165 - 「拾われる者、捨てられる者」


「も、もう勘弁してくれ…… ゴホッ、ゴホッ」



 炎で髪が燃えた嫌な臭いが、俺を咳き込ませる。


 頭をかいた手は、煤で汚れたように真っ黒だ。


 きっと顔も黒く焦げ上がっているに違いない。


 陽炎のように熱気が揺らめく結界内には、熱と煙がこもり、呼吸すら満足にできない状況になっている。


 だが、目の前のダークエルフは、苦しさのあまり膝を折る俺を涼しい顔で見下ろしながら、炎の翼を悠々と広げ、この程度で根を上げるのか?と言わんばかりの表情で仁王立ちしていた。



「理解したか? マサトは祝福を与えた者を強くする。それこそ、数十年修行してようやく手に入れられるか分からない程の強力な力を、一瞬で付与できる。そういう力を保有している」


「ゴホッ…… し、信じる…… 信じるしかないだろ…… ここまでの差を見せつけられたら……」



 まさか、ここまで一方的な展開になるとは思ってもみなかった。


 驕っていた訳じゃない。


 元々、レイアは [影の加護] という優秀な加護の保有者だ。


 それは俺も熟知している。


 その上で、[影の加護] が十分に発揮できない空間を作り、レイアの動きを縛る作戦だったのだ。


 だが、結果は、レイアが新たに手に入れたという [火の加護] の力により、逆に俺が追い込まれるという間抜けな事態を招いただけだった。


 本人は、炎の翼は別の加護だと訳の分からないことを言っていたが――


 影と火、二つの強力な加護を得ただけでなく、火走りの靴や火投げの手袋といった、[火の加護] と相性の良い古代魔導具アーティファクトで身を固めていたレイアに、俺はかすり傷一つ負わすことができなかった。


 何の冗談か知らないが打撃も効かず、単純な力比べですら敵わなかった。


 闇の手エレボスハンドにいた頃と比べて格段に強くなっていたのだ。


 腕力で負け、機動力で負け、剣技で負け、こちらの魔法は詠唱を必要とするのに、向こうは詠唱なしに炎を自在に操ってくる。


 それが努力の成果であれば、自分の努力が劣っていただけだと納得もできるが――いや、それでもこの差は納得できないが――レイアはその力を新たに授かっただけだと言った。


 それも今回の暗殺任務の標的である王――マサトに。


 普段であれば笑い飛ばしているところだが、レイアは冗談を言わない。


 それが事実か、単にレイアが騙されているかのどちらかだ。


 今回に限っては、標的がマジックイーターだと情報もある。


 もしオーチェとヴァゾルがやられるようなことがあれば、その情報は紛れもなく本物だと判断はできるが……



「それなら早く結界を解け。もたもたしてると、窒息死するぞ」


「あ、ああ…… ゴホッ…… そう、だな……」



 結界を解くと、肌が焼け付くほどの高温が嘘のようにすぅっと消えていった。


 ようやく、まともに呼吸できるようになる。


 結界を解いたら、レイアはすぐさま標的の元へ向かうと思っていたのだが、目の前のレイアはその場から立ち去る様子はなかった。


 俺が結界を解いた後も、悠然と髪をかきあげながら目の前に突っ立っている。



「……なぜ、行かない」


「標的がマサトなら、私が心配して駆け付けることも計算の上で計画を組むのがオーチェだ。私がオーチェなら、カジートで私を止められるとは考えない。多少の足止めにはなるとは思うが、結局はカジートをねじ伏せてオーチェの元へ向かうと考えるだろう。その考え通りに動いては、オーチェの思う壺だ。であれば、私はマサトの元へ行かない方がいいだろう」


「どういう理屈だよ…… それに、俺の評価は酷いもんだな…… ゴホッゴホッ……」


「私とは相性が悪かっただけで、お前の評価が低い訳じゃない。お前は希少な対抗魔法カウンタースペル使いだ。そもそも役割が違う」


「そうかよ……」



 例え嘘だとしても、その言葉を聞けて少しホッとしてしまう自分が情けない。



「でも、本当に行かなくて良いのか? 相手はオーチェとヴァゾルだぞ?」


「フッ、例えあの二人が相手でも、マサトに勝つことはできないだろうな。マサトを本気で殺したければ、闇の手エレボスハンド伝達者アウルを総動員してかからないと無理だ」


伝達者アウルを総動員? 冗談だろ?」



 鼻で笑った俺に、レイアは表情一つ変えず無言で返した。



「……本気でそう思ってるのか?」


「そう思ってなければ、ここでお前とのんびりお喋りなんかしていないだろ」


「はは…… ゴホッ…… そう、かよ」



 拍子抜けだ。


 俺だけでなく、オーチェやヴァゾルをもってしても、標的に抱くレイアの信頼は揺るがなかった。


 悔しいが、レイアにそこまで信頼されるほどの実力をもっているんだろう。


 そう思い至ると、全身から力が抜け、急に身体が鉛のように重くなる感じがした。


 俺は一体レイアに何を期待していたのか……


 上流貴族が振りかざす権力に恐れ、逃げるように闇の手エレボスハンドの誘いに乗り、言われるがままに手を血で汚してきたが俺が、無意識のうちにレイアに何か求めていたのか?


 ……それはなんだ?


 レイアからの信頼か?


 俺はレイアに、強くなったなと認めてもらいたかったのか?


 はは……


 餓鬼かよ……


 馬鹿馬鹿しい……



「はぁ…… で、俺はどうすればいい。どこに連れて行かれる。牢獄か? 処刑台か?」


「馬鹿なことを。牢獄に入れる奴を勧誘したりはしない」


「……いいのか? 仮にも、王の命を狙った暗殺ギルドのメンバーだぞ?」


「それを言えば、私は元メンバーだ。大した差はない」


「いやいや…… 十分な差があるだろ……」


「そうか? 第三者から見れば、元メンバーと言うだけで十分問題だろう。間者の疑いをかけられて拷問されるのがオチだ」


「やっぱりな…… オーチェはその辺も計算済みなんだろうな…… ゴホッゴホッ」


「だろうな。だが、マサトは私にそんなことはしない。そんなふざけたことを言ってくる貴族もいないから心配するな」


「仮にレイアが大丈夫だとしても、レイアと俺じゃ信頼度が違うだろ……」


「お前の責任は私が持つとマサトに進言してやる」


「進言したところで……」


「口説い! 男なら黙って付いて来い!」



 急にレイアが怒り始めた。


 だが、怒って踵を返す訳でもなく、仁王立ちのまま怒りの表情で俺が立ち上がるのを待ってくれている。



「わ、分かった。付いて行く」


「それで良い」



 二人で路地を歩き始める。


 心なしか空気が重い。


 俺はその沈黙に我慢できず、レイアに話しかけた。



「そ、そう言えば、テナーズは今回の作戦に唯一反対していた。皆はテナーズが怖気付いたと揶揄ってたが……」


「テナーズは危険察知能力が優れているからな。本能でマサトが絶対強者だと感じ取ったのだろう」


「テナーズが正しかった…… のか?」


「今は信じられなくとも、今回の暗殺任務が失敗に終われば、お前もすぐに理解できる。オーチェとヴァゾルには、もう会えないかもしれないがな」


「あのオーチェとヴァゾルが、本当にやられるのか?」


「その可能性はある」



 その光景を想像できない。


 俺の中でのオーチェとヴァゾルは、それほどに強く、恐ろしい存在だったからだ。


 死人しびと吸血鬼ヴァンパイア


 伝記に登場する強力な力をもった種族。


 生ける伝説。


 その二人が、二人掛かりで仕掛けて、返り討ちに合う?


 想像できる訳がない。



 二人で人気のない路地を歩く。


 少しの間、靴底が地面を蹴る音だけが耳に届く。


 すると、レイアが少しだけ顔を振り向かせ、僅かに頬を緩めながら口を開いた。



「ああ、言い忘れていたが、少しは強くなったみたいだな。しっかり鍛錬を続けてきた証拠だ。身体能力が以前と比べ物にならないほどに上がっていたぞ」


「なっ……」



 突然の称賛に、心臓がドクンと高鳴り、言葉を失った。


 直後、顔から湯気が出そうなほどに身体が熱くなる。



「き、気休めはやめてくれ…… あそこまで一方的に蹂躙された後じゃ、惨めになるだけだ」


「お前がそう感じるのであれば、私は特に言うことはない。私は本心を言ったまでだ」



 そう淡々と告げ、颯爽と歩くレイアの後ろ姿に、俺は再び声を失った。


 銀色の美しい髪を靡かせて、背中からは炎の残滓が翼状に舞い上がっている。


 その後ろ姿は、とても美しかったし、格好良くもあった。



「おい、何をぼけっと突っ立ってる! ちゃんと付いて来い! その火傷を治療する場所に連れて行ってやる。恐らく、そこが今は一番安全な場所だ」


「……あ、ああ、分かった」



 レイアの後を、背を丸めて付いて行く。


 美しくもあり、頼もしくもあるレイアの背中を眺めながら、俺は闇の手エレボスハンドに入団し始めの頃を思い出し、今の状況と重ねていた。



「……あの頃と、何も変わってないじゃないか…… 俺は…… 成長したんじゃなかったのか?」


「何をぶつぶつ言ってる」


「いや、何でもない」



 自嘲気味に笑い、俺は小走りでレイアの後を追いかける。


 身体はボロボロで、頭も顔も火傷でヒリヒリして痛いのに、何故か心の中はとても晴れやかな気持ちだった。




◇◇◇




 寂れた木造の一軒家。


 土蛙人ゲノーモス・トードの襲撃も運良く被害を受けなかったその家の地下で、変わり果てた姿の女性を前にしながら、シュビラが静かに黙祷を捧げていた。



『旦那さま、ロアという娘が見つかったのだ』


『ほ、本当か!? それで!? 容態は!?』


『われが駆けつけた時には、既に事切れておった』


『なん…… くそっ! あいつ……!!』



 怒りの感情が流れ込んでくる。


 仲間を殺されたことへの、純粋な怒りの感情だ。


 その怒りの感情が少し落ち着くまで、シュビラは静かに黙って待った。



『……はぁ、はぁ。ごめん、少し落ち着いた』


『われのことは気にしなくて良いのだ。して旦那さま、この娘の亡骸はどうするかの?』


『そうだな…… 遺体に外傷はあるか?』



 一瞬、答えに迷う。


 目の前の遺体には、あるべきものが色々なかったからだ。


 だが、その一瞬の迷いを察したのか、マサトはシュビラの返答を待たずに話を進めた。



『酷いん、だな……』


『旦那さま、この娘には、耳や、瞳、鼻だけでなく、皮膚が、全身の皮膚がないのだ…… ロアという娘だと判別できたのも、タグがあったからで……』


『……分かった。もう、大丈夫。状況は理解した。遺留品はヴィクトルに渡して、遺体は手厚く埋葬してあげてほしい』


『……分かったのだ』



 マサトの悲しみの感情に触れ、シュビラの自責の念が強まる。



『旦那さま、われが居ながら…… われが旦那さまの留守を預かっておきながら、こんな結果を招いてしまって…… ごめんなさい、の』


『シュビラの責任じゃない。これは俺の甘さが招いた結果だ。だけど、もう同じ失敗はしない。また同じことをされてたまるかよ…… くそっ……』


『旦那さま……』



 すると、突然何かの繋がりが切れる感覚が生じた。



『何……』


『旦那さま? さっきのは?』


またたきのスピリットブリンキング・スピリットが手札に戻った。またたきのスピリットブリンキング・スピリットには、闇の手エレボスハンドの幹部の一人を追わせていたんだ。そう簡単に追い払えるモンスターじゃないはずなのに……』



 マサトの動揺が伝わる。


 だが、その動揺は、すぐさま強い決心によって上書かれた。



『シュビラ、ローズヘイムの守りを至急固める。その手伝いをしてくれ』


『われは旦那さまを支える為におる。遠慮なく頼って欲しいのだ』


『よし。俺はこれから後家蜘蛛ゴケグモのアジトに行き、禿山のゴブリン軍団ハゲゴブズレギオンを召喚する。ローズヘイムの外周、地下、今まで警備が行き届かなかった全ての場所に、禿山のゴブリンを配置、巡回させて警備の強化を図ろう。シュビラには、その管理と指揮を頼む。それと、兼ねてから計画していた地下道の把握、整備も急いで欲しい。土蛙人ゲノーモス・トードをフル稼働させてでも、早急に抜け穴を潰しておくべきだ』


『分かったのだ。しかし旦那さま、地下改修に土蛙人ゲノーモス・トードを使うということは、北東の蛙人フロッガー討伐は遅らせるのかの?』


『いや、蛙人フロッガー討伐は予定通りオラクル主導で進めて欲しい。ローズヘイムの地下改修に割いた分の戦力補強は、木蛇ツリーボアがいれば十分だろう。ネスの里から木蛇ツリーボアを呼び寄せて好きに使っていい』


木蛇ツリーボアなら蛙人フロッガーへの相性も良い。申し分ないの』


『俺はすぐにでも公国へ圧力をかけに行く。お供として連れて行くのは、真紅の亜竜ガルドラゴン灰色の翼竜レネ永遠の蜃気楼エターナル・ドラゴン、肉裂きファージだ。その間、もし何かあれば、シュビラが竜語りドラゴンスピーカーと協力して対処にあたってくれ』


『くふふ。貴族どもが慌てふためく様が目に浮かぶの』


『そうだな。少しでも意趣返しが出来れば良いが、相手の出方次第では、少し暴れるかもしれない』


『分かったのだ。旦那さまが留守にする間、われがローズヘイムを守る。今回のような問題は起こさせないと約束するのだ』


『ああ、任せた』



 マサトとの連絡を終えると、シュビラはロアの遺体を手厚く埋葬し、遺留品をヴィクトルへ届けるため、一人冒険者ギルドへと向かった。


 冒険者ギルドには、数名のギルド従業員と数組の冒険者達が待機していた。


 ギルド内に会話はなく、皆一様に不安そうな表情で俯いている。


 だがそれも、シュビラの姿が視界に入ると瞬く間に驚きの表情へと変わった。


 シュビラは、周囲の視線を浴びながら表情一つ変えずに受付へと進む。


 有名人の突然の来訪に、場にどよめきが起こる。



「お、おい、あれって、シュビラ様だよな?」


「ゴブリンの女王の? お前、以前見かけたんだろ? ど、どうなんだ?」


「俺も近くで拝見した訳じゃないからうろ覚えだが…… た、多分。シュビラ様だと、思う」



 シュビラがゴブリンの女王であり、王の側近であることを知らない民はいない。


 だが、シュビラは普段から外を出歩くような性格ではないため、一度だけフロン女王との初対面時に見かけた者も、それ以降の目撃情報がなく、滅多にお目にかかれない雲の上の存在という認知だけが一人歩きしていた状況だった。


 見た目は幼女だが、シュビラの纏う風格――王族にも引けを取らない程の威厳が、周囲に只者ではないと思わせる感情を抱かせ、噂に聞いていたシュビラと結びつけたに過ぎない。


 すると、ギルドの受付嬢が焦りながらも、決死の表情をしながら声をかけた。



「よ、ようこそ! 冒険者ギルドへ!」



 受付嬢の声が上擦るも、シュビラは気にした様子も見せず、優しく微笑みながら答える。



「ヴィクトルはおるかの?」


「ギ、ギルドマスターですか? い、いえ、今は緊急の対応で外に出ておりまして…… あ、あの……」


「襲撃の件の対応かの。あれはもう片付いたのだが…… ふむ。情報が追いついてないようだの。それも仕方なしか」



 ヴィクトルは不在だった。


 緊急事態により、高ランクパーティを集めて現地調査へと向かったらしい。


 まだ闇の手エレボスハンド撃退の情報は出回っていないようだ。


 シュビラが事の経緯を話し、ロアの遺留品を渡すと、ロアの訃報を聞いた何人かのギルド従業員が、声を出して泣き始めた。


 ロアが危険な状況にあるかもしれないという情報は、既に周知されていたようだ。


 その場に居合わせた冒険者達も、ロアの死を悲しみ、怒りで握った拳を震わせていた。


 皆が顔を下げる中、シュビラはローズヘイムの守りを更に強固なものにする計画を演説し、この様な惨劇を二度と起こさせないと誓った。


 その誓いに、冒険者や従業員からも賛同の声が上がる。


 来る時と違い、帰りは皆から熱い視線で見送られるシュビラ。


 表情はどこか満足気だった。


 そのシュビラが次に向かったのは、後家蜘蛛ゴケグモのアジトだ。


 既にマサトは立ち去った後だったが、アジトには、マサトが召喚した禿山のゴブリンの大群がシュビラの帰還を待っていた。



「ほぅ、ざっと200体と言ったところか。ここからどこまで繁殖で増えるのか楽しみだの」



 アジトで一斉に繁殖させ、ローズヘイムの守りにあてる。


 計画では、明日300に増え、明後日には450と1.5倍ずつ増えていく予定だ。


 すぐ食糧の供給が追いつかなくなるだろうが、その時は繁殖したゴブリンを食糧にあてればよい。


 戦力としては見込めないほどに弱いゴブリン種だが、マサトとの繋がりがあるこのゴブリン達であれば、優秀な眼となり、耳となる。


 要は使い道だ。



 すると、シュビラの背後へと伸びる影があった。


 振り返ることなく、シュビラが語りかける。



「われの護衛、ご苦労であったの」


「おや、やはり気付いていましたか」



 そう話ながら現れたのは、ネスの里の長であり、禁術の開発によりエルフの里を追放された異端児――ネス・ロロノアだった。



「ふっふっふ。以前よりも姿を消すのが上手くなったようだの。われには通用しないが」


「なるほど。まだ改良が必要なようですね」


「して、何用かの? その改良した隠匿魔法とやらを試すためにわれの後を追っていた訳ではなかろう?」


「もちろんですよ。私は純粋にシュビラ様の身を案じて護衛についていたまでです。まだローズヘイムは完全に安全とは言えないですからね」


「ほぅ、そなたがそういうのであれば、そういうことにしておこうかの」



 シュビラが振り返り、ネスを少し見上げる。

 

 互いの顔には、いつもの含みのある微笑みがあった。



「それにしても、上手く冒険者の人心を掌握しましたね。素晴らしい演説でした。冒険者ギルドを中心に、警備増強の必要性が広まっていくことでしょう。これで、街がゴブリンで溢れかえるまで、誰も文句を言えなくなる」


「含みのある言い方だの。まるでわれがこの都市をゴブリンで占領しようとしているように聞こえるぞ」


「違いましたか?」


「ふっふっふ。われは種族に対する偏向はない。人族も亜人もゴブリンも皆同じよ。ただ、この国が配下のゴブリンで溢れれば、不要な者を排除し易くなるのは間違いないの」


「やはり。それでこそシュビラ様です」



 二人でほくそ笑む。



「それと、シュビラ様へ一つ情報を仕入れてきましたので、そのご報告です」


「ほぅ、何かの」


闇の手エレボスハンドの上級幹部が、一人紛れ込んでいるようです」


「また闇の手エレボスハンドかの。それにしても、ローズヘイムの守りはザルだのぅ。旦那さまにも言われたが、ここの地下は抜け穴ばかりなのかの? 一度、土蛙人ゲノーモス・トード襲撃で崩壊した後に整備されたはずじゃが……」


「抜け穴として掘られた場所であれば、強力な人避けの結界が張られているはずです。仮に何度改修しようとも、結界を見破れぬ者が行えば、結果として抜け穴は塞げません」


「ほぅ、では、そなたなら見破れるということか?」


「はて、私の地下研究所を探し当てたシュビラ様なら容易いと思いますが」


「冗談じゃよ。ふむ、そなたがわれの護衛についたということも起因しているのであれば、その上級幹部とやらは、われも警戒すべき相手かの」


「警戒しておくに越したことはないでしょう。私でも名を知っている者でしたので」


「ほぅ、どんな者か目星はついているんじゃな?」


「はい。闇の手エレボスハンドには、各支部を束ねる五人の上級幹部がいます。その幹部には、それぞれ『幽闇の浄化ヘーメラー』『幽闇の光明アイテール』『幽闇の憤怒ステュクス』『幽闇の番人カムペー』『幽闇の渡守カローン』と呼ばれる者が君臨し、どれも相当な実力者と聞きます。その上級幹部を束ねる者――最高幹部の者は『幽闇の夜母ニュクス』と呼ばれていますが…… 恐らく、ここへ紛れ込んだのは、幽闇の渡守カローンでしょう」


「大層な名だの。その幽闇の渡守カローンとやらは、何か特別な加護を持つのかの?」


「噂では、結界や空間をすり抜ける力があるとか」


「それはまた厄介な力だの」


「まだ情報はあります。先程から私の索敵魔法でローズヘイム全域を調べてみていますが、一向にそれらしい人物を検知できません。ここに潜伏していることは間違いないはずですので、魔法認知を阻害させる力も持ち合わせていると考えていいでしょう」


「ほぅ、そなたの魔法でも検知できぬか」


「私の魔法などまだまだ未熟です。世の中には私など歯牙にも掛けないほどの実力者で溢れていますよ」


「ふっ、謙遜だの」



 お互い変わらぬ表情のまま、淡々と話は進む。



「この後の対策は、どうするおつもりですか? マサト君を引き戻させますか?」


「旦那さまの予定を、われらが妨げては本末転倒よの」


「しかし、それではまた被害が出るかもしれませんよ?」


「安心してよい。もう手は打ってある」


「次の手を…… ですか?」


「なぁに、簡単なことよ。人手が足りなければ、他の場所から補充すれば良い」



 ――その数時間後。



 ローズヘイムには、サーズの族長ニド率いるコロナ族の精鋭達と、蝗百足イナデに跨ったエンベロープ族の族長ヨヨアとその精鋭が、ローズヘイムの警備に付くべく到着したのだった。


 

「シュホホホホ。この地を踏むのは何年振りでしょうかねぇ」


「フンッ、まさか貴様と肩を並べる時が来るとはな」


「これもマサトの力ですかねぇ。ヨヨア、あなたにも期待していますよ」


「貴様に期待される覚えなどない。だが、闇の手エレボスハンドとは一戦してみたかったのは本当だ。どちらが先に獲物を狩れるか、競争といこうじゃないか」


「シュホホホホ。返り討ちに合わないよう気を付けてくださいねぇ。油断していると鼠も牙を剥くと聞きます」


「フッ、あの有名な闇の手エレボスハンドが鼠か。ならば我らは猫か? どちらにせよ、貴様には蛇がお似合いだ。狡猾そうなところがそっくりだからな」


「シュホホホホ。褒め言葉として受け取っておきましょうかねぇ。さぁ、お喋りもこの辺にしておきましょう。我らのボスがお待ちですよ」


「ゴブリンの女王か。あの利口なゴブリン――ゴブ狂の王とはどんな人物か、確かに興味はあるな」



 馬に跨ったニドと、蝗百足イナデに跨ったヨヨアの後に、各部族が長い隊列を成して続く。


 その先には、腰に手を当てて胸をそらした幼女――シュビラが立っている。


 周囲には、屈強なゴブリンが一同に並び、シュビラの合図とともに、一斉に足を踏み鳴らした。


 ドンッと一回の音と地響きが鳴り、ニドとヨヨアが足を止め、後続も足を止める。


 一瞬、後続に緊迫した空気が張り詰めたが、ニドとヨヨアは、一糸乱れぬ動きを見せた目の前のゴブリンに、震えにも似た関心の念を抱いていた。



「シュホホホホ。やりますねぇ」


「……チッ」



 二人の反応に満足したシュビラが、歓迎の言葉をかける。



「ようこそ、ローズヘイムへ。われがローズヘイムの王、マサト様の側近にして、ゴブリンの女王、シュビラだ。そなたらの此度の訪問、嬉しく思うぞ」



 ニドとヨヨアが地に降り、こうべを垂れる。


 その二人へ向け、シュビラは微笑みながらこう聞いたのだった。



「して、そなたらは、どちらの方が狩りに長けているのかの?」

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