185 - 「シルヴァー戦5―使い魔」


「これは…… 想像以上にヤバいな……」



 王都ガザの北にあるフログ湿地帯にてシルヴァー復活を察知後、俺は急いで湿地帯に潜む者達アーミーオブフロッグスの呪文を唱え、フログ湿地帯の蛙人フログ・フロッガーを300体程召喚した。


 召喚したフログ湿地帯の蛙人フログ・フロッガーにフログ湿地帯の管理を任せ、自分は至急王都へと飛んで向かったのだが、王都ガザに着いてみれば、既に王都は火の海で、地上も空もシルヴァーだらけだった。


 黒崖クロガケは既に王都からは脱出したようなので心配はいらないが、シルヴァーに占領されつつある王都に、逃げ遅れた人々がどのくらいいるのかは不明だ。


 王都を守る堅牢な筈の城壁ですら、今では北門付近だけしか残っていない。


 地上にいる兵士達や魔導兵も必死に抵抗しているが、全滅も時間の問題に感じた。



「予想はしていたけど、シルヴァー強過ぎるだろ…… それにこの数相手じゃ、真紅の亜竜ガルドラゴン灰色の翼竜レネ、肉裂きファージの三頭を投入したところで戦況を変えられそうにないな」



 シルヴァーの群れに彼らを突っ込ませて見たものの、シルヴァーに土蛙人ゲノーモス・トードの時のような動揺などなく、三頭で削れる敵の戦力など、あの大群の数に比べれば微々たるもので、焼け石に水状態だ。



「仕方ない。手数には手数で勝負だ」


 

 俺は軽く深呼吸すると、左手を突き出し、初めて使う大型魔法ソーサリーの呪文行使に踏み切る。



「ちゃんと発動してくれよ…… うかつな悪魔招きインプコール!!」



[SR] うかつな悪魔招きインプコール (黒×3)

 [モンスター討伐リストをリセットする。これにより削除されたモンスター一体につき、使い魔ファージ 1/1 [飛行] を召喚する]



 今まで討伐してきたモンスターの討伐リストをリセットする代わりに、リストから削除されたモンスター一体につき、使い魔ファージを召喚できる大型魔法ソーサリーだ。


 この世界に転移してきてから、火傷蜂ヤケドバチ鋼鉄虫スチールバグ土蛙人ゲノーモス・トード火蟻ヒアリ、禿山のゴブリン、蛙人フロッガーと、大量にモンスターを討伐してきた。


 それこそ、全て合計すると十数万はいくはず。


 その全てを使い魔ファージとして召喚できるとなれば、少なくとも、このシルヴァーの大群相手にも対抗できる数は揃えられる。



「ま、まだか!?」



 シルヴァーの大群を前に、すぐ発動しない呪文に内心少し焦る。


 即座に効果を発揮してきた今までの呪文と違い、今回は発動までにタイムラグがあるようだ。


 呪文を行使した感触はあったが、周辺に変化は見られない。



「は、早く…… シルヴァーが大人しくしているうちに……」



 すると、突然目の前の空間が歪んだ。



「よし!!」



 前方へ突き出した左手の掌を中心に、水面に波紋ができたかのようにゆらゆらと揺れ始める。


 その波長は加速度的に速くなり――


 直後、ドドドォオオオッ!という轟音とともに、黒い何かが物凄い勢いで放出された。



「こいつらが使い魔ファージ……」

 


 映画のエイリアンを連想するような骨格。


 楕円形の頭部に、鋭い牙。


 長い手足に、先端が鋭利な槍のようになっている長い尻尾。


 ただし、肉体はファージ特有の黒い筋肉が剥き出しとなっており、皮膚はない。


 その悪魔が虫のような翅を広げ、目の前の空間から大量に飛び出していく。


 空間の歪みは他にも複数出現し、同様に大量の使い魔ファージを放出した。



「ここまでくると、かなり圧巻だな」



 いつの間にか、頭上の空は使い魔ファージで埋め尽くされ、雨雲の比ではないくらいに真っ黒に染まっていた。


 使い魔ファージを警戒しているのか、シルヴァー達は先程からこちらの様子を伺っており、攻撃してきていない。



「律儀に召喚演出が終わるまで待ってくれてたのか? って、そんな訳ないか。さぁてと、それじゃあさっそくファージ対シルヴァーの全面戦争といきますかっ!」



 俺は心繋きずなの宝剣をシルヴァーへと向け、声高らかに叫ぶ。



「使い魔ファージ達よ! 目の前のシルヴァーどもを殲滅しろぉおおお!!」



 ――ギシャァアアア!!



 俺の命令に応じ、ファージ達の甲高い咆哮が空気を震わせる。


 まるで積乱雲が動くように、一斉に使い魔ファージの大群が空を駆け、目の前のシルヴァーへと襲い掛かっていく。


 ファージ達はシルヴァーへと喰らい付き、ファージを敵と認識したシルヴァー達は、ファージ達への反撃を開始した。


 黒い空と紫銀色の空が混ざり合い、無数の紫色の光が飛び交う。


 その嵐の中、俺は光の剣を片手に炎の翼を広げ、王都中央に鎮座している巨大なシルヴァーへ向けて加速して行った。




◇◇◇




「ルミア卿! この状況でガザに戻るのは危険です! 今はローズヘイムに身を寄せるべきです!」



 ローズヘイムの城門を前にして、同行していたアーネスト卿が、ガザへ引き返そうとする私を引き留める。


 アーネスト卿は実直な男だ。


 融通の利かない頑固なところもある。


 だからと言って、今回ばかりは私も引けなかった。


 私は目の前に立ち塞がるアーネスト卿に苛立ちながら声を荒げた。



「アーネスト卿! あなたにはあの大煙が見えないのか!? あれは間違いなく異常事態だ!!」


「異常事態だからこそです! 陛下はこうなることを予測されていた! だから貴女をここへ寄越したのです!」


「な、なんだと!?」


「なぜ貴女がローズヘイムに来ることを命じられたのか、頭の良い貴女ならお分かりになるはず」


「そんな…… 王は死ぬ覚悟だとも言うのか!? 魔導王とも言われた王が死ぬ!? それこそあり得ない!!」


「そう思うのなら、貴女が引き返す必要はないのでは? 王都には、貴女の兄弟子であるステン卿とイロン卿が残っています。王とこの二人がいれば、貴女がいなくとも王都の堅牢な守りは揺るぎません」


「うっ…… しかし、王の危機に家臣が駆け付けないなど!」



 睨みながら尚も引かない私に、アーネスト卿は哀しげな表情で告げる。



「陛下は、自身に今まで体験したことのない未曾有の危機が迫っている事を予測した上で、保険として貴女をマサト王の元へ預けることを決めたのです。恐らく、陛下は最悪のシナリオを想定しています」


「なっ!?」


「貴女も気付いている筈です。いや、気付いていながら気付かない振りをしている、と言った方が正しいですか」


「あなたは一体何を……」


「この世界には、公国の魔導技術をもってしても抗えない、絶対的な力の存在がある、という事です。それはマサト王が証明してみせました。あの夜、私もテラスへ急いで駆け付けました。ですが、ドラゴンの圧倒的なまでの威圧プレッシャーと、マサト王の神格性に、結局は外へ出ることすら叶わなかった。身の程を教えられましたよ。どんなに強力な武器や防具で身を固めても、所詮、生身の人族であることに変わりはない。そして、人族が立ち入れる領域には限界がある…… とね。未だに魔導最強神話を盲目的に信じている者も多いですが」



 そう告げたアーネスト卿は、再び険しい表情に戻り、私の視線を真っ向から見返し、話を続けた。



「私は、陛下の先見の明を信じています。その陛下が、ルーデント卿の言葉を信じ、更にはマサト王に脅威だと言わしめたシルヴァーという怪物との戦争に対し、貴女を保険として戦地から遠ざけた。そして、私は陛下の命を受け、貴女をマサト王の元へ送り届けることを誓いました。この誓いは、例え貴女と一戦交えることとなっても違える気はありません」



 アーネスト卿の意思は強い。


 例え私が殴りかかったとしても、アーネスト卿は私を止めるために躊躇なく拳を返してくる。


 絶対に。


 私には分かる。


 彼には前科があるから。


 それを知っていて王は彼を私に付けたのだろう。



「分かった。それなら王は私がどう行動するかも知っているだろうな」


「確かに。貴女ならそう言うと思っていました」


「それなら話は終わり。私は王へ加勢しに戻る」


「仕方ありませんね。どうぞ。生身の身体で、私と私の魔導兵を倒せればお戻りいただいて結構です」


「……なに?」


「こんな事もあろうかと、貴女の魔導兵は全て王都へ置いてきました。あの積荷はダミーです」


「あなた…… 正気か!?」


「勿論正気です。冷静さを失っているのは、貴女の方だと思いますよ。私は王の命令に忠実に従っているだけです」


「……恨むぞ」


「どうぞご自由に。それも承知の上です」



 やられた。


 ここまで行動を読まれているとは思わなかった。


 悔しいけど、この男の制止を振り切って王の元へ戻れる可能性はゼロに近くなった。


 今は大人しく王の無事を祈るしか――



「何? その顔――」



 今さっきまで腹の据わった決意の表情で私を見返していたアーネスト卿の顔が、今度はあり得ないものを見たかのように凍りついている。


 その視線は僅かに私を外れ、ローズヘイムの方角を向いていた。



「ローズヘイムに何かあるの……?」



 アーネスト卿の視線が気になり、ローズヘイムのある方角へと振り向く。


 するとそこには――



「な、何あの巨大なドラゴン!?」



 ローズヘイムの北側から、蒼い鱗のドラゴンが顔を出していた。


 アーネスト卿が掠れた声をあげる。



「そ、蒼鱗、様……」



 神話の生き物を目の前に、私もアーネスト卿もその場に立ち尽くすしかできなかった。


 身体はがっちがちに強張り、全身から大量の冷や汗が噴き出る。



「う、嘘でしょ……?」



 それが、ローズヘイムへ着いた私の、まず一つ目の驚きであり、これから訪れる驚愕と言う名の恐怖の始まりだった。


 これから同じような驚きに襲われ続けるなんて、この時の私はまだ知る由もなかった。

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