130 - 「虫の養殖」
処罰した神父は計5人。だが、それにより得られたマナは(白×4)だった。
「後一人分足らないか……」
「足りなかったのか。一人似非神父が混ざっていたということか?」
「どうだろ。理由は分からないけど、きっと
「そうか。他に聖職者の罪人はいないしな…… 他の候補は何かないのか?」
「他には…… 天使とか、ペガサスとか……」
「お、おいおい。どれも現実味がないぞ? 仮に見つけられたとしても、さすがに討伐はまずいだろう」
「後は…… あっ、鷹とか!」
「鷹か。それなら空を探せば、一匹くらい飛んでいるかもしれないな」
「よし、それでいこう」
死体処理は詰所の兵士に任せ、二人は牢を後にする。
外へ出たマサトとトレンが、降り注ぐ日差しに目を細めながら、雲一つない青空を見上げた。
「うーん、こっからじゃ眩しくてよく分からないなぁ」
「城壁に登れば見やすいかも知れないが、どうする?」
「城壁か。いや、この際、自分で飛んで探すよ」
「ああ、ボスは空が飛べるのか。それなら話は早いな。じゃあおれは屋敷に戻ってるから、終わったら声を掛けてくれ。まだ報告する内容は残ってるんだ」
「あいさ。じゃあさっさと済ませてくる」
「気を付けてな」
そういって意気揚々と空へ飛び出す。
だが、空の生き物を狩るということがどれ程難しいことか。この後、嫌という程理解させられた。
――数時間後。
「随分時間がかかったようだが、上手くいったのか?」
「いや、うん、一匹は狩ることが出来たんだけど……」
「だけど?」
「貴重な呪文――ショックボルトを使って、奇跡的に一匹だけ…… 割りに合わないことが分かった……」
「そ、そうか」
あまり触れられたくないような無様な結果だったので、深掘りされる前に話題を変える。
「それより、礼拝堂はどこに建てればいい?」
「この屋敷の敷地内にしようと思ってる。
「おっけー、じゃあ後で案内お願い」
「了解した」
「そういえば、虫養殖の報告があるって話だったよね?」
そう聞くと、トレンは肩を落としながら、「はぁ」と深く溜息を吐いた。
「そう…… その虫養殖なんだが……」
「何か問題が?」
「良い報告と悪い報告がある。どっちを先に聞きたい?」
「じゃ、じゃあ良い報告から……」
「分かった」
そういうと、トレンは片方の口角を上げながら話し始めた。
何処と無く疲れが見える。
いや、トレンは常に疲れた表情をしてはいるが……
「復旧作業に、
「それは聞いた」
「労働力として働かせれば、
「おお! それはかなり良い報告じゃん!」
「ああ。その虫は
「ゴキ……ムシ……」
(嫌な名前だな…… そして嫌な予感がする……)
「その
お、大きさ10倍になってるじゃないですかー! やだー!
「そ、そう。ん? 数十倍って…… それは、歯止めが効かなくなるパターンじゃ……」
「はぁ…… まさしくその通りだ……」
「やっぱり……」
「とはいえ、
そうはいうものの、一向にトレンの顔色が優れないのは、これが悪い報告のうちに入らないからだろう。益々嫌な予感が強くなる。
「今は捕獲した
「そこまで話が進んでたなんて。さすがトレン」
「いや、ここまで順調に話が進んだのは、おれではなく、
「へー、誰だろ? シュビラかな?」
「ああ、シュビラといったはずだ」
「そか。それなら安心だ。因みに彼女はゴブリンで、尚且つゴブリンの女王だよ。この街に来ることがあれば忘れずに紹介する」
「……ゴブリン? 女王?」
目を丸くするトレン。
だが、すぐ目頭を押さえると、ふぅーと息を吐いて素早く立て直してきた。
この手の驚きへの対処も慣れたらしい。
「それは楽しみにしておこう」
「で、悪い報告は……?」
あまり切り出したくない話を切り出すと、トレンは腕を組みながら、今日何度目かになる溜息をついた。
「その虫のせいで、食料庫が深刻な被害を受けた」
「……えっ? そ、それは、もしや…… 被害はうちの屋敷だけじゃなくて?」
「この街全ての食料庫で被害が出た」
「そ、それは…… かなりまずい状況じゃ?」
「ああ、まずい。大問題だ」
「えっ、一体どれだけ大繁殖したの!?」
「食料庫が全て真っ黒に染まるくらいだ」
「……うっ」
畑も
その上、隣国とは国交断絶中。
食料輸入の道も断たれている。
想像した以上に危機的な状況だった。
街の食料庫に大量の
一部では黒い悪魔と呼ばれているとか……
だが油断はできない。
奴らは耐性というものを得て、どんどん強い個体へ進化できる生物なのだから……
「食料難について、何か手は?」
「いくつかあることにはあるが、どれも良案とは言い難いな……」
そういってトレンが話し始めた案の一つ目は、北の地の遊牧民族に助けを求めることだった。
そもそも北の大地は荒廃しており、食物が育たない不毛の地でもあるので、仮に遊牧民族から助力を得られても、微々たるものだろう。
とてもローズヘイム全ての住民の食料を賄えるとは思えない。
二つ目は、
そうなれば状況は更に悪化する。
これは却下だろう。
三つ目は、公国へこちらから戦争を仕掛け、王都を取り戻すことだ。
王都を取り戻せれば、王都の東にある港町グルヌイや、周辺にある農村から食料を輸入できる。
だが、今の王都には、
安易に仕掛ければ手痛いしっぺ返しを受ける可能性もある。
最後の手段として考えておくべきだろう。
「それだけ……?」
「他には、根本的な解決にはならないが、ガルドラの地への狩猟がある。軍の立ち入りを全面的に解禁し、ギルドからも冒険者へ対し、積極的に食糧確保のための狩猟依頼を出す」
「ギルドへ依頼か、なるほど」
「だが、ガルドラの地のモンスターは高ランクが多い上に、立ち入りを制限してきたせいで、その生態系に関する情報が非常に少ない。危険な依頼になる。元々、
「そっか…… じゃあ暫く俺や
「ああ、話すのを忘れていた。
「は、はちみつ?」
「そう、はちみつ。さすがに今回の件で懲りたからな。虫養殖場は城壁の外に作った。そこで
(俺の預かり知れぬところで、着々と内政が進んでる…… 凄いな。俺の召喚したモンスター達がこんなにも柔軟に対応できるなんて。嬉しい誤算!)
「でも、冒険者達に間違って攻撃されたりしない? 大丈夫かな?」
「はは、普通は冒険者が無事か心配するもんだけどな。そこはギルドと連携して、ローズヘイム公認の
「それなら大丈夫か。対応ありがと」
「いや、お礼はいい。むしろ、普通なら考えられない事業が次々に着手されていくんだ。これほどやりがいのある仕事はないぜ? 感謝するのはおれの方だよ」
「そっか。じゃあお互いありがとうってことで」
「ああ、そうだな。それがいい」
危機的な状況は変わらないものの、二人でモチベーションを高め合う。
そんな中、ふと書斎の入口が気になって視線を向けると、レイアが腕を組み、壁に寄りかかりながら、こちらをじっと見ていた。
「あれ、レイアいつの間に……」
マサトの言葉を聞いたトレンが、入口に目を向けて驚く。
「いつからそこに……」
そんな二人を見たレイアが軽く溜息を吐くと、いつものように鋭い視線を向けながら話し始めた。
「マサト、お前、私に何か言うことはないか?」
「あ…… ただいま?」
「はぁ…… 鷹を追いかけ回すよりも、先に報告すべきことがあったんじゃないのか?」
「ごめんなさい。真っ先にレイアの所へ行くべきでした……」
「なっ!? ち、違うだろ。わ、私は別に最初じゃなくて……」
突然顔を赤くしてどもり始めたレイア。
そんなレイアが可愛かったので暫く見つめていると、揶揄われたことに気が付いたレイアが眉間にしわを寄せ、怒気を強めてこう言った。
「女王様がヘソを曲げているぞ。私は鷹を追いかけ回すよりも下に思われているのか! とな」
「げ…… そうだった…… 忘れてた」
「それは急いだ方がいいな」
「い、行こう」
レイアに促されるままに、マサトとトレンはフロンのいる元領主館へと向かうのだった。
◇◇◇
その頃、
「はぁ…… なんであんなことになっちまんたんだか……」
「後悔先に立たず、でござるよ。今は、少しでも食料問題が解消されるように努力するのみでござる」
「ちょっと、セファロ! 手が止まってる!」
「グォオオ」
「うおっ!? わ、分かった分かった、ごめんなさい! やりますやります! やりますから吠えないで!?」
ローズヘイムの外れ、ガルドラの森に少し入った岩山の麓で、
雨風が凌げるよう、岩山を
その住処の出来は案外良いらしく、
「いや、でもよぉ。まさかレッドポーションの瓶に残っていた滴を使って卵を育てたら、あそこまで進化するとは誰も思わないじゃん?」
「またその話でござるか……」
「はいはい、セファロは悪くない悪くない。だから、ちゃんと手を動かしてよね」
目の前には、木材を用いて組み立てた、
もちろん、
「これで本当に大丈夫なのか?」
「これで大丈夫なはずでござる。試すのは初めてでござるが、設計図通りには作れているでござるよ」
「その設計図の入手場所が、そもそも怪しいんだよなぁ」
「セファロ!」
「はいはい、ちゃんと手は動かしてますって」
「おいおいおい、それいくらすんだよ。本気で使うつもりか?」
「レイア殿には、そう言われたでござるよ」
「だから、何であのダークエルフの姉ちゃんがそんな知識持ってんだって」
「レイア殿も、他の誰かから指示されたような口ぶりではござったが……」
「二人とも、ベアちゃんに噛まれたいの?」
「噛まれたくありません!」
「噛まれたくないでござる!」
口に咥えた
「お、おおう…… び、びびった」
「何か変化はござったか?」
「まだ何もないみたい…… あっ、シーっ!」
ジディが指を口に当て、静かにとゼスチャーすると、どこからかブーンという低音が響いてきた。
「あ、あの音は!?」
「き、来たでござる!!」
「う、うぅ…… 鳥肌が……」
三人がそそくさと
「あ! こいつ今、仕方ねぇーなみたいな顔しやがったぞ!」
セファロが、
「ああ! ああ! あああ! ごめんなさいごめんなさい! やめてお願い! ハブにしないで! お願いだからオレも守ってぇー!」
「セファロ、
「なんだかんだで、セファロって憎まれ口叩き合いながらも、他人と仲良くなるの早いよね」
「おい二人とも! 目が腐ってんのか!? これのどこが仲良いって見えるんだよ!? イジメだよ!? イジメ! いや、もはや虐待だ!! ぎゃーごめんなさい! 牙は剥かないで!? 怖い! 怖いから!?」
そんな三人と一匹の近くに集まってきたのは、体長5cmほどの
「お、おいおい…… いくらなんでも多くねぇか? これ」
「お、多いでござるな」
「うぅ…… や、やっぱりトラウマ残ってるかも。さっきから変な震えが止まんない」
木々の間が赤く染まるほどの
「す、すげぇ……」
「すごいでござるな……」
「すごい……」
目を丸くしながら、その光景を見守る三人。
「お、おい! ま、待て! いやいや、待って! この状況で置いてかないで!!」
「ど、どうするでござるか……?」
「ど、どうしよう…… 下手に動いたら、
取り残される三人。
周囲には、まだ数十匹の
暫く何も出来ずに固まっていると、巨大な身体と灰色の巣を揺らしながら、のそのそと四足歩行で戻ってきた
そのため、見た目からして相当大きいのだが、その口に咥えている獣もまた、そこそこの大きさをしているように見えた。
「あれ…… 何か咥えてね?」
「
「ベアちゃん、すごい……」
体長1m50cmほどで、身体はアリクイのように体毛で覆われ、顔が細長く、三本の尻尾と、鋭い鉤爪のような爪をもつ。
鋭い爪は、巣のある地中や木の根を掘り出したり、木を登るのにも適しており、長い三本の尻尾は、木の上でも身体を固定するのに役立つ。
カメレオンのように丸く突き出した目は、左右で違う方向を見ることができる上に、360度あらゆる方向に目をキョロキョロと動かすことができるため、空中を素早く飛び交う蜂達も正確に捉えることができる。
体毛や外皮も硬く、蜂の針も通らない鉄壁の鎧をもっているのだが、
因みに、
「うおっ!?」
「どうしたのでござるか?」
「ベアちゃん、これくれるの?」
「グオォ」
「ま、マジか…… なんか涙出てきた……」
「拙者も感動したでござる……」
「ベアちゃんの恩返し…… ベアちゃん、ありがとうー!」
時折、ブーンと周囲を飛び交う
大木の葉の間から漏れる陽の光を浴びて、三人の涙やら汗やら鼻水がキラリと光る。
まるでそんな三人にお礼を言っているかのように、洞穴からはグオォと低い鳴き声が鳴り響いていた。
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