139 - 「サーズを語る者」

 集落に到着してそうそう一悶着あったが、無事に総族長ナウイルとの面会を果たすことができた。


 総族長ナウイルは、大柄で白鬚が立派な爺さんだ。


 息子のグーノムがあれだったので少し警戒していたのだが、息子とは正反対の物静かな老人というのが第一印象だった。


 見た目はもはや完全な修行僧か仙人の類いなのだが、それにしては覇気がなく、目もうつろだったので、もしや痴呆かな?とも疑ったのだが、こちらの質問にはしっかりと答えるし、言動も同じ話を繰り返すといったことはなく、見た目以外は至って正常に思えた。


 ノクトも、昔と雰囲気が全く違うと驚いていた程だ。


 村人曰く、少し前から突然あのようになってしまったらしいが、何かあったのだろうか。



 グーノムはあの一件以降見ていない。


 俺の脅しに相当驚いていたはずだし、また絡んでくるようなこともないだろう。


 ……ないと思いたい。



 今はというと、総族長のおもてなしで、晩餐会に招かれている。


 方形屋根の立派な建物の中だ。


 集会用の建物らしく、間取りは大広間のみ。


 木の床の上には、緑と黄土色の刺繍――恐らく空を喰らう大木ドオバブがモチーフになっていると思う――が縫い込まれた巨大な絨毯が敷き詰められている。


 対面には、総族長ナウイルを含めた、サーズの地で生活する各部族の族長達。


 急遽、総族長が招集をかけたらしく、わざわざこの宴のために足を運んでくれたようだ。


 全員ではないにしろ、その心遣いが歓迎されているようで嬉しかった。


 今は、それぞれが絨毯の上に直接腰を下ろし、皆が胡坐をかいて対面側に座っている。


 俺達と族長達の間には、空を喰らう大木ドオバブの恵みで作ったとされる、サーズ特有の郷土料理が並んでいた。


 といっても、肉成分が全くなく、平べったいパンや野菜系ばかりだ。


 中には、昆虫や芋虫の姿揚げっぽいものも多数見えるが、そこはカウントしていない。



「サーズの郷土料理です。これで旅の疲れを癒してくだされ」



 ナウイルが淡々と述べ、木製のコップを目前へと掲げた。



(なんだろう。一言求められているのだろうか)



 皆の視線が俺へと集まっている。



(こういうスピーチは苦手なんだけど…… まぁ仕方ないか。適当に済ませよう)



「このような豪華な晩餐にお招きいただき、心から御礼申し上げます。私はローズヘイムの王となってまだ間もないですが、皆様とは、いわば隣国同士。お互いに尊重し合う隣国となるよう、最善を尽くしていく考えであります」



 そう告げて周囲を見渡す。


 総族長ナウイルは、相変わらず表情の変化は見られないが、他の族長達の反応は手応えのあるものだった。


 顔に笑みを浮かべる者や、俺の発言に驚きの表情を見せる者。


 皆がその言葉に上々の反応をみせている。


 オーリアとノクトも目を見開いて驚いていたが、まぁ良い意味での驚きだと思っておこう。



「それでは、我々両国がともに築いていく未来のため、ご一緒に祝杯を上げてくださいますようお願い致します」



 何やら濁った液体が入ったコップを手に取り、ナウイルと同じように目の高さまで持ち上げる。


 すると、他の皆もそれに続いた。



「乾杯!」


「「「乾杯!」」」



 コップを口へと近付けると、ツンとする臭いが鼻を突いた。



(これ何の飲み物だよ…… 目に染みるんですけど…… ああーくそ! 一気にいってしまえ!)



 一気に飲み干しにかかる。


 すると、舌の痺れとともに、目の前にメッセージが流れた。



『致死毒Lv1を抵抗レジストしました』



「ブフォッ!?」



 飲みかけていた液体を吐き出す。



「ゴホッ…… ま、待て! 飲むな!!」



 皆が飲もうとしていたコップを止める。


 いや、何人かは既に飲んでしまっていたようだ。



「マサト!? どうした!?」


「オーリア、毒だ! まだ飲んでないな!?」


「毒だと!?」



 毒という発言に、オーリアやノクトだけでなく、対面の族長達も動揺し始めた。


 すると、一人、また一人と苦しみ始めた。


 コップの中身を飲んでしまった者だろう。


 血が滲む程に強く喉を引っ掻きながら、郷土料理の並べてある床へと転がると、口から泡を吐き、白目をむいてすぐ動かなくなった。



「ど、どういうことだ!?」


「本当に毒が!?」


「一体誰がこんなことを!!」



 族長達に動揺が走る。


 更にそのうちの何人かが膝をつき、胸を押さえて苦しみ始めた。



「う、裏切り者がぁ!」


「料理を作った者、配膳した者全て捕まえよ! 皆縛り首にしてやる!」


「解毒薬を! 誰かいないか!?」



 族長達が慌てる中、総族長ナウイルだけは、瞬き一つせずに座っていた。



「総族長、あなたはなぜそんなに冷静でいられるんですか?」



 俺が問いかけても、反応がない。


 虚ろな瞳が、目の前に立っている俺へと向けられている。


 すると、オーリアが――



「マサト、ナウイルの様子が変だ」


「そうなんだよ…… 全く動じてないどころか、微動だにしない…… まるで操り人形みたいな……」


「操り人形…… まさか!」



 オーリアが懐から棒状の水晶を取り出すと、ナウイルへと向けた。


 対幻術用の魔導具アーティファクトだ。


 砕く時に発生する光を視認させることで、幻術状態を解除することができる。


 だが、ナウイルは素早い身のこなしでオーリアが持つ水晶を叩き落とすと、一瞬で数歩後方へと飛び退いた。


 そして――



「族長達よ! 聞け! 我らサーズの民は、謀られた! 友好と偽り、この場で我らを毒殺しようとしたこの侵略者の手によって!」



 そう告げるナウイルの表情に変化はない。


 だが、その言葉を聞いた族長達の様子は劇的に変わった。


 皆が血走った瞳を向け、こちらを睨みながら叫ぶ。



「貴様らの仕業かっ!!」


「よくもこの様な非道を……!!」


「許さぬっ! 許さぬぞっ!!」



(いやいやいや、なんでそうなるの!? 明らかにこの爺さんの様子おかしいじゃん!?)



「総族長ナウイルは幻術で操られている! 私が使おうとした対幻術用の魔導具アーティファクトを叩き落としたのが何よりの証拠だ!」



 オーリアがそう告げるも、ナウイルは引かなかった。



「儂が幻術で操られていると申すか。笑止! その様な戯言、もはや聞くに値せぬ。そう偽り、実際は総族長である儂の息の根を止めようとしたのだろう。だがそうは…… させ…… ゴフッ」



 突如、ナウイルが血を吐き、数歩よろめいた後、崩れ落ちるように倒れた。


 立ち上がる気配はなく、時折ビクビクと身体を痙攣させている。


 その痙攣の度に、ナウイルの口から赤い血が飛び散り、絨毯に描かれた空を喰らう大木ドオバブを赤く染めた。



「総族長が殺られた!」


「な、なんてことを……」


空を喰らう大木ドオバブが赤く…… わ、災いの兆候だ!!」



 叫びながら、数人が逃げるように部屋から出て行く。


 残ったのは、こちらの様子を窺いながらも、隙あれば飛び掛かってきそうな雰囲気を出している数人のみ。


 武器はお互いに剣帯していない。


 宴の前に回収されたからだ。


 オーリアもノクトも丸腰。


 だが、俺は丸腰でも関係ない。


 火魔法や火吹き、火の翼が使える。


 応戦はできる。


 一応宝剣も隠し持っているし、最悪、真紅の亜竜ガルドラゴンにここへ突撃させてもいい。


 焦らず、状況を見極める。


 対応を間違えば、無益な血が流れてしまう。


 俺は殺し合いをしにここへ来た訳じゃない。


 食糧調達の交渉に来たのだ。


 だが、同時に覚悟もしておくべきだろう。



「オーリア、ノクト。誤解が解けないようであれば……」


「ああ。分かっている。こうなってしまっては、応戦も止むなしだろう。ここで捕まる訳にはいかないからな」


「はい…… 迂闊でした…… もっと早く違和感に気付いていれば……」



 オーリアは覚悟を決めた顔で、ノクトは唇を噛み締めながら、悲しそうに、それでいて悔しそう呟いた。



「予め仕掛けられた罠だったんだ。誰のせいでもないよ。まぁだとしても、この誤解を解くのは、かなり難しそうだ……」



 目の前の床には、毒殺された族長達の死体が転がっている。


 そして慌ただしく駆け回る足音と、叫び声、そして怒号。


 こちらを凄い形相で睨んでいる生き残りの族長達に声をかけるも、返ってくる言葉は「黙れ!」「許さん!」「生きてここから出られると思うなよ!」のみ。


 聞く耳持たず。


 分かってはいたが、そう簡単に誤解は解けそうもない。



「マサト、このまま囲まれるのを待つつもりか!?」


「いや、もう既に囲まれてる」


「何だと!?」



 先程から、外にいる真紅の亜竜ガルドラゴンから、危険を伝える念が届いている。


 どうやら真紅の亜竜ガルドラゴンへも部族の戦士達が集まり、武器を向け始めたらしい。


 幸い、ドラゴン相手に斬りかかる命知らずはいないようで、武器を向けながらも、攻撃を仕掛けてくる様子はないようだ。


 真紅の亜竜ガルドラゴンには、相手が攻撃してくるまで手を出すなと指示してある。


 今、こちらから手を出せば、そのまま全面戦争突入待ったなしだ。


 可能な限りそれは避けたい。



「オーリアとノクトは俺の背後に。向こうが仕掛けてきたら全力で対処する。いいね?」


「あ、ああ。分かった」


「はい。陛下に従います」



 宝剣を取り出し、いつでも光の刀身を出せるように準備しておく。


 すると、木製の扉を蹴り開け、一人の大男が姿を現した。


 広いおでこに、M字のこめかみ。


 オールバックのように背後へと垂らした黒い長髪。


 そして胸元まで伸びた黒い顎髭は、黒光りしていて艶があり、綺麗な逆三角形を形どっている。


 唇は分厚く、真っ赤だ。


 後、下睫毛が異様に長い。


 筋骨隆々で、とにかく見た目の濃い大男が、矛の刃が蛇のようにくねくねと曲がっている長い柄の武器――蛇矛だぼうを担ぎながら、まるで獲物を探すかのように瞳をギラつかせ、白い歯を見せた満面の笑みで、部屋の中を見回していた。



「シュホホホホ! 総族長殺しは、どこのどいつですかねぇ?」


「コロナ族!?」



 ノクトが驚きの声をあげる。


 ノクトだけでなく、俺たちと睨み合っていた部族長達も、同様に驚きの声をあげた。



「なぜ貴様がここにいる!?」


「誰がここへの立ち入りを許可した!?」


「おやおや? 煩い蟲がいますねぇ。潰してしまおうかしら」



 その大男が騒いだ族長達を一瞥すると、目が合った族長達が一瞬怯んだ。



「やばい奴ら?」


「はい。数ある部族の中で、もっとも好戦的な部族です。気に入らないからという理由で、他の部族を皆殺しにしたことがあると聞いています」


「それ…… もはや賊じゃ……」


「はい。その事件以来、コロナ族はこの集落への立ち入りを固く禁じられたと聞いていたのですが……」

 


 ノクトがそう話し終わるのと同時に、問題の大男と目が合った。


 

「あなたですねぇ? 今回の獲物は」



 大男がそう告げると、顔の笑みを更に濃くさせながら、その場にいた他の族長達の声を無視して歩き始めた。


 とにかくその濃過ぎる見た目から発せられる圧が凄い。


 その笑みも不気味だ。


 あまりのインパクトに、思わず後ずさりしそうになったが、腹に力を込めることで、何とか踏みとどまることができた。



「……マサト、来るぞ」


「ああ、る気満々で嫌になるよ」



 オーリアとともに身構える。


 すると、無視された族長の一人が、その大男の肩を掴んだ。



「おい! 聞いているのか! ニド! 貴様がこの地に入っていいなど――」



――ドスッ



「なっ!? き、貴様…… ご、ごふっ……」



 肉を突き破る鈍い音が響き、ニドの肩を掴んでいた族長の手が力なく下がる。


 ニドと呼ばれた大男は、肩を掴んだ族長の腹部を、何の躊躇もなく、手に持っていた蛇矛だぼうで、振り向きざまに貫いていた。



「気安く私に触らないでくれますかねぇ」



 そう吐き捨てると、族長の腹部を貫いたままの蛇矛だぼうを片手で軽々と持ち上げ、心底嫌そうな表情を浮かべながら横へ振り払った。


 肉の塊となった男が、料理を巻き込みながら無造作に転げ飛ぶ。



「ニ、ニド! どういうことだ!?」


「また我らを裏切るつもりか!?」


「本当に煩いですねぇ。総族長が死んだのであれば、サーズの掟を決めるのは私です。これ以上、私に逆らうつもりなら、容赦はしませんからねぇ?」



 ニドが族長達に向き直ると、今まで威勢の良かった族長達が怯み始めた。



「そ、そんな横暴がまかり通るはずが――」



 尚も食い下がる族長に、ニドは目にも留まらぬ速さで蛇矛だぼうを薙いだ。


 ビュオッと一瞬の風切り音が鳴り響き、族長の胴体から頭部が消え――


 次の瞬間、肌色と黒の混ざった物体が、鮮血を噴き出しながら宙を舞っていた。


 人の頭部だったものが、回転しながら綺麗な放物線を描く。


 そして、呆気に取られていた族長達の前へ、ゴトッゴトッと鈍い音を立てながら転がった。



「ひ、ひぃ!?」


「な、なんてことを!?」



 ニドが凄みながら不敵に笑う。



「与えるチャンスは一度までです。二度目はないですからねぇ。シュホホホホ」



 もはや誤解を解く機会は霧散した。


 そう感じた。


 話し合いが成立する相手じゃない。


 互いの常識が、倫理観が、まるで違う。


 違い過ぎた。



「やるしかないか……」



 覚悟を決めると、俺は宝剣から光の刀身を発現させる。


 それを見たオーリアとノクトも、同様に覚悟を決めたようだ。



「シュホホホホ! それが噂の光の剣ですかねぇ!? なんと美しい! なんと神々しい剣でしょう!!」



 ニドが口角を吊り上げ、白い歯を見せながら不気味に微笑んでいる。


 相手に飲まれたら、その時点で負けだ。


 アメフトも、ボクシングも同じ。


 気持ちで負けたら、格闘技は決して勝てない。


 だから俺も、相手の威圧を跳ね返すつもりで凄み返す。



「俺も警告は一度までしか言わない。攻撃してくるなら手加減はできない」


「いいですねぇ。いいですねぇ! そうこなくては張り合いがありません」


「一応言っておくが、この会合に毒を盛ったのは俺たちじゃないからな」


「ええ、ええ。そんなことは百も承知ですよ。毒を盛ったのは私達ですからねぇ」


「なっ!?」



 その場にいた全員が言葉を失いかける。



「ニド! き、貴様が仕組んだのか!?」


「くっ…… このことを皆に知らせねば……」


「シュホホホホ。無駄ですよ。外にあなた達のお仲間はいません。サーズは私達コロナ族が占拠しました。これからは私がサーズを名乗ります。なので、死ぬまで従ってくださいねぇ?」


「ふ、ふざけるなっ!」


「誰が貴様のような奴に……」


「仕方ありませんねぇ。それであれば、死んで空を喰らう大木ドオバブの肥料にでもなってもらうしかありませんねぇ」



 再びニドが凄むと、族長達は逃げるように出口へと走った。


 それを不敵に微笑みながら見逃すニド。



「私に立ち向かってくる気概すらないとはねぇ。臆病風に吹かれたあの後ろ姿。本当に情けないですねぇ。なぜあのような蛆虫が、族長の座につけたのか。理解に苦しみますねぇ」



 族長達が外に出て数秒後、複数の悲鳴があがる。



「ですが、まぁ、これでもう同じ悩みに頭を抱えることもないでしょう。こんなことであれば、もっと早くに殺しておけば良かったですかねぇ」



 ニドがやれやれといった風に肩をすくめる。



「こんな時に反乱かよ……」



 俺がそう呟くと、ニドは顎髭を触りながら、少し考えるような仕草をした。



「うーん、少し違いますねぇ。これは紛れもなく、あなたを嵌めようと仕組まれた罠です。サーズの乗っ取りは、そこに便乗しただけですかねぇ」


「なに…… それはどういう……」


「私に勝てたら教えてあげますよ。シュホホホホ!」



 突如、ニドが視界から消えると、次の瞬間、巨体とは思えない素早さで肉薄していた。


 

「くっ!?」



 掠れた残像が視界に入り、ニドの薙いだ蛇矛だぼうが弧を描いて向かってくるのが分かった。


 それを条件反射で、宝剣の刀身で受けようと咄嗟に構え――



(いやいやいや、宝剣じゃ切れ味良すぎて受けれないだろ!)



 宝剣で意図せずに斬った矛先が、予期せぬ方向へ――そう、ノクトの方に飛ぶ危険もある。


 そうなってはまずい。



(か、躱せっ!)



 急きょ、蛇矛だぼうの軌跡を躱すように姿勢を限りなく低く潜らせる。


 すると、来ると思われた逆方向から蛇矛だぼうが迫り、そのまま凶悪な風切り音とともに頭上を通り過ぎた。



(あ、あぶねぇ! 左から薙ぐようにみせたのはフェイントかよ!)



 視界から一瞬でも消えてみせたマサトに、今度はニドが目を見開き、感嘆の声を漏らした。



「ほぅ!私の初撃を受けると見せたのは囮でしたか! 素晴らしい動きですねぇ! 完全に騙されてしまいましたねぇ!」



(ガチで偶然だけどなっ! 俺もお前のフェイントに完全に引っかかってたよ、ちくしょう!)



 目の前のニドの脛目掛けて宝剣を振り抜く。


 だが、ブゥォンという風切り音と光の剣線だけが、何もない空間を切り裂いただけだった。



(くそっ! 剣術の手練れは面倒くせぇ! なんであれが躱せるんだ!? どんなハードモードのボスだよ!!)



 ニドが後ろに飛び退くと、その体勢のまま、地に伏せながら宝剣を薙いだ俺目掛けて、第二撃を放ってきた。



(カウンターか!? そこからじゃ届かな…… な、伸びてくる!?)



 蛇矛だぼうの矛先が、まるで蛇のようにシュルシュルと迫る。


 ニドの長い腕と、蛇矛だぼうの長い柄が、宝剣の刀身の3、4倍はあろう位置からの攻撃を可能とさせていたのだ。



「く、くそっ!」



 俺は宝剣を振り抜いた勢いを止めず、そのまま背中をニドへと晒した。



「隙だらけですねぇ!!」



 その背中へと迫る、ニドの蛇矛だぼう


 ニドの笑みが深くなる。



「所詮、この程度ですかねぇ!?」


「お前がなっ!!」



 蛇矛だぼうが迫るよりも僅かに早く、俺は背中から火の翼を具現化させた。


 この不意打ちには、さすがのニドも避けられなかった。


 攻撃を放つ途中だった蛇矛だぼうを躊躇いなく放棄すると、両腕を交差させ、顔を守りながら、俺が噴射させた極太の炎の中へと消えた。



「う、がぁ!?」



 炎の噴射に弾き飛ばされ、対面の壁へとぶつかるニド。


 その両腕は黒く焼けただれている。



「マサト、まずいぞ! 火が!!」



 オーリアが叫ぶ。



「あ、これはまっずいな……」



 木造の建物の中での炎のジェット噴射。


 燃え移らないはずがなかった。



「ここから出よう!」


「ああ、その方がいい!」


「はい!」



 入口まで走ろうとしたところで、出口を巨体に塞がれてしまう。



「シュホホホホ…… 私に傷を負わせておいて、どこへ逃げるつもりですかねぇ」


「おいおい、巨大ガスバーナーで全身焼かれたのに、なんで軽傷なんだよ!」



 目の前に立つニドは、所々皮膚が黒く焦げてはいるが、それが致命傷になったようには見えない。


 ニドが再び不敵に笑う。



「シュホホホホ。私の身体に傷をつけた者は、あなたで二人目です。責任は取ってもらいますからねぇ」


「一人目はどうなったんだ?」


「そこで血を吐いて転がってますねぇ」


「……総族長か」


「彼も全盛期は強かったのですが、歳には勝てなかったみたいですねぇ」



 そんなやり取りをしてる間にも、火の回りは勢いを増していく。



「マ、マサト!」


「陛下!」


「ああ、分かってる」



 時間はないが、付け入るような隙も見当たらない。


 黒崖クロガケ同様、この手の手練れ相手では [火魔法攻撃Lv2] 程度の弾速では躱されてしまう気がする。


 となれば、また一か八かやるしかないだろう。


 黒崖クロガケでも躱せなかったあれ・・を……



「二人とも、ちゃんと後からついて来いよ」


「わ、分かった」


「はい。必ず」



 オーリアとノクトが俺の背後から少し離れる。


 俺は、姿勢を低くし、右手の指三本を床に付けた。


 膝を曲げ、背中を地面と平行になるように保つ。


 アメリカフットボールの過酷な練習により、意識せずともできるようになったスタートの姿勢――スリーポイントスタンスだ。


 右足を一歩後ろに下げ、スタートの合図を呟く――



「――セット」



 頭は上げたまま、目の前のニドをまっすぐと見据える。


 何をするのか察したニドが、目を大きく見開いた。


 その変化をスローモーションのように感じながら、俺はありったけの力でその一歩を踏み出す。



「――ハット!!」



 後ろに引いた右足からスタートを切ると同時に、背中から特大のジェット噴射をぶっ放す。


 ゴゴゴゴォオオオと音とともに、背中から特大の火柱が発生し、地面を力強く蹴り出した火走りの靴がバチバチと音を立て、小さな閃光と火花を撒き散らした。


 炎の翼ウィングス・オブ・フレイムと火走りの靴の推進力により、人生で体感したことのない急加速でニドへと突っ込んでいく。


 視界が狭まり、過度の重力で顔の皮膚が歪んだ。


 だが、アメフトで徹底的に鍛え上げた体幹は、この程度のことでブレることはない。


 両腕を広げ、目線は相手の腰を既に捉えている。


 もう逃げられはしない。


 炎の翼を生やした堕天使の如く迫るマサトに、ニドは顔を引き攣らせた。


 だが、それも一瞬。


 次の瞬間には、木の扉を豪快に突き破って空へと急上昇していた。


 ニドの腰に組み付いたままでの飛行。


 そして急旋回。


 暫し集落の上空で弧を描き、その勢いのまま、集落の開けた場所――中央広場へと急降下していく。


 瞬く間に迫る地面。


 股間が縮み上がるのを必死で堪えながら、ギリギリまで速度を緩めず急降下を続ける。


 そして――



 急減速。



 炎の大翼をパラシュートのように大きく広げると、全身の血が引っ張られると錯覚するほどの重力が身体を襲った。


 同時に、俺はニドの腰を全力で突き飛ばす。


 ニドが身体を離れる瞬間、俺から振り落とされまいと背中やら首に組み付こうともがいたが、百キロ近い速度が出ている状態からの慣性の力と、そこにダメ元で加わった俺の怪力には勝てず、勢いよく地面へと落ち――



 たと思いきや――



 器用に空中で態勢を立て直すと、ドーンッと凄まじい地響きと土煙を巻き上げ、地面へと膝をついた状態で見事に着地していた。


 あまりの衝撃に、ニドが着地した周辺がクレーターのようになっている。



「ま、マジかよ…… どこのサイヤ人ですか……」



 顔を上げたニドと目が合う。


 不敵に微笑むニド。


 背筋にゾクリと震えが走った。


 奴も黒崖クロガケ同様、何かしらの能力者なのかもしれない。



「ガル! オーリアとノクトを回収しろ!」



――ギャォオオオ!!



 真紅の亜竜ガルドラゴンの咆哮が大気を震わせる。


 すると、ニドが僅かによろめいたのが見えた。


 その場から動く気配はない。



(もしや…… 重傷か? 痩せ我慢してるだけか?)



 もし相手が重傷で、既に戦えない状態であるなら、問い詰めて俺を罠に嵌めようとした首謀者を聞き出せるチャンスだ。



(行くか。っつか、結局びびってんじゃねぇーか俺! くっそ…… この身体と力なら負けることはないはずだろ…… 気持ちで負けんな!)



 ニドのもつ独特な雰囲気に飲まれまいと気張っていたものの、無意識にニドを恐れ、避けようとしていたらしい。


 いつの間にか撤退する方向に意識が向いていた。


 そんな自分に喝を入れる。


 これから、ニドのような闘いの玄人達と殺し合いをする機会は山程あるだろう。


 その際、この手の戦いで “逃げた” という事実が、生死を賭けた勝負でマイナスに働かないとは言い切れない。



(やっぱ、このまま逃げるのは負けたみたいで嫌だな。逃げても国の食糧問題は解決しないし。結局は、武力行使での解決が一番か。まぁそうだよなぁ。そうなるよなぁ)



 オーリアとノクトが無事に火の舞い上がる建物から出てくるのを確認した俺は、そのまま地上にいるニドのところへと舞い降りた。



「シュホホホホ。そのまま飛んで逃げることもできたはずですが、どうして戻ってきたのですかねぇ」


「この勝負は俺の勝ちだ。約束通り、黒幕を教えろ」


「シュホホホホ。私がいつ負けましたかねぇ」


「その身体と、その足じゃ、戦うどころか満足に動けないだろ」


「………………」



 ニドの不敵な笑みがそのまま固まる。


 一件、普通に立ってはいるが、先程から一歩も動いてはいない。



「なぜ、気が付いたのですか?」


「立ち上がる瞬間、僅かによろめいたのが見えた」


「ほぅ」


「無理矢理踏ん張って、隠そうとしてたみたいだけどな。あんたは気が付いてないようだけど、今も背筋が微妙に左へ曲がってる。それ、左足折れてんだろ?」



 少しの硬直を経て、ニドは溜息をつきながら肩を落とした。



「隠しきれませんでしたか。そうですねぇ。さすがの私も、あの速度で上空から振り落とされるとは思いませんでした。危うく死ぬところでしたからねぇ」


「普通は死んでるよ」


「シュホホホホ。手加減せずに私を殺そうとしたところは素直に誉めてあげましょう。あなたが、殺意を向けてくる者に対しても手心を加えるような愚か者であれば、私は自分が殺されるまで執拗にあなたを殺そうとしたでしょうがねぇ」



(……わ、笑えねぇ)



「……で、黒幕は誰なんだ? 答える気がないのか?」


「そうですねぇ。まぁいいでしょう。合格です」



 そういうと、ニドは片手をあげた。


 集落の至る場所から、ピューという口笛が響き渡る。



「何をした」


「警戒する必要はありませんよ。部下に停戦の合図を送っただけですからねぇ。じきに私の部下が、その黒幕――今回の罠を仕組んだ首謀者を連れてきます」


「一体どういう……」


「シュホホホホ。さぁどういうことですかねぇ。答えはもうじき分かります。あなたに相当な恨みをもつ者だとだけ、言っておきますかねぇ」

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