205 - 「プレイヤー3」
灰色の空に散らばった色の濃い雲が、不穏な未来を予兆するかのように暗澹と動く。
ローズヘイム東門外周、王都ガザ跡地方面には、ローズヘイムへ進軍してくる公国軍に対抗するべく、各地に散らばっていた戦力が集結していた。
ゴブリンの革命王――オラクル率いる
大イボのトードン率いる
そして、皆が守り神と崇める巨大なワーム――蒼鱗。
総勢12万のモンスター軍団が地上一面に整列している光景は圧巻だ。
勿論、それだけではない。
空には数匹の
更には、グリムワールドの抹殺者フラーネカルと、フラーネカルが指揮する約1万の使い魔ファージ。
過剰過ぎる程の戦力だった。
隙などない。
内に潜む地雷――未だに街に潜伏している可能性のある
総指揮はマサトではなく、魔導鎧に身を包んだハインリヒ。
参謀に、ルミナとアーネストが側についているが、各部隊への伝達は念話が使えるオラクルが行う。
「圧巻だな」
魔導兵を従えていた時とは質の違う、身体の根底から込み上げてくる全能感に、ハインリヒは身を震わせながらそう溢した。
「これがマサト王の見ている景色か。恐ろしいものだ」
空の王者であるドラゴンに、空中戦で勝てる種族は存在しない。
一つだけ、マサトという異能者を除いてだが、魔導兵をもってしても、ドラゴンの飛ぶ空を制すことは困難を極める。
それはハインリヒの中で、もはや常識となっていた。
唯一、ドラゴン種は数が少ないという弱点に対し、ドラゴンの数を遥かに上回る圧倒的な物量で対抗する戦術も取れるが、ドラゴンとともに空を舞うファージの群れがいては、物量戦も戦術として成立しない。
大型砲台での撃ち落とし作戦も、鋼鉄をも凌ぐ甲殻をもつとされる空飛ぶ大楯――
撃ち落としについては、そもそも空を高速で移動するドラゴンを狙い撃つ事が難しいという問題も存在する。
ドラゴン一頭ですら、AAAクラスの討伐難易度だが、それが数頭。
更には、かのSランクモンスター――リヴァイアサンを仕留めたとされる
弱点らしい弱点があるとすれば、地上のゴブリン部隊だが、ここにいるゴブリン達は最弱の種族とは程遠い存在である。
個々がベテラン兵士のような動きができる上に、指揮官であるオラクルの意思を瞬時に受け取り、即座に動くことができる。
非常に練度の高い軍隊として出来上がっているのだ。
そのゴブリン部隊だけなら大型魔導兵で打開はできるが、ゴブリン達の背後にも強力な大型モンスター、蒼鱗様がいる。
ドラゴン同様、魔導兵をもってしても討伐が可能か判断すら出来ない神話級のモンスターだ。
地中や川、海を使った奇襲も、
地力でも圧倒なまでに上回る戦力に対し、考えうる戦術は全て役に立たない。
この布陣を突破できる戦略があるのであれば、ハインリヒは地に頭を付けてでも教えを請いたいと思う程に圧倒的な布陣だった。
「余の主力軍が健在であったとしても、今のローズヘイムを攻略するのは無謀だと言えよう。余の主力軍ですらそう思うのだ。それが本土に残った貴族達の寄せ集め魔導兵では、到底無理であろうな」
ハインリヒがそう告げながら、目線の遥か先に布陣している魔導兵の一団を指差す。
「見よ。形状や大きさがバラバラだ。規格が統一されておらん。目立つ事を第一に優先した派手な装飾ばかり。あれでは満足に防衛ラインを敷くことすら危ういであろう」
アーネストが頷く。
「今までは、魔導兵を保有していることに意味がありましたから。見た目の派手な魔導兵を保有してさえいれば良かった。しかし、この異様なモンスター軍団を目の前にしても、逃げ出さないくらいの矜持はお持ちのようですね」
「見栄だけは一流ということでしょ」
ルミアの発言に、ハインリヒとアーネストが笑う。
「そう言った者達が満足に戦えるとは思えません。必ず足を引っ張り、防衛の穴となることでしょう。更には、貴族達の中には、戦場での手柄こそ最高の名誉であると考える者が多いのが現状です。彼らはどう手柄を上げるかしか頭にない。いざ戦いになれば、脆くも瓦解するのが目に見えています」
「アーネスト卿がそこまで相手を貶すなんて、意外ね」
「状況が変わったとは言え、自国の王に我先にと剣先を向ける貴族達に憤りを感じているのは確かです。貴族としての誇り、忠義はどこにいったのか!」
一人熱くなるアーネストの肩に、ハインリヒが手を載せる。
「卿の忠義には、余も感謝している」
「そんな勿体ない! 私は当たり前のことをしたまでです!」
「そうか。信頼しておるぞ」
「ハッ!」
ハインリヒの言葉にアーネストが感動し、頭を下げる。
忠義の厚いアーネストにとっては、ハインリヒのその言葉が何より嬉しかった。
その様子をルミアが苦笑混じりに見ていたが、アーネストは構わず話を続けた。
「この時まで今一実感が持てずにいましたが、今、はっきりと認識できました。公国ではローズヘイムは落とせない。陛下はこれをいち早く察されていたとは。敬服いたします」
「余はもう王ではない。陛下と呼ぶな。要らぬ誤解を周囲に与えたくはない」
「失礼いたしました。ハインリヒ宰相」
「うむ、それで良い。ルミア、お前もだぞ」
「はい」
結局、ローズヘイムへ亡命してきたハインリヒは、宰相という立場についた。
これには、公国に対して悪印象をもつ一部の市民が反発したが、ハインリヒ自身が民衆の前で頭を下げ、マサト王へ忠誠を誓ったことにより、反意も直ぐに影を潜めていったのだった。
そんな三人の前へ、
「おじちゃーん、もういつでもいけるよー」
「「……おじちゃん」」
ハインリヒをおじちゃんと呼ぶオラクルに、ルミアとアーネストが呆気にとられるも、ハインリヒは満更でもないように軽快に笑って答えた。
「フハハハ! 良い。では、手筈通りに致せ」
「わかったー!」
巧みに
「魔導兵との戦いであれば、余ほど熟知している者もおらぬだろう。自身の手で生み出したものを、自身の手で壊すことになろうとは。皮肉なものだな」
「宰相……」
「ルミア! アーネスト卿!」
「「ハッ!!」」
「対面に布陣する魔導兵の多くが翼を持たぬ旧式の歩兵型だ! 迎撃戦など生ぬるい! これ程の戦力があれば、旧式の魔導兵など一蹴であろう! 無暗に戦を長引かせる必要もない!
「「ハッ!!」」
ハインリヒの号令のもと、地上の部隊――総勢12万の軍隊が、地響きをたてながら一斉に動き始める。
同時に、空を覆う黒い群れも地上の様子を窺うようにゆっくりと飛行を開始したのだった。
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