182 - 「シルヴァー戦2―オートマター」

「不味い…… 今回ばかりは不味い……」



 ハインリヒの二番弟子であり、魔導研究の長を務める頭脳派のイロンが、鉄色くろがねいろ――暗くにぶい青緑色をした長めの癖毛を揺らしながら、大量の羊皮紙を抱え、慌てた様子でガラスや壁の破片が散らばった城内を駆け抜けていく。


 イロンはルーデント卿が予言していた「銀色の怪物の復活」を確認した直後から、避難を勧める家臣の進言を振り払い、城の最上階にある監視塔へと登り、市街の様子を逐次観察していた。


 勿論、敵の戦力を正確に分析するためだ。


 だが、周囲の状況を確認したイロンが導き出した答えは、イロン自身ですら目を背けたくなるものだった。



(敵の戦力が想定を大幅に超えている…… これでは王都内で制圧する作戦の成功確率は限りなく低くなる…… いや、この王都内どころか、この大陸内で掃討することですら危ういかもしれない…… とにかく、今は死地となったこの場所から王をお連れしなければ……)



 こんな大事になるのであれば、ルーデント卿の言葉をもっと親身になって聞いておけばと後悔もしたが、魔導兵をもってしても太刀打ちできないモンスターの存在など、実際に対面しなければ誰も信じなかっただろうという気持ちの方が遥かに強い。


 その点、ルーデント卿の言葉を「気が触れた者の世迷言だ」と嘲笑する貴族達と違い、その言葉の可能性を信じた王の洞察力には恐れ入る。


 自分はまだまだ王に届かないのかと溜息を吐きつつも、イロンは走った。


 目的地は、王が現在進行形で怪物と対峙しているテラス。


 走りながらも、イロンは必死に銀色の怪物――シルヴァーの攻略法を考えていた。



(こちらの兵力が分断された今の状況では、挽回は望めない。絶望的だ。であれば、直ちに北部を放棄し、南部へと戻り態勢を立て直すべきか。このシルヴァーに有効な武器の開発も必要だ。数匹サンプルを捕獲して分析を…… いや、しかし、それだけの猶予が私達に残されているのか?)



 問題はあのシルヴァーの適応速度だ。


 市街へと雪崩れ込んだ小型のシルヴァーと、ステン率いるアインズ部隊が交戦を開始したのは確認していた。


 そして、その直後に変化し始めたシルヴァーの存在も。



(あの速度で環境に適応して進化するのであれば、長期戦は自殺行為。だが、魔導砲だけでなく魔導光剣ですら効かなくなったシルヴァー相手に、魔導兵だけでどこまで戦えるというのか……)



 考えれば考えるほど絶望的な状況が浮き彫りになっていく。


 その現実に、イロンは眩暈と軽い嘔吐感に襲われた。


 胃の中は鉛を入れたかのようにずしりと沈み、死地へと赴く足取りを重くさせる。



(伝承を軽んじた罰なのか…… それとも、神の存在を否定し、魔導を信じ追究してきた私達に対する……)



 すると、顔を青くしたイロンの視線の先を、王の操作する遠隔操作型魔導兵が横切った。


 魔導兵は隊列を組みつつ、規則正しいリズムで足を振り上げ、通路を駆け抜けていく。



(魔導兵の自動歩行? まさか、王は手持ちの魔導兵を全て起動させたのか!? ここで勝負をかける為に!!)



 魔導兵とともにテラスへと出ると、魔導鎧に身を包んだ王とアインズの第三部隊が、空を駆けながら巨大なシルヴァーと応戦していた。


 地上からは、王の操作する魔導兵が空へ向けて援護射撃を続け、城の外壁を伝って登ってくる小型のシルヴァーへは、即席で少数陣形を組みつつ魔導光剣で撃退している。


 その光景を目の当たりにしたイロンは、ある事実に気付く。



「あの母体は、進化していない!?」



 地上を進んでくる小型のシルヴァーは黒鋼色に変わり、魔導砲を弾いている。


 一方で、巨大なシルヴァーは銀色のままで、魔導砲の攻撃を受けて怯んでいた。


 その事実に、僅かな希望を抱く。


 すると、王であるハインリヒの声が響いた。



「イロン! 今すぐお前の自立型魔導兵を全て起動し、攻撃に加わらせよ! ここで何としてでもこの怪物を仕留める!!」



 声のした方角に振り向く。


 ハインリヒは遥か上空で、魔導鎧から青白い光の翼を生やし、上下左右に素早く飛行しながら、紫色の光――魔導砲を巨大なシルヴァーへと放っていた。


 シルヴァーも必死に長い触手で応戦するも、鳥のように素早く飛行するハインリヒを捉えられずにいるようだ。


 だが、それも長く続くとは限らない。


 触手の回避に失敗した搭乗型魔導兵が、太い触手に叩き落とされ、地面へと真っ逆さまに落下し、その強固な装甲を大破させていたからだ。


 あの高さから叩き落とされては、流石の搭乗型魔導兵とはいえ、ひとたまりもない。


 搭乗している者は即死だろう。


 搭乗型魔導兵は、直に身体へ身に付けるハインリヒの魔導鎧と異なり、サイズも大きく、動きも鈍いため、被弾のリスクは高い。


 その魔導兵と比べれば、魔導鎧で武装した王の方が生存率は高い。


 だが、その王の魔導鎧といえど、四方八方から鞭のように振り降ろされる極太の触手を交わし続けるのは至難の技であるに違いない。


 それに、王であるハインリヒは、マサト王との接触時に負傷した身なのだ。


 本人は認めていないが、歳でもある。


 既に前線で戦える年齢ではない。


 全盛期に比べたら体力や動きのキレも大分落ちた。


 今も軋む身体に鞭打って必死に戦っているはず。


 その王が、最前線で戦いながらもここが勝負所だと加勢を要求している。


 その事実に、イロンは撤退を提案するのを諦めた。



(王はここが正念場だと判断したのか…… 確かに、あの巨大なシルヴァーがまだ進化していないのであれば、巻き返せる余地は残っている!!)



 その結論に達したイロンは、腕に抱えていた羊皮紙の束を脇へ投げ捨てると、首から下げていた紫色に輝く水晶がはめ込まれているペンダントを手に取り、素早く詠唱を開始した。



「私が創造せし、全ての魔導兵よ! 今こそ創造主たる私の命に従い、私の剣となりて敵を斬り裂き、私の盾となりて敵の脅威から私を守れ!!」



 ペンダントが紫色に激しく輝き、城の中だけでなく、街中から無数の機械音が響き始める。



「今がその務めを果たす時だ! さぁ目を覚ませ! 自立型魔導兵オートマター達よ!!」



 ペンダントの光が天へと伸び、城の中から響いていた機械音は城を震わせる程の振動を発生させ、王都に配備した全ての自立型魔導兵オートマターを一斉に起動させた。


 役目を終えたペンダントが塵となってさらさらと風の中へ消える。



「これでもう後には引けない。ここでシルヴァーを抑えきれなければ、北部は全滅だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る