197 - 「大戦後の報告会」
ローズヘイムへ無事に帰還した俺は、すぐさま屋敷に皆を集め、事の全てを報告した。
屋敷の大広間には、過去の一度も誰も成し得なかった面子が揃っていた。
今は亡きアローガンス王国の女王フロン・ジャ・シャロウと、
ハインリヒ公国からは、現公王ハインリヒ三世と、そのハインリヒの三番弟子であるルミア卿、更にはそのルミアのお目付け役としてローズヘイムへ来たアーネスト卿。
ローズヘイムからは、冒険者ギルド長のヴィクトル・マリー・ユーゴと、
他にも、サーズの新たな族長であり、コロナ族の族長でもあるニド、エンベロープ族の族長ヨヨアという錚々たるメンバーが一堂に会したのだ。
――と、それ自体は凄いことなのだが、案の定、場の雰囲気は最悪といっていいほど悪かった。
原因は旧アローガンス側の陣営だ。
留守中の隙を突かれて国を奪われたのだから、当然と言われれば当然の流れかもしれないが、旧アローガンス側の三人が殺意のこもった視線を公国側の三人へ向け続けたことで、会議は顔合わせ早々から一触即発の状況となっていた。
オーリアが今にも斬りかからん勢いでハインリヒを睨みつけ、いつもは能面を崩さない付き人のレティセまでが、まるで下賎なモノを見るような目で挑発する始末。
正直、国のトップの側近達がそんなんだから、隣国に国ごと掠め取られたんだよと思いたくなってしまうが、「お前が言うな」と天の声が聞こえてきそうなので口には出さない。
そして、その安い挑発を向けられたハインリヒはというと、公国の魔導王と呼ばれるだけあって、そんな些細な心配など無用と思える貫禄のある対応だった。
明確な敵意も安い挑発もどこ吹く風で、全く動じず、挑発で返すこともしない。
だが、それで良しとしなかったのはハインリヒの側近達だ。
自身の王に剥き出しの敵意を向けるオーリアと、目に余る挑発を続けるレティセに対し、ルミアとアーネスト卿が反発するかのように不機嫌を態度に表していた。
フロンもフロンでハインリヒを睨んでいるため、仮にハインリヒが挑発で返そうものなら、この場が戦場に変わるんじゃないかというくらいに雰囲気は悪かった。
まぁ、そんな事にはさせなかったが。
どうやってその場を治めたかというと、今日一日限定で効果を発揮できる
これが想像以上に効果覿面で、剣呑な雰囲気が一転、不安と恐怖心に変わった。
ドワンゴ曰く、モンスターの大群の中に置き去りにされたみたいに極度に心細くなり、不安で不安で落ち着かない感じになったらしい。
冒険者ギルド長のヴィクトルですら、俺の身に纏う雰囲気が
その中で、ニドだけは狂気的な笑みを浮かべながらハァハァと興奮し、逆に俺を不安にさせるという芸当をしてみせたが。
最初からそんな波乱な一幕がありつつも、報告会は誰の血も流されることなく進んだ。
まず皆に伝えたのが、シルヴァーを討伐する為に、王都ガザ含め、フログガーデンの北東部が海の底へ沈んだことだ。
これには、フロンが失神して倒れそうになる事件が発生。
実際に現場を確認していない者達は、最初こそ何を言われたのか今一状況を飲み込めていなかったが、ハインリヒが証言したことで実感が湧いたようだ。
ハインリヒは、肉裂きファージに運ばれている最中、薄れゆく意識の中、王都に迫る巨大な大波を見ていたそうだ。
その後、耐えきれず意識を失ったということだったが、俺が着いた時には、ハインリヒの治療は既に終わっていたようで、多少覇気のようなものが削げ落ちた雰囲気はあったものの、しっかりとした足取りで会議に参加していた。
シルヴァーの女王の分体から魔導砲をもろに浴びて負傷していたのは把握していたが、やはり相当重傷だったようだ。
王都ガザの消滅を報告し終えると、場はお通夜のように静まり返った。
話をしている間、顔を青白くさせたフロンが、震える唇をきつく閉めて、俺の話を堪えるように黙って聞いていた姿は少し可哀想だった。
故郷が消えたのだ、無理もない。
一応、住民の一部は南に避難していたこと、避難民には、ローズヘイムへ受け入れが可能なことを伝え、空からの護衛として周辺をドラゴン達に巡回させていることを伝えたら、皆も少しホッとしていた。
だが、まだリヴァイアサンの件を話していない。
これ以上、フロンに負担をかけさせたくないなと思って報告を躊躇っていると、ハインリヒが口を開いた。
「しかし、なぜ急に巨大な波が発生したのだ? シルヴァーの女王とやらを倒すために放った巨大な
「ああ、ハインリヒ王からは見えてなかったのか。津波の原因は、
皆の視線が再び集まる。
「あの津波は、海神リヴァイアサンが起こしたものだ」
「「「海神リヴァイアサン!?」」」
突然のS級モンスターの名前に、皆が揃って声を荒げた。
誰もが「本当なのか?」と疑問の表情だ。
「疑いたくなる気持ちは分かるよ。俺も目を疑ったから。でも事実」
「しかし、何故リヴァイアサンが……」
額に汗を浮かべたハインリヒが、言葉を捻り出すように聞いてきたので、正直に答える。
「あの大戦で、フログガーデンの東の海の底に眠っていたリヴァイアサンを目覚めさせてしまったらしい。列島並みに巨大なリヴァイアサンが急に水面に浮上してきたせいで、大津波が発生したんだと思う。リヴァイアサンに津波を引き起こす能力はないようだから、あれはリヴァイアサンが浮上しただけで起こった波に過ぎないのだと思う。ただ、リヴァイアサン自体が巨大過ぎて、起きた波が大津波級にでかかったっていうのが、酷い事実だけど」
フロンは虚ろな表情でふらつき、青い顔をしたオーリアとレティセに支えられる。
「フロン様!?」
「姫様、お具合が優れないのであれば……」
「だ、大丈夫。オーリアもレティセも大丈夫よ。私は平気」
「しかし!」
オーリアが泣きそうな顔でフロンを心配して声をかけているが、フロンは辛そうだ。
全然大丈夫そうに見えない。
「フロン、大丈夫? 体調悪いならベッドで休んでいていいよ?」
「だ、大丈夫よ。し、心配してくれてありがと……」
少し頬が赤くなった。
本当に大丈夫だろうか?
そう考えていると、フロンが早口で質問を投げかけてきた。
「そ、そのリヴァイアサンはどうしたの? マサトがここに帰ってきたと言うことは、もう追い払ったということで良いのよね?」
「余も気になっていた。海神リヴァイアサンが現れたのであれば、それは大陸の危機。国の総力をあげて対応する必要がある」
フロンとハインリヒが疑問を投げかけると、それに乗じてニドも口を開いた。
「ヌフゥ、なぜ海神リヴァイアサンが大波を引き起こす能力がないと分かったのか、私はそっちの方が気になりますねぇ」
ニドだけ質問の意図が少し違うようにも思えたが、未知なる古のモンスター――シルヴァーの女王の時とは違い、Sランクモンスターとして有名な海神リヴァイアサンが出たと聞いた皆の焦りは酷いものだった。
個人的にはシルヴァーの女王の方が厄介だと思うものの、リヴァイアサンの方は過去に大陸がまるまるなくなるという事件が起きていたらしいで、明確な危機感を抱けるのだろう。
「心配はいらない。討伐した」
一瞬、場が沈黙する。
「シュホホホホ! 本当に海神リヴァイアサンを討伐したのですかねぇ? 各国の英傑が総力戦を仕掛けてようやく撃退できる可能性が出るほどの生物ですよ?」
「ああ、間違いない。波が引いたのはリヴァイアサンを討伐したからだ」
その報告に、驚いた皆が騒ぐ。
ハインリヒが問う。
「……どうやって討伐したのだ?」
「それは想像に任せる」
召喚したフラーネカルが倒したと詳しく説明する必要はないだろう。
すると、先程まで驚くリアクションしかしていなかったトレンが、いきなり詰め寄ってきた。
「と、討伐したなら、その死体は!? リヴァイアサンの死体はどうなってる!?」
「あー、どうなってるだろ…… まだ海に浮かんでいるか…… もしくは海の底に沈んでいるか…… 多分、沈んでるだろうな……」
「か、回収は!? か、身体の一部でも残ってないか!? そ、素材を剥ぎ取ったりしてないのか!?」
「ちょ、トレン落ち着けって! 分かった分かった。使い魔達に素材が漂流してないか捜索させるから」
「た、頼む! 海神リヴァイアサンの素材だぞ!? たまに漂流するものですら豪邸が買える価値が出る代物だ!!」
トレンの背後で、ドワンゴが激しく首を縦に振って頷いている。
ヴィクトルに目をやると、それまで呆気に取られていたものの、すぐ表情を戻し、少し頭を下げて肯定した。
「そこまで貴重なのか…… 分かった。北東の
「頼む!!」
トレンが落ち着きを取り戻すと、ハインリヒが再び口を開いた。
「北東の
「シルヴァーの女王が復活する少し前にね。数十万のゴブリンと、
「いつの間に……」
ハインリヒが目を丸くして驚く。
王都にいながら、そのすぐ北で発生した大規模な戦争に気が付けなかったことに驚いているのだろう。
それだけのスピード感で制圧したのだから当たり前なのだが。
すると、今度はフロンが声をあげた。
「フ、フログ湿地帯を制圧!?
「ああ、報告遅れてごめん。そのうち大量の戦利品とともに、生け捕った
「わ、分かったわ!」
フロンの顔に少し明るさが戻る。
今までが不運の連続だったであろうフロンの中で、唯一明るい報告だ。
幼少期から悩まされていたストーカーが捕まったとあれば、今まで抱えていた不安も軽くなるはず。
(そういえば、フロンのお腹には
シュビラを見ると、こくりと頷いてくれた。
念じてないのに伝わるの凄い。
良く言って以心伝心。
悪く言って筒抜け。
「ああ、それと、津波に飲まれて沖へと流された人達で、まだ生存している人がいれば、救助してローズヘイムへ連れてくるように使い魔達に命令しておいたから、もし助かった人がいれば運ばれてくる。その治療の手筈は済んでいるから安心してほしい」
その報告には、素直に皆が胸を撫で下ろした。
どのくらいの生存者がいるかは分からないが。
「トレン、シュビラから聞いてるかも知れないけど、使い魔ファージ達の流布をよろしく。結構見た目怖いから」
「それは既に手配済みだ。今回はヴィクトルとドワンゴにも依頼して、ギルド協力のものと宣伝してもらったから、既に大半の住民に認知されているはず」
「さすが仕事が早い。ありがとう」
「蒼鱗様の件があったからな。住民達の飲み込みが早くて助かってる。やっぱりあのセレモニーはやって正解だったな。じゃなきゃ、フラーネカルみたいな
「本当だわい。さすがのワシも奴が来た時にはうんこ漏らしかけたからな! ドゥワッハッハ!!」
この場でうんこ漏らしそうだったとか冗談言えるドワンゴ凄い。
オーリアが顔をしかめ、レティセがうほんっ!とわざと咳き込む。
ハインリヒは目を丸くし、アーネスト卿は「やれやれこれだからドワーフは」と小さく呟きながら溜息を吐いた。
ヴィクトルは眉間を押さえながら頭を振っている。
デリカシーのなさは毎度のことなのだろう。
皆があまり良くない反応を見せた中で、フロンとルミアだけは違った。
「ふふ」「ぷっ」
笑っていた。
「おっと、お姫様方には少し下品過ぎたかな? 今の発言は忘れてくれ! ドゥワッハッハ」
「気にしないで。少なくとも私は気にしないわ」
「奇遇ですね。私もあの手の冗談は嫌いじゃありません。親父があんな感じでしたので」
「へぇ、そうなの。それは愉快なお父様だったのね。羨ましいわ」
「羨ましいだなんて。ただの飲んだくれです。身体だけは丈夫だったので、その点だけは評価してますが」
なんだか少し互いの棘が消えた?
フロンは悩みの種の一つだった
ルミアは人となりとあまり知らないのでよく分からない。
露出が多く、動きやすさ重視の格好を見る限り、体育会系女子みたいな雰囲気は感じるが。
あ、オーリアがライバル心を燃やしているのか、凄い形相でルミアを睨んでいる。
「あなたも丈夫そうね。何か武術でもやっているのかしら?」
「ええ、少し」
「そう! じゃあ今度お手合わせ願えるかしら」
「え? は、はぁ…… その騎士の方とですか?」
「いいえ、私とよ」
「……は?」
話が違う方向へ逸れていた。
フロンの魂胆は読める。
恐らく、
単純な力比べなら、
最近は組手や剣術の稽古に励んでいるそうだし、自信も付いて色んな相手に自分の実力を試してみたいのだと思う。
王族にそんな誘いを受けた方は堪ったもんじゃないだろうが。
怪我させたら外交問題だ。
勝っても心象悪く、相手が気持ち良く勝てる程度に絶妙に演出しないといけなくなる。
これは止めるべきだ。
「フロン、それは酷だろう。お互いに立場がある。力試しがしたいなら……」
そう告げて周囲を見渡すも、ヴィクトルとドワンゴに目を逸らされる。
ニコニコしているニドは論外。
先程から一言も発していないヨヨアでも良いが――いや、ヨヨア適任じゃないか?
「ヨヨアに相手してもらうといい。ヨヨアは強く、相手が誰であろうと手加減抜きで相手してくれると思う」
「それがお望みとあれば全力で相手をしよう」
ヨヨアからも良い返事が聞けた。
ヨヨアならフロンを怪我させても厄介な問題になることはないだろう。
多分。
「そう。じゃあ今度お手合わせお願いね。エンペローブ族の族長ヨヨア」
「分かった」
「念のため、手合わせの際はうちの
これでよし。
一先ず回避成功だ。
このやり取りに、ハインリヒ、ルミア、それとアーネスト卿らは関心した様子で頷いていた。
「報告はそんなところか。で、ハインリヒ王はこの後どうする? 南に帰るのか?」
「そうだな。暫しここに滞在するつもりだ」
「そっか。なら気を付けて帰…… え? 今なんて?」
「暫くここにお世話になる。元々、ルミアをここで学ばせる予定だったが、自らの足でこの地を踏み、実感した。この国から学べることは非常に多い。余も暫く学ばさせてもらおうと考えている」
「そ、それは構わないけど、大戦の後で国へ戻らないとさすがに不味いだろ。多くの兵士が死んで、それで王も戻らずじゃさすがに――」
すると、ハインリヒの背後に控えていたアーネスト卿がすかさずハインリヒを止めにかかった。
「そうです! 陛下、すぐに戻らなければ、南に残してきた軍の統制が……」
そこまで話し、周囲の目が気になる話なのか、急に言い淀む。
しかし、ハインリヒは構わずその続きを答えた。
「うむ、余の手を離れ、独立し始めるであろうな。余の失態を知れば、余を拘束しようとするかもしれん」
「なっ!? へ、陛下!!」「王!」
「良いのだ。アーネスト卿、ルミア。余は確信した。マサト王のいるローズヘイムはこの先、フログガーデンを統一するであろう。余の軍隊は全滅し、公国に残ったのは余の不穏分子のみ。公国の未来は暗い。マサト王、フロン女王よ、良い機会だ。全て話そう」
その後、ハインリヒは公国の内情を語った。
公国には、魔導を崇めるハインリヒ派と太陽教の最高指導者であるサン教皇を崇めるサン派がいること。
サン教皇はハインリヒの妾の子であるゴスラー公を担ぎ上げ、公国の主権を密かに狙っていることなど。
先のシルヴァー大戦でハインリヒの精鋭軍が壊滅したとあれば、南に残ったゴスラー公の軍と、サン教皇ら太陽教一派の発言力が強まるのは必然で、もはやその流れを止める術はハインリヒに残されていないという。
その話を、フロン達は複雑な表情で聞いていた。
国を奪ったハインリヒが、今度は息子に自分が国を追われると言っている。
そして、その息子と太陽教が統治した公国を、俺が制圧することになると。
腐敗した太陽教の目的はただ一つ。
フログガーデン大陸の統治と、
「太陽教か…… また厄介な奴らの権力が高まるのか……」
「それは避けられんだろうな」
また太陽教とやり合わないといけないらしい。
だが、何よりも問題だったのは、ハインリヒのその後の発言だった。
「余が北へ発つ少し前、太陽教に現れた
ルミアが続く。
「あの不可思議な魔法を使う子供の事ですか? 自分は
「そうだ。マサト王のように目に見えるほどの濃厚な
「ちょ、ちょっと待ってください。違う世界から来たと言っていたのは確かですか!?」
もしかしたらプレイヤーの一人かもしれない。
問われたハインリヒがルミアへ視線を送り、ルミアが答える。
「そう言っていたと聞いています。サン教皇の動きが気になり、信用できる部下に探らせて分かった情報です。参考にはなるかと」
「マジか……」
「マサト、それがどうかしたの?」
心配そうにフロンが尋ねてきた。
「恐らく、その話が本当なら、そいつは俺と同じ力をもってる。マジックイーターだ」
再び皆が驚きに顔を歪めた瞬間だった。
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