188 - 「シルヴァー戦8―切り札」


「あれは触手じゃなかったのか!」



 ふらふらと落下していったハインリヒを脇に抱え、シルヴァーの群れから離れた位置に降り立つ。



「おい! 大丈夫か!?」


「フ、フハハ…… 情け無い。一撃でこのザマか」



 ハインリヒがそう答えながら、フルフェイスの兜を解くと、白い煙がモワッとあがった。


 頭からは流血し、顔の至るところに焼けただれた火傷を負っていた。


 返事が返ってきたことに安堵しつつ、マサトは話を続ける。

 


「あんたの部下達はもうほとんどやられた。強制的にでも撤退してもらうからな」


「そうか…… やられたか……」



 ハインリヒは、まるでそうなることが分かっていたかのように、遠い目をしながら呟いた。



「しかし、あの怪物を倒す手はあるのか?」



 マサトとハインリヒを攻撃した中型のシルヴァーは、女王シルヴァーの胴体から生えていた手のような大きな触手の一つだった。


 本体から離れ、単独で行動できるだけでなく、その能力は本体である女王シルヴァーと共有しているらしく、強力な魔導砲を放ってみせた。


 ハインリヒが操作する遠隔魔導兵も、自立型魔導兵オートマターも、搭乗型魔導兵で構成されたアインズ部隊も壊滅状態。


 もはや万策尽きたと肩を落として話すハインリヒに、マサトがはっきりと答える。



「方法はある」



 地面を見つめ、何かを考えるハインリヒ。


 視線をあげた先に見える王城には、大量のシルヴァーが張り付き、白かった城を青銀色に染めていた。



「分かった。生存者がどれ程いるかは分からないが、撤退命令を出そう」



 ようやく決断したハインリヒが目線だけをマサトへ向け、告げる。


 その時、近くの建物が轟音を立てて吹き飛んだ。



「はぁ…… 人への執着が凄いな」


「我らを追ってきたのか」



 マサトとハインリヒが追っ手に振り向くと、そこには魔導砲を放ってきた中型のシルヴァーが、巨大な口を歪めながらこちらを睥睨していた。



「笑ってやがる。一丁前に捕食者気取りかよ。アッタマきた」



 シルヴァーの放つ死の気配に反発するように、マサトが対抗心を燃やし、立ち上がる。



「ここからは、出し惜しみせずに全力でいく」



 シルヴァーを睨みつけるマサトの身体から大量の黒い光の粒子が巻き上がり、マサトを中心に螺旋を描きながら衣のように広がっていく。



闇の衣ダークローブ!!」



[SR] 闇の衣ダークローブ (黒×3)  

 [無敵Lv3:マジックイーター限定]

 [使用制限:1ターン]

 [副作用1ターン:行動不能、能力補正 -3/-3]

 [耐久Lv5]



 マジックイーターだけに効果のある付与魔法エンチャントだ。


 無敵Lv3――3点以下のダメージを無効化する能力を1ターンだけ得る代わりに、次のターン行動不能かつ、-3/-3の能力補正を受ける。


 諸刃の剣となるカード。



 マサトから迸る闇の力に、ハインリヒが目を剥いて言葉を失う。


 マサトと対峙するシルヴァーは、気配の一変したマサトを警戒し、シィイッと吼えた。


 周囲の反応を余所に、マサトはシルヴァーへの挑発を続ける。



「今日中にお前達を殲滅する。それが出来なきゃお前達の勝ちだ。さぁ来いよ。俺達を殺したくて堪らないんだろ?」



 シルヴァーが吼え、大口から紫色の光が溢れ始める。



「肉裂きファージ! ハインリヒ王を外へ逃せ!!」



 ――キシャァアアア!!



「な、なに!?」



 どこからともなく黒い筋肉を剥き出しにした姿の奇形の怪物――肉裂きファージが颯爽と現れ、片膝をついていたハインリヒを後脚で掴み、上昇していく。



「あんたは大人しくそれに乗って逃げろ!!」



 そうマサトが告げた直後、紫色の光がマサトの姿をかき消した。



「マ、マサト王!!」



 ハインリヒの悲痛な叫びが響く。


 だが、次の瞬間、シルヴァーの放った魔導砲の中を突き進む黒い影が見えた。



「まさか…… あの中を進んでいるのか!?」



 その影はシルヴァーの大口まで直進すると、そのまま口の中へと消えた。


 シルヴァーが途端に口を閉じ、口に入ってきた異物を飲み込む素振りをみせる。


 次の瞬間、シルヴァーは内側から爆散した。


 銀色の皮膚が飛び散り、紅蓮の炎が舞い上がる。



「まずは一匹」



 黒い闇の衣と、紅蓮の炎を纏ったマサトが、爆発の中心から何事もなかったかのように姿を現わす。


 人智を超えた力を使ってみせたマサトに、ハインリヒが呆気に取られながら、掠れた声で呟いた。



「あれが英雄王と呼ばれたマサト王の本気なのか…… マサト王は、闇の力すら行使できるというのか……」




◇◇◇




 ハインリヒの撤退命令は、魔導兵に内蔵されていた伝達系の魔導具アーティファクトによって直ちに共有された。


 だが、撤退するには時すでに遅く――



「王、どうやら私はここまでのようです」



 城内、王の間にて、ハインリヒの二番弟子であるイロンがそう呟いた。


 天井、壁、通路へと続く入り口、それらは全て青銀色のシルヴァーで埋め尽くされている。


 そのシルヴァーだらけの空間の中心には、イロンの他に、自立型魔導兵オートマターが二体、イロンを背に守るようにして存在しているだけだ。


 退路はなく、城からの脱出はもはや絶望的。


 だが、イロンの顔に悲壮感はなかった。



「まさかこの魔法を使う時が来てしまうとは…… 何事も備えは重要ということか」



 獲物を前に涎を垂らし、ジリジリと追い詰めるシルヴァーに向けて、イロンが決意の表情で声高らかに叫ぶ。



「私を追い詰めた気になっているのであれば、それがとんだ勘違いだと言うことを教えて差し上げよう!」



 イロンが詠唱を開始するべく動こうとした瞬間、それを過敏に察知したシルヴァーが一斉に襲い掛かる。


 だが、シルヴァーの牙や爪は、イロンに届かなかった。



「残念でしたね。自立型魔導兵オートマターはこういう使い方もできるんですよ」



 二体の自立型魔導兵オートマターから白い光が膜状に放出され、球状のシールドとなってシルヴァーの侵入を物理的に防いでいた。

 


(と言っても、この程度の防御円ルーンじゃ、この数の怪物相手に数分も保ちませんが…… まぁ、詠唱時間だけ稼げればそれで十分でしょう)



 シルヴァーがひしめき合う中、イロンが最後の呪文を唱える。



「万物に宿りし母なる魔力マナよ、我が肉体、我が魂を贄に、我が命を賭けた最期の願いを聞き届け給え! 我が命の灯火が、生ある者達への希望の光とならんことを!!」



 イロンの身体から、眩い光が迸る。



「王、どうかご無事で…… 母へ捧げる信仰の炎スーサイド・エクスプロージョン!!」



 次の瞬間、王の間を閃光が支配した。




◇◇◇




 城が強烈な光を発し、大爆発を起こす。


 青銀色に染まった城はそのまま崩れ去り、粉塵の中へと消えた。


 その光景を、ハインリヒの一番弟子であり、搭乗型魔導兵で編成されたアインズ部隊の隊長でもあるステンは、シルヴァーの群れを折れた剣で薙ぎ払いながら見ていた。



「イロンの奴か…… くっ…… 兄弟子より先に逝く奴がいるかよ!!」



 歯を食いしばり、込み上げる感情を噛み殺す。



「うらぁああッ! 掛かって来いぃッ! 銀色どもぉおおッ!!」



 吠えるステンへ、シルヴァー達は容赦なく攻撃を繰り返す。


 既に相棒のニッケルは死に、気付けばアインズ部隊も自分のみとなっていた。



「うらぁあッ! まだ俺は生きてるぞぉおッ! お前らの力はその程度かよ銀色ぉおおッ!!」



 足を潰され、片腕を捥がれ、それでも闘志の炎を絶やさず、鬼神の如き動きを見せるステン。


 だが、恐れや怯えという感情を持たない銀色の怪物は、鬼気迫るステンなど御構い無しに攻め立てる。


 そして、遂にはステンも仰向けに倒されてしまう。


 倒れたステンへ、禿鷹が屍肉を啄むように、怪物達がこぞって鎌のような爪を突き立てる。



「くそッ…… 俺もここまでか……」



 ステンが、狭まりつつある空を眺める。


 そこには、禍々しいオーラを身に纏った何かが浮かんでいた。



「なんだぁ……? ありゃぁ……」



 その何かは、紅蓮の炎の翼を広げ、黒い闇の衣を身に纏っているように見えた。



「へ、怪物の次は魔王のお出ましか? 笑えねぇな」



 装甲が剥がされ、その隙間からシルヴァーの鋭利な爪が伸び、ステンの足を貫く。



「いづってぇええなぁッ!!」



 操縦する魔導兵の腕が千切れるのも気にせず、剥き出しになった腕の付け根で強引に目の前のシルヴァーを串刺しにする。


 すると、突然大地が震え、地上の至る場所から水が噴き出すように、大量のシルヴァーが湧き出し始めた。



「おい…… 冗談だろ? 一体こいつら何十万匹いんだよ……」



 乾いた笑いを浮かべるステンの身体を、シルヴァー達の爪が容赦なく貫いていく。



「グフッ…… く、はは、さすがにもう駄目だ…… 目の前も暗くなってきやがった…… すまねぇ、王…… ルミア…… イロンと一緒に先に逝ってる……」



 その言葉を最後に、ステンの乗る搭乗型魔導兵の瞳から光が消えた。

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