199 - 「黄昏のフロン、笑うドワンゴ」


 マサト陛下がシルヴァー討伐を果たした翌日の朝、領主館では「王都を取り戻す」という目的を果たせなくなってしまった姫様が、ベッドの上で自室の窓から差し込む朝日を受けながら、ぼんやりと窓の外に見える空を眺めていました。


 前女王――インディ・ジャ・シャロウ様譲りのブロンドのしなやかな長い髪と、白い絹のネグリジェから覗く雪のように白い肌が、朝日に照らされて時よりキラキラと光り、姫様自身の黄昏た表情も相まって、まるで空を飛べなくなった天使が、天に想いを寄せて空を眺めているような神秘的な印象を見る者に与えています。



「変なこと言わないで」


「失礼しました。心の声が……」



 王都がなくなったという現実に、姫様が心を痛めてなければいいと思い、心配して様子を見に来たのですが、いつもの調子で返事が返ってきたので、少しホッとしました。



「心配しなくても、私は大丈夫よ。むしろ、必ず王都を取り戻さなくちゃと思う重圧から解放されて、心が軽くなったくらい。無い物は取り返しようがないものね」



 そう言って寂しそうに微笑む姫様に、胸の奥がぎゅうっと締め付けられる気持ちになり、つい条件反射で姫様を抱き締めてしまいました。



「ちょっと、レティセ。急にどうしたの?」


「姫様が不憫で……」


「やめて。同情の必要はないわ」



 いつもなら、ここで姫様が私の抱擁を嫌がって突き離すのですが、今日の姫様は私に抱き締められたまま、話を続けました。



「でも、後悔はあるの」


「後悔、ですか?」


「そう。結局、ルーデントが王国を裏切った理由も、公国がルーデントと手を結び、王都に主力を投入してきた理由も、そのきっかけは、私が軽視したシルヴァーの存在だったでしょ?」


「それはそうですが…… しかし、あの当時にあれを信じるには些か信ぴょう性が……」


「それでも、私は家臣であるルーデントの言葉に耳を傾けるべきだった。青蛙人王フロッキングの討伐に血眼になるだけじゃなくて、ね」


「ですが、青蛙人王フロッキングの討伐は姫様の悲願でしたし、それが国を裏切ってよい理由には成り得ません」


「そうね。でも、結局はルーデントが正しかった」


「仮にルーデント卿が正しかったとしても、結果論だけで判断するのであれば、復活したシルヴァーは公国の精鋭部隊を壊滅させる程の力があり、それは王国でも公国でも止められなかったというのが事実なはずです。マサト陛下がいたからこそ、王都とフログガーデン大陸の北東部を失うだけで済んだのです。違いますか?」


「公国の力もあったからこそ、被害を最小限に抑えられたのよ。王国に魔導兵のような優れた兵器はないもの。恐らく、シルヴァー復活の当日まで、青蛙人王フロッキング討伐に軍を出していたと思うわ」


「それは流石にたらればが過ぎると思いますが」


「そうかもしれないわね」



 そう告げて、また姫様が寂しそうに微笑む。



「姫様……」


「レティセ、私達の帰る場所、なくなっちゃったね」


「何を言っているんですか。私達の帰る場所はここです。マサト陛下のいるこの場所が、今の私達の帰る場所です」


「そうだったわね。ごめんなさい」



 また寂しそうに微笑んだ。


 姫様が悲しい表情をするたび、私の心は悲鳴をあげてズキリと痛む。



「明日には生け捕りにされた青蛙人王フロッキングが到着すると聞きました。王都は消えましたが、青蛙人王フロッキング討伐の悲願は叶います。元気を出してください。無くなった王都も、また復興させれば良いのです」


「そうね。でも、今日は一日何も考えずに休みたいかな。できればマサトと一緒に休みたかったけど……」



 姫様が恥ずかしがらず、そんな大胆な発言を……


 やはり、思い出の詰まった王都が消えた事実は、姫様にとって相当な衝撃だったのでしょう。



「分かりました。今日はマサト陛下も一日誰とも会わずに休養されるとのことでしたので、姫様も今日一日は、何もせずに食っちゃ寝していてください。オーリアも微熱があって体調が優れないと自室で休んでいますし。仕事は全て私が引き受けますので」


「ちょっと言い方…… でも、ありがとう、レティセ」


「姫様……」



 苦笑いしながら感謝の言葉を告げる姫様。


 やはりいつもの姫様とはまるで違う。


 こんな弱々しい姫様は初めてかもしれません。


 これはトレン様に頼んで、明日のマサト陛下の予定を押さえておかなければ……




◇◇◇




「トレン遅い遅い! 早く早く! 実物見たら目ん玉飛び出るから覚悟しててね!?」


「わ、分かってる! だが、本物なんだな!?」



 トレンとマーチェが、息を切らしながら街の中を走り抜ける。



「それを調べるために [目利き] をもつトレンを呼びに来たんじゃないか!」


「それは聞いたが、他にも査定できる奴はいくらでもいるだろ?」


あんなの・・・・皆見るの初めてだよ! 冒険者ギルドも商人ギルドも朝から大騒ぎだよ!? 広場はファージ達が救助してきた人達の治療で、別の意味で大騒ぎしてるけど……」


「治療はロイや竜信教ドラストの凄腕癒し手ヒーラー達がいるから全く心配する必要はないな。上級回復薬ハイポーションも在庫が貯まってきたところだったし、それよりマーチェの話が本当であれば、今はあれ・・の確認の方が重要だ!!」


「ならもっと早く走ってよ! てか、ドレイクに乗って行けば良かったじゃん!」


「ば、ばか! あれに乗って飛ぶのはまだ怖いんだよ! 竜車代わりに使えるか!」


「竜車代わり…… 竜車…… 竜車…… 空を飛ぶから、空飛ぶ竜車…… 違うな…… 飛竜車? あ、これってお金にならないかな!?」


「なるかならないかで言ったら、なる。間違いなく金になる。だが、駄目だ。あれは屋敷の番犬ならぬ番竜として使う。緊急時の足は多い方がいいからな。それに、竜のいる屋敷に忍び込もうなんて馬鹿は少ない方がいい」


「そだねー。あ、着いた! あれだよ! あれ!!」


「あ、あれか!!」



 到着した場所は、ローズヘイム北に増設した素材倉庫練だ。


 二人は使い魔ファージが運んできたとされる素材を確認しにここまでやって来たのだった。


 倉庫の前には人集りが出来ており、その人集りの中心には、白群色びゃくぐんいろの巨大な素材が並べられている。



「財務大臣のトレンさんが来たよー! 皆、道を開けてー!」



 マーチェが叫ぶと、それに気付いた者が道を開けた。


 そこを小走りで走り抜ける。


 あまり体力のないトレンも、この時ばかりはへばってられなかった。


 目の前に誰もお目にかかったことのない伝説の素材があると言うのだ。


 興奮しない訳がなかった。


 人混みの中をトレンが通り過ぎると、ガヤから声があがった。



「あいつが目利き持ちのトレンか」


「もうここらへんの目利き持ちって、あいつだけなんだろ? 東は全滅って話だし、ただでさえ貴重な加護なのに、更に人数が減ったのか」


「まぁ目利き持ちが財務大臣なら間違いは起こらなそうだな」


「一代で高級街に店を構えた実力派だって聞いたぞ」


「それは信用できるな」



 目敏くそれを聞いていたのか、地獄耳のマーチェが振り返り、ニヤリと笑う。



「トレンも人気になったもんだねぇ。姉さんも鼻が高いよ。ほっほっほ」


「誰が姉さんだ、誰が。その変な笑い方やめろ。腹立たしい奴め。それに、お前はどっちかというと姉キャラじゃなくて小間使いキャラだ」


「酷い! 小間使いとかそのまんまじゃん!!」



 トレンが大臣となってからも、二人で冗談を言い合えるような関係は変わらない。


 そんなやり取りを挟みつつ人混みを抜けると、大きい素材の中に、一つだけ虹色に輝く球体の素材があるのが見えた。


 トレンが思わず驚きの声を上げる。



「な、なんだあれ」


「で、でしょ!? びっくりするでしょ!? 真珠にしたら大き過ぎるし、虹色だし。皆で、リヴァイアサンの魔核なんじゃないかって噂してたんだ!」



 魔核とは、魔力マナや魔石を生み出すとされる器官のことで、どの生物にも魔核が存在しているとされている。


 だが、その大きさは発生する魔石の1000分の1やら1万分の1程のサイズともいわれており、基本極小サイズのため、討伐しても見つけられないか、総じて発生する魔力マナが魔石に比べて微小なため、利用価値もないと無視されることが多い。


 溜まった魔力マナが蓄積してできるのが魔石で、魔力マナを生み出すのが魔核だ。


 どちらも消耗品であることには違わないが、魔石は消費魔力マナが限られているのに対し、魔核はその大きさに比例して発生する魔力マナの総力が劇的に変わる。


 トレンが過去に知っている大きさの魔核で、高額な値が付いたものでも、小指ほどのサイズだった。



「あんな馬鹿でかい魔核があるかよ。いや、リヴァイアサンならあり得るのか?」


「それをトレンに調べて貰いたいんじゃん! 早く早く!!」


「あ、ああ、分かった」



 皆の期待を背に、トレンが1mはあるかとされる虹玉へと近付く。



「お、いよいよ鑑定されるのか」


「冒険者ギルドにいる鑑定加護持ちの奴でも鑑定できなかった上物だろ? 一体どんな素材なんだろうな」


「仮に魔核だったらどうなるんだ?」


「あそこまでデカイなら、国の公用魔導具アーティファクトの供給魔力マナとして当分賄えるんじゃないか?」


「そりゃすげぇな」



 周囲の期待も高まる。



「よ、よし、これ触れて大丈夫なんだろな?」


「大丈夫! 私も触ったけど、何にもならなかったよ!」


「分かった。ふぅー、じゃあ目利きするぞ」



 生唾を飲み込み、トレンが恐る恐る虹玉へ触れる。



「ど、どうなった?」


「どうなんだ?」


「何か分かったのか?」


「結果はまだか?」



 ガヤが騒ぎ出し始める中、トレンは目を見開いて固まっていた。



「ちょ、トレン! どうしたの!? それなんだったの!? もしやトレンの目利きでも駄目だったなんてことないよね!?」


「い、いや、それはない。というか、分かった」


「なになに!? で? で!? 早く教えてよ!!」



 皆が固唾を飲んで見守る中、トレンがゆっくり振り返り、口の端をピクピクさせながら口を開いた。



「海神リヴァイアサンの…… 魔核だった……」


「 「「うぉおおおおおおおおお」」」



 場が一気に歓声に包まれ、皆が諸手を挙げて喜んだ。


 例え自分達の手柄でなくとも、神話級の素材にお目にかかれたという喜びが大きかったのだ。


 まるで自分達の手柄のように抱き合ったり、ハイタッチしたりして喜んでいた。



「マジで魔核かよ! あんなデカイ魔核あんのか!?」


「すげぇな! 一体いくらすんだ?」


「あの大きさの魔石ですらいくらになるか分からねぇのに、あれ魔核だろ? 城が建つレベルなんじゃねぇか?」


「城どころの話じゃないだろ! 魔核だぞ!? それも海神リヴァイアサンの! S級モンスターだぞ!?」


「海神リヴァイアサンの素材ってだけで数千万Gクラスなのに、魔核って…… 破片だけでも貰えないだろうか」


「馬鹿、魔核は欠けたら終わりなんだよ。ヒビでも入れば最後、魔核自身が死ぬ。あの魔核が生きてるってことは、無傷ってことだ。だから価値があるんだよ。恐ろしい程にな」



 そしてマーチェも例に漏れず、爛々に目を輝かせていた。



「す、す、す、すごーーー! やっぱり魔核だったんじゃん! この魔核生きてるよね!? それなら相当な量の魔力マナを生み出せるんじゃない!?」


「あ、ああ。そうだ。生きてる魔核なら魔力マナを相当な量を生み出せる。だが、傷付ければ価値はなくなる。警備を厳重にする必要があるな…… マーチェ、至急竜信教ドラスト地下・・の誰かに連絡して、地下に運ばせろ。勿論、空いてる奴ら総動員だ」


「わ、分かった! 行ってくる!!」



 マーチェが走り去る。


 すると、入れ違いになるように、商人組合長ギルドマスターのドワンゴが到着した。



「ドゥワァア!? なんじゃこりゃああ!?」


「海神リヴァイアサンの魔核だ」


「ま、魔核じゃと!? リヴァイアサンの!? そりゃホントか!?」


「ああ、さっき調べた」


「それりゃあ目出度い! リヴァイアサンの素材ってだけでも目出度いのに、それ以上だわい! ドゥワッハッハ!」



 ドワンゴが目尻に涙を浮かべながら腹を抱えて笑い転げる。



「笑いが止まらないよな。おれは震えが止まらないよ。ああ、この魔核は貰ってくが、問題はないよな?」


「ん? 討伐したのも、それを運んできたのもマサト殿なら何の問題もないじゃろ? まぁ運んできたのは、正確にはマサト殿の使い魔じゃが。それにな、あんな馬鹿でかい魔核など使えんわ! 魔核は加工もできんしな」


「一応断っておこうと思ってな」


「相変わらず律儀な男だわい。他の素材はどうするんじゃ? さすがにリヴァイアサンの素材を大量に買えるほどの資金は、ワシのギルドにもないぞ?」


「それは理解してる。この量はさすがにな。仮に国で買い取れと言われても無理だ。で、相談なんだが……」


「オヌシまた悪そうな顔しおって。商談か。良いだろう。受けて立とう」


「そういうおっさんも悪い顔してるぞ?」


「儲け話じゃろ? そんでもって、リヴァイアサンの素材を使って何を作らせようってんだ?」


「決まってるだろ? ハインリヒ王が暫く滞在するんだ。作るものは一つしかない」


「まさか、オヌシ……」


「そう、うちにも魔導兵が欲しいと思ってね。それをリヴァイアサンの素材で作ったら最強なんじゃないかと思った訳だ」


「ドゥワッハッハ! そりゃあ傑作じゃな! 金持ちの道楽なんて比じゃないぞ? 狂っとる! 確実に狂っとる! ワシはそういうクレイジーな馬鹿が大好きじゃがな! ドゥワッハッハ!!」


「じゃあ後はハインリヒ王と交渉だな」


「オヌシ、ボラれるなよ?」


「この際、ボラれても魔導兵を作る技術が手に入れば問題ない。うちには羽ばたき飛行装置オーニソプターもあるしな」


「あー、それなんじゃが、羽ばたき飛行装置オーニソプターの解析は思うように進んでおらん」


「だろうな。壊れた古代魔導具アーティファクトを復元できるなら、世にはもっと古代魔導具アーティファクトが溢れてるだろ。そうじゃないということは、復元や模倣が難しいってことだ」



 そう話したトレンだったが、顔は自信ありげに笑っていた。


 トレンの顔を見たドワンゴが、片眉を吊り上げて聞き返す。



「何か手がありそうな顔をしておるな?」


「ああ、手はある。あくまでも可能性に過ぎないが、試してみる価値のある手がな」


「ふむ、期待しても良いんじゃな?」


「ま、結局は他力本願になるが、期待はできる。と、思う」


「そういうことなら楽しみに待つとしよう。それまで解析は続けておくぞ」


「ああ、頼んだ」



 トレンとドワンゴががっちりと握手を交わす。



「それにしても、羽ばたき飛行装置オーニソプターと魔導兵。そして、リヴァイアサンの素材。この組み合わせって、最高に危険な香りがしないか?」


「ドゥワッハッハ! マサト殿だけでなく、ここにも面白い奴がおったか! 良いだろう! 商人ギルド総出で力を貸す! 何でも言え! ドゥワッハッハ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る