164 - 「ソフィーの好奇心」
Aランカー相当の実力をもつであろう狼人が、突如現れた黒い怪物に捕食されている。
周囲にはまばらに
「お、終わったのか?」
「シィッ! お黙り! バレたらどうするの!?」
セファロの呟きに、ソフィーが静かに叱責する。
大木の根元に、ソフィー、ライト、マーチェ、クズノハと、
叱責されたセファロが、口を尖らせながら反論する。
「で、でもよぉ、ベアたんが食事始めたってことは、もう危険ないんじゃない? あの気色悪いモンスターも、ベアたん全く警戒してねーし……」
「ね、念には念を入れた方が良いでしょ!? あんな怪物に狙われたら、それこそお終いよ!?」
「いや、なんていうか、確証はないんだけど、あれ、あの気色悪いモンスターも、ベアたん同様、マサトの使役モンスターなんじゃないかと思って。じゃないと、ベアたんが呑気に食事なんてしないと思うんだよ。いや本当、これはマジで」
「あ、あんな闇の化身みたいな怪物が使役モンスター!? あり得な……」
ソフィーがあり得ないと言おうとして止めた。
普通にあり得る。
マサトがマジックイーターであるなら、不可能なことではない。
すると、三馬鹿トリオの娘が申し訳なさそうに口を挟んできた。
「あ、あの。私もセファロの意見と同じです。もう出ても大丈夫かと……」
「ぐっ…… 分かったわよ。ただし、そこまで言うなら、まずはあなた達が確かめて来なさい」
「「えっ?」」
そう告げると、ソフィーは言い出しっぺのセファロとジティ、ついでにラックスを隠匿の結界の外へと追い出した。
「と、とばっちりでござる!」
「だ、大丈夫だって。オレとベアたんを信じろ」
「セファロは兎も角、ベアちゃんは信じても良いと思うよ」
「酷っ! ジティ、それ酷くないっ!? ねぇ!?」
セファロが騒いでいると、
「ほ、ほら大丈夫だろ?」
セファロが緊張で強張った顔に無理矢理笑顔を作りながら、親指を立てて振り向く。
だが、ジティとラックスの視線はセファロの先、
二人が声にならない声をあげながら、その先へと指を向ける。
「あ、あ、あ……」
「セ、セファロ、前! 前でござる!」
「あ、あぁん? な、なんだよ。ビビらせんなって、本当、やめて? お願いだから、ね? そういうのいらないから、本当、マジで、マジで怖いからぁあ!?」
頬をピクピクと引きつらせたセファロが、ゆっくりとほのかに異臭漂う方向へ首を曲げる。
すると、セファロの目の前、丁度1mくらいの距離に、血で真っ赤に染まった巨大な口を伸ばした怪物が、瞳のない頭部でじっとセファロを見つめていた。
恐怖のあまり、セファロの時が止まる。
ラックスとジティにいたっては、声すら出せずに腰を抜かしていた。
場に緊張が走る。
その緊張漂う場に、
先に動いたのは、意外にもセファロの方だった。
「オ、オレ、マサトの、な、なかーま」
両手を上げて、顔の色んな穴から汁を垂らしながら、セファロが声を絞り出す。
すると、怪物は「フンスッ」と腐臭漂う息を吹きかけ、セファロを卒倒させかけた。
だが、セファロは諦めなかった。
嘔吐きながらも必死に訴える。
「ぐ、ぐぉ…… ゔぇ…… うぐっ…… オ、オレ、マ、マサトの、と、友達!」
「フンスッ」
「ぶ、部下!」
「フンスッ」
「げ、下僕!」
「クワァッ!」
「下僕なら良いのかよっ!!」
満足したのか、怪物は身体を反転させると、今度は先程よりも小さい口――尻尾を向け始めた。
「あ、気が触ったならごめんなさい! ただのノリツッコミです! ゆ、許して!!」
祈りのポーズで泣いて謝罪を口にするセファロへ向けて、ドバドバッと何かを吐き出す。
その何かを受け、セファロは「うぎゃぁっ!?」と悲鳴をあげて転がった。
吐き出された黒い物体も一緒に転がる。
その黒い物体は、キィキィと鳴きながら、目を開けたセファロの鼻へ飛び付き、ガジガジと噛み付いた。
「い、痛ぇえええ!? な、なんだよこれ!? い、芋虫!?」
驚くセファロを他所に、黒い怪物は翼を広げ、空へ飛び上がった。
振り返ることなく、何処かへ飛び去る。
残された芋虫は、セファロの足元に擦り寄ると、そのズボンの裾に噛み付いていた。
「ば、や、やめろ! オレは食い物じゃない!」
セファロが足を振り払うと、芋虫がキィと鳴きながら転がった。
それを見て、ジティとラックスが焦る。
「ちょ、ちょっと! セファロだめ!!」
「そ、そうでござる! きっとこの芋虫は、さっきのモンスターの子供でござるよ! 危害を加えたら戻って来るかも知れないでござる!」
「だってこいつ、オレを食おうとしてただろ! 黙って食われろってーのか!?」
「そう!」
「そうでござる!」
「鬼! 悪魔! 終いにゃ泣くからね!?」
三人がいつもの調子に戻ると、ソフィーが結界を解き、皆を立たせた。
「本当にマサトが使役するモンスターのようね…… 本当、規格外過ぎて色々あれだわ」
ソフィーがこめかみを押さえながら溜息を吐く。
そんなソフィーへ向けて、ライトが少し青ざめた顔で話しかける。
「ソ、ソフィー姉さん、陛下は……」
「そんな心配しなくても、この調子ならマサトも無事だと思うわよ。そうね。ねぇあなた、セファロと言ったかしら? マサトの居場所、その
「あ、ああ、そうだな。ベアたん、食事中に悪いんだけど、マサトどこ?」
セファロに聞かれた
「あっち?」
皆がその方向へ視線を向ける。
すると、丁度その森から一人の男が現れたところだった。
「あ、あんちゃん!」
目が殆ど見えないはずのクズノハが、真っ先に声を上げる。
「おーい! 良かった! 無事だったか!」
マサトが呑気に手を振りながら走って来る。
その緊張感のない声を聞き、危機感迫るものが一切感じられない呑気な姿を見た全員が、言葉には表現できない謎の安心感に包まれたのだった。
「あ、何この包み込まれるような安心感…… やだ…… キュンときちゃう」
皆の目には、
そして、決して仲間を見捨てないという安心感もある。
その二つの事実が、この男といれば、どんな脅威からも自分の身を守れる、守ってもらえるという安心感を感じさせてくれるようだった。
「くぅー、ウズウズする…… 男の人に守ってもらいたいって思ったの、初めてよ……」
そう呟いたソフィーの視線の先にはマサトがいた。
そのマサトへ、まるで幼児が親を求めるように、クズノハが手を前に出しながら少しずつ歩いて向かっている。
マサトがクズノハへと駆け寄ると、勢いよくクズノハを抱きしめた。
遅れて、マーチェが号泣しながらマサトへと駆け寄る。
マサトはそんなマーチェを見て苦笑しながらも、優しく頭を撫でて双方を慰めたのだった。
その三人を、
「はぁ…… なんか、良いわね。ああいうのも。私も混ぜてもらおうかしら」
「ちょ、ちょっとソフィー姉さん!」
「何で止めるのよ。あ、この際だから私も
「あ、えっ? ソフィー姉さん、まだ入信してなかったんですか?」
「ん? ……ちょっと待って、ライト。まだって何? あなたもしや……」
「あ、はい。
「い、いつの間に……」
「あっ、これ限られた人にしか売ってもらえない入信の証です。なぜボクが特別に許されたのか理由は分かりませんが、特別に売ってもらえたんですよ! ドラゴンをモチーフにしたロザリオです!」
そう話しながら、ライトが首から下げていたロザリオを胸元から取り出し、ソフィーへ自慢気に見せた。
「あ、頭が痛くなってきそうだわ……」
「な、何でですか!?」
「ライト、あなた、変な壺とか大量に買わされてないでしょうね?」
「か、買わされてません! ボクはそんなに間抜けじゃないですよ!」
「じゃあ、そのロザリオは何なの? 高かったんでしょ?」
「え、あの、その……」
「怪しいわね。今すぐ白状しないと酷いわよ」
「あ、あわわ…… 売ってもらいはしましたが、お金を払ったんじゃないんです!」
「お金じゃない? どういうこと?」
「えっと…… その…… お金の代わりに…… その……」
顔を赤く染め、もじもじし始めたライト。
そのライトに、ソフィーのこめかみがピクピクと震え始める。
「ライトぉお?」
「は、はぃ! へ、陛下に身体を売りました!!」
「なっ!?」
「「「えっ!?」」」
突然のライトの爆弾発言に、ソフィーだけでなく、マサト含めて他の全員が驚きの声をあげた。
すかさず、マサトが弁明の一声をあげる。
「か、買ってない! 買ってない! そもそも売り買いしてないから!」
「あ、ごごごめんなさい! そ、そういうことじゃなくて! へ、陛下の為に身を捧げる巫女候補として、この身体を捧げたという意味です!」
「弁明になっているようで、微妙になってない気がする!」
マサトがセファロに白い目を向けられて「いやいや、違うって!」と弁明していたが、ふと、何かを思い出したのか、急に焦った顔になり、強引に話を打ち切った。
「そ、そんな事より、レイアにも追手が行っているんだった! あ、後、ロアさんが人質として何処かに拘束されているらしい!」
「ロアさんが人質に!?」
「そう! 俺はすぐレイアを探しに向かう! ロアさんの捜索は、シュビラ経由で全てのゴブリンを動かして捜索を開始している! 皆は、自分の身を守りつつ、安全なところに退避を!
「グォオ」
そう矢継ぎ早に話、マサトは炎の翼を羽ばたかせて空へ飛び去っていった。
「ほ、他にも追手が居たのかよ……」
「
「皆、無事かな……」
クズノハがクスッと微笑みながら話す。
「クマさん、心配するなって、言ってるよ。守ってやるって」
すると、マーチェが驚いた顔でクズノハに聞き返した。
「クズノハちゃん、このクマさんの言葉が分かるの?」
「うん、分かる、よ。少し、だけ」
「す、すごぉおおおい!!」
マーチェに抱き締められ、くすぐったそうに目を瞑るクズノハ。
そのクズノハに、一人大人気ない対抗心を燃やす男がいた――
「オ、オレだってベアたんの言葉くらい分かるっつーの」
「いきなり男を下げてきたでござるな。先程までの勇姿はどこにいったでござるか」
「はぁ、本当。でも、これがセファロなんだよね。安定のセファロクオリティ」
再び
普通であれば、
これも、マサトと、マサトが使役するモンスターの力なのだろうと、ソフィーは考えていたが、口には出さなかった。
「さ、マサトの無事も確認できたことだし、さっさと戻りましょ」
「えっ!? 戻っちゃうの!?」
ソフィーの言葉に、セファロが意外な声をあげた。
「勿論、戻るわよ。でも、あなた達はこの状況が落ち着くまで、そこの熊さんと暫く一緒に居なさい。私達はギルドマスターにこの報告をしないといけないから先に行くわ」
「で、でも危険じゃないですか?」
ジティが心配そうにソフィーの身を案じる。
だが、ソフィーは顔に余裕の笑みを浮かべると、胸をそらして自信満々に告げた。
「心配してくれる気持ちはありがたく受け取っておくわね。でも、心配無用よ。これでも冒険者ギルドのサブマスターよ? そう簡単にやられはしないわよ」
「そうですか…… 分かりました。お気を付けて!」
「ええ。あなた達も気を付けなさい」
五人と別れたソフィーとライトは、ソフィーの隠匿魔法で姿を消しながら、来た道を引き返していく。
「陛下に危険を報せる筈が、事後になっちゃいましたね。ボクがもう少し早く皆さんに相談していれば……」
「落ち込む必要なんてないわよ。もう少し早く相談されてたら、私達があの戦いに巻き込まれて死んでたかもしれないんだから。おー怖い」
そう話しながら、両手で肩を抱き、震える真似を見せるソフィー。
それを見たライトが、「はは」と少し笑う。
「ライトはそうやって笑ってた方が可愛いんだから、これからは落ち込むの禁止にしましょう」
「えぇー、どんな理屈ですか。でも、陛下が無事そうで良かったです」
「そうだわ! 忘れてた! あなた、陛下に身体を捧げたってどういうことなの!?」
「あ、あれは、巫女候補になったって説明したかっただけで!」
「その巫女候補っていうのが何なのよ! ちゃんと説明しなさい」
「は、はい」
ライト曰く――
巫女は創造主たるマサト様に仕える忠臣。
創造主に対し、絶対服従であり、奉仕者であり、代弁者であること。
また、創造主の子孫を残す母体となり得る、才ある身体を持つこと。
その資格があり、巫女となり得る資質があると評価された者だけが、巫女候補になれる。
と、言うことだった。
「あ、あなた…… そんな怪しい…… いや、そんな酷い条件を知った上で良く入信する気になったわね?」
「ひ、酷くも怪しくもないですよ! ボ、ボクがしたくて決めたことですから!」
「ライト、あなたまさか洗脳されてないわよね!?」
ライトの肩をガシッと掴み、マジマジと至近距離から睨むように観察するソフィー。
「だ、大丈夫です! 洗脳なんてされてません! ソフィー姉さん心配し過ぎです! あ、後、顔が近いです!」
「はぁ…… まぁいいわ…… で、何で入信する気になったのかしら? そこがまだ納得できないわ」
「何でって…… それは…… その……」
また顔を赤くしてもじもじし始めたライト。
そんなライトを、ソフィーは脱力気味に横目で見て溜息を吐いた。
「何となく想像がついたわ。で、マサトに一目惚れしたきっかけは何? いつなの? お姉さんに全て白状しちゃいなさい?」
「ひ、一目惚れなんて! そんな滅相もない!」
「嘘つくと酷いわよ? ん? もしかして、あなた自覚がないの? あー、そうか…… そうよね…… あなた、今までそういう浮わついた話と疎遠なところにいたものね…… 不憫だわ……」
「ソ、ソフィー姉さん! ボクを憐れみの目で見るのやめてください!」
「でもちょっと安心したわ」
「な、何がですか……?」
「あなた、てっきり男に興味がなくて少年っぽい格好をしているんだと思ってたから」
「ち、違います! これは単純に容姿の問題です! ボ、ボクも女の子っぽい格好をすれば、きっと……」
「きっとぉ〜? 何? どうなっちゃうの〜?」
ソフィーがニヤつきながらライトへその先を促す。
「な、何でもありません! もう! そうやって揶揄う姉さん嫌いです!」
「あ〜ん! ごめんね? へそ曲げないで? ね?」
「知りません! ボクだって、されて嫌なことあるんですからね!」
「分かったわよ、ごめんなさいって。もうしません、ね?」
「もう……」
「でも、ライトの姉として、師匠として、なぜライトが巫女候補になれたのか、その理由を知る必要があるわね」
「うっ、なんか嫌な予感が……」
「ヴィクトルに報告終わったら、
「や、やっぱり……」
「そうと決まったら急ぐわよ!」
「ソフィー姉さん、それ絶対他に理由がありますよね!? また変な問題起こさないでくださいね!? お願いですよ!?」
「変な問題って何よ! 失礼な子ね!」
そう言いながらも、ソフィーの顔はニヤけていた。
謎のベールに包まれた
その謎を少しでも知れる良いチャンス。
ソフィーの人一倍強い好奇心が、次の娯楽を求めて、その熟れた魅惑の身体を突き動かすのだった。
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