166 - 「マサト、王都ガザへ」
ロアさんが殺された。
人質として捕まっていた冒険者ギルドの職員だ。
小柄で、猫耳で、こげ茶のショートカットに、犬歯が特徴的な可愛い系の受付。
薄茶色の尻尾を立てながら、語尾に「ニャ」を付けて話す姿がとても愛らしかった猫人族の女の子。
ギルドでも冒険者から人気の職員だった。
「なぜロアさんが巻き添えに……」
ロアさんは、悪所での戦闘や索敵能力に優れていると聞いた。
ローズヘイムに潜入した敵の存在に、ロアさんが気付いたのは偶然だったのかもしれない。
だが、結果としてロアさんは敵に捕まり、殺されてしまった。
実行者は、
これは戦争だ。
俺と、
俺の国と、ハインリヒ公国の。
「後悔させてやる……」
拳を強く握る。
左翼後方に
右翼後方に肉裂きファージ。
現在の空軍最大戦力を連れてきた。
ベルの護衛が一時的にいなくなるが、俺が戻ってくるまで礼拝堂にいるよう頼んでおいたので大丈夫だろう。
レイアも無事だったし、後のことはシュビラに任せておける。
今は、公国にこれ以上の暴挙を許さないことが先決だ。
程なくして、元王都ガザの居城が見えてくる。
ローズヘイムとは違い、三重にもなる堅牢な城壁に守られた大都市。
城壁の上には、黒塗りの機械――魔導兵が配備され、地上からの攻略が不可能だと思わせるほどの威圧感を放っている。
「いつの間にこんな大量の魔導兵を……」
男の大半がロマンを抱くであろう自立型の人型兵器。
だが、敵対している状況では素直に感動すらできない。
魔導兵がどれ程の力なのか判断できない状況だが、ここで怖気付いたら終わりだ。
敵の武力に怖気付いて引いたら、引いた分だけ相手に攻め込まれる。
ローズヘイムを失えば、次はサーズか、ガルドラだ。
ガルドラにはネスの里もある。
それだけは阻止しなければならない。
地上の景色が凄い勢いで通り過ぎていく。
音速とまではいかないまでも、それに近しいほどの速度で飛行している。
もうすぐガザの第一城壁へと差し掛かる。
すると、地上からけたたましい鐘の音が鳴り響いた。
城壁の上に居合わせた見張りが慌ただしく動き回っているのが見える。
その様子を注視しながら、第一城壁上空を速度を下げずに通過。
俺たちは地上からの迎撃を受けることなく、王都ガザへの侵入に成功する。
そして、そのまま都市の中央に位置する王城へと一気に滑空していった。
◇◇◇
「何事だ!? この鐘の音は何だ!?」
王の間に、真紅のサーコートを羽織りながら、公国の王であるハインリヒ三世が険しい表情を浮かべ、早足で現れる。
「わ、分かりません」
王の間を警備していた衛兵がそう答えると、ハインリヒは眉間の皺を深くしながら叫んだ。
「ルーデント卿! ステン! イロン! ルミア! 誰かおらぬか!?」
王城にハインリヒの声が木霊する。
それから程なくして、ハインリヒの三番弟子であるルミアが息を切らしながら到着した。
明るい銀色のウェーブヘアーが特徴的な女性だ。
身体のラインが分かる程に身体にフィットした半袖に、ショートパンツという軽装で、スラリと伸びた脚線美が目に付く魅力的な格好をしている。
だが、その表情はとても切羽詰まったものだった。
「王! て、敵襲です! 空から三頭のドラゴンが!」
「何!? 魔導兵はどうした!? 迎撃は!?」
「敵影を検知した時には、既に上空を通過されてしまっていたようです! 至急安全な場所へ退避を! 敵はすぐそこまで迫っています!!」
「すぐそこまでだと!?」
ハインリヒが驚愕し、顔をひきつらせる。
だが、すぐさまいつもの厳格な表情に戻ると、溜息を吐きながら軽く頭を振った。
「対空兵器も敵を検知できなければただの置物だな……」
その時、城全体を震わせるほどの大咆哮が、立て続けに複数轟いた。
――ギャォオオオ!!
――――レュォオオオ!!
――――――キシャァアアア!!
建物が軋み、天井から砂がパラパラと落ちる。
その直後、ドーンッ、ドシーンッという先程とは違う振動が城を揺らした。
「くっ、テラスか!!」
王の間から出た先の通路、その窓から見下ろした場所に、城下町を一望できる巨大なテラスが存在する。
そこに着陸されたのだろう。
その証拠に、城の各所から悲鳴と怒号が響き始めている。
「お、王! 早く退避を!」
「ならん! 余が逃げれば国がぐらつく!」
「し、しかし!」
ルミアが必死に退避を促すも、ハインリヒは断固として首を縦に振らなかった。
「奴が余を殺すつもりであれば、テラスなどに着陸せずとも空から攻撃してくれば済むこと。それをしないとあれば、余に話があって来たのだろう。余が話をする」
「それは……」
ルミアがハインリヒを止めようとし、すぐ諦める。
こう決意したハインリヒの意思が鉄よりも堅いことは、長年ハインリヒの弟子をしているルミアには身に染みて良く分かっていた。
「わ、分かりました。ですが、せめて魔導鎧を身に着けてください」
「そのつもりだ。至急用意せよ!」
「はっ!」
◇◇◇
馬鹿広いテラスに着陸した俺は、
左手に
この姿でいれば、安易に攻撃されたりしないだろう。
現に、怒りの形相で現れた兵士達が、俺と二頭のドラゴンの姿を見るや否や、怒りごと戦意を霧散させている。
「俺はローズヘイムの王、マサトだ! 公国の王、ハインリヒに会いに来た! 三分だけ待つ! ハインリヒをここへ呼べ! さもなくばこの城を滅ぼす!!」
――ギャォオオオ!!
――――キシャァアアア!!
俺は大分慣れたが、初めてこの二頭の咆哮を間近に浴びたら、そりゃ腰も抜けるだろう。
中には泡を吹いて卒倒した者もいる。
戦意を残した者は皆無だ。
それも当然と言えば当然かもしれない。
今の
二頭とも、今にも目の前の兵士を食い殺さんばかりに牙を剥いて唸っている。
因みに、何かあった時の保険のため、
側にいるのは、
「な、何事だ!?」
テラスへ、壮年の騎士が現れる。
その騎士は、視線の先で牙を剥き出しにして唸る
だが、余程胆力があるのか、歩みを止めることなく、額に汗をかきながらも突き進んでくる。
「私はルーデント! ここで騎士団長をしている! マサト王よ、ここへは如何なる理由で参られた!?」
「俺はハインリヒに会いに来た。ハインリヒを呼べ。お前と話す気はない」
驚くルーデントを前に、話を続ける。
「いいか? 時間はもう残り少ないぞ。残り一分で左手の城に火球を撃ち込む。そうなる前にハインリヒをここへ呼べ。もし、俺の言葉が嘘だと思うなら、黙ってそこで見ていろ」
「そんな…… 正気か!?」
「最初に戦争を吹っかけたのはそちら側だろう。問答無用でここを火の海にしないだけでもありがたく思え」
「……馬鹿な」
心の中でカウントダウンが始まる。
見せしめに一発くらいは必要なのかもしれないと考えていたが、予想通りの展開になりそうだ。
あまり気乗りしないが、仕方ない。
「ガル」
その様子を見たルーデントが焦る。
「ま、待て! 早まるな!!」
「時間切れだ」
ガルへ火球を撃ち込む場所を指示するため、左手をあげる。
俺が指を指し示した方角へガルが狙いを定め、大きく息を吸い込み、最後の合図を待った。
ガルの口元に紅い粒子と炎が渦巻き、口の中の火球が急激に膨らんでいく。
一呼吸、待つ。
だが、ハインリヒが現れる様子は見られなかった。
「撃て」
――ギャォオオオ!!
咆哮とともに特大の火球がガルの口から放たれ、大量の火花と炎の帯を引きながら飛んでいく。
そして、狙った城の外壁へとぶつかると、目が眩むほどの閃光が発生し、爆発。
遅れてやってきた衝撃波と爆発音に、城全体が軋みをあげながら震えた。
その光景を目の当たりにした兵士達は、顔面蒼白だ。
人がどうこうできる力を優に超えているのだ。
戦意喪失するのが普通だろう。
黒煙が風に流されて色を落とすと、火球を撃ち込んだ側の城が大きく大破した光景が薄っすらと見えた。
「な、なんてことを……」
「次は右手側を壊す。止めたければハインリヒを呼べ」
「貴方は何をしたのか理解しているのか!? これはっ、これは公国に対する戦線布告だぞ!?」
「だからどうした。俺はお前達の戦線布告に乗っただけだ。今更被害者面されても困る」
「一体何の話を……」
ルーデントが言葉に詰まると、低く、落ち着いた声がテラスに響いた。
「もう良い。ルーデント卿、下がりなさい。余が話をしよう」
現れたのは、真紅のサーコートを羽織り、その下には黒塗りの鎧を身に纏った男だ。
その後ろを、軽装の美人が続く。
すると、男がこちらへ視線を向け、名乗り始めた。
「余が公国の王、ハインリヒ三世である。貴君がマサト王か。随分と派手に暴れたものだな」
「お前がハインリヒか。そうだ、俺がマサトだ。俺はお前に忠告しにここまで来た」
「聞こう」
そう言うと、ハインリヒは腰を抜かして倒れている兵士達を下がらせ、自分は
軽装の美人が止めようとしていたが、ハインリヒは聞かなかった。
「あまり不用意に近付くな。食い殺されたいのか?」
「それを余に聞くということは、余を殺すために来た訳ではないのだな」
「それはお前次第だ。お前を喰い殺す必要があるかどうかを判断しに来た。俺が結論を出す前に死にたくなければそれ以上近付くな。紅いドラゴンは俺の命令に忠実だが、黒い方は違う。お前がそれ以上近付けば、食欲に負けて暴走するぞ」
「そうか。ならば最悪の事態にならぬことを祈るとしよう」
こちらの脅しに顔色一つ変えず、ハインリヒが先を促す。
「余に話があるのだったな」
「ああ。ある」
俺は光の刀身をハインリヒへと差し向け、本題を切り出した。
「今すぐローズヘイムから手を引け」
「手を引け? ローズヘイムに攻め込んだ覚えはないが……」
「惚けるな。
ハインリヒと視線をぶつけ合う。
それでも、ハインリヒの眼に動揺は見られなかった。
「どうやら本気のようだな。だが、身に覚えのない疑いをかけられても、余はどうすることもできん」
「しらを切るつもりか?」
「ふむ…… 話が食い合わんな。貴君はなぜ我が公国が
「情報は刺客から聞き出した。状況から考えても、俺が死んで一番得をする国は一つしかない」
「今やこのフログガーデン大陸に存在する国は、貴君の国と我が公国の二国。確かに、そう考えるのが普通ではあるな」
そう告げると、ハインリヒは一度目を瞑り、再び鋭い眼光を向けた。
「だが、余は貴君の暗殺など知らん。貴君に何を言われようとも、その事実は変わらん。もし、貴君がこのまま我が公国に牙を剥くのであれば、余も公国の全勢力をもって応じるしかなくなる。それが貴君の望みであれば、余も付き合おう」
ハインリヒのその言葉に、テラスへと複数の魔導兵が雪崩れ込んできた。
素早く周囲を囲むと、槍と銃が合わさったかのような武器の先を差し向けてくる。
「貴君のドラゴンと、余の魔導兵。さて、どちらが上か」
「それが答えか」
「武力には武力で応える。それだけのこと」
ハインリヒは全く引く気を見せないどころか、こちらの威圧に動じる様子もない。
これが大国をまとめ上げる、一国の長の力なのか。
自分とは役者が違う。
だが、俺も引けない。
「……分かった。話はここまでだ。ここを火の海に変える」
「ならば仕方ない。お相手しよう」
一方で、ハインリヒは真紅のサーコートを脱ぐと、下に着込んでいた黒塗りの鎧が形状変化し、瞬く間に全身鎧へと姿を変えた。
「余の知恵の集大成であるこの魔導鎧、ドラゴンの炎など恐れるに足らん!」
周囲を囲む魔導兵の身体から、一斉に微量の光の粒子が溢れ始める。
向こうも攻撃体勢に入ったようだ。
戦闘開始まで秒読みとなる。
そして、その口火を切ったのは――
「な、なりませんっ! 二人共、矛を収めてください!!」
壮年の騎士、ルーデント卿だった。
「今、両国が戦争していては、きたるべき厄災に対抗できなくなります! どうか! 今は矛を収めてください! 何卒!!」
ルーデントが両者の間に身体を割り込ませると、両膝を折り、頭を下げて懇願し始めた。
俺はガル達に待てと指示すると、頭を下げたルーデントへと話しかける。
「まさか…… 厄災とは、ここの地下に眠るシルヴァーのことか?」
「何故それを!?」
ルーデントが顔を勢い良くあげると、何かを思い出し、頷く。
そして、俺へと身体の向きを変え、再び武器をおさめるよう懇願してきたのだった。
「女王陛下から事情を聞いているのであれば、今、ここで争うことのリスクが分かるはず!」
「争いの種を蒔いておいて、その言い訳は笑えるな」
「
ルーデントがそう話した刹那――
何処からともなく、数本の矢が飛来。
狙いは間違いなく俺だろう。
周囲に張っていた高熱の膜に触れると、炎の軌跡を残して消え去った。
ルーデントの瞳が大きく見開く。
「だ、誰だ!? 止せ! 攻撃するなッ!!」
「おいおい、どさくさに紛れて不意打ちかよ。だが、その程度の攻撃で俺を殺せると思うなよ」
周囲へ、明確な殺意を放つ。
殺意は一陣の風となり、周囲を囲む魔導兵、そしてその奥の兵士達へと駆け抜けた。
先程、攻撃してきたであろう者の動きが止まる。
数として四人。
こいつらだけは、ここにいる兵士と違う匂いがする。
生け捕るべきだ!
「吼えろッ!!」
――ギャォオオオ!!
――――キシャァアアア!!
二頭の本気の
大地震の如く城を大きく揺るがした。
この
ましては、すぐ行動できる者などそうそう居ない。
(この隙に……!!)
そして拘束。
すぐさま暴れる四人の兵士を目の前に連れてきたのだった。
咆哮によって転倒させられた二人――魔導鎧に身を包んだハインリヒとルーデント卿が、頭を抱えながら上体を起こす。
「ぐ、何て咆哮だ…… 魔導鎧越しでもこの威力か……」
「へ、陛下! ご、ご無事ですか!?」
動こうとしているようだが、軽い脳震盪でも起こしているのだろう。
身体が上手く動いていない。
魔導兵も動きが悪い。
指揮系統に何かカラクリがありそうだ。
俺は先程攻撃してきた四人の顔を観察する。
その中で、唯一瞳の中に見える怯えが少なかった者を選び、肉裂きファージの前へと移動させた。
「俺へ危害を与える者は、こうなる」
「よ、よせ! やめろ! 離せ! う、うわぁああギィヤァア!?」
肉裂きファージが嬉々として男に喰らいつく。
ファージが喰いこぼした肉片が周囲へ飛び散り、残り三人の顔が恐怖で引き攣った。
その光景に、ルーデントは言葉を失い、唖然とした表情で、黒い怪物の食事を見つめている。
「お前たちは何者だ。正直に答えろ。二度目は聞かない」
「わ、私は公国の兵……」
「そうか。ならお前もいらない」
二人目もファージの前へと移動する。
口を真っ赤に濡らしたファージの顔のない顔が、心なしか笑った気がした。
すると、ファージの目の前へ移動された女が泣きながら懇願してきた。
「い、嫌! や、やめて! わ、私は
「やっぱりな。で、依頼主は誰だ?」
「そこにいる、こ、公国の王!」
話を向けられたハインリヒは、魔導鎧の形態を解くと、額に汗を浮かべながら答えた。
「余は知らん! 余を利用する不届き者が!!」
「どちらかが嘘をついているのは明白だが…… どっちだ?」
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