132 - 「次の一手」


 話し合いの結果、サーズへの遠征メンバーは、マサト、ノクト、オーリアに決まった。


 フロンの護衛には、オーリアの代わりにレイアが付くことになる。


 暗殺者に対する防衛術は、オーリアに比べてレイアの方が圧倒的に優れている。


 その事実は皆もよく理解していたため、レティセの推薦で誰の反対もなく決まった。


 その当人――オーリアとレイアは、二人とも不服そうではあったが……


 もちろん、オーリアはレイアに劣っている部分があると評価されたことに対しての不満であり、レイアはマサトへ同行できないばかりか、口煩い小娘フロンの子守をしないといけなくなったことに対しての不満だった。


 マサトとしては、レイアがフロンの護衛に付く方が安心だとは思いつつも、内心ではレイアと過ごす時間を増やしたかったという欲求もあった。


 ……そこはさすがに自重したが。



(はぁ…… オーリアと一緒か…… 面倒なことにならなきゃいいけど……)



 既に精神的に疲れ始めているマサトとは対照的に、オーリアの表情にはどこか明るさが戻ったようだ。



「念のためフロンにも聞いておくけど、公国との和解の道はないんだよね?」



 マサトが再びフロンを呼び捨てにしたことにより、オーリアの表情が一瞬険しいものになったが、一方で、呼び捨てにされたフロンの表情はパァッと華やいだ。


 だが、その表情から告げられる言葉は、表情とは正反対の性質をもつものだった。



「ないわ!」



(ないんかい! 笑顔で言うことかよ! ちょっと期待しちゃったじゃねーか!)



 すると、マサトの怪訝な表情に、自分が喜びながら発言していたことに気が付いたフロンは、「こほん」と咳払いすると、努めて冷静な表情を装いながら話を続けた。



「ローズヘイム含め、全ての領地と領民を引き渡すなら可能よ」


「引き渡した後はどうなる?」


「領民をどうするのかまでは正直分からないわ。情報がないもの。楽観的にはなれないけど、フログガーデン大陸の全土が公国領になった後のことは、そうなってみないことには誰も分からないでしょ?」



(お…… なんだ。てっきり先入観バリバリで公国を貶すもんだと思ってたけど、意外に冷静な考え方ができるのか……)



 フロンの言葉に、マサトが意外そうな表情をしていると、それを評価されたと勝手に受け取り、気を良くしたフロンがドヤ顔で話を進めた。



「確実に言えることとしては、ここ一帯に穴だらけの平地ができあがるってことだけだわ!」


「えっ? なぜ穴?」



 フロンの話をまとめると、公国は地中深くに眠る魔結石マテリアルを採掘する目的で、手当たり次第掘削するらしい。


 だが、一方で、土に含まれる微量な魔力マナを吸い出す技術もあるらしく、一度魔力マナを吸い出された土は、植物の育たない土となってしまう。


 その結果、土地は痩せ細り、不毛の地ができあがるというわけだ。


 どうやら、以前にワーグから聞いた噂話と同じ話が出回っているようだった。


 更に悲観的な情報としては、魔導開発が進めば、水も汚染されるというおまけが付いたくらいだ。


 公国は経済成長期の日本や中国のようなものなのだろう。


 すると、オーリアがフロンから話を引き継いだ。



「既に、王都周辺は穴だらけだ。奴らは急ピッチで事を進めている」


「王都周辺を? 公国は何をそんなに焦ってるんだ?」


「ここを攻める為に決まってるだろう」


「本当に? 王国と戦争せずにここまで進軍してきたのであれば、公国の軍は健在じゃないの? それを全てここへぶつけてくれば、さすがに公国の人間も、ここを占領できないとは思わないんじゃない? ドラゴンがいるとはいえ、土蛙人ゲノーモス・トードとの戦争で、実際はボロボロだし……」



(どう考えても、ここを攻めてこないのは納得できないんだよなぁ…… それほどドラゴンの存在が大きいっていうのであれば、それまでなんだけど……)



 尚もマサトは続ける。



「実は占領した王国の既存兵力の存在があって、満足に軍隊を動かせないという可能性も考えたけど、もしそうなら、俺が眠っている間に攻めてこないだろうし…… もしドラゴンを警戒して、その対抗兵器を作るために急いでるのであれば、まぁ理解はできる……」



 マサトの言葉に、オーリアが噛み付いた。



「貴様、何か知っているのか?」


「いや、知らないけど……」



(貴様呼ばわりに戻ってるし…… 俺も人の事言えないけど、この人も随分と沸点低いよなぁ)



 一度火が付いたオーリアは、フロンが顔をしかめたのも気付かず、そのままマサトに噛み付き続けた。



「本来であれば、貴様が公国に攻め込めば早急に片が付く問題だろう! 貴様にはその力がある。その力を公国に虐げられている王国の民のために使おうとは思わないのか!?」



(あー、なるほど。フロンはまだしも、オーリアは力を持っているなら王国の為に使うのが当たり前だと考えているタイプの人間か。それに、フロンが公国の動きが見えないと言ったにもかかわらず、オーリアは王国の民が公国に虐げられていると断定した。ってことは、オーリアの思考は、王国が絶対正義で、公国が悪という先入観があるんだろうなぁ。もしかしたらそういう過去があるのかもしれないけど。でも、一つ大きな勘違いをしてる。それは今のうちに正しておかないとだな……)



「俺が一人で公国と戦う力があるみたいに思っているかもしれないけど、それは買い被りすぎだよ。正直、今回の後家蜘蛛ゴケグモ戦で痛感したけど、俺もドラゴンも万能じゃない。弱点を突かれれば普通に負けるし、最悪死ぬことだってある。土蛙人ゲノーモス・トード戦では、相手がドラゴンに怯えてくれたから楽に勝てたけど、それが厄介な能力を持った人間相手だとしたら…… もし黒崖クロガケみたいな超人が数人いたら…… それだけで負ける可能性すら十分にある」



 実際、黒崖クロガケの能力の多さは異常だった。


 能力のコンボ、所謂――ロック、封殺、ハメ殺しという必勝法が、この世界に存在しないとも言い切れない。


 また、黒崖クロガケが使ってみせた、大鎌のような古代魔導具アーティファクトの存在も無視できない。


 初期ライフ2倍の恩恵など関係なしに、即死させてくる効果をもつ古代魔導具アーティファクトなど山ほどあるのだ。


 それが分かった以上、以前のように無闇に突っ込む命知らずな行動は控え、慎重に動く必要がある。



「まぁそれ以前に、公国へ攻め込むなら俺は手を貸さないよ。相手が攻めてくるなら全力で追い払うけど」


「なんだと! 貴様それでも男か!!」



 マサトの言葉に、ついにオーリアが癇癪を起した。


 すると、フロンではなくレティセが声を荒げてオーリアを叱責した。



「オーリア! 王に向かって何て言葉遣いですか! マサト様はもうあなたが貴様呼ばわりしていい身分ではありません! 首を刎ねられたいのですか!?」


「うっ…… す、すまない」



 レティセの言葉に我に返るオーリア。


 どうやら自分でも言い過ぎたという自覚があったようだ。


 レティセがいつもの冷静な声のトーンに戻り、肩を落とすオーリアを諫めた。



「謝罪は私ではなく、王であるマサト様に」


「す、すまなかった…… いや、申し訳ありませんでした。陛下……」


「い、いや、別にいいよ」



 頭を下げるオーリアに、謝られ慣れていないマサトが言い淀む。


 だが、言い方が悪かったのか、オーリアの脇に立っていたフロンからも、オーリアを許すようにお願いされてしまった。



「ふぅ、オーリアに悪気はないの。許してあげて」


「あ、ああ、うん。大丈夫。気にしてない」



 その言葉に、オーリアが一瞬悔しそうな表情を見せるも、フロンは気付いた様子もなく、マサトへの会話を続けた。



「マサト、あなたの考えは分かったわ。でも、そんな呑気なことを言って、手遅れにでもなったらどうするのかしら?」


「手遅れって…… たとえば?」


「公国がローズヘイムを攻める戦力を整えてしまった場合よ」


「うーん、その場合は…… 本当にやりたくないけど…… ローズヘイムに咲かせた炎の大樹よりも、もっとドデカい火の玉でも空から落とすよ。相手の軍のど真ん中にズドンとね。それで十分でしょ?」



 言葉を失う一同。


 誰もが、その言葉の真偽を確かめようとした。


 冗談として笑い飛ばすような言葉も、この男が言うと嘘に思えなかったからだ。



(……あれ? 何この空気)




◇◇◇




「そんなこと…… できるの?」


「できるよ」



(多分。マナ暴走で自分も痛い思いをするかもしれないけど。まぁそこまで言わなくてもいいか)



「そ、それなら安心ね」


「フロン様、そのような話を信じるのですか?」



 唯一、オーリアだけがマサトの言葉を疑った。



「ええ、信じるわ。私の旦那は妻に嘘をつかない男よ!」



(……俺、本当にこの子の旦那になるの? どうにかして婚約を白紙にできないのかな…… お互いが納得する形でどうにか……)



 フロンの謎の旦那自慢に、一同が微妙な反応を見せるなか、それまで自分から意見を述べることのなかったレティセが質問を投げかけてきた。



「一つだけ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」


「なに? レティセが会議の場で直接発言するなんて珍しいわね」


「姫様が惚気て使い物にならないと判断しましたので、代わりに私から」


「なっ!?」



 顔を真っ赤にして口をぱくぱくと開閉するフロンをよそ目に、レティセは淡々と話し始めた。



「ガルドラの地への開拓解禁と、農地拡大は理解したのですが、そのための労働力はどこから確保するおつもりでしょうか? 土蛙人ゲノーモス・トードとの戦争と、貴族達の反乱粛清で、この街の労働力はかなり深刻な状況になったと把握しておりますが……」


「まさか、サーズから誘致するとは言わないわよね?」



 レティセの問いかけに、それまでレティセへと不満顔を見せていたフロンが質問を上乗せした。


 二人の質問には、トレンが答える。



「サーズから誘致できるとは考えていません」


「ではどこからですか?」


「マサト王の配下には、土蛙人ゲノーモス・トードと…… あまり知られていませんが優秀なゴブリン達がいます。土蛙人ゲノーモス・トードについては、既に労働力として使う運用も回し始め、実際に軌道にのせられる見立ても立てることができたので問題はありません」


土蛙人ゲノーモス・トードは理解できるわ。この目で実際に見たから。でもゴブリン? あの蛮族が? 冗談で言っているわけじゃないのよね?」


「はい、冗談ではありません。それと、マサト王の率いるゴブリン達は、サーズの北の禿山に生息しているゴブリンとは似て非なる存在です。これは…… 土蛙人ゲノーモス・トードと同じように、実際に会えば理解してもらえるかと」


「そ、そう。分かったわ」



 実際には、シュビラにゴブリンを率いてローズヘイムへ来てもらい、ゴブリン達に開拓を手伝わせようと計画していた。


 土蛙人ゲノーモス・トードを、マサトが召喚したゴブリン達が管理すれば、間違いが起きることはないと見越しての判断だ。


 マサトが王の立場となるのであれば、住民に対して強制的に受け入れさせることもできる。


 そして、ゴブリンに開拓を任せている間、治安が悪くなり始めているローズヘイムの街の警備を、信頼のできる近衛騎士団クイーンズガードの面々に担当してもらう。


 緊急時のため、領主館を警備するだけで、タダ飯を食わし続けるわけにはいかない。


 王国という存在がなくなった以上、ツケ払いされても、請求する先がないのだ。


 踏み倒されて終わりだろう。


 だから、飯を食いたい奴には、相応に働いてもらう。


 もちろん、レイアが護衛に付くなら、フロンの身の安全も十分確保できるだろうと見込んでの提案だ。


 これらをトレンが説明すると、当然オーリアは何か言いたそうな顔をした。


 だが、特に何を言うわけでもなく、トレンを睨みつけた後、そのままマサトへ視線を移し、口を閉じた。


 どうやら反論しようとした言葉を言わずに飲み込んだようだ。


 先ほどのやりとりで学んだのだろう。



(オーリアの反応からするに、街の警備は近衛騎士団クイーンズガードの仕事としては相応しくないとか、そんなところだろうか。これも一応念を押しておくか……)



「この街の事は、トレンに一任してある。トレンの言葉は、俺の言葉だと思ってくれて構わない。それと、この街では貴族だとか王族だとか、そういう特権階級はそのうち廃止するから、そのつもりで」


「何ですって!?」


「何だと!?」



 フロン、オーリアが同時に声を上げる。


 レティセも目を見開いて驚いていた。


 いや、ヴィクトルもドワンゴも、それにレイアまでも同様に驚いたようだ。



「……あなた、何を言っているのか分かってるの?」


「分かってるよ。俺がいた国では、それが普通だった。だから、もし俺が王になるなら、それをこの街でも徹底させる。当然、俺も王であって王でなくなるわけだけど。それで国の運営を上手く回すことができれば、それがベストな形だと思ってるよ。それが嫌なら、フロンがこの街から出ていくか、俺が街から出て行くか、だ」



 苦々しい顔をするフロン。


 まさか王政廃止を謳うとは思ってもみなかったのだろう。


 一応、マサトにそういう思想があることは、以前の話し合いの場で、マサトが豪語していたはずなのだが、フロンはすっかり頭から抜け落ちていたようだ。


 マサトを王にすることで、王国側との繋がりを強化し、公国への切り札としようと考えていたのに、そのマサトが王政廃止を強行するとなれば、フロンは王政廃止を謳う男を旦那にしたこととなる。


 公国から王国を取り戻せたとしても、その後に大問題となるだろう。


 考えられる未来としては、公国を取り戻した後に、マサトとの婚約破棄だが、それをしてしまうと、今度は唯一の後ろ盾を失う。


 マサトを旦那にし続ければ、王政廃止に賛同する勢力が強まり、マサトを手離せば王政廃止を謳う巨大な勢力が他国にできることになる。


 フロンからしてみれば、どっちに転んでも面白くはないことだった。



「……その話は、後でゆっくりしましょう」



 フロンが苦々しい表情で問題を先送りにする。



(ちょっと可哀相かもしれないけど…… 駒として使われるつもりはないってことだけは、ちゃんと意思表示しておかないとだよね)



「他にすることは? これで議題は終わりかしら?」



 フロンが少し気落ちした表情で、話し合いの終わりを確認する。



(あっと…… まだ一つ報告することがあった)



「後一つだけ共有。きっとここからは公国との諜報戦になると思う。だから、後家蜘蛛ゴケグモを使って公国へ探りを入れてみるよ」


「そう、それは良い案だと思うけど。闇ギルドなんて信用できるの?」



 フロンが疑いの目を向けてきたため、マサトははっきりとこの場で断言した。



「できる。少なくとも黒崖クロガケは信頼できる。詳しい理由は言えない。けど、そういう能力が俺にあるとだけ教えておくよ」



 フロンの目が泳ぐ。


 その瞳に、怯えの色がちらついて見えたが、すぐさまいつもの表情へと戻った。



「分かったわ。お互いに諜報戦になるということは、公国側も何か仕掛けてくるということね? 近衛騎士団クイーンズガードを街の警備に回すということは、公国側の諜報員侵入を防ぐための警備強化という意味も含んでいるのかしら」


「そうだよ」



(と、言うことにしておこう……)



「理解できたわ。オーリア、近衛騎士団クイーンズガードへの命令は頼んだわよ」


「はっ! お任せを!」



 この話には、オーリアも納得したようだ。



「マサト、もしあなたが不在の時に、公国が攻めてきたらどうするつもりなの?」


「その時は、全てを中断して、真紅の亜竜ガルドラゴンに乗ってすぐ戻ってくるよ」


「そう。それなら、王家に伝わる魔導具アーティファクト―― 呼び札コールプレートをあなたに渡しておきます」


「ん? あ、ありがとう」



 呼び札コールプレートとは、対になっている魔導具アーティファクトで、片方の板に文字が書かれると、もう片方にも反映されるという便利な魔導具アーティファクトだ。


 通信機器が存在しないこの世界においては、戦局を左右する貴重なアイテムともいえる。


 サイズは、縦の長さ15cm、横幅は6cm、厚み1cm程度と、スマホを若干大きくしたくらいのサイズ感なので、携帯する分にも問題はなさそうだ。



(こんな便利なアイテムあったのか…… てか、国宝か。無くさないように気を付けよう……)



 話がひと段落すると、マサトは夢で見た光景の話をフロンへ尋ねてみた。



「あ、そういえば、ちょっと気になったことがあるんだけど」


「何かしら」


「王都の地下に何か封印されてたりしない?」



 何気なく尋ねた言葉に、フロン達の雰囲気が一瞬で変わった。


 フロンが言葉を絞り出すかのように、ボソッと小さな声で話す。



「……なぜ、それを」


「いや、ちょっと気になって…… もしかして、本当に何か封印されてたりする?」



 フロンが、オーリアやレティセと顔を見合わせる。



(この反応は…… 何かあるな……)



 尚もマサトは質問を続けた。



「それって…… 銀色の怪物だったり?」



 三人の様子が、動揺から驚愕、そして焦りへと変わる。


 肯定も否定もされない状態に、部屋に何とも言えない微妙な空気が流れる。



(嫌な空気だなぁ…… これって肯定ってことだろ、絶対……)



 何かを決意したフロンが、マサトを見つめながら重い口をようやく開いた。



「なぜあなたが、王国でも極一部の者しかしらない国の機密を知っているのかは分からないけど…… あなたの言う通り、王国の地下には昔から遺跡が眠っていて、その遺跡には、太陽教徒が代々守ってきたとされる封印があるわ。そして、その遺跡の壁面に描かれている怪物は――銀色よ」



(そっか。やっぱり。そうなると、あの夢で見た銀色の怪物だよなぁ…… 銀色…… あ、思い出した! シルヴァーだ!)



 フロンの言葉に、ヴィクトルとドワンゴ、それにトレンやレイアまでもが驚きに目を見開いてマサトを見た。



「まじか…… それは…… まずいな……」


「……どういうこと?」


「それは――」



 マサトは夢で見たことと、MEでの知識を詳細に説明した。


 数十秒間隔で子供を産み続ける銀色の怪物――シルヴァーの存在と、その恐るべき能力を。


 マサトでも脅威に感じると話す怪物の存在に、その場にいた全員が強い危機感を抱いた。



「何か打つ手はないの……?」


「ない」



 フロンの問いに、マサトがきっぱり否定すると、フロンの顔に不安の色が浮かび始める。



(もし夢で見た内容が本当で、王都の地下に眠っているのがそのシルヴァーなら…… 絶対まずいよなぁ……)



「とにかく、食料問題を解決しつつ、防衛力の強化を最優先しよう」


「そ、そうね。分かったわ」


「もし、マサト王のおっしゃったことが事実であれば、公国と戦争をしている場合ではないかもしれません。もしや、公国も既にその事実を知っているのでは?」



 ヴィクトルの指摘に、皆が頷く。


 その可能性もある。


 全ては後家蜘蛛ゴケグモの諜報活動で明らかになっていくはずだ。



「今の戦力じゃあ、公国が相手でも、その銀色の怪物が相手でも、不安な部分が多いのは変わらんわい。こりゃ商人ギルドとしても兵器開発に力を入れる必要があるのかもしれんな」



 ドワンゴには、対シルヴァー兵器の開発をお願いする必要があるかもしれない。



(今の手持ちのデッキじゃ俺も不安だ…… 新しいデッキを解放させないと…… そのためには……)



 マサトは、新しいデッキを解放させるために、生贄となってもらう種族のことを考えた。



(恨みはないけど、北にいるとされるゴブリン達でマナ稼ぎさせてもらうか…… 食残虫レオフっていう昆虫駆除でマナが得られればそれに越したことはないけど……)



 こうして、マサト達の今後の方針が決まったのだった。




◇◇◇




「はぁ……」



 マサト達が去った後、自室へと戻ったフロンが、肩を落としながら溜息を吐いた。


 レティセが身支度を手伝いながら、フロンへと声をかける。



「姫様、どうされました?」


「ちょっと、ね」



 衣装を脱いだフロンが、下着姿のまま倒れるように椅子に腰掛け、そのまま虚ろに床を見つめた。



「姫様らしくありませんね。陛下のことですか?」


「……うん」



 いつもの覇気が感じられない返事に、レティセが真剣な表情に変わる。


 フロンはマサトと婚約したとはいえ、それは口約束に過ぎない。


 王国が公国によって占領されてしまった今、フロンとの約束を反故にすることなど容易いだろう。


 そして、マサトのあの発言――


 ”王政廃止”


 とても看過できる内容ではなかった。


 だが、レティセはそれを承知した上で、あえて何も推測せずにフロンへと聞き返した。



「不安事でしょうか?」


「そう、ね…… 不安事…… かな」



 レティセが慌ててフロンのおでこへと手を当てる。



「熱はないわよ」


「では……」



 そう言いかけたレティセに、フロンが力のない瞳を向けた。



「レティセ、私、結局何がしたいんだろう……」


「王国を取り戻すのでは?」


「どうやって?」


「それは……」


「マサトが手を貸してくれないのであれば、今の私に王国を取り戻す力はないわ」



 レティセが目を伏せる。


 認めたくはないが、それは事実だった。



「全て失って、ようやく気が付いたことがあるの」


「何をお気付きになりましたか?」


「結局、私は何がしたかったのだろうってこと」


「それは、姫様が自ら答えを見つけるしかありません」


「そうよね。じゃあ、何をしたらいいのか、分からなくなってしまったら?」


「同じです。王には民を導く義務があります。それを放棄することは、王位を放棄することと何ら変わりありません」


「このローズヘイムは、もうマサトの国よ? それに、誰も言わないけど、私の国はもうないわ。それって、王位がないのと同じじゃない?」


「決してそんなことはありません。まさか…… 姫様?」


「大丈夫。自棄を起こすつもりもないし、至って正気よ。少し疲れはしたけど…… ただ、マサトが見てきた、王政のない国って、どんな世界なんだろうなぁって」


「本気で興味がおありですか?」


「……ちょっと考えただけよ」


「なら良いのですが……」


「それよりも、今は自分の感情に驚いているの」


「感情…… ですか?」


「そう。国を失って、王の適性を失って、新たな加護を得て、夫を得て…… それで、今度は王位を失うのかなって考えたら…… どう思ったと思う?」


「それを問う時点で、姫様らしくありませんね。ですが、この短期間で色々ありました。失うことに恐れを抱くのも無理はありません」


「そうじゃないの。そうじゃない。王政廃止については、驚きの方が大きかったのよ。そんなこと、今まで一度も考えたことなかったから…… そういう選択肢や考え方もあるのかってね」


「姫様……」


「でもね。怖いと思ったことも事実よ」


「姫様には、私とオーリア、それに近衛騎士団クイーンズガードの面々がおります」


「ありがとう。でも、怖いと思ったのは、そういうことじゃないの」


「……どういうことでしょうか?」


「私は、マサトに見捨てられると思った瞬間が、一番怖かったの」


「姫様……」


「ねぇ、レティセ。結局、私は何がしたいんだろう?」




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