183 - 「シルヴァー戦3―羽翼」


 城下町の最も内側にある第一城壁の上で、魔導整備兵の一人――ガレッジは、内に向けて整列させた魔導兵を背に、王都のど真ん中で暴れる巨大な怪物を見つめていた。



「じょ、状況はどうなってんだ……?」



 搭乗型魔導兵で構成されたアインズ部隊が、城へと向かったのは確認した。


 各地に配備されていたイロン卿の最終兵器――自立型魔導兵オートマターの起動も確認した。


 恐らく、巨大な怪物と戦っているのは、王とアインズ部隊、それとイロン卿が操るお手製オリジナル自立型魔導兵オートマターだろう。


 自立型魔導兵オートマターは、城壁に配備された量産型魔導兵――単一命令しか実行できない魔導兵とは違い、まるで人が操作しているかのように状況に応じて動くことができる優れた兵器だ。


 それ故に非常に高価であり、量産ができない貴重な戦力でもある。


 イロン卿のお手製オリジナルとなれば、一機で砦が一つ建つとすら言われている程だ。



自立型魔導兵オートマターを全て起用するほどの危機なのか……?」



 公国が誇る最大戦力をもって事に当たるなど、今までは考えられなかった。


 だが、そうでもしなければ打開できないと思わせる光景が目の前に広がっているのも事実だった。


 王都に住む人達――正確には、王が出した王都からの避難命令を無視して留まり続けた、避難するあてのない地元民だが――は、突然の危機に、恐怖で顔を青くさせながら城門に殺到している。


 今はその大半が第二城壁まで進んでいるが、未だに逃げ遅れた住民達が後を絶たない。


 大通りでは、ステン卿率いるアインズ部隊が、迫り来る黒銀色の怪物を迎撃し、歩兵部隊は予め各地に配備されていた魔導兵達と共に、路地を進む怪物の掃討にあたっていた。

 

 だが、敵は目に見えて増える一方で、ステン卿が守る防衛ラインは、今にも崩壊しそうな程に緊迫して見えた。



「まさか…… やられないよな?」



 ガレッジの額に大粒の汗が流れる。


 城壁の上に配備された者達に与えられた命令は、このモンスター共を外へ出さないこと。


 ただそれだけだ。


 だが、搭乗型魔導兵で構成された鉄壁のアインズ部隊ですら抑えられない敵を相手に、一体どこまで耐えられるというのだろうか。



「おい、ガレッジ! ぼやっとしてんな! そこにいたら死ぬぞ! 誤射されたくなかったらさっさと持ち場に戻れ!」


「あ、ああ、親方。ごめん。今行く」



 親方に促され、魔導兵の後方へ回る。



「よし! 全員起動しろ! 一匹たりとも外に出すんじゃねーぞ!」


「「「ハイッ!」」」



 親方――魔導整備兵長の号令で、城壁の上に配備されていた魔導兵の胸が紫色に輝き、先程まで置物のように微動だにしなかった魔導兵達がギシギシと音を立てて動き始める。



「起動問題なし!」

「起動問題なし!」

「起動問題なし!」



 起動の確認を伝える言葉が次々にあがる。


 訓練通りなのに、いつになく緊張して声が上擦ってしまう。



「起動問題なし!」


「おーし!全員、命令コードを入力しろ! わしらの技術を、あの怪物共にお見舞いしてやれ!」


「「「ハイッ!」」」



 魔導兵達が魔導銃を構え、城門やら城壁目掛けて突き進んでくる黒銀色のシルヴァーへと魔導砲を放つ。


 だが、公国が誇る最強の矛でもある魔導砲は無情にも弾かれ、致命傷は与えられなかった。


 親方が叫ぶ。



「魔導砲が効かねえってのは情報通りか! 面倒なモンスターだ! 全員、魔導兵に振動剣ブレードを装備させろ! 魔導砲で注意を引いて、振動剣ブレードで迎撃させろ!」


「「「ハイッ!」」」



振動剣ブレードで近接戦を仕掛ける!? 親方は正気か!?)



 あれに取り付かれたらそれこそ終わりだろとガレッジは思ったが、緊迫した状況で親方に口答えする程の勇気は持ち合わせていなかった。


 魔導砲を受けた怪物が、標的を城壁の上へと変え、傾斜のある壁をするすると器用に這い上ってくる。



「う、うわ!? 登ってきた!? こいつらに城壁なんて意味ないのか!? 」


「ふん、蛇みたいな奴らだな。壁は登ってこれるみたいだが、その間の動きは単調になる! 登ってきた瞬間、あの黒銀色の身体を真っ二つにしてやれ!」


「「「ハイッ!」」」



 一匹、また一匹と、黒銀色の怪物が城壁を登りきる。


 だが、次の瞬間には、魔導兵の振るう振動剣ブレードに斬り裂かれ、銀色の血を流して落ちていった。


 残念ながら、振動剣ブレードをもってしても致命傷を与えることはできなかった。


 だが、傷を与えられるならまだ使い道がある。


 殲滅まではいかないまでも、王達が中央の怪物を討伐するまでの間であれば、持ち堪えられるかもしれないと希望が湧いた。



「これなら暫くは保ちそうか? ……ん?」



 ふと、城壁の上から見える高さにあった時計台に、一匹の怪物が登っているのが見えた。


 その怪物はじっと何かを観察するように、ゆっくりと周辺を見渡している。



「まさか…… 城壁の攻防を観察している? ……冗談だろ?」



 その怪物に、一抹の不安を感じる。


 すると、左右に頭を動かしていた怪物がぴたりと止まる。


 その視線の先には――



「お、おい、あの方向…… か、階段か!? お、親方!!」



 ガレッジが叫ぶのと、時計台に登った怪物が叫んだのはほぼ同時だった。



「あいつら大階段から登ってくる気だ! あの程度のバリケードじゃ怪物共の侵入は止められない! 早く階段の守りを厚くしないと!!」


「なんだと!?」



 ガレッジの言葉に、親方が大階段――魔導兵移動用に新たに建造された階段へと視線を向ける。


 その視線の先には、黒銀色に輝く怪物達が無数に集結し、列をなして一斉に階段を駆け上ってくるところだった。



「まずい! 一点突破か! 全員、階段の守りを固めろ! 雪崩れ込んでくるぞ!!」


「いや、それじゃ遅い! 階段を爆破するしかない!」


「なんだとぉ!?」


「あの勢いはアインズ部隊でも止められなかった! ここの魔導兵じゃ無理だ!!」


「んなろぉ、言うじゃねぇかガレッジ! 分かった! 全員、階段を爆破するぞ! 魔導榴弾を放れ!!」



 親方の号令に、魔導整備兵達が、「ま、まじ?」という目で見返す。



「バァーロォー! 早くしねぇと怪物が登ってくるぞ! どっちみちあの怪物がいる限り降りれねぇ! なら安全になるまで階段なんていらねぇだろ! とっとと爆破しろぉお!!」


「「「ハ、ハイッ!」」」



 皆が一斉に魔導榴弾を階段へと放る。


 紫色の光る線が無数に入った黒色の球体が、階段をコツン、コツンと飛び跳ねながら転がっていく。



「全員、衝撃に備えろぉおお!!」



――ドンッ!

――――ドォーーンッ!!

――――――ドドォーーンッ!!


――シィァアァン!?



「うおっ!?」



 爆発の振動で城壁が揺れ、怪物の悲鳴とともにボロボロと外壁が崩れ落ちる。



「やったか!?」



 階段は爆発とともに崩れ、地上に外壁と黒銀色の怪物の山を築いていた。



「よし! 成功だ!!」


「ま、まだだ! 奴等はまだ死んでない!」



 あわよくば、瓦礫の下敷きになって死んでくれれば良いと淡い期待を抱いたガレッジだったが、現実はそう甘くはなかった。


 瓦礫の山から、一匹、また一匹と、白い土埃で汚れた怪物が抜け出し、何事もなかったかのように再び城壁を見上げていた。



「なんて頑丈な奴等だ……」


「お、おい見ろ! 城門が!!」



 皆が城門へと目を向ける。



「なんて事だ……」



 親方が悲痛な声をあげる。


 城門を守っていた兵士達はいつの間にか全滅し、逃げ遅れた住民の死体が無数に転がっていた。


 幸い、突破される前に城門の鉄格子を下ろすことには成功したらしく、第一城壁を抜けた怪物は今のところいない。


 だが、城壁の上から見える景色は、皆の戦意を削ぐには十分過ぎる威力を秘めていた。



「王都が…… 王都が……」


「黒い…… 王都が黒銀色に染まっていく……」


「アインズ部隊は……? 自立型魔導兵オートマターはどうした……?」



 黒銀色に染まっていく王都に、膝を折る者も出始めた。


 ここが故郷ではない公国兵でこれなのだ、これが王都兵であれば、絶望に心を折られていたに違いない。


 だが、まだ希望もあった。



「この程度で諦めるなっ! まだ王とイロン卿があの巨大な怪物と戦ってるだろ! よく見ろっ!!」



 親方の発破が、折れかけた心を再び奮い立たせる。



「そ、そうだ! まだ我らの王がいる!」


「我らの魔導王なら!」


「ハインリヒ王なら!」


「イロン卿にアインズ部隊もいる!」


「俺たちは俺たちの役目を果たそう!」


「そうだ! まだ終わっちゃいない!」


「ここが落ちれば、次は故郷の公国領だ! 何としてでもここで食い止めるぞ!」


「「「オー!!」」」



 王の奮闘する姿に、皆の士気が戻る。


 ガレッジも泣きたくなる気持ちをぐっと抑え込み、視線を地面から引き離す。


 すると、再び時計台の上に登っていた一匹の怪物が視界に入った。



「あいつ…… 今度は何を……」



 その怪物は死体の転がる城門付近をじっと見つめているようだった。



「何かあるのか……?」



 怪物の見つめる先を見渡しても、そこには何もない。


 あるのは、死体と、倒された商隊の馬車、それに、散乱した積荷だ。


 壊れた檻から逃げ出した食用の鳥や伝書鳩が、その場から逃げようとバタバタと羽ばたいている。



「鳥……? 鳥を見ているのか……?」



 その時、自由の身となった一匹の鳩が、城門から羽ばたき、空へと舞い上がった。


 その過程を追うように頭部を動かす怪物。



「嫌な…… 嫌な予感がする……」



 そうガレッジが呟いた直後――


 時計台にいた怪物がするすると屋根から壁へと伝い、滑るように地面へ降り立った。


 身の危険を察知した鳥達が羽根を撒き散らしながら暴れたが、他の鳥達は足を紐で繋がれているため、その場から逃げることができないでいた。


 無情にも、時計台から降りた怪物が囚われの鳥達へ迫る。


 そして、その怪物は今まで見向きもしなかった鳥達に喰らい付いた。


 一匹、また一匹と丸呑みしていく。


 あっという間に全ての鳥達を食べあげた怪物は、ゆっくりと空を見上げ――



「う、うそだろ……」


「ガレッジ! 何ボサっとしてんだ! 持ち場に戻れ!」


「お、親方! あ、あいつ! 羽が、羽!!」


「なに!? 羽がどうし……」



 親方の言葉が止まる。


 視線の先――城門前には一匹の怪物の姿が。


 その怪物の背には、大小様々な羽が生え始めていた。


 そして、身体の色も、空のように青く変化し、体格も少しずつ大きくなっていく。



「は、羽が生えた!? あ、ああ!? と、飛んだぁああ!?」



 ガレッジがそう叫びながら指をさした空中を、羽を生やした空色の怪物が、複数の羽を羽ばたかせながらゆっくりと高度を上げていく。



「バァーロォー! 空を飛ぶなんて聞いてねーぞ! 撃ち落とせっ! 誰でもいい! 早くあいつを撃ち落とせぇぇええええ!!」



 気付いた何名かが、魔導兵を操作し、羽の生えた怪物へ魔導砲を放つ。


 だが、結果は同じ。


 命中はしたが皮膚を貫けなかった。


 精々、体勢を崩させた程度だ。


 致命傷どころかダメージを与えられているのかどうかすら怪しい。



「ど、どうすりゃいいんだ!? 仕方ねぇ! 弓だ! 弓を放て!!」


「お、親方無理だ! 人手が足りない! それに、あ、あれを!!」



 今度は何だと顔を引きつらせた親方が振り向く。


 皆が顔を青くしながら見下ろしていた視線の先――城壁の下で、空を見上げる怪物達にも変化が起こり始めていた。


 黒銀色だった怪物が、今度は青銀色へと変化していき、その背に一対の翼が生えた。


 背に生えた翼を確認した怪物達は、その翼を羽ばたかせて浮上し始める。


 その変化は、目の前だけの怪物に留まらなかった。


 大通り、路地からも、次々と翼を生やした怪物が空へと飛び立っていく。


 その数はどんどん増えていき、遂には王城が空を飛ぶ怪物達で見えなくなっていった。



「ひ、ひぃぁ!?」


「む、無理だ! あんな怪物に勝てっこない!」


「嫌だ…… 来るな来るなぁ!!」



 皆が恐怖に囚われ、バラバラに行動し始める。



「全員落ち着けっ! 王はまだ戦っているんだぞ!!」



 親方の言葉に皆が耳を傾ける。


 絶望の中にいながらも、誰もが親方の言葉に希望を見出したいと、震える身体を抑えつけながら黙った。



「よしっ! 分かっていると思うが、俺たちに退路はない! それならば、最後まで公国兵としての意地を見せろ! いいなっ!?」


「「「ハ、ハイッ!」」」


「ならば悪足掻きといくぞ! 魔導砲を最大出力で放て! 少しでもあの怪物を撃ち落とすぞ!!」


「「「ハイッ!!」」」



 何とか気を持ち直した仲間とともに、ガレッジも魔導兵の調整に取り掛かる。


 そして――



「準備完了!」

「準備完了!」

「準備完了!」


「全員、放てぇえええ!!」



 城壁の上に並んだ魔導兵から、最大出力の魔導砲が一斉に放たれる。


 その魔導の光は、被弾した怪物を弾き飛ばし、その翼を大破させた。



「よぉしっ! 効いたぞっ! そのまま自動迎撃モードへ切り替えろ!!」


「「「ハイッ!」」」

 


 最大出力の魔導砲の乱れ撃ちに、空を飛んでいた怪物達が怯み始める。


 皆がその光景に希望の光を見出すも、その希望の光はすぐさま掻き消された。


 魔導砲を受けた内の一体が、突如その身体を紫紺色に光らせたのだ。



「ま、まさか…… うそだ…… うそだうそだうそだ!!」



 ガレッジが最悪の未来を否定したい一心で叫ぶ。


 紫紺色へと変化した怪物は、身体から紫色の光る線を無数に浮かび上がらせると、大きく口を開けた。



「よ、よせ…… やめろ…… やめろぉお! やめてくれぇええ!!」



――シィァアァアア!!



 紫紺色の怪物の口から、紫色の光が迸り、城壁の上にいた魔導兵と仲間を襲う。



――ドドォオン!



「うぁああ!?」


「な、なんだ!?」


「ま、魔導砲!?」



 光を受けた城壁には亀裂が走り、土煙がもくもくと上がる。


 直撃を受けた魔導兵は大破し、近くにいた整備兵は吹き飛ばされ、意識を失った。



「正真正銘の怪物か…… 魔導砲まで取り込んじまうたぁ…… ハハ、お手上げじゃねぇか……」



 流石の親方も、呆れたような、全てを悟ったような色褪せた笑いを浮かべていた。


 皆が空を見上げ呆然と立ち尽くす中、魔導兵だけが、命令通りに魔導砲による自動迎撃を実行している。


 それでも、怪物達の進化は止まらない。


 青銀色に染まった空が、今度は紫銀色に変わり始めた。


 それは、日没時、青空が夕焼けに変わっていく様子を見ているような光景だった。



「なんか…… 綺麗だな……」



 絶望を受け入れた誰かが、そう呟いた。


 皆の瞳に、紫銀色に染まった空からピカピカと紫色に光る数多の光源が映り込む。


 その直後――


 仲間達のいる城壁へ、紫色の光が雷雨の如く降り注いだ。


 魔導兵が、仲間が、足場とともに次々に弾け飛ぶ。



「うわぁああ!?」


「お、応戦しろぉ!!」


「む、無理だぁ! 全滅しちまう!!」


「助け、助けてくれぇええ!? う、腕がぁああ!?」



 爆風で吹き飛ばされた多くの仲間が、城壁の外へと絶叫をあげながら落ちていく。


 もはや一方的な展開だった。


 城壁は崩れ、それでも尚、紫色の光の雨は止むことはなく、城壁の上にいる人族を殺すべく徹底的に降り注がれる。


 そして、一瞬の閃光とともに、ガレッジの視界も暗闇に飲まれたのだった。


――――――――――――――――――――

▼おまけ

【UC】 羽翼のシルヴァー、1/1、(青)(2)、「モンスター ― シルヴァー」、[能力共有:シルヴァー] [飛行]

「たまに思うんだ。飛ぶのが下手な鳩じゃなくて、もしドラゴンを捕食していたら、もっと凶悪な何かになっていたんじゃないかって――魔導整備兵、ガレッジ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る