131 - 「フロンの嫉妬」
マサトは、トレンとレイアと共に、フロンの居る元領主館へと向かう。
館の周辺には
皆、何かピリピリしているようだ。
(貴族が反乱したんだから、女王近辺の警備が厳重になって当たり前か)
門番の一人がマサト達に気が付くと、こちらが声をかけるよりも早く門を開放してくれた。
さすがは
情報の周知は徹底されているらしい。
「マサト王、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
「え、あ、どうも……」
マサトが頭を下げて応じると、レイアが苦言を呈してきた。
「王なら簡単に頭を下げるな。もう少し堂々としていろ。舐められるぞ」
「んなこと急に言われても……」
レイアの言葉に、トレンも賛同する。
「おれもレイアの意見に賛成だ。胸を張って、常に堂々とするだけでいい。己を強く見せることができれば、厄介事が少なく済む場合もある」
「それは頭では理解しているんだけど…… 分かった分かった。早く慣れるよう努力するよ」
「ああ、そうしてくれ」
応接間に通されると、既にそこにはヴィクトルとドワンゴの姿があった。
前回の円卓会議を思い出して嫌な予感が脳裏をよぎったが、今回はソフィーの姿が見当たらない。
マサトが入室すると、ヴィクトルとドワンゴが揃って席を立ち、マサトの方を向きながら、右手を心臓付近へ添えて軽く会釈した。
「陛下、ご足労いただきありがとうございます」
「ごぉほっん! あー、マサト王、なんだぁ、その、今後ともよろしく頼む」
ヴィクトルとドワンゴの言葉に、マサトが面食らう。
「は、はぁ。うーん…… やっぱ何か違うな…… ヴィクトルさんもドワンゴさんも、いつも通りでいいですよ」
「しかし……」
「おっ? そうか? そらぁ助かる! ワシはどーも小難しい言葉遣いが苦手での」
「ドワンゴ、仮にも彼は王族になる人物です。そういうわけには……」
「そういうがなぁ、そうなるとマサト殿の言葉に逆らうことになるぞ……?」
そう言いながら、ドワンゴがこちらをちらちらと目配せしてきた。
「まぁ、任せます。強要はしませんよ。できれば、いつも通りでお願いしたいところですが。なんかむず痒くなるので」
「……分かった。では、状況に合わせて変えさせてもらう」
「ドゥワッハッハ! こりゃあ、マサト殿に付いていけば面白いもんが見えるかもしれんな! また一つ楽しみが増えたわい!」
上機嫌に笑うドワンゴに、少しだけ口の端をあげたヴィクトル。反応は上々のようだ。
すると、部屋の奥にある大扉が開き、フロンを中心にオーリアとレティセが入室してきた。
「楽しそうね。何を話していたのかしら」
フロンが歩きながらマサトへ話しかけた。
「ヴィクトルさんとドワンゴさんが急に余所余所しくなったので、いつも通りでいいと話してました」
「そう」
(なんだ、怒ってないじゃん。よかった)
「それで…… 鷹狩りは楽しかったかしら?」
マサトへ微笑みかけるフロン。
だが、目は笑っていなかった。
(やっぱ怒ってるのか……)
「一人で大丈夫と自信満々に飛び出しておいて、死にそうになったことについては、弁明する言葉もございません。レイアも心配かけてごめん」
急に話を振られたレイアが、目を丸くしてマサトを見つめる。
「わ、分かればいい。次から気を付けろ」
そう話しながらそっぽを向いたレイアの頬は、ほんのりと赤くなっていた。
「妻になる私には何もないのかしら?」
目元をピクピクと痙攣させながら、尚もマサトに謝罪を聞き出そうとするフロン。
(何だろ…… 俺が前に謝罪を要求したこと根に持ってるのかな…… 妻っていっても、正確には婚約の段階だし、それも形式的なものだから、そういう夫婦みたいな気遣いはしなくていいって話だったのに…… 話が違う…… が、まぁいいか。言葉一つで満足してくれるなら、それくらい我慢しよう)
「フロンもごめん。心配かけたね」
「えっ!? し、心配なんかしてないんだから!!」
「ええー……」
フロンが顔を真っ赤にさせながら、マサトを睨む。
そのフロンの横では、何故かオーリアまでもが顔を赤く染めながら、フロンと一緒にマサトを睨んでいた。
オーリアの「よ、呼び捨てだと!?」という発言はスルーしておく。
(なんなんだこの人達は…… 一体俺に何をさせたいんだ……)
すると、フロン達を見かねたレティセが、溜息をつきながら、フロンへと何やら耳打ちした。
フロンは、レティセの耳打ちに一瞬目を丸くした後、目を瞑りながら「こほん」と咳をし、表情を戻して、話し合いの先を促した。
「そ、そうね。挨拶はここまでにして、さっさと本題に入りましょう」
あまり納得のいっていないマサトを余所に、他の面々が席に着く。
(まぁ…… いいか……)
話し合いの内容は、ローズヘイムが直面している食料問題についてだった。
「……で、食料問題について、何か良い解決策は見つかったのかしら?」
フロンの言葉に、ドワンゴが先に応えた。
「王都だけでなく、公国領になった全ての場所への流通を、軒並み遮断されてしまったのが致命的だわい。物が動かせんなら、商人ギルドとしてはお手上げだ。正直厳しいわい」
「冒険者ギルドは、どうかしら」
「食料確保のための狩猟依頼を、優先的に発行する案はありますが、その場しのぎにしかなりません。ですが、その時間稼ぎの案ですら、現状では実行に問題があります」
「どういうこと?」
「公国側の軍が頻繁に巡回しているのです。そのため、王都付近の狩猟地域が使えません。私達が狩猟できるのは、北のサーズと、西のガルドラしかないのが現状になります」
「そう……」
ドワンゴとヴィクトルの言葉に、フロンが肩を落とす。
「その件ですが……」
当面の食料供給について、トレンがマサトと事前に打ち合わせしていた内容を全員に共有した。
◇◇◇
「ガルドラへの狩猟と、開拓解禁だと!?」
「そりゃ…… 大丈夫なのか?」
ヴィクトルとドワンゴが予想通りの反応を示す。
ローズヘイムに住んで長い者ほど、反発するであろうことは予想がついていた。
「今は生きるか死ぬかの瀬戸際です。時代遅れとなったローズヘイムの法を守り続けて餓死するくらいであれば、法自体を変える必要があります」
「だが……」
尚もごねるヴィクトルに、トレンは淡々と告げる。
「ドラゴンの怒りを買うことを恐れているのであれば、既にドラゴンは味方側にいます。問題ないはず。マサト王とも事前に相談済みです」
「そうですか…… 陛下が決めたのであれば、私からは何もありません」
「ガルドラの地への狩猟と開拓解禁については決まりね。他には?」
「北の地への遠征も考えます」
「北の地? あるのは荒野と遊牧民族の住むサーズ、それにゴブリンの巣窟だけでしょ? そこに食料なんてあるの?」
「ゴブリン?」
ゴブリンという単語に思わず話の腰を折ってしまう。
フログガーデン大陸の北西の端にある禿山には、ゴブリン達が巨大コロニーを形成してるとの噂があるらしい。
その禿山に生息するゴブリンは、ガルドラの地に生息するワイバーンの格好の餌であるため、隠れる場所の少ない荒野へは基本出てこない。
あくまでも噂という程度で認識されていた。
しかしながら、この世界のことわざで「ゴブリン種は1匹見たら、100匹いると思え」という言葉がある。
ゴブリンの生殖能力と適応能力が高いことを裏付ける言葉ではあるのだが、
「ん? 地形が今一ピンとこないんだけど、ここより北にはロサがあって、その先はサーズでしょ?」
マサトの質問にはトレンが答えた。
「ああ、すまない。知らなかったのか。既に知ってるものだと思って説明していなかった。簡単に説明すると、サーズは広大な荒野の中央地帯にある地域を指している。つまり、サーズの周りが荒野ということだ」
「周りが荒野ってことは…… サーズには植物が生息してるの?」
「あれを植物といっていいのかは不明だが、そこには
「
「ああ。巨大な肉食の大木だ。あそこにはワイバーンも近寄らない。仮に近寄ったとしても、
「それはまたファンタジーな……」
幹の上部には、鋭い粘着性のある棘の生えた二枚の葉を貝のように合わせた捕食器が無数に生えており、その無数の捕食器を触手のように自在に伸ばすことで、空を飛んできた鳥類から竜種まで、それこそ空を飛ぶものを全て捕食する巨大植物だ。
捕食した生物を養分として取り込むことで、荒廃した土地でも生き長らえている。
花は白色で大きく、果実はヘチマのように垂れ下がり、外皮は非常に堅い。
だが、中には栄養価の高い果肉が詰まっており、食用・調味料として使われ、その種からは油も採集できる。
また、幹の中央付近は柔らかく、粉にすればパンの原料として代用することも可能という、夢のような食料素材でもある。
幹には大量の水や樹液が蓄えられるため、穴を開けることで、その恩恵を得ることもできるが、穴を開けすぎると、
因みに、
「もしや、そのドオバブっていう大木を非常食に?」
「それができれば当面の食料は確保できる。だが、サーズの民は
「まぁ当然だよね…… その大木が生活の糧であれば」
すると、マサトとトレンのやり取りを聞いていたヴィクトルが、少し焦りながら口を挟んだ。
「まさかとは思うが……
「ボスなら――マサト王やドラゴンなら、それが可能だと考えている」
(トレンの無茶振りきた……
悩むマサトを余所に、北への遠征についてはフロンの一存で決行となった。
元々食料のあてもなかったため、マサトも渋々了承する。
「それでは、北への遠征には冒険者ギルドから一名、適任者を出しましょう」
「適任者?」
「サーズに詳しい者が一人います。陛下も面識があるはずです」
(冒険者ギルドで面識のある人…… 誰だろう?)
その人物は意外な人だった。
「アール男爵のご息女――ノクト・アールです。彼女の婚約相手が、サーズに住む遊牧民族の長の息子という話を聞いています」
ヴィクトルの言葉に、フロンが頷く。
「確かに適任ね。村長の息子の婚約者が、王の同伴として行くのであれば、相手も無下にはできないでしょう。信用もされるはず」
「ノクトさんか。ってか婚約してたのか…… あ、了解。
そこまで告げてレイアに視線を送ると、レイアが口元を緩めた。
だが、それをフロンが遮った。
「後一人は、アローガンス王国に所縁のある者が行くべきね! わた……」
「なりません」
「ぐっ……」
「姫様には、マサト様が不在の間、ローズヘイムを統治する義務がございます。同伴するのであれば私が……」
「それこそ駄目に決まってるでしょ!」
フロンとレティセが勝手に二人で騒ぎ始める。
その二人のやりとりに、皆が呆気に取られていると、突然オーリアが一際大きい声をあげた。
「私が行く!!」
その突然の立候補と、鬼気迫る物言いに、周りが一瞬気圧される。
すると、それを肯定と受け取ったオーリアは、一人で勝手に話を進めた。
「私も一度だけサーズを訪れたこともある。顔も知れてるはずだ。それに、女王陛下直属の
そう告げたオーリアは、その豊満な胸の前で両腕を組むと、マサト――ではなく、その先にいるレイアを睨みつけた。
レイアもオーリアの視線に気が付いたのか、マサトの背中をチクチクと刺すような殺気を放っている。
(なんだこれ…… なんでサーズに皆行きたがるんだよ……)
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