ヨヨアの言葉に少し肩の力が抜ける。


 全て元通りになったら、エンペローブ族に養蜂を教えてもいいかもなと、呑気な思考が頭を過る。



(頭の悪い俺が焦っても、ドツボにハマるだけだな。時を戻せれば俺の勝ち。俺の優位は変わらない。なら焦らず確実に対処しよう。俺なら必ずできる)



 気合いを入れ直し、マナを最大限込める。


 背中から激しく噴き出る光の粒子。


 その推進力で空へ浮かぶ。


 敵の大軍は東から来ている。


 普通に考えれば正反対の西へ退避するのが適当だろう。


 だが、仮に敵が回り込んでいたらどうか?


 考え得る。


 それであれば、土蛙人ゲノーモス・トードの拠点のある北が良いかもしれない。


 俺は一瞬考えた後、土蛙人ゲノーモス・トードのいる北へ飛び立った。


 上空から、東の空に飛び交う使い魔ファージ達が見える。


 ローズヘイムの城壁を超えると、光の粒子が炎へと変わった。


 知らぬ間に、何らかしらの結界でローズヘイム全体を制御されていたらしい。


 それも、俺限定で効果のある魔法を――



「魔法のある世界に、安全な居場所なんてないってことか…… してやられたな……」



 ニドの言葉が脳裏を過る。



『エルフ』



「まさかな…… でも何の目的で……」



 何の妨害もなく、旧ロサ跡地に建てられた土蛙人ゲノーモス・トードの砦へと到着する。


 真紅の亜竜ガルドラゴン達の繋がりから、敵を東に貼り付かせていることが出来ているのは分かっていた。


 地面へ降り立つと、俺に気付いた土蛙人ゲノーモス・トードが集まり始める。


 その中に、意外な土蛙人ゲノーモス・トードも――



「ゲノー、何でここに?」



 その腰の曲がった土蛙人ゲノーモス・トードは、白夢読みデイドリームと呼ばれる予知夢を見る加護をもった現土蛙人ゲノーモス・トードの長だ。


 土蛙王が土蛙人ゲノーモス・トードの王となる前の王であり、俺の登場を予言した預言者でもある。


 今はガルドラ山脈の地下にある巣で土蛙人ゲノーモス・トードを指揮しているはずだったが――



「あなた様の未来が見えたのでぎゅう!」


「俺の未来? 例の予知夢か?」


「そうでぎゅう! ぎゅを付けなされ! あなた様はこれから――」


「これから?」


「死ぬんだよ!!」



 背中に殺気を感じ、瞬時に飛び退く。


 その刹那、青い閃光が目の前を横切り、ゲノーを真っ二つに斬り裂いた。



「ぎゅぅうぅうう!?」



 絶命するゲノーから、視線を閃光の放たれた方向へと移す。


 そこには、カーキ色のモッズコートに身を包んだ茶髪の男が――



「大宮ぁああっ!!」



 その憎たらしい顔を見るや否や、カッとなり、脊髄反射で火の玉を乱れ撃つ。



「うほっ、あっぶねぇ。当たるかよ、その程度の弾速魔法」



 しかし、空を自在に飛ぶ大宮忠には当たらなかった。



「どうやってここへ来た。お前は俺の召喚モンスターと東で交戦していたはず」


「あー? そんなもん、いくらでも切り抜ける手段なんてあんだよ!」



 再び大宮の手から青い閃光が放たれた。


 それを半身ズラして避ける。


 直後、先程までいた位置の地面が大きく斬り裂かれた。



(よし…… あれなら躱せる)



 だが、躱されるのは大宮も想定内だったらしく、笑いながら次の手を打ってきた。



「これも躱すか。やるじゃん。じゃあこれならどうだ!!」



 大宮忠が両手を向け呪文を唱える――



「対人最強モンスター! 人を喰らう神獣マンティコア!!」



 光の粒子が渦を巻いて舞い上がる。



「させるか! 対抗魔法カウンタースペル!!」



 呪文なら打ち消してしまえばいい。


 そう思っていたのだが――



「カハッ! 素人かよ! 人を喰らう神獣マンティコアは打ち消し不可だバーカッ!!」



 舞い上がる光の粒子を払い除け、姿を現したのは、象くらいはある巨大な真紅の獅子の身体に、サソリの尾を持つ怪物だった。


 顔は人に似ているが、眼は死んだ魚のように無機質で、歯は三列に並んでいる。



[SR] 人を喰らう神獣マンティコア 5/5 (5)

 [召喚時、種族:人のモンスターを1体生贄に捧げる]

 [打ち消し不可]

 [(2):不可視攻撃Lv1]

 [(2):完全再生]

 [(2):フェードアウト]

 [(2):フェードイン]

 [対人無敵、与ダメージ2倍]



 それは、対マジックイーター討伐特化のモンスター。


 この世界に来て初めて、他のプレイヤーが召喚した強力な召喚モンスターが立ちはだかった瞬間でもあった。

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