187 - 「シルヴァー戦7―四つの触手」


 悲鳴。

 

 怒号。

 

 それらを全て飲み込むほどの人ならざる者達の狂気が、奇声となって耳へと届く。


 周囲には咳き込みたくなるような焦げ臭さが漂い、空からは灰が降り注ぐ。

 

 城の周辺は火の海だ。

 

 まるで城を黒い鉄格子の牢獄に閉じ込めたかのように、黒煙がもくもくと立ち昇っている。

 

 その世界の終末にも思える空間の中で、黒塗りの人型機械が、背中や足から青白い光の粒子を放出しながら空を飛び交う。


 ハインリヒ公国が誇る最強部隊、搭乗型魔導兵で編成されたアインズ部隊だ。


 ある者は蠅のように群がるシルヴァーを斬り払い、ある者は女王シルヴァーの触手を巧みに躱し、ある者は魔導砲による反撃で女王シルヴァーの動きを封じている。


 巨大な敵に臆することもなく果敢に立ち向かう姿は、この戦いに臨む者達に勇気を与えていた。


 そしてマサトもまた、飛び交う魔導兵の姿を見て心を奮い立たされたうちの一人だった。



(皆必死に戦ってる。状況は明らかに最悪なのに……)



 籠城しつつの攻防だが、城の周辺はシルヴァーで溢れており、空から侵入したシルヴァーが城へ取り付き、城の至る場所から城内へ侵入し始めていた。


 落城も時間の問題だろう。


 そして態勢を立て直すための拠点がなくなれば、後は一方的に蹂躙されるだけだ。


 既に市街は火の海で、上空はシルヴァーだらけ。


 退路はないに等しかった。



(城も限界だな。俺が何とかしないと……)



 女王シルヴァー目掛けて速度をあげる。

 

 まだ女王シルヴァーは魔導兵達の攻撃に気を取られているのか、こちらに気付いた様子はない。



(まずは一か八かだ)



 女王シルヴァーの視界に入らないよう旋回しつつ、女王シルヴァーとの進路上に小型のシルヴァーがいなくなったその時を狙おうと隙をうかがう。


 すると、程なくして視界が開けた。



(今だ!!)



黒血の抱擁スナッフアウト!!」



 [UC] 黒血の抱擁スナッフアウト (黒)(3)   

 [代替えコスト:ライフ4点を失う]

 [暗殺Lv4]


 対象のモンスターを即死させる効果をもつ簡易魔法インスタント――黒血の抱擁スナッフアウト


 マナが不足している場合でも唱えられる代替えコストのあるカードだが、マナは潤沢にあるため、通常のマナコストを支払って唱える。


 腕から掌にかけて黒い光の粒子が舞い上がると、女王シルヴァーの身体から一瞬黒い靄が上がったように見えた。


 だが、それだけだった。



「ちっ、やっぱり無理か!」



 [暗殺Lv4] は、対象の防御力4以下のモンスターを即死させる簡易魔法インスタントだ。


 それが効かなかったということは、女王シルヴァーの防御力は5以上か、もしかしたら魔法に対して何らかの耐性があるのかもしれない。



「まぁさすがに気付かれるよな」



 異変を感じ取った女王シルヴァーが勢いよく振り向く。


 その直後、空気を切り裂くような高音の大咆哮が轟いた。



――シィィァァアアアンンンンンッ!!



 女王シルヴァーの口から円状の衝撃波が巻き起こると、その衝撃波は周囲のシルヴァーを吹き飛ばしながらマサト目掛けて走った。


 一瞬でマサトが衝撃波にのまれる。


 視界が歪み、ビリビリと鋭い空気の振動が肌を叩き、耳が音を失う。



「くっ…… うるせぇ……」



 振動はすぐに止んだが、キーンという不快な耳鳴りだけが残った。


 動きを止められたのは、狙い撃ちされたマサトだけでなく、女王シルヴァーと交戦していた周囲のアインズ部隊も同じだった。


 だが、それも一瞬。


 次の瞬間には、マサト同様、再び攻撃体勢へと移ろうとしていた。


 しかし、女王シルヴァーの目的は足止めではなかった。


 女王シルヴァーの咆哮を合図に、女王シルヴァーの足元に空いた大穴から、間欠泉から水が噴き出したかのような勢いで、一斉に青銀色のシルヴァーが大量に飛び出してきたのだ。



「なっ!? まだこんなに隠れていたのか!? 」



 飛び出したシルヴァー達で女王シルヴァーの姿が隠れて見えなくなる。



「さすがにあの数を相手にしてる時間はないな…… ファージ、出番だ! いけぇえ!!」



 多数のファージ達がマサトを抜き去り、マサトへ向かって飛んでくるシルヴァーの群れへ突っ込んでいくと、視界が青銀色から使い魔ファージの黒色へと変わっていった。


 だがその時、マサトを呼ぶ声が響いた。



「いかんッ! すぐその場から離れよッ!!」


「離れる? まさか!?」



 ファージとシルヴァーが入り乱れる視界の先で、濃厚な魔力マナの気配を感じる。


 そして、モンスター達の隙間から溢れる紫色の光。



「くっ、間に合えっ!!」



 すぐさま急旋回し、ファージ達を避けて女王シルヴァーへ向かっていた軌道から大きく外れる。


 その直後、先程までいた位置が紫色の光で包まれた。



「うぐっ!?」



 猛烈な空気の振動で視界が歪み、遅れて轟音と突風が身体を襲う。


 間一髪のところで極太の光線を回避したものの、光に包まれたファージ達は、シルヴァーもろとも微量の灰と化していた。



「今ので大量にやられた!? なんつー威力だよ! ビームライフルかっての!!」



 開けた視界からは、薄っすらと紫銀色に輝く女王シルヴァーが、大きくこちらへ口を開けているのが見える。


 スキル硬直か何かだろうか、女王シルヴァーは口を開いたまま動いていない。


 地上から溢れ出していたシルヴァーの群れも、今はピタリと止んでいた。



(これはチャンスか!?)



 反撃のチャンスを見逃す訳にはいかない。


 左手を前に突き出し、赤い粒子を撒き散らす。



「お返しだ!!」



 [火魔法攻撃Lv2] の連続行使。


 ドンッドンッドンッと音とともにバスケットボール程の大きさの火球が複数放たれ、火の粉を引きながら女王シルヴァーへと向かう。


 マサト自身も、火球を連続で放ちながら女王シルヴァーへ迫った。


 さながら戦闘機が20mmガトリング砲を放ちつつ標的に接敵するかのようなシチュエーションだ。


 放った火球が次々に着弾すると、爆発とともに女王シルヴァーが悲鳴をあげ、よろめいた。



「効いてる!? いけるか!?」



 そのまま女王シルヴァーを中心に旋回しつつ、ありったけの [火魔法攻撃Lv2] を撃ち込み続ける。


 すると、女王シルヴァーに変化が起きた。


 身体が薄い紫銀色から、一瞬濃い黒銀色へ変わり、その後、徐々に薄まり、元の銀色へと戻っていったのだ。



「なんだ……? 色が変わった? まさかこのタイミングで進化したとか言わないよな?」



 火球を身体に受けながらも、それを意に介した様子もなく、女王シルヴァーがマサトを追うように振り向く。



「マジかよ!? [火魔法攻撃Lv2] が効かなくなった!? なんでだ!?」



 女王シルヴァーの後頭部から無数に生えた長い鉤爪のような触手が、接近してきたマサトを串刺しにしようと物凄い勢いで迫ってくる。



「くそっ! 鬱陶しい!!」



 その触手を巧みに避けつつ、宝剣で斬り払っていく。


 一本一本が直径2m程はあるため、斬り込みが浅かったものは斬り落とせなかったが、効果はあったようで、女王シルヴァーは触手を斬られたことで悲鳴をあげた。



心繋きずなの宝剣ならダメージを与えられる。でも、ちまちま攻撃してまた効かなくなったらそれこそ終わりだ。くっそ…… あいつの能力が分かれば……)



 一旦距離を取る。


 悔しい気持ちは向こうも同じのようで、女王シルヴァーは牙を剥き出しにしながら唸り、じっとマサトを睨みつけるように見据えている。


 その間も、魔導兵達が魔導砲で攻撃しているが、先程とは打って変わり、まるで効いているようには見えなかった。



(やっぱり、劇的に魔法に強くなったのは確かみたいだ。それなら、これ以上進化される前に神の激怒ラース・オブ・ゴッドで一気に片を付けるか? 問題はまだ城で戦っている人や王都に生存している人達を巻き添えにしてしまうってことか……)



 使い魔ファージが女王シルヴァーへ迫ると、再び大穴から大量のシルヴァーが溢れ出した。



「また大量に…… 一気にけりを付けないと切りが無いな……」



 心繋きずなの宝剣の刀身の長さでは、とてもじゃないが空を喰らう大木ドオバブ級の女王シルヴァーを斬り倒せるイメージが湧かない。


 [火魔法攻撃Lv2] も効果なしとなれば、攻撃手段も限られてくる。


 マサトが攻めあぐねていたその時、黒光りした機体――全身を魔導鎧で完全武装したハインリヒ王が青白い光を噴射しながら接近してきた。



「マサト王か! 援軍感謝する!」



 ハインリヒの貫禄のある低い声が、拡声器で拡声されたかのように少しくぐもった感じで響く。


 全身甲冑の為、ハインリヒの表情は窺えないが、その声に焦りはみられなかった。



「ハインリヒ王? いえ――このモンスターを野放しにしたら、それこそ世界の終わりですから」



 マサトがハインリヒから視線を外して答える。


 闇の手エレボスハンドの企みにハマり、一方的に王都で暴れた一件に負い目を感じていたのだ。


 そうとも知らず、ハインリヒ王は女王シルヴァーを牽制しながら話を続けた。



「この怪物は強さは伝記通りのようだ。信じ難いことだが、我が公国の魔導兵をもってしても太刀打ちできんらしい。先程までは魔導砲も効いていたのだが、急に効かなくなってしまった」



 そう話すハインリヒの鎧は傷だらけで、大きめの亀裂からは、時折パチパチと青白い火花が散っていた。


 もう既に限界がきているのだろう。


 満身創痍にも見えるハインリヒの姿を見て、マサトも決意が固まる。



「あの怪物――女王シルヴァーは私が何とかします。ハインリヒ王は、皆を連れて郊外へ撤退してください」


「何…… 余に城を捨てて撤退しろと申すか?」


「ええ、時間はありません。私の魔法の巻き添えになれば、灰すら残りませんよ」



 ハインリヒは一瞬だけ逡巡した後、マサトの方へ振り向き、短く、はっきりと答えた。



「ならん」


「なぜですか? 無駄死にしますよ?」


「それでも、だ。既にここは余の国。王である余が国を捨て、隣国の王に行く末を委ねたとすれば、それはもはや余の国ではない」



(あんたは良いかもしんないけど、それで罪もない人達を大量虐殺すんの俺だぞ? 分かって言ってんのか?)



 マサトがどう説得したものかと悩んでいると、ハインリヒが再び話を進めた。



「朗報もある。あの巨大な怪物が魔導砲を放ち、こちらの魔導砲が効かなくなった途端、周囲の小型が魔導砲を放たなくなった。魔導砲も再び効くようになったようだ」


「……弱体化? いや、退化?」



 周囲を見回すと、先程まで空を飛び交っていた紫色の光は無くなっていた。


 そして、使い魔ファージと乱戦を繰り広げているシルヴァー達は青銀色に変わっている。



「まさか…… 女王シルヴァーは配下の能力を奪う能力か!?」


「その可能性は大いにある。子が進化し続ければ、いずれはその親であるあの巨大な怪物も手に負えない力を得ることに違いはないが」



(ハインリヒはよく状況が見えている。さすが今まで切り抜けてきた場数が違うということか。いやいや、待てよ…… ということは、女王シルヴァーを攻撃し続けても奴自身は進化しないとなるよな? 逆に配下のシルヴァーを攻撃していると進化する可能性があると…… となれば、最優先で攻めるべきは、やっぱり女王シルヴァーの方か!!)



「ハインリヒ王! 今すぐ女王シルヴァーと決着を付ける! 死にたくなければ今すぐ王都から全ての兵と市民を引き上げろ!!」



 焦りからか、敬語も忘れてハインリヒへ命令するも、ハインリヒは先程と変わらぬ調子で返すだけだった。



「市民の避難は事前に進めていた。今、王都に残っているのは、余の命令に背き、避難しなかった者達と、余の兵のみ。そして、余が兵を引き上げることはない」


「そんなこと言ってる場合か! さっきの理論が正しければ、本来この女王シルヴァーは表に出てこない存在だ! 手下が進化するのを安全な場所で待っていればいいだけだからな! こいつが外に出ているうちに勝負をかけないと手遅れになる!!」


「ならば余も共に戦うまでだ!」


「だから足手纏いなんだよ! いい加減分か――」



 そうマサトが告げようとした刹那、視界が閃光に包まれ――


 肌を焼くような熱波に襲われた。



(なっ!? あ、あづっ!? ど、どこから!?)



 背中に熱した鉄板を押し当てられたかのような痛みに耐えること数秒間。


 視界から光が消える。



「後ろ、下からか!?」



 地上へと目を向けると、地面から一軒家くらいの大きさのシルヴァーが、こちらへ大口を開けているのが見えた。



「なんだあの大きさ!? あんなのまで居るのか!? ファージ!!」



 マサトの言葉に反応した使い魔ファージ達が、魔導砲を放ってきた中型のシルヴァーを仕留めるべく急降下していく。


 中型サイズのシルヴァーから魔導砲の直撃を浴びたマサトだったが、肌がヒリヒリするくらいの軽傷で済んだことに内心ホッとしていた。



(あの紫色の光を受けても死にはしない。なら被弾覚悟で特攻もできるか……)



 だが、嫌な予感もあった。



(あの中型…… 魔導砲を使ってきたよな? ってことは、あれも女王シルヴァーか? どうなってる? どういう能力なんだ? それが分からないと対策が……)



 神の激怒ラース・オブ・ゴッドはラスト一枚。


 無駄撃ちはできない。



(まずは大型を仕留めるのが優先か? それとも中型の方が…… あ、そう言えばハインリヒは?)



 ふと、近くにいたハインリヒがいない事に気付く。



(もしや、やられた!? あっ! いた!)



 そこには、煙をあげながら、少しずつ降下していく黒い全身甲冑があった。



「王ーーっ!?」


「ハインリヒ王ー!」


「まずい! 王がやられた! 全機、援護に回れ!!」


「「オウゥッ!!」」



 ハインリヒの危機に気付いたアインズ部隊が駆け付けようと飛行してくる。


 だが、それを再び紫色の光が遮った。



「お、おいおいおい!!」



 薙ぎ払うように複数放出された紫色の光は、アインズ部隊を巻き込んで市街を分断し、遠く離れた第二城壁までも焼き払った。


 光に包まれたアインズ部隊は、ハインリヒ同様、煙をあげて地上へと落下していく。



――シィィァァアアアンンンンンッ!!



 勝ち誇ったかのような女王シルヴァーの咆哮が周囲に轟く。


 その光を放出したのは、紛れもなく女王シルヴァーだった。


 だが、今回は女王シルヴァーの口ではなく、胴体についている三つ・・の巨大な触手が、あろうことか頭部と同じように大口を開け、紫色の光の残滓を吐き出していたのだった。

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