134 - 「シュビラ来訪」


 クズノハを妹に迎えた翌日。


 つい最近まで連絡が途絶えていたシュビラから、ようやく念話が届いた。



『旦那さまが困っておると思っての、200人ほどゴブリンを率いてきたのだ。今、ロサの村を出たのでな、アホな人族が攻撃してこないよう、街への手配をお願いできるかの?』



 何かと人手が必要な状況での増援は、例えゴブリンだとしても助かる。


 シュビラ、ナイス支援だ。


 至急、トレンに報告し、街への手配を急いでもらう。


 俺はというと、情報の行き違いで襲撃の鐘が鳴らされぬよう、真紅の亜竜ガルドラゴンに乗り、北の防衛塔経由で城壁の外へと向かった。


 まだまだドラゴンが空を飛び回る光景に慣れないのか、俺が真紅の亜竜ガルドラゴンに騎乗して羽ばたくと、その光景を見た人々が空を見上げて立ち止まってしまい、道端で軽い渋滞を巻き起こしている。


 そのうち苦情がきそうだ。


 防衛塔の上空を越えると、ローズヘイムへ向かってきている大規模な商隊のような一団が、隊列を成して移動してきているのが見えた。


 屈強そうな戦士に担がれた派手な神輿。


 その後方からは、物資を大量に積んだ手押し車らしきものも見える。



「あれ、もしかして食糧?」



 上空から伺っていると、神輿の上に乗っていた者が手を振っているのが目に付いた。



「お、シュビラ発見。やっぱり神輿の上に乗ってたか。まぁゴブリンの女王様だからなぁ」



 そのまま旋回しつつ地上へと降り立つ。


 真紅の亜竜ガルドラゴンから降りると、シュビラも神輿から飛び降り、満面の笑顔を向けながらこちらへ走ってきた。



「旦那さまー!!」


「おふ…… シュビラ、いらっしゃい」



 飛びつくように抱きついてきたシュビラを受け止める。


 シュビラは小柄なので、体当たりされたくらいじゃ少しもぐらつかない。


 腕の中におさまったシュビラは、俺の顔を上目遣い気味に下から覗き込んだ。



「旦那さま、われは寂しかったのだ」


「う、うん。よしよし」



 シュビラの潤んだ瞳が微かに揺れている。


 少しの間そうやって俺を見つめると、シュビラはくしゃっともう一度笑い、再び俺の胸へ顔をうずめた。



「シュビラ、なんで今まで連絡が取れなかったの?」


「里の要塞化に忙しかったのだ」


「要塞化?」


「楽しみにしててよいぞ。土蛙人ゲノーモス・トード達のお陰で、難攻不落な要塞が出来つつある」


「難攻不落の要塞ねぇ」



 全く想像できない。


 手で顎を触りながら、どんな要塞だろと首を捻っていると、ローズヘイムの方から馬のかける音が近付いて来た。



「マサト! それが例のゴブリン達か!?」



 興奮した様子のトレンが、急いで馬から降りてこちらへ走ってくる。



「あ、トレン。そう。召喚したゴブリン。で、この女の子がさっき話したゴブリンの女王シュビラ」


「ゴブリンの女王……」



 トレンが恐る恐る近くまでやって来ると、依然として抱きついたままのシュビラを覗き込むように首を伸ばした。


 すると、シュビラはするりと俺から離れ、トレンに向き直る。



「われがゴブリンの女王、シュビラである」



 顎を上げながら、腰に手を当て、小さい胸を反らす。


 その様子に思わず口元が緩んだ。


 勿論、なんだか可愛らしいなぁという意味での笑みであって、そこに侮りの感情は一切ない。


 だが、トレンの反応は俺とは対照的だった。



「は、ははぁー……」


「い、いやいや、別に平伏さなくていいから」



 突如平伏し始めたトレンに、シュビラは満足気に頷く。



「ふっふっふっ。苦しゅうない。面をあげよ。そなたの功績は旦那さまから聞いておる。今後とも励むがよい」


「ははぁー…… ありがたきお言葉……」


「ト、トレン?」



 謎の服従に困惑する。


 後からトレンにこの時のことを聞いたのだが、何となく平伏しないといけない気がしたんだと説明された。


 どうやら本人でも想定外の行動だったらしい。



 お互いの紹介が終わると、ローズヘイムへ向けて移動を再開。


 街に到着するまでの間、簡単な報告を受けておいた。


 今回の遠征は、主に労働力としてのゴブリン投入が目的だ。


 事前に念で計画を共有しておいた通りだったので、これについては問題ない。


 どうやらちゃんと念は届いていたらしい。


 それならなぜ返信してくれなかったのかと疑問が湧いたのだが……


 まぁ、あまりしつこく聞くのも野暮だろう。


 因みに、手押し車に載せた物資は、大半が食糧だった。


 山で採取できる香草や木の実、それと大量の――土蛙人ゲノーモス・トードの干し肉。


 シュビラ曰く、土蛙人ゲノーモス・トードも全てが順従というわけではないらしく、度々掟を破るものが出てきたというのだ。


 その罪人を片っ端から保存食用の干し肉にしていったとか。



(これ…… 実質、土蛙人ゲノーモス・トードを非常食とする計画が実行されてないか? いや、あまり深く考えないようにしよう……)



「旦那さま、頼まれていた香水もちゃんと持ってきたのだ」


「おっ! 上手くできた?」


「うむ! われも愛用しておる。とてもいい香りなのだ」


「おお、なんかいい香りがすると思ったら、これか。いいじゃんいいじゃん。いい匂い」


「旦那さまも使うのかの?」


「この世界の香水、一回使わせてもらったけど、匂いが独特で、しかも強すぎてね…… このくらいの香りなら、俺も使おうかな。汗臭いよりはいいでしょ」


「旦那さまの汗の臭い、われは好きだぞ?」


「はは、あんがと。複雑な気持ち。あー、トレン、香水は街で売ろう。その利益の何割かはシュビラへ。シュビラは、ケロりんに還元してあげて」


「確かに今までになかった香りだ。これは人気が出そうだな。分かった。任せろ」


「われも承知したのだ」



 北門をくぐると、事前にお触れを聞いて集まった住民達がワァーと歓声をあげた。


 道脇に立つ住民達が、マサト達の姿を見ながら、噂話に花を咲かせている。



「なんと雄大な姿だろう…… これが伝説のドラゴン…… 何度見てもこの驚きが色褪せることはないな……」


「伝説のドラゴンの加護があれば、この町は安泰だわ」


「ああ、安泰だ」


「事実、このドラゴンが公国の軍隊を追い払ったみたいだしな」


「過去にドラゴンによって滅ぼされた街が、今度はドラゴンによって護られるのか…… 凄い因果だな……」


「本当だな……」



「おい、後ろをついてくる亜人を見てみろ! 背は小さいのに、なんて筋肉してやがる」


「お達しにあったゴブリンか……? ゴブリンってのは、もっと貧弱で不気味なやつじゃなかったか?」


「ゴブリンというより、ドワーフって感じだな」


「おいおい、ドワーフに聞かれたら殴られるぞ」


「あいつら血の気が多いからな」


「……気性も似ているところがないか?」


「……確かに」


「もうその辺にしとけ、前にいるドワーフがこっち睨んでるぞ」


「うお…… 隠れろ隠れろ!」



「マサト王の従えるゴブリンとは、どうやら儂たちの知るゴブリンとは別物らしいのぅ」


「あれがマサト王の従えるドラゴンと、ゴブリンなのね……」


「マサト王の配下には、更に土蛙人ゲノーモス・トードもいるし、公国に対抗する戦力としては申し分なさそうだな」


「人の王が、竜や魔物を従えるか。まさかそんな時代が来るとは……」


「儂らは、これからどうなってしまうんじゃ……」


「マサト様は世界を統べるお方。マサト様を信じ、讃え、尽くすことのできる献身的な信徒となれば、亜人であれ魔物であれ関係はありません。マサト様は、信じる者全てに平和な世を約束されるでしょう」


「だ、誰だ? あんたは」


「私は、マサト様の教えに従う者――竜信教ドラストの巫女です」


竜信教ドラスト…… 太陽教に代わって治療を引き受けてくれた…… あの?」


「まさか、ただで傷を治療してくれた……」


「はい、全てはマサト様のご意向の通り。竜信教ドラストは、その教えに従う忠実なる僕にすぎません。もし、少しでも不安な気持ちがあるのであれば、いつでも竜信教ドラストまでいらしてください。それでは私はこれで……」


「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ……」


「お、おい、俺も行く……」



 ……。


 クララに似ている女性を見た気がしたが、きっと気のせいだろう。


 俺は、シュビラを背後から抱きかかえる形で真紅の亜竜ガルドラゴンの背に乗り、トレンは先頭で真紅の亜竜ガルドラゴンの手綱を引いている。


 人族がドラゴンを従え、先導しているように見せる一種の演出だ。


 これによって、ドラゴンが敵ではなく、自分達を守ってくれる存在だと印象付けられれば、住民達の不安も少しは軽減されるだろう。


 そして、真紅の亜竜ガルドラゴンの後を、ゴブリンの隊列が続く。


 出迎えた住民の大半は、笑顔で手を振ってくれたり、拍手で出迎えてくれたり、俺たちを歓迎してくれているようだったが、中には、ゴブリンを見るや否や顔をしかめたり、窓の戸を閉めたりする者もいた。


 全員が全員、歓迎してくれているわけではなさそうだ。



「ふっふっふ。人族に歓迎されるのも悪くない。中には敵意を向ける愚か者も混ざっているようだが」


「まぁいきなりは無理だろうな。元々偏見の強い場所のようだし。でも、焦っても仕方ない。少しずつ認識を変えさせていけばいいさ」


「くふふ。旦那さまは優しいの。そう、認識を変えさせていけばよい。われも同じ考えじゃな」



 一同は中央広場へと進む。


 すると、そこには、銀色の甲冑で統一された騎士団と、その騎士団に護衛された元アローガンス王国の女王フロンが待っていた。



「これがあなたの言っていたゴブリン達ね。確かに、私が知っているゴブリンとは少し…… いえ、かなり違うみたいだわ」



 ゴブリン達を見たフロンの瞳が輝く。


 屈強そうな見た目のゴブリンを見て、その戦力の程を想像したのだろう。



(まぁ、先頭に並べてるのは、シュビラの能力で召喚された「ゴブリン 2/2」だからなぁ)



 俺の召喚した「ゴブリン 1/1」が、身長1m未満なのに対し、「ゴブリン 2/2」は、身長が1.4m程もある。


 腕も一回り以上大きくなっていたりと、凶悪そうな人相と相まって、普通に怖いし、強そうではある。


 それが先頭に30体並んでいるのだから、側から見たら凄い威圧感だろう。


 むさ苦しいともいえる。


 俺とシュビラが真紅の亜竜ガルドラゴンから降り、フロンのもとへ近寄ると、シュビラが再び胸を反らし、シュビラ流の自己紹介を始めた。



「われはゴブリンの女王、シュビラ。そなたが旦那さまの婚約者かの?」



 シュビラの行動と発言に目を丸くするフロン。


 フロンの背後に控えていたレティセとオーリアも、同じように目を丸くさせていた。


 すぐさま気持ちを立て直したフロンが、シュビラへと言葉を返す。



「如何にも。私はアローガンス王国の女王、フロンです。マサト王とは婚儀を予定しています」



 フロンの言葉にシュビラがニヤリと笑う。



「われは旦那さまと一心同体ゆえ、旦那さまが望むのであれば、われらゴブリンも協力を惜しまぬ。よろしく頼むの」


「ええ。こちらこそお願いするわ」



 にこやかに微笑むフロン。


 一見円満なやりとりに見える掛け合いも、言葉に表現し難い何やらヒリヒリとした空気を感じた。



(なんだろ…… シュビラの言葉に何か含みがあった気がするんだが……)



 フロン達と、そこで二、三言葉を交わし、当初予定していたゴブリンお披露目パレードは終了だ。


 ゴブリンの軍隊はトレンに任せ、俺とシュビラは黒崖クロガケのもとへと向かった。




◇◇◇




 後家蜘蛛ゴケグモのアジトは特に変わった様子もなく、部屋や通路は暗く、黒光結晶ブラックライトによって青紫に照らされていて、相変わらず不気味だった。



「心なしか、ここまで来るのに構成員にあまり合わなかった気がする」


「あの時は緊急時故に、全ての構成員を集結させていた。今は大半が外に出ている。お前と白いドラゴンに、精鋭を全て殺された影響も勿論あるが」



 漆黒のテーブルを挟んで、向かい側に腰掛けた黒崖クロガケが淡々と話す。



「あー、俺のせいね……」


「別に咎めている訳でも、嫌味を言ったつもりもない。ただの事実だ。お互い殺し合いをしていたのだ。気にするな。気にされても困る」


「まぁ、それもそうか。じゃあ、さっさと済ませよう」



 幹部専用の会議室だと案内された場所には、俺とシュビラの他、黒崖クロガケ背赤セアカ達が同席している。


 今回は、背赤セアカの適性を消すことが目的だ。



背赤セアカの適性は消すけど、念のため薬学者アポセカリーのエドワード達に薬を処方してもらうといい」


「心配は不要だ。お前が眠っている間、薬学者アポセカリーの奴らには、既に解毒薬の調合という名の人体実験を受けた」


「げっ…… ああ、でもまぁ、新薬作るには治験は必要だから、仕方ないっちゃ仕方ないのか…… で、結果は?」


「解毒薬の調合には成功したらしいが、一時的なものに過ぎない。根本的な解決には至らなかった。それは、見ての通りだ」



 フードを脱いだ背赤セアカ達の顔は、以前見たときと同様、白緑色びゃくろくいろの皮膚に、緑色の血管。眼は充血して真っ赤だった。


 赤い髪色との悪い意味での相乗効果で、人とは思えない人相になっている。


 まじまじと見るのが憚れるほどに酷い顔色だ。



「じゃあ、シュビラ頼んだ」


「任されたのだ」



 シュビラを手を掲げると、背赤セアカの一人が白い光に包まれた。


 光が消えると、緑色の血管は見えなくなり、肌の色も、かなり白くはあるが普通の肌色に戻っていった。


 血のような赤く染まっていた結膜も、綺麗な白色に変わり、角膜も澄んだ紅色へと変わっていく。


 黒崖クロガケを、少し優しくしたような、角を少し丸めたような美人である。



「これでよいかの」



 シュビラがふぅと一息つくと、その光景を不安気に見守っていた黒崖クロガケが、綺麗になった背赤セアカへと近付いた。



「アカ…… ああ…… よかった……」


「クロ……」



 背赤セアカに抱き付く黒崖クロガケ



「アカ、これを」



 そういって黒崖クロガケが取り出したのは、以前冒険者ギルドにて見かけた適性調べの水晶だった。


 背赤セアカが水晶に触れると、水晶の中にぼんやりと文字が浮かび上がる。



「残ったのは、[毒耐性:中] と、[分裂] か。[短命] と [毒皮膚:中] は確かに消えた。もう苦しむことはない」



 背赤セアカが頷く。


 だが、その表情に変化はなく、相変わらず無表情のままだった。


 感情が死んでるのだろうか?


 黒崖クロガケがシュビラへと話しかける。



「他の背赤セアカも頼む」

 

「そう簡単にぽんぽんとできるものではない」


「……何? 時間が必要なのか?」


「そうだの。魔力マナが回復するまでの時間は必要だの」


「そうか。すぐここを立つつもりか?」


「いや、ここには暫く滞在する予定だの。そなたの心掛け次第ではあるが、順番に一人ずつ面倒を見てやらないこともないぞ?」


「……対価は何だ? 何を用意すればいい?」


「ふっふっふ。そう焦るでない。ちゃんと考えてある。丁度、右腕となる存在がほしいと思っておったところだからの」



 そう告げた後も、「ふっふっふ」と何やら良からぬ笑い声をあげ続けているシュビラに不安を感じないわけではないが、まぁ大丈夫だろう。


 黒崖クロガケには、既に公国への諜報と、組織の引き締めをお願いしてある。


 そのうち何らかしらの成果があがるだろうし、シュビラと連携してくれた方が捗るには違いない。


 シュビラはというと、黒崖クロガケのことが気に入ったのか、このままアジトに泊まると言って残った。


 ゴブリン達も、後家蜘蛛ゴケグモのアジトを住処とするらしい。


 ゴブリンの滞在先も探していたところだし、丁度良いだろう。


 その後、アジトの出口でガルアに待ち伏せされ、再戦を申し込まれたりと一騒動あったが、ほぼ何事もなく黒崖クロガケとの約束を果たすことができた。



「よーし、後は屋敷に礼拝堂を建てれば、ひとまず今日の仕事は終了かな」



 俺は、シュビラを後家蜘蛛ゴケグモのアジトに残し、自分の屋敷へと向かった。


 屋敷が見えてくると、いつもと様子が違うことに気付く。



「なんだこの人だかりは……」



 屋敷の敷地内には、白い長布を首から下げた市民が、大勢待機していた。



「マサト様、お待ちしておりました」



 そう言いながら、クララが聖母のような微笑みで出迎えてくれる。


 クララの言葉を聞いて、周囲にいた市民の視線が、一斉に俺へと集まった。



「おお…… マサト様だ……」


「マサト陛下…… なんと凛々しいお方……」


「あれが大天使マサト様……」




 皆が皆、目を輝かせたり、喜んだり、勝手なことを呟きながらも、何か期待に満ちた表情をしているように思えた。



「なんか…… 偉いことになってんな……」



 俺は、皆の視線を、精一杯の笑顔――苦笑いで返すのだった。

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