196 - 「傷跡」
ベッドの上で、治療を終えたハインリヒ公国の公王――ハインリヒ三世がゆっくりと目を覚ます。
「王! 良かった……」
「陛下、ご無事で何よりです!」
ハインリヒの生還を喜んだのは、ハインリヒの命令でローズヘイムへと移動していたルミアとアーネスト卿だった。
既に満身創痍の状態で気を失っていたハインリヒは、すぐさま
魔導鎧の装着を解除したハインリヒの身体は、それは酷いもので、その場に居合わせた
だが、
重度の熱傷も痕を残さず綺麗に再生し、一日とかからずに元の姿を取り戻していた。
「余が眠ってから、何日経った?」
「そこまで日は経っておりません。陛下がローズヘイムへ運び込まれてから、数時間ほどと記憶しています」
ハインリヒが自分の身体に目をやり、少し身体を動かして異常がないことを確認すると、少しだけ目を細め、溜息を吐くように呟く。
「ローズヘイムお抱えの
その発言を聞いたアーネスト卿は、少し言いにくそうな顔をしながら、ハインリヒの言葉を訂正した。
「陛下、私も同じ勘違いをしたのですが、彼女達は
「何……」
アーネスト卿の指摘に、ハインリヒは目を丸くして驚いた。
「では、この傷を癒したのは
「はい。信じ難いことですが……」
アーネスト卿の話は続く。
「ここローズヘイムは、つい最近まで公爵領だったということもあり、そもそも宮廷魔術師は存在しないそうです」
「まことか」
「はい。陛下の治療を担当した
「そのようなことをすれば、太陽教徒が黙っていないだろう。いや、そうか。だから太陽教徒がローズヘイムから大量に流れてきたのか」
「ええ。太陽教徒に見捨てられたローズヘイムは、
「フハハハ! マサト王は武だけに長けた猛将という訳ではなかったか! 国作りの心得もあるとはな!」
嬉しそうに笑うハインリヒに、アーネスト卿が苦笑いで返した。
「ローズヘイムへ来てからというもの、私も驚きの連続で…… 頭がどうにかなってしまいそうです……」
「卿にそこまで言わせるだけの事がローズヘイムに隠されていたということか。余が気を失っている間に、卿は他に何を見た? この国には他にどんな秘密があるのだ?」
「秘密という表現が正しいかは分かりませんが…… ローズヘイムの外壁を、お伽話で有名な神様――蒼鱗様が守っておられました」
「蒼鱗…… まさか。見間違いではないのか?」
「ローズヘイムの住民も皆口を揃えて蒼鱗様だと…… マサト王が皆の前で召喚されたと聞きました。他にも、屈強で賢いゴブリン達が絶えず市街を巡回しており、マサト王の屋敷にはこの大陸では珍しいドレイクも飼っているとの事で…… 実物もこの目で確かめましたが、確かにドレイクが飼われていました……」
厳格なアーネスト卿が、狼狽えるように言葉を繋ぐ姿に、隣で大人しく話を聞いていたルミアが堪えられずに吹き出す。
「ぷっ……」
アーネスト卿は眉をしかめつつ、ルミアへと振り向く。
「何ですかルミア卿。貴女も一緒に驚いていたではありませんか」
「驚いたのは確かだが、尻餅までついた誰かさんと一緒にされたくないな」
「貴女って人は…… まだ根に持っているのですか」
「私は恨むと言った」
「確かに言われましたが、こうして陛下が無事だったのですから……」
ルミアとアーネスト卿が口論を始めそうになると、ハインリヒがすかさず咳払いで止めた。
二人の背筋が伸びる。
「ルミア。お前をここへ向かわせたのは、アーネスト卿ではなく、余だ。不満があるのであれば、余が聞こう」
ハインリヒがルミアへ視線を送るも、ルミアは黙ったままだった。
溜息を吐きつつ、ハインリヒが話を続ける。
「ステンとイロンではなく、ルミアを選んだのには理由がある」
「私はあまり聞きたくありませんが…… 分かりました。聞きましょう」
ルミアの不遜な態度に、アーネスト卿が眉をしかめ、ハインリヒはフッと笑った。
ルミアがハインリヒに不遜な態度を取る時は、決まって腹を立てている時だとハインリヒには分かっていたからだ。
「その癖は変わらんな。だが、それもルミアを選んだ理由の一つでもある」
馬鹿にされたのかと思ったルミアが顔を顰める。
だが、その反応を見たハインリヒは口の端を釣り上げると、次の瞬間には真剣な表情でルミアを見据えた。
「馬鹿にされたと思ったか? そう思ったのであれば、それはお前自身がそう感じているからだ。余はお前を馬鹿にして言った訳ではない。余は、ルミア、お前のその権力に屈さない強き意志を高く評価しておる。お前であれば、余の後継に相応しいと思ったからだ」
「「なっ!?」」
驚いたルミアとアーネスト卿が同時に声を上げる。
「へ、陛下!? それはどういう意味でしょうか!?」
「アーネスト卿、そのままの意味だ」
「し、しかし、ハインリヒ城には第一王位継承権をお持ちのゴスラー公がおります。その発言は跡目争いを招く恐れが」
「ゴスラーか。妾と遊んだツケがここで回ってきたか。ゴスラーに魔導の才はない。血縁だからと、才のない者が国を引き継げば、その国は終焉へと向かうだけだ」
「そ、その理由だけでは、諸侯が納得しません!」
「そうであろうな。だが、納得させねばならぬ。我が公国は、魔導の力を追究してここまで発展してきた。魔導の発展が国を豊かにする。故に、魔導を極めし者が国を治めるべきなのだ」
「しかし!」「それなら!」
尚も反論しようとしたアーネスト卿とルミアの言葉が重なり、アーネスト卿がルミアに話の先を譲った。
「それなら私は不適任です! ステン程の魔導兵操縦スキルも、イロンの魔導知識もどちらもない! 全てが中途半……」
ルミアの言葉を遮るようにハインリヒが口を開く。
「全ての技術、知識を、公国にいるどの者よりも高い水準で身に付けておる。余の魔導鎧も、上手く扱えるのはルミアだけだ。あのステンでも余の魔導鎧までは扱えず、あのイロンでも魔導鎧の改良までは知識が及ばなかった」
「!!」
ルミアがハッとなり、唇を強く噛み締めた。
その瞳が揺れる。
「余はな、ルミア。お前を次期公王とし、その両腕としてステンとイロンを付けよう考えていたのだ。だが、今では、それも叶わぬ夢となってしまった……」
「それはどういう……」
「ステンとイロンは、戦死した。余以外、ガザに配置したほぼ全ての兵が戦死した。全滅だ。そして、旧王都ガザは海の底へと消え去った」
「う、嘘…… そ、そんな!!」
ルミアが悲痛な表情で声をあげ、アーネスト卿は「やはり……」と呟き、肩を落とした。
ハインリヒが視線を下げ、話を続ける。
「もしもの時のことは想定していた。だが、シルヴァーの猛攻はその予想を遥かに超えていたのだ。許せ。余の判断ミスだ。ステンとイロンを失ったのは余のせいだ……」
嗄れたハインリヒの頬に、一粒の雫が落ちる。
「許せ……」
そう呟きながら目を瞑り、項垂れるハインリヒを前に、ルミアとアーネスト卿は掛ける言葉を見つけられなかった。
部屋には重い空気が流れ、今回の大戦の傷跡の深さを改めて実感したのだった。
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