201.5 - 「白金色の蜜」
「お〜い、セファロ様特製ジュースだぞ〜」
すると、それに気が付いた
「そう焦んなって。今回は全員に行き渡るようにいっぱい作ってきてあるから」
セファロが子供に諭すように優しく語り掛ける。
そんなセファロへ、
だが、セファロは全く意に介した様子はなく、黙々と持参した液体を複数設置されていた木箱へと流し込んでいく。
辛うじて、遠目で見たら強付いた紅いローブを被っているように見えなくもない程度。
そのセファロの様子を見ていた二人が呆れた様子で呟いた。
「いくらなんでも、セファロ慣れ過ぎでござらんか……」
「ああいうとこ、凄いよね。セファロって。適応力が尋常じゃないというか、異常というか、なんていうか」
「さすがの拙者も、耳元でブーンと羽ばたかれると身体が萎縮してしまうでござるよ」
「分かる分かる! それ分かる! 身体が条件反射で防衛姿勢取ろうとしちゃうよね。本能が危ない!って警告出してるのかな?」
「そう考えると、セファロの危機察知能力は……」
「壊れてるとまでは言わないけど、ちょっとバグってそうだよね」
「ジティ殿、それは言い方変えただけで意味はあまり変わってござらんよ……」
すると、全身を
「お前らそこでまたオレの悪口言ってるだろ! オレだって傷付くんだからね!? やめてよね!?」
セファロの抗議を受け、ラックスとジティが呆れて口を開ける。
「あの状態で、こっちの話が聞こえるものでござろうか?」
「いやぁ、さすがに無理だと思うよ。叫んでるセファロの声ですら聞き取り難かったもん。でも、何か聞こえてる風だったね。人の悪口には、過剰な程に敏感なのはいつものセファロだけど」
「敏感過ぎるでござる」
「やっぱりバグってるね。セファロ」
「バグってるでござるな」
「おいコラそこの二人ぃいいい! いい加減にしないと泣くぞぉおおお!!」
「はいはい、じゃあ私達はこの蜜を運ぶね。ラックスは、死んだ
「承知したでござる」
なんだかんだ言いながらも仕事は早い三人は、一仕事終えた後、街の酒場へ早めの昼食を食べに向かった。
普段は
酒場の隅の席で、ひっそりと昼食を食べ始める三人。
元々根暗な三人は、端の席で目立たずにいるのが基本だが、
だが、今日の酒場は見知らぬ顔が大半だった。
シルヴァーの一件以来、ローズヘイムには避難民が多く訪れてきているのが原因だろう。
見知らぬ顔の者たちは、そのほとんどが不安な表情をしながら項垂れているか、見るからに苛立っているかのどちらかだ。
「皆、浮かない顔でござるな」
「まぁ、跡形もなく王都が消えちまったって話だからな」
「その話はここでは止めようよ。殺気立ってる人もいるから、喧嘩吹っ掛けられても面倒だよ?」
「そだな」「そうでござるな」
こそこそ話す三人の席に、店員の女性が焼き立てのパンを配膳していく。
「焼き立てだよ~。ローズヘイム名物、
店内にアピールするように売り文句を並べて配膳していく店員に、
「ちょ、店員さん、声、声」
「注目を集めてしまったでござる……」
「き、気まずい」
店で一番高い料理を頼んでいたら、それこそ反感を買っていたかもしれないが、
そのためか、三人を睨むように一瞥した者達も、すぐ視線を外した。
店内に漂うフランスパンの匂いに釣られた数人から、「同じものを」と注文の声があがる。
「ふ、ふぅー、焦った。宣伝の出汁に使われるとは思わなかったぜ……」
「意外なところに落とし穴があるものでござるな」
「何事もなくてよかったね…… パン如きで目くじら立てる人もいないと思うけど」
ホッとしつつ、平凡なスープにパンを付けて食べ始める。
「やっぱり、食堂の方が美味いし安いよな」
「それは言いっこなしでござる」
「そんなこと言うなら、食堂で食べればいいじゃん」
「やだよ! だってムッキムキの野蛮人達が殺気バチバチさせながら食べてるんだぜ!? あんな中で食べても味しねーよ!」
「そうでござるな…… コロナ族とエンペローブ族の睨み合いの中にいる事自体が恐怖でござった。拙者も生きた心地がしなかったでござる」
「まぁ、それはあるよね……」
項垂れるラックスと、ジティ。
だが、セファロはそんな二人を見てニヤリと笑った。
「でも、だ。オレたちにはこれがある」
そう言って、バックから白金色の液体が入った小瓶を取り出した。
その小瓶を見たラックスとジティがギョッとする。
「そ、それは!」
「ちょっとセファロ! なんでそんなの持ってきてるのよ!」
「なんでって、当然の権利だろ? 飼育してるのオレ達なんだし」
ラックスとジティが怒るも、セファロはどこ吹く風だ。
だが、ラックスとジティはそれでもセファロを追及する。
「ダメでござる! それは立派な横領でござるよ!」
「そうだよ! 以前、そういってレティセさんに横流ししたフェイスさんがどうなったか知らないの!?」
「知ってるよ。流した分の借金を背負うことになったんだろ?」
「じゃあなんで同じことするのよ!」
「そうでござる! 今や
「まぁまぁ、二人とも落ち着けって」
それでも尚、余裕たっぷりのセファロを見て、ラックスとジティの二人は訝しむ表情に変わる。
「何か裏があるでござるか」
「何か裏がありそうね」
再びニヤリと笑うセファロ。
「よく見ろ。これが蜂蜜に見えるか?」
よく見ると、その小瓶の中に詰まっている液体は、黄金色ではなく、白金色をしていた。
「色が、薄いでござるな」
「どういうこと? これ
「関係はある」
「どういうことでござるか?」
「これはな――」
三人が顔を寄せ合う。
「
「「ろ、ロイヤルゼリー!?」」
「し、しー! ちょ、ちょっと二人とも声が大きい! 声が!」
サプライズを仕掛けたセファロだったが、思わぬリアクションの大きさにたじろぐ。
驚いて欲しかったものの、下手に注目は集めたくなかった。
何事かと睨みつけてくる苛立った冒険者にぺこぺこと頭を下げ謝りつつ。
再び三人で顔を寄せ合う。
だが、ラックスとジティはさっきよりも増して怒っていた。
「セファロ、それは流石にもっと不味いでござる」
「ちょっとセファロ! ロイヤルゼリーって本気!? 遂に頭までバグったの!?」
「なんだよ二人とも、ひでぇな。ここまで集めるの本当に苦労したんだぞ?」
「苦労したとかそういう話の次元じゃないでござるよ! ロイヤルゼリーとなれば、末端価格で蜂蜜の10倍以上は値がつくのはセファロも知ってるでござろう!?」
「失礼な。知らない訳ないだろ」
「じゃあ何でここに持ってきたのよ!」
「それはな――」
セファロが急に真剣な表情に変わる。
息を飲む二人。
「味見するために決まってるでしょーが」
「「やっぱりただの馬鹿だった!!」」
ラックスとジティが天を仰ぐと、抗議の声をあげようとしたセファロよりも早く、先程から三人を睨んでいた流れ者の冒険者が絡んできた。
「なぁ、それ。居場所を無くした可哀想な俺たちに少し恵んでくれや」
胡乱な目つきの大男を筆頭に、ガラの悪い冒険者が計五人。
店の端の席に座る
「だ、だから静かにしろって言ったのに!」
「またガラの悪いのに絡まれたでござる……」
「バ、バカ! セファロがそんなもの持ってくるからでしょ!」
ひそひそと囁きながらも怯える様子の三人に、ガラの悪い冒険者達が勢い付く。
「おい、聞いてんのか? それ寄越せって言ってんだよ」
大男がセファロが机の上に出していた小瓶に手を伸ばすも、セファロがすかさず引っ込めた。
「いやいやいやいや。これは無理っす。無理無理。これ取られたらオレ生きていけない」
「ああん? てめぇ、舐めてんのか? 俺たちは王都を拠点に活動するBランククラン――
「イカレタ…… 荒らし?」
「てめぇ……!!」
「うおぉお!? ごめんなさいごめんなさい! 暴力反対!!」
胸倉を掴まれて無理矢理立たされたセファロが、顔を守るように手をクロスしながら謝罪を述べつつ、抵抗も口にする。
中には、こっそりとどちらが勝つか賭けをし始めた者も――
「おいおい、
「どう考えても
「んだよ。それじゃあ賭けにならねぇじゃん」
「
「確かに」
「ま、王都で我が物顔でのさばっていた連中が痛い目見るのは悪くねぇな。それを摘まみに俺達は楽しもうぜ」
「そうだな。ローズヘイムを見捨てた余所者達にデカい顔されんのはおれたちも腹立つしな。よーし、いいぞ!
いつの間にか、周囲の机や椅子がどけられ、酒場の中は店の端で縮こまる
そして、その光景を観戦するギャラリーの構図になっていた。
残念なことに、誰も
「ちょ、く、苦しいっす。は、離して」
胸倉を掴まれたセファロが抗議の声をあげるも、
「だせぇな! 田舎の冒険者はこれだから困るぜ。ちったぁ言い返せねぇのかよ。おら」
「セ、セファロ!」
「や、やめるでござる!」
ジティとラックスが口では止めろと話すも、身体はセファロから距離を取ろうと少しずつ離れていた。
「ちょ! ラックス! ジティ!この薄情者ぉおおお!」
セファロが涙ながらに訴えると、大男が笑った。
「ハッ! 人身御供かよ! 笑えるぜこいつら。こんな腐ったやつらが冒険者やってるから、ここはいつまで経っても田舎くせぇんだよ!」
大男が掴んだ胸倉を引き寄せ、セファロを睨みつける。
「ぼ、暴力反対! 暴力はんたーい! と、見せかけての首チョォオオオップゥ!!」
「ぐはぁっ!?」
セファロの両手が大男の首へと炸裂。
大男が蹌踉めき、セファロが解放される。
「ラックス! ジティ! 窓開けろ!!」
「承知したでござる!」
「分かった!」
すかさずラックスとジティが店の窓を全開にすると、セファロが高らかに指笛を吹き鳴らした。
――ピュューーーーゥィッ!!
「てめぇ、やりやがったな」
額に青い血管を浮かび上がらせ、顔を真っ赤にした大男がセファロにまた掴みかかろうとするも、セファロは迫る手を払いのけ、軽快な動きでテーブルを軽々飛び越えた。
「残念、二度も掴まりましぇ〜ん」
変顔で挑発してみせるセファロ。
立場が逆転したらすぐにこれだよとジティとラックスが嘆息する。
「あの顔は腹立つよね」
「腹立つでごさるな」
「お前らはどっちの味方だよ!!」
その時、
咄嗟にラックスが動く。
その刹那、鞭の空気を切り裂く音と、水を弾く音が同時に響いた。
セファロの前に展開された水の盾が、水飛沫をあげながらも男の放った鞭を弾き返す。
「な、何ぃ!?」
予想外の防衛に驚く
「鞭はさすがにやり過ぎでござるよ」
「水の盾!? 水魔法か!!」
鞭を放った男が動揺すると、大男が「それがどうした!」と怒鳴りながら机をひっくり返した。
机の上に置いてあった料理や食器が地面に転がり、音を立てて割れる。
「あーあー勿体ねぇ。そんなにカリカリすんなって。あまり怒ってばかりだと禿げるぞ?」
生え際が少し後退し始めている大男の頭を見ながら、セファロが更に自然な挑発を繰り返す。
大男は怒り心頭だ。
「てめぇ、ただで済むと思うなよ」
「フッ、ここまで事を荒らげられちゃった〜なら仕方がない。オレも本気出しちゃおっかなぁ〜?」
自信満々に言い返すセファロ。
「上等だ。その不細工な顔をより酷くしてやる」
「あ! 今お前言っちゃいけないこと言いやがったな!? このヤロー! うるせー! お前みたいな禿げに言われたかねーよ!」
中指を立てて更に挑発で返すセファロに、ラックスとジティが呆れる。
「なんか子供の喧嘩みたいになってきたでござるな」
「まぁ、実際、子供の喧嘩みたいなもんだよね」
大男がセファロへと殴りかかる。
すると、セファロは目の前で柏手を打ち、大男の踏み込みを止まらせた。
「てめぇ…… 火魔法使いか」
セファロと大男の間には、火花とともに陽炎が揺らめいている。
どれもセファロの柏手により発生したものだ。
「まっ、オレ達はお前らよりも低いCランククランだけど、色々訳あってそう簡単にやられる訳にはいかないんでね」
「ハッ! 火魔法使えるからって勝った気になってんじゃねーぞ! この距離ならてめぇなんぞ……」
「てめぇなんぞ、なんだってぇ〜?」
セファロが耳に手を当てて、もう一度言ってごらん?と挑発する。
そのセファロの背後には、窓から続々と侵入してきた
「な、なんで、
「モ、モンスターだ! モンスターが侵入してきたぞ!?」
「おい、お前らも見てないで武器を取れ!!」
だが、王都から来たばかりの冒険者達は混乱して慌てふためいているだけだった。
店員や他の客達に限っては、ニヤニヤしながら笑っているだけで、全く動じないどころか余裕すら見せている。
その違和感に気が付いた大男がギャラリーに噛み付く。
「な、なんだてめぇら! 何笑ってやがる!?」
大男の問い掛けには、セファロがドヤ顔で答えた。
「これだから田舎もんは困るんだよな〜。オレ達、
「なん、だと…… そんな馬鹿な話が」
「あるだよなぁ〜これが。ほれ」
セファロが右手の人差し指を上に向けると、背後から飛んできた一匹がセファロの右手にとまった。
「馬鹿な…… 本当に手懐けたのか……!?」
「っと、そう言う事なんで、抵抗せずに大人しく捕まった方が身の為だぜ」
「ふざけんな! たかがCランクモンスターを手懐けたくらいで調子に乗りやがって! Bランククランを舐めるなよ!」
「はっはっはー! 負け犬の遠吠えは聞いてて気持ちがいいなぁ〜もう。念のため訂正しとくけど、
セファロが再び「もう一度言ってご覧?」と耳に手を当てる挑発ポーズをすると、酒場の入口のドアがゆっくり開いた。
「お、お、おい……」
「ど、どういう……」
「なんで街中に……」
驚きのあまり言葉を失う
酒場の入口から伸びる巨大な黒い影は、入口を四足歩行でゆっくりとくぐると、セファロの方を向いてその巨体を起こした。
天上すれすれまで上体を起こしたその身体は灰色の毛で覆われており、その手足には黒光した鋭い爪が異様な存在感を放っている。
その貫禄ある姿は、紛れもなく
「よっ、ベアたん! 待ってました! ローズヘイムの守護神! この無法者達をしょっ引くから手伝ってちょ」
「グォオオオ」
さすがの
これには、
「ふ、ふざけんな! なんで酒場に
「お前、本当にここに来たばかりなんだな。ローズヘイムはマサトが王になってから、急にこうなったんだよ」
「な、なんだと!?」
本来であれば、街中には巡回中のゴブリンで溢れているのだが、一昨日あたりからゴブリンの姿が見えなくなっていたため、その後に訪れた者達には知らない者もいた。
ローズヘイムへ入る際に一通り説明されるのだが、この手の冒険者は決まって話を聞いていない。
ローズヘイム近辺に住んでいる蒼鱗のワームも、基本的にはガルドラの森に身を隠しているため、頻繁に人目につくこともなく、救助や素材回収のために空を飛び交っていた使い魔ファージ達も、今では一匹も見当たらなくなっていた。
彼らが
「そういうことだから、大人しく言うこと聞いていた方が身の為だぜ?」
「くっ……」
悔しがる大男に、顔を青くした
「リ、リーダー、まずいって。さすがにまずい」
「ここのギルドに嫌われたら暫く仕事受けれねぇっす! ここは引きましょう!」
「
「くそッ!!」
結局、
その後。
トレンの元へ訪れた三人は、ロイヤルゼリーの報告をした。
「おお、これは凄いな。
「マジ!? 蜂蜜も高騰してるし、もしかしてオレ達の借金も返せる!?」
セファロが期待に胸を膨らませると、トレンがにっこりと微笑みながら口を開いた。
「ああ。出来る」
「マジかぁあああ!? キタこれーー!!」
「本当でござるか!?」
「本当に!? すごーい!」
「これなら、30年間で返済できる」
「さ、30年間?」
喜びから一転、どん底に突き落とされる三人。
その中でも、取り分けセファロの落胆っぷりが大きかった。
「うそでそ?」
「嘘ついてどうする。継続して今の収穫量を維持できることが条件だが、これで国の食糧に多大な損害を出した
「そ、そっすか」
「やっぱりそういうオチでごさったか……」
「まぁそうだよね。そんな簡単に借金返せないよね…… ちゃんと給料もそこそこもらってるし」
「だ、だよねー…… がっくし」
項垂れるセファロを気にした様子もなく、ロイヤルゼリーの小瓶を持ったトレンが三人へ声を掛ける。
「せっかくだから、皆で味見しよう。どのくらいの相場で売るか、皆の感想も参考にしておきたい」
「味見?」
「するするする! やっほーい! 食べれるぜぇえええ!!」
「どんな味がするか楽しみでござるぅうう!!」
「やったー! じゅるり!!」
その後、皆で味見したロイヤルゼリーは大絶賛で終わった。
約一名を除いて――
「な、なんで、オレだけロイヤルゼリーアレルギー発症するんだよ…… 神様…… 不公平過ぎるよ……」
その日の夜。
屋敷の一室では、顔をパンパンに腫らしたセファロが、ベッドに三角座りしながら啜り泣く姿があった。
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