158 - 「偽りの声」


 ローズヘイム、冒険者ギルド、二階の会議部屋。


 普段は冒険者も利用できるその部屋で、冒険者ギルドのギルドマスター、ヴィクトル・マリー・ユーゴと、サブギルドマスターのソフィー、その弟子のライト、そして、商人組合長のドワンゴの四人が、公国との戦争について、ギルドとしての関わり方を話し合っていた。



「陛下が公国と交渉することを決意した。恐らく、公国は引かないだろう。そうなれば、衝突は避けられない。この地を預かるギルドとして、戦争へと発展した時の対応方針を決めておく必要がある」



 ヴィクトルが右眼にかけたモノクルを掛け直しながら話す。


 すると、ドワーフのドワンゴが頭をぽりぽりとかきながら、難しい顔をして口を開いた。



「ガザのギルド長達とは相変わらず連絡が取れんか?」


「全く。何度か使い鴉カラスを送ったが、返事はない。恐らく、我々との連絡を断つことで、中立の立場を貫くつもりなのだろう。今、公国に内通者として疑われるのは得策ではないからな」


「そんなもんか…… しっかし、もしガザの連中が公国に加担していたらどうする。ワシらだけ中立を保って国が滅びたら元も子もないじゃろ」


「それこそありえない。と、言いたいところだが…… 王国がなくなった今、フログガーデン大陸全土をほぼ手中に収める公国に楯突いても良いことはない。ガザのギルド長達が、今後は公国と手を組んでいくと判断してもおかしくはない話だ」


「んだら、ワシらはどうする」



 そう告げるドワンゴの顔は、ローズヘイムに味方しろとでも言いたげな表情をしていた。



「攻撃には参加しない。が、もし公国が攻めてくるようであれば、防衛には参加する」



 ヴィクトルの告げた方針に、ドワンゴが唸る。


 すると、そこに異を唱える者がいた。



「ちょっといいかしら?」


「なんだ、ソフィー」



 外巻きにカールした赤い髪を手で梳きながら、ソフィーがつまらなそうな表情で疑問を呈す。



「毎度思うんだけど、その表向きの方針に意味なんてあるのかしら? どうせ最終的には個人の意志に委ねるんでしょ?」


「そうだ。これは、あくまでもギルドとしての方針。個人の意思を縛るものではない」


「それがまどろっこしいのよね。ギルドとしての方針を出すことで、今後の保険にする目的なんでしょうけど、それ、本当に保険になるのかしら」


「何か思うところがあるのか?」


「ええ。だって、ここに残った冒険者のほとんどは、マサトの設立した竜信教ドラストに帰依したのよ? 表向きとはいえ、中立の立場を表明したら、それこそ冒険者達の反感を買うだけだと思うんだけど」


「確かに一理あるな」


「私は、ギルドとしては個々の意思を尊重する。とした上で、王の命令があればそれに従う。でいいと思うわ。もし、ここが公国領になっても、同じことを方針として掲げれば大きな問題にはならないでしょ。それで問題になる時は、何をしても問題になるわよ」


「ドゥワッハッハ。奇遇だな。ワシも嬢ちゃんの意見と同じだわい」



 馬鹿笑いするドワンゴに、ヴィクトルが溜息を吐く。



「ドワンゴは、陛下に上手く買収されていたからな。話は聞いてるぞ」


「なんじゃ聞いておったのか。マサト殿にいただいた火投げの手袋は、ほんっとに重宝しておる。あの手袋のお陰で、鍛治の効率が格段に上がったわい」


商人組合長ギルドマスターが、そんないい加減でいいのか?」


「いい加減とは失礼な。商人はいつの日も利にあざといんじゃよ。サーズから送られてきた大量の希少素材にも、皆が子供のように目を輝かせておったわい。今や大半の者が、マサト殿の下におれば、これからも心踊る経験ができると信じ込んどる。今更、公国に行けと言っても聞かんだろうな」



 そう言い終えると、再び「ドゥワッハッハ」と大声で笑い始めた。



「まっ、交易路の封鎖だけは解いてほしいというのは、商人ギルドの者達の総意なのは間違いないがな」


「商人ギルドは、陛下を全面支援する、でいいんだな?」


「構わん。むしろ交易路を封鎖した公国に対して、怒りを露わにしている者が大半だわい。商人にとって生命線でもある商売を無理矢理断たれたんじゃからな」


「そうか……」



 ヴィクトルが腕を組みながら顎に手を当てると、少しの間、部屋に沈黙が流れた。


 そして、答えが出たのか、ヴィクトルが再び視線を戻す。



「分かった。ギルドの方針は、ソフィーの案でいこう」



 ヴィクトルの決定に、ドワンゴ、ソフィー、ライトが頷く。



「ドワンゴ、一つ気になっていたことがあるんだが」


「なんじゃ?」


「カーニルとサールという行商人が運んできた、羽ばたき飛行装置オーニソプターという古代魔導具アーティファクトは、その後どうなった?」


「あーあれか。あれはまだ後回しにしておる。火蟻ヒアリ巨人の盾甲虫ゴライアスオオツノの素材の料理に時間が取られていてな。正直、そこまで手が回らん。あれは片手間で解析できるような代物じゃないことだけは確かだ。今は警備が厳重な場所に保管しておる」



 そこまで話したドワンゴだったが、不意に言葉を止めると、真剣な表情で次の言葉を告げた。



「あれが公国の魔導研究所に渡ってたかと思うと、考えただけでもゾッとするわい」


「やはり、それほどの代物か」


「うむ。即座にあの古代魔導具アーティファクトの価値を見抜き、その場で買い取ったマサト殿の判断は間違っておらん。公国にあの手の飛行魔導兵器が量産できるかは分からんが、もしもということもある。公国にこれ以上兵器を作らせたくないなら、早急にウンカ遺跡を確保した方がいいじゃろうな」


「そうか。分かった」



 話の区切りがつくと、それまで大人しく話を聞いていたライトが手を挙げた。



「なんだ? ライト」


「は、はい。あの、確証はないんですが、ローズヘイムに張っていた月明かりの結界に、何者かが触れた気配がありました。侵入されたかどうかまでは分からないですが、一応、違和感があったので報告だけ……」



 ライトの報告に、ヴィクトルとソフィーが真剣な表情に変わる。



「ライト、それはいつの話だ?」


「き、昨日の夜です」


「なんでそんな大切なこと、すぐ報告しなかったの!」


「ご、ごめんなさい! あまりに小さな感覚だったから、ボクの気のせいかなと思って……」


「はぁ…… まぁ過ぎたことを言っても仕方ないわね。ヴィクトル、もしかしたら奴らよ」


「時期的に考えてもそう考えるのが妥当なところだな」


「なんじゃ? 一体なんの話をしとるんだ?」



 話についていけてないドワンゴと、不安な表情のライトへ、ヴィクトルが説明を始めた。



「公国に潜入している後家蜘蛛ゴケグモからの情報だが、暗殺ギルドの闇の手エレボスハンドが、ローズヘイムへ向かったとの情報があった」


「なんじゃとっ!?」


「あ、あの闇の手エレボスハンドですか!?」



 ローズヘイム地下で闇の手エレボスハンドと対峙したときの光景が蘇る。


 ライトが手も足も出なかった格上の暗殺者達だ。



「私とライトは、土蛙人ゲノーモス・トードとの戦争の時に、ここの地下で一度対峙しているわ。正直、洒落にならない相手よ」


闇の手エレボスハンドの目的は分からないが、陛下暗殺を目的としている可能性もある。早急に陛下に報告した方がいいな」


「そうね。ライト、報告頼んだわよ」


「えっ!? あ、はい! ……ん? え? ボク一人で報告に行くんですか?」


「他に誰がいるのよ」


「ソ、ソフィー姉さん……」


「嫌よ! 私はもう懲りたの。あの人に近付くと私に不運が降りかかるのよ? もう巻き込まれるのはごめんよ」


「ソフィー、同行してやれ。ライトなら心配ないだろうが、潜伏した闇の手エレボスハンドに鉢合わせしないとも限らない」



 ヴィクトルの言葉に、ソフィーはあからさまに嫌な顔をしたが、引く気配を見せないヴィクトルに根負けし、渋々引き受けることになった。



「ライト、後で肩揉みとマッサージね」


「ええー……」



 不満顔のソフィーに、落ち込むライト。


 その様子を見ていたドワンゴが笑い、ヴィクトルは頭痛がするのか、こめかみを抑えて頭を左右に振っている。


 だが、次の瞬間、ソフィーがドアの方へ急に振り向くと、警戒の色を含んだ声をあげた。



「誰っ!? そこにいるのは!?」



 場に緊張が走る。



「ご、ごめんにゃさい! マスターにお客様にゃ!」


「はぁ、何よ。ロアか。驚かせないでよね」


「分かった。すぐに行く」


「じゃ、じゃあ、ロアはすぐ仕事に戻りますにゃー!」



 ドア越しに、ロアの廊下を走る音が聞こえる。



「それじゃあ、ライト、私達も行くわよ…… って、あなたどうしたの? 顔青いわよ?」



 月明かりの杖を胸のところで握りしめていたライトが、青い顔をしてソフィーを見つめ、こう告げた。



「さっきの…… ロアさんの気配じゃ…… ないです……」

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