168 - 「憤怒」
これは参った。
裏切り者の可能性を全く考えていなかった。
身内を疑いたくはないが、それで一度死にかけた俺としては、素直に信用することができないのも事実。
公国の仕業なのか、そうじゃないのかなど、真実を知っている者を洗脳して吐かせるしか方法はないだろう。
(ん? 洗脳?)
ふと、閃く。
もしかしたら、あの手が使えるかもしれない――
「おい、女」
「な、何!? す、全て話したわよ!?」
「それが全てかは俺が判断する。この三人の中に、
「い、いない」
「
「呼ぶ……? む、無理よ。こんな死地になんて呼んでも来ないわ!」
「そうか…… じゃあ、お前はいらないな」
「ひぃっ!? ま、待って! 呼べる! 呼べるわ! だ、だからそいつに近付けないでぇえ!!」
女が恐怖で震えながら叫ぶ。
「ダ、ダイダラ! そ、そこにいるんでしょ! で、出て来なさいよ!?」
女が顔を向けたその場所から、一つの影がゆっくりと現れる。
「やれやれ。仲間を売るとは…… 無能な奴め。恥を知れ」
暗がりから現れたそいつは、そう告げると視認できない何かを投擲。
次の瞬間、女が「ぎゃぁっ」と叫び、首が飛んだ。
首の根元から鮮血が飛び散り、身体の支えを失った頭部が、ゴトッゴトッと転がる。
「お前が
「如何にも。
黒いローブに身を包んだ男が、紳士然としてお辞儀してみせる。
ドラゴンの前だと言うのに、余裕のある立ち振る舞いが、その男をより一層不気味に見せていた。
男が薄い笑みを浮かべながら話す。
「それで、真実が知りたかったのですね。私がお話しましょう」
「そうだな。話せ」
そう告げながら、俺は左手をその男へ向ける。
俺の行動を見た男の瞳に、警戒の色が浮かんだ。
「何をするつもりですか? 真実を知りたくはないのですか?」
「知りたいさ。その為の措置だ―― 《
男が反応するよりも早く、黒い粒子が男を包み込むと、男の瞳がこぼれ落ちそうな程に大きく見開かれた。
口を開き、歯をガタガタと噛み鳴らす。
そして手足を震わせ、腰を抜かすようにして尻餅をついた。
[UC]
[無力化 ※黒と無色を除く]
黒と無色以外の対象を無力化する
見るからに怯えているようだし、効果はあるようだ。
これは予想でしかないのだが、倒しても
黒は黒でも、黒と言うより、灰色。
もしくは、薄い黒とか。
黒に効かない魔法の効果も、薄まった色の分、効果があるという理屈。
それが正しいかどうかはさておき、その効果の程は、目の前のこの男の状態を見る限り、十分な効き目だと思う。
「お前の口から真実が語られると誰が証明できる。だが、これなら嘘はつけないだろ。真実を話せ」
「は、はぃいい!」
その声は震え、時折上擦っていた。
「こ、ここ今回の依頼は、公国の王――ハインリヒ三世からのい、依頼として実行しろと、ほ、本部からの命令です、でした!」
「依頼として実行しろ? 依頼主はハインリヒじゃないと言うことか?」
「は、はいぃいい! わ、私はそのように指示されただけでご、ございます!」
「本部とは何処にある? その本部の誰の指示だ?」
「ほ、本部に明確な拠点はありません。わ、私は
「
「は、はぃぃ! そ、そうです、でございます!」
「
「そ、それはできません。
「どうした? おい、なんだその顔……」
男が顔を上げると、その顔は、鼻を中心に吊り上げられ、ぐるぐるとネジを巻いたように、螺旋状に歪んでいた。
そのまま螺旋は止まらず、ついには顔自体がブチィッと捻切れた。
最期は声もあげられぬまま息絶えたダイダラ。
すると、
「はぁ…… また次から次へと…… 今度は誰だ?」
振り返ると、青白いシルエットの亡霊が、ゆらゆらと宙に浮いていた。
白い瞳がこちらを見つめている。
「我は
実体のないものは物理攻撃無効というのがMEの常識……
となれば――
「ガル」
「ンフゥブゥォオオオッ!!」
宙に浮かぶ
だが、
「おいおい…… 嘘だろ?」
「掟を破った者には死を。
得体の知れない
物理も魔法も効かない?
そんな馬鹿な……
[精神攻撃] をもつ「
となれば、一か八か「
すると、背後で名を呼ぶ声が聞こえた。
「マ、マサト王!」
ルーデントだ。
いつの間にか膝立ちになり、こちらに手を伸ばしながら何やら詠唱を口ずさんでいる。
「天光輝く
ルーデントを中心に、円状の閃光が波紋のように広がる。
その閃光は
「光魔法か。なるほど、その手があったか。しかし、なんだ今の……
そう一人で呟きつつ、拘束している
「あー…… 自決されたか……」
拘束していた
全ての真相は闇の中だ。
俺はその亡骸を肉裂きファージへ与えると、ついでにハインリヒの拘束も解いた。
地に膝をつくハインリヒに、ルーデントがすかさず駆けつける。
「陛下!」
「余のことは心配無用だ」
ルーデントの介抱を拒絶したハインリヒが、鋭い眼差しで俺を見上げる。
「真相には近付けたか?」
咎めるような視線が痛い。
本当にただの勘違いであれば……
いや、今はそのことを考えるのを止めよう。
公国へ攻め込む大義名分がない訳じゃないのだ。
ここは傲慢な姿勢を貫くべきだろう。
「そうだな、仕組まれた可能性が高いってことだけは理解した。
「フッ、ローズヘイムの王は、フロン女王とは違い、学があるようだ」
俺の学など日本の水準では平均以下だが、それは言わなくていいだろう。
「勘違いするな。まだ完全にあんたの疑いが晴れた訳じゃない。だが、シルヴァーの復活が近いことは知ってる。シルヴァーに本気で対抗するつもりなら、ローズヘイムとの国交を開け。少なくとも、シルヴァーを殲滅するまでは協力する。交易路封鎖など愚かなことは今すぐ止めろ」
「フッ、公国領土へと攻め込み、城をここまで破壊しておいて、今更無条件で国交を開けと申すか」
「元々この城は俺の妻、フロンのものだった。お互い様だと思うが、俺はそれで今までのことはチャラにしてやると言っている。断るのは自由だ。決めろ」
「フハハハ! 面白い! 気に入った。良かろう。貴君の国への措置は解除する。交易も再開させよう。だが、貴君の国へ渡る者が増えれば、それだけ不安も高まるのではないか?」
「その対策も進めている。不要な心配だ」
「だが、その結果、また今回のようにあらぬ疑いをかけられ、再び暴れられては余としても見逃せぬぞ?」
「そこまでの保証はお互いないだろ。もし心配なら、そうならないことを祈っていろ。肉裂きファージに不用意に近付いてきた時にも言っていたが、そう言うのは得意なんだろ? 俺は俺で最善を尽くすだけだ」
そう強気で言い返してはいるが、内心はいっぱいいっぱいだった。
このおっさん――ハインリヒとは、口舌では言い負かされるイメージしか浮かばない。
ボロが出ないかヒヤヒヤものだ。
それもこれも、勘違いで攻め込んでしまったんじゃないかという自責の念が押し寄せてきたからなのだが、この場でそれを悟られるのが不味いことは分かっている。
動揺が表情に出る前に、強引にでも話を切り上げるべきだ!
「せめてもの国交再開の餞別にこれをやる。うちで新たに生産した特注品だ。負傷してんだろ? 使え」
「何…… これは?」
◇◇◇
「陛下、あのまま行かせて良かったのですか?」
ルーデントが心配そうにハインリヒへと声をかける。
声をかけられたハインリヒは、若緑色の液体の入った小瓶を見つめながら、呟くように話し始めた。
「これが何か、卿には分かるか?」
「一見、
「直ちにこれを魔導研究所にいる
「はっ、しかし…… まさか」
「余や卿が見慣れぬ色ということは、一般に出回る等級以上の
ルーデントが言葉を失うも、ハインリヒは続けた。
「卿は以前言っていたな。ローズヘイムには優秀な
「はっ!」
「居るのは
「まさか、
「うむ、探りを入れる必要はあるだろう」
「はっ!」
「しかし、
「
「うむ」
ハインリヒが、地面に転がっている
「卿は、マサト王がこの者にかけた力が何か、知っているか」
「いえ…… 初めて耳にする呪文でした。確か
「
「あのダイダラ? 陛下はダイダラと面識があるのですか?」
「ここへ来た時にな。この地を預かる
「そんな事が……」
「だが、そのダイダラも、今や床の染みだ。マサト王の力によって、虚言とも取れぬ経緯を自供し、
「結果的に、
「そうだな。余と卿以外に、こうして意識を保てた者がいないのが、何よりの証拠だ。あの者の力は強大だ。それは直に対面したことで理解した。実力のある者には寛容な余ですら、認めたくないと嫉妬してしまう程にな」
「陛下……」
「しかし、
ハインリヒの握る拳が震え、止まる。
「考えたくはないが、公国にも余の意向とは別に動いている者がいる可能性を探らねばならんな」
その後、ハインリヒは大臣達を緊急招集し、事の全てを話した。
対空迎撃用の魔導兵が役に立たなかったこと、王城まで侵入を許した際の守りが手薄過ぎること、
また、ローズヘイムとの交易再開については、一部の貴族――主にローズヘイムを追い出された側の貴族――が難色を示したが、ハインリヒがローズヘイムの軍事力は公国と同等だと認識を改め、薬品技術については公国を超える可能性もあると断言すると、皆渋々ではあったが了承したのだった。
大臣達を含めた会議も終わり、王の間にはハインリヒと弟子の三人だけが残された。
ハインリヒが魔導兵の次に信頼する愛弟子達だ。
「して、ステン、イロン。お前達はどこで何をしていた」
ハインリヒから名指しされたステンとイロンが、背筋を伸ばしながら「はっ!」と答える。
その顔は青く、額には冷や汗が浮かんでいる。
「しょ、娼館に……」
銀色の短髪に、屈強な肉体を持つ一番弟子のステンが、顔を引きつらせながらボソボソと答えた。
その発言に、ルミアは横目で軽蔑の視線を飛ばし、ステンは目をそらす。
頬杖をついたハインリヒが大きく溜息を吐くと、ステンの背筋が再び伸びた。
「お前程の器量と地位があれば、娼館などに通わなくても済むだろう。以前は娼館などに興味を示さなかったはずだ。なぜ今更娼館に興味を示した」
「さ、酒場で知り合った美人が、その娼館で働いていて、そ、それで……」
「抜け出せなくなったのか…… まぁ良い。その娘の身元も洗え」
「えっ……? し、しかし……」
「余の元から少しでも戦力を引き剥がすための策だったのかもしれん。偶然にしては出来過ぎておる。良いな?」
「は、はっ!」
「して、イロン。お前はどうした。まさか、お前もステン同様、娼館に入り浸っていたということはないだろうな?」
「あ、あのですね…… こ、これには事情が…… その……」
暗くにぶい青緑色をした癖っ毛の先をつまみながら、ステン同様に冷や汗を浮かべたイロンが、答えにくそうにボソボソと話す。
「はぁ…… まさか、お前もか……」
「も、申し訳ありません……」
肉体派のステンはまだしも、頭のキレるイロンまでもが娼館に入り浸っていた事実に、ハインリヒは頭を抱えた。
「事情は分かった…… お前達を篭絡した娼婦達は、ここでは有名な娼婦なのか?」
「い、いえ。初顔らしく、それで意気投合を……」
「初顔か。何て名の娼館だ?」
ハインリヒの問いにイロンが意外そうな顔をして驚き、ルミアが「王!?」と咎めるように声をかけた。
「勘違いするな。余が娼館など行く訳がなかろう。娼館の名を聞いただけだ。名だけでは、その裏の顔までは読めぬがな」
「な、なるほど…… 娼館の名は、確か “未亡人の娘” だったかと……」
「未亡人の娘か……」
ハインリヒがそう呟き、ルミアが「未亡人って…… 呆れて物も言えないわね」という辛辣な言葉とともに、ステンとイロンへ鋭い視線を送った。
「念の為、各地に同様の娼館がないかどうか調べておけ。良いな?」
「「はっ!」」
話が終わり、ステンとイロンが逃げるように立ち去る。
「仕方のない弟子達だ。ガザが公国領になったとはいえ、敵がまだ潜伏している可能性が高いというのに。全く……」
「王が甘やかすからでは? 私はそろそろ序列を見直しても良い頃だと思いますが」
「フッ、そう思うならば実力で奪い取れ。ステンは、搭乗型魔導兵の操縦なら公国一だ。イロンは、今や余にも劣らぬ程に魔導学の知識を身に付けておる。ルミアはその両方を高い水準で身に付けているが、公国一を名乗れる程ではない。何でも良い。何かを極めよ。さすれば、自然と自身の殻からも抜け出せよう」
「……はい」
ガラスの無くなった窓から外を眺める。
月明かりに照らされて、石畳の歪んだテラスがキラキラと光を乱反射させている。
「不思議なものだな。堅牢だと信じていた守りがいとも容易く突破されはしたが、抱いたのは不安や焦りではなかった」
「顔は楽しそうですが……」
「そう見えるか?」
「はい」
「ならばそうなのであろう。面白い男に出会えたものだ」
「ローズヘイムの王のことですか?」
「そうだ。余は初めてあのような男に出会った。英雄の如き力を持ちながら、知に聡く、懐も広い。悪と判断すれば容赦がなく、善と判断すれば敵に塩を送ることとなろうが厭わない」
「買い被り過ぎでは……」
「フッ、そうかもしれん。だが、余はあのような男を待っていたのかもしれん。余の権力にも怯まず、それでいて権力というものに固執しておらぬ、
「は、はぁ……」
「ルミア、お前に新たな任務を与えよう」
「はっ!」
「ローズヘイムへ行き、あの男の全てを調査せよ。自身の目で見、自分の耳で聞き、噂ではない真実の情報を仕入れてくるのだ」
「はっ!」
「余が良いというまで、公国へ帰還することを禁じる」
「はっ、えっ!? ど、どうしてですか!?」
「その答えはいずれ分かる。何、案ずるな。ローズヘイム王へ向けて、余が一筆したためよう」
「そ、そんな」
「あの男の元で学んで来い。それがお前の為になるはずだ。良いな?」
「は、はっ! 分かりました」
「それで良い」
夜風が二人の間を通り抜ける。
ルミアが見つめるハインリヒの顔は、一連の騒動があったにも関わらず、とても穏やかな表情をしていたのだった。
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▼おまけ
【UR】
「私は
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