202 - 「青蛙人王の呪い」
門を飛び越して直接敷地に降り立つと、焦った門兵が息を切らして駆け寄ってきた。
「マ、マサト王! ようこそいらっしゃいました! フロン様のお部屋までご案内いたします!!」
「急に空から来てごめんね。案内、お願い」
「と、とんでもございません! レティセ様からマサト王が来ることは事前に伺っておりましたので!」
どうやら既に話は伝わっていたようだ。
門兵に案内され、フロンの待つ応接間へ通される。
前回も同じような光景があったなぁとデジャブを感じつつ部屋へを入るが、どういうことか部屋には誰もいなかった。
「あれ、誰もいない……」
仕方ないので、部屋で待つこと数分。
青い顔をしたフロンが、レティセに介抱されながらやってきた。
「ご、ごめんなさい。あなたが来たの分かったのだけど、ちょっと具合が良くなくて……」
「大丈夫? 辛いなら今日は一日休養した方がいい。
「お陰様で
「姫様!」
フロンが口元を抑えながらえずき、すかさずレティセがフロンの背中をさする。
「まさか……」
嫌な予感が頭を過る。
「ちょっとフロン、お腹見せて」
「え…… えっ!? い、いやよ……!」
先程から何かを隠そうと挙動不審になっていたフロンを見て気付いた。
お腹が、大きく膨らんでいる。
「いいから」
「い、いや!」
お腹を隠すようにうずくまり、目尻に涙を溜めて嫌がるフロンに困惑するも、乙女にいきなりお腹見せてっていう俺の行動もあり得ないなと少し冷静になる。
「じゃあ、見せなくても良いから教えて。体調不良は、そのお腹が原因?」
出来る限り優しく聞くと、フロンは頭を少しだけ上げ、その後コクリと頷いた。
「分かった」
フロンの側で悲痛な顔をしているレティセにも聞く。
「レティセ、フロンがこうなったのはいつから?」
「はい…… 姫様が身体の異変を訴え始めたのは、一昨日の夜あたりからで…… その時はここまでお腹が膨れていなかったので、食べ過ぎが原因かと思い、特に心配はしていなかったのですが、今日の朝方から急に……」
「一昨日……」
一昨日といえば、俺が丁度
となると、
「その日は、俺が
「呪い…… ですか?」
驚いたフロンが青ざめた顔を上げ、レティセの表情が強張る。
俺は意を決して、
フロンの身体には、数年前に植え付けられた
その種は長い年月をかけて、フロンの身体に適応する類いの呪いだということ。
その話をフロンは震えながら聞いていた。
そして全てを話終わった時、フロンの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「うそ…… うそよ…… いや…… いやいやいや! いやよ! いやぁあああ!!」
「フロン! 落ち着け!」
「姫様!!」
パニック状態になったフロンが髪を掻き毟る。
レティセがすかさず止めさせようとするも、フロンはそれを払い除けた。
「は、離して!」
「ひ、姫様!?」
止めるレティセを力尽くで払い除けると、自分の膨らんだお腹を見て拳を振り上げた。
「こ、こんな! こんなお腹!!」
「駄目だ!!」
そのまま思いっきり拳を振り下ろそうとしたので、強引に抱きついて止めさせる。
俺に抱きしめてられながらも、フロンは狂ったように暴れ続けた。
「やだやだやだ! う、嘘よ! 嘘! あの蛙の子を身籠ったなんて! 嘘! 嘘嘘嘘!!」
泣きながらフロンが取り乱し続ける。
「なんで!? なんで私が!?」
「大丈夫だから。落ち着いて」
努めて冷静に、諭すように語りかけ続ける。
すると、少しずつフロンの力が抜けてきた。
「なんでよ…… なんで私のお腹の中にいるのよ…… なんで…… なんで…… うっ……ううっ……」
「落ち着いて。大丈夫だから。きっと治す方法はあるから」
「治っても…… もういやよ…… こんな…… こんな穢れた身体……
遂には自殺を口にし始めた。
(不味いな…… こういう時はどう諭せばいいんだ…… こういう時は……)
足りない頭で、フロンへ贈る言葉を考える。
だが、女性経験の乏しい自分に思い付く訳もなく、俺はフロンに正直に聞くことにした。
「お腹の問題はきっと解決する。フロンは自分を穢れた身体だと罵るけど、俺はそうは思わない。それでも、本当に死ぬ方がマシだと思うのかい?」
啜り泣きながらも、フロンが少しずつ答える。
「死んだ…… 方が…… マシ。あの蛙の子を宿した身体なんて、考えられない…… や、八つ裂きにしても足りないくらいだわ……」
「王国の復興は? その目的まで、諦めてしまうの?」
「王国の復興なんて…… 無理だもの…… 無理だって分かってた…… 私はマサトみたいに特別な力もない…… 権力もない…… もう…… 何もないもの……」
「俺がその力を持ってるなら、その目的を叶えるのは可能でしょ?」
「マサトは、王国の復興なんて望んでないでしょ…… 知ってるんだから……」
「確かに、王国の復興は望んでない。腐敗した王国しか知らないからね。でも、新しい国はこれから作っていく」
「そう…… 頑張ってね……」
素っ気なく話すフロンに、少し焦る。
まずい流れだ。
何とか流れを変えないと……
「その国作りに、フロンが女王として即位すれば良い。元々、そういう約束だったし」
沈黙。
その沈黙に冷や汗が出るも、じっとフロンの言葉を待つ。
すると、フロンが俺の肩に顔を埋めて小さな声で話し始めた。
「ありがと…… でも、もう大丈夫。私は、この蛙の子を道連れにして死ぬから。ごめんね。最後まで私なんかに気を遣ってくれて……」
そう告げると、突然フロンに突き飛ばされた。
「お、おい」
フロンがそのまま部屋の奥へと走り去る。
「フロン!!」
「姫様!!」
レティセとフロンの後を追う。
一部屋抜けると、フロンが窓へ向かって走っていく後ろ姿が見えた。
「馬鹿! 止まれ!!」
「姫様!!」
背後を一切振り向かず、フロンは閉まっている大窓へと飛び込んだ。
「なっ!?」
「ひぃ!?」
俺とレティセが息を飲む。
その刹那、バシャーン、パリーンと硝子が割れる音が部屋に響き渡った。
三階からの飛び降り自殺。
どうやらフロンは本気だったようだ。
スローモーションで落ちて行くフロン。
その後を必死で追い縋るも、時既に遅く――
窓から見下ろした先には、騎士の像が掲げる剣に腹を貫かれ、くの字に折れ曲がったフロンが、真っ赤な血を流しながら、痛々しくぶら下がっていた。
――翌日。
フロンの葬儀が急遽行われることになった。
フロンは即死だった。
即死だった故に、
俺があの時全てを打ち明けていなければと、あの時手を離さなければと、もっと必死に追っていればと、その日の夜は激しく後悔した。
レティセは意気消沈し、オーリアも抜け殻のように覇気がなくなっていた。
誰が誰を責める訳でもなく、その日は一日国中がフロンの死を嘆き、静まり返っていた。
――それから更に数日後。
サン教皇が新たにハインリヒの妾の子であるゴスラーを新たな公王と宣言し、フログガーデン統一へと軍を北へ進軍させたという報が届いた。
そして、悲報は重なる。
「おにいさま…… おかあさまが……」
オラクルがゴブリン特有の尖った耳を垂れ下げ、小さい拳を作りながら目の前で涙を流している。
「ああ。伝言は受け取った。シュビラのことは…… 残念だった」
俺はシュビラが死ぬ直前に託したとされる青い宝石を握りしめながら、悲しみと怒りに震えていた。
結局、シュビラとは最後まで連絡が途絶えたままだった。
シュビラが決死の覚悟で入手したとされる青い宝石は、シュビラが自身の能力で召喚したゴブリンが持ち帰った。
その宝石を持ち帰ったゴブリンも重傷で、使命を果たした後、すぐに息を引き取った。
そのため、なぜシュビラがこの宝石を俺に渡そうとしたのか、その理由は謎のままだ。
トレンに目利きしてもらったが、判明したのは、この青い宝石が「時の秘宝」という名前というだけ。
これがどういう代物なのかまでは分からなかった。
だが、シュビラの一連の行動は、ローズヘイムへ現れた突然の訪問者によって予想ができた。
「オレの大切なアイテムを盗んだ馬鹿なゴブリンを召喚したプレイヤーはどこかな〜? 今なら手持ちのカード全部で許してあげるから出ておいで〜。出てこないなら
空に浮かぶ茶髪の男。
カーキ色のモッズコートのポケットに手を突っ込みながら、余裕そうにそう叫ぶ姿は、とても現代風だ。
一つだけ、お尻から生えている細長い青い尻尾を除いて。
「あの尻尾…… 見覚えがある。あれは、確か……」
それは、昔、兄がよく使っていた『クローン変異種』の "尻尾" に酷似していた。
[SR] クローン変異種 */* (虹)(青×4)
[召喚時、対象を一つ選ぶ。クローン変異種はその対象と同じ攻撃力と防御力を持つ]
[(青):一時的に以下のいずれかの能力を得る。飛行、魔法無敵、能力補正 +1/-1、能力補正 -1/+1]
「クローンの突然変異は、必ずと言って良いほど、オリジナルを超えた力を持って生まれる。そして、いつの間にかオリジナルと呼ばれるようになるのだ――クローン研究所長ウェッバーのクローン」
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