129 - 「慈悲か断罪か」


 貴族達の反乱は、反乱分子を全て追い出すことに成功したが、混乱に乗じて牢屋を襲撃され、ボンボとヒュリスの脱走を許してしまったそうな。


 なんともまぁしぶとい親子だ。


 ローズヘイムから追い出した貴族共々、恐らくハインリヒ公国へ亡命したのだろうという見立てだが、実際の行方は判明していない。


 というのも、公国が情報や流通を全て堰き止めている影響で、ローズヘイム以外の情報が全く把握出来ない為だ。


 外部の情報を遮断することで、敵を孤立させ、後手に回らせるとは、ハインリヒ公国は大分したたからしい。



「太陽教会もな、無償治療をやめなければ今後の奉仕だけでなく、拠点の撤退も考えうると脅してきたりと大変だったんだぞ?」



 そう愚痴を零すトレンの顔は、何故か少し愉しげに見えた。何故だろうか。



「それはまた…… ん? ボンボや貴族達だけなら兎も角、教会も? そんな慈悲の欠片もない教会なんてあっても邪魔なんじゃ……」


「ああ、邪魔だな。だから街から全員追い出してやった」


「な、なるほど」



(道理でトレンが上機嫌なわけだ。トレンって意外に過激派だよな…… でもそのくらいばっさりと関係を切らないと、腐った組織と上流階級との癒着は切り離せないんだろうなぁ……)



「ただ、住民には熱心な太陽教信者も居てな、ボスを崇める新しい信者達と、太陽教信者の間で小競り合いが起きたりと、手が付けられなくなったりもしたんだが……」


「マジか。なんかごめん…… で、結局どうなった?」


「太陽教会に属する住民も、全員街から追い出した」


「お、おう。潔過ぎる判断で…… そ、そこまでやって反発とかないの?」


「今回は女王陛下に対する反逆行為という免罪符があったからな。まぁ今となっては元だが…… それでも、十分過ぎる理由だろう。公国側も、こちらから追い出した住民を上手く引き入れたようだし、無駄な血は流れていないはずだ」


「そ、そっか。こっちの住民が公国側に流れたということは、俺のことも向こうに流れたってことか」


「ああ。公国側も、こちらの情報は多いに越したことはないだろうからな。追い出した住民を受け入れるだろうことは想定はしていた。勿論、こちらの手の者も忍ばせてあるから、上手く情報を掻き混ぜてくれるだろうさ」


「さすがトレン。抜かりないなぁ。じゃあ、結果良かった、のかな?」


「おれとしても太陽教会は目の上のたんこぶだったからな。結果としては上々だ。まぁ、太陽教会を敵に回すことになったことには変わりないが、欲に塗れた坊主共なんていないに越したことはないだろ」


「そ、そうね」


「でもあの糞坊主共、最後までタチが悪かったぞ! なぁ、何したと思う!?」



 トレンは喋りながら、嫌な記憶を思い出したのか、徐々にヒートアップしていった。


 それを「まぁまぁ」と宥めつつも、先を促す。



「あの糞坊主共、あろうことか、去り際に街にある教会に火を放っていきやがったんだ! お陰で、普段から神に信仰を捧げている住民達からも、祈りの場を作ってくれと不満の声が上がっている始末だ。本当に最後まで卑しい奴らだよ、ったく」


「教会に火を…… 罰当たりとかそういう概念がないのか…… よく分からない宗教だな…… 教会って、新たに建て直すだけじゃ駄目なの?」


「ん? ああ、ボスはこの世界の常識に疎いんだったな。一般的に、教会は何らかしかの加護を持つ樹木で作られるんだ。そうすることで、建物全体に新たな加護が付与される。その加護の力を利用して、信仰魔法フェイスによる奇跡の治療を施すっていうのが教会のカラクリだ」


「なるほど」



 要は、教会の恩恵――バフのようなものを利用して治療するのが太陽教会の実態だということか。


 そういうことなら、後からそれが利用されないように燃やすってのも、分かる気もしないでもない。



「そこまで分かってるのに建て直せないということは、材料がないかその技法建築がないかどちらかが理由?」


「両方だ。太陽教会はその技法を秘匿しているからな」


「そういうことか……」



(技術を秘匿して、独占することで利益を得ていると…… それだけならまだしも、商売敵を徹底的に潰そうとする執念深さ、か…… って、完全にヤクザじゃないですか。追い出したトレンの判断は的確だったのか?)



 ふと、教会という単語に、とあることを思い出す。



「あ、その手の建物なら俺に手がないこともないけど」


「本当か?」


「白マナ…… えーっと、光系統の魔力マナを纏っているモンスターを殺して、その魔力マナを取り込むことが出来れば召喚できるはず」


「しょ、召喚? 建物まで召喚できるのか?」


「できるよ。これもたまたまだけど。後は光系統の魔力マナがあれば」



 トレンは目頭を押さえながら、ブツブツと独り言を話し始めた。



「死者を召喚できるなら、建物くらい召喚できても可笑しくはないか…… そうか…… そうなのか……?」


「トレン?」


「ああ、すまない。現実を受け入れるのに少し時間がかかった。だが、光系統の魔力マナを持つモンスターか……」



 どうやら無理矢理納得したらしい。


 構わず話を進める。



「何か情報はある?」


「聞いたことはないな…… 他に参考になりそうな情報はないのか?」


「あー、例えば鷲獅子グリフォンとか、聖職者…… って言ったら人間になっちゃうけど、確か光系統の魔力マナだったはず」


鷲獅子グリフォンは無理だが、太陽教会の奴なら、丁度、数人ほど牢に捕らえている。欲に塗れた奴らだから、闇属性というオチも考えられるが」


「そ、そう。でも人を救う建物のために、人を殺すっていうのもなんだかな……」


「まぁボスはそういうと思ったよ。だが、牢に捕らえている奴らは、孤児院を自身の性欲を満たす道具として利用していた小児愛好者だ。こいつらだけは外に出しても良いことはないと思ってな。逃がさず牢に閉じ込めてある」


「それなら…… 話は別、か……?」


「会ってから決めても遅くないだろう。なんなら、今から案内するか?」


「うーん、そうだね、お願い。会ってみてから考えてみるよ」


「了解した。それにしても、建物も召喚できるとは…… ドラゴンに死者に建物まで。マジックイーターが世界を支配していたっていうのも納得できるな」


「そういわれると、確かに召喚できるものは多いね。俺もそんなに詳しいわけじゃないけど」


「そうなのか。教られる限りでいいんだが、他には何ができるんだ?」


「今は出来ないけど、死体を動かしたり、悪魔デーモン天使エンジェルを召喚したり、ゴットも召喚できたかな? 後は時を戻したり……」


「わ、分かった分かった! もういい。ありがとう。十分過ぎるほど理解できた。これ以上は、おれの精神がもたない」


「そ、そか」


「マジックイーターは、神をも超える存在か…… そんなのが複数存在していたとは…… 考えただけでも恐ろしいな……」



 そんなやりとりをしつつ、街の詰所にある地下牢へと向かう。


 そこで問題の小児愛好者と対面したのだが……



「太陽神の信徒である私達にこの様な仕打ちをしたことを、必ず後悔することになるぞ! この罰当たり者がぁ!!」


「世界中の信者達が、この愚か者共に裁きの鉄槌を打ち下ろすであろう!!」


「おお、神よ! 私達をこの卑しい悪魔からお救いくだされぇ!!」


「貴様らには必ず後悔させてやる! 太陽教会を敵に回したことをな!!」



 まるで反省の色が見えなかった。


 牢に居てもこの自信に満ち溢れた物言い。ある意味、尊敬に値する。恐らく、自分達の置かれた状況を理解できていないだけだと思うが……



「こいつらの悪行、裏は取れてるんだよね?」


「現場を押さえたからな。なんなら、保護した子供達から話を聞いてからにするか?」


「いや、そこまではしなくていい」



 マサトが宝剣を取り出すと、先程まで威勢の良かった神父達が一転、顔に焦りを浮かべ、動揺し始めた。


 ようやく、自分達の立場を理解したのだろう。



「よ、止せ…… 早まるな…… 私を殺せば太陽教会が、だ、黙っていないぞ?」


「わ、私が何をしたと言うのだ!? 善良な市民を導いてきた者への仕打ちがこれか!?」


「お、おお神よ! この卑しい悪魔から……」


「き、貴様……」



 ズズ――



 光の刀身が一人の神父の胸を貫く。


 刀身に触れた血や肉が蒸発しているのか、ズズと小さく音を立てた。



「ひぃ!?」



 心臓を貫かれた一人が声も上げずに絶命すると、他の神父達が悲鳴をあげた。



「ヒィ!? わ、分かった! 私が悪かった!」


「……何が悪かったって?」


「太陽教会は竜語りドラゴンスピーカーには一切手を出さない! 約束しよう!」


「それは…… 特に気にしてないけど……」


「何!? では…… そ、そうか! 孤児のことか!?」



 マサトが更に一歩近付くと、神父達が自分勝手な言い訳をし始めた。



「こ、孤児をどうしようと貴様らには関係ないだろう!? 我らが保護しなければ、死にゆく運命だった子供だぞ!?」


「そ、そうだ! 私達は身寄りのいない子供に慈悲を与え、奉仕の心で養っている! と、当然の権利だ!」


「可愛い子供を可愛がって何が悪いというのだ! 私達は彼らの親代わり。その愛情を分け与えたに過ぎん!」



 神父達の主張も、一理あるかもしれない。



「権利か。力や財力があるから、自身の欲求を優先させると……」


「そうだ! それを貴様は……」


「なら、俺も権力と力をもって、自分の欲求を優先させてもらうよ」


「な、なんだと!? 一体何を…… く、来るな……」



 泣き喚く神父達の心臓を、次々と宝剣で貫いていく。



魔力マナの為とはいえ、この悲惨な光景を見ると、やっぱり気分が沈むなぁ……」


「早めに慣れることだな。ボスが住んでた世界とは価値観が違うのかもしれないが、この世界は食うか食われるかだ。悪人を見逃せば、他の誰かが悪人の餌食になる。どうするのが適切か、もう気付いてるんだろ?」


「そう、ね。でも、トレンはこういうの平気なの?」


「平気な訳ないだろう。おれはただの商人だぞ」


「そ、そっか。じゃあ単純に必要なことだと割り切ってるだけ?」


「そうだ。慣れる気は一向にしないがな。まぁ、今後、こういうことをしなくて済むような国を、おれたちで作って行けばいいさ」


「おお、トレンはやっぱり国づくり乗り気だったんだ」


「そりゃあ、な。皆が幸せに暮らせる国を作れるなら、それを目指せるなら目指してみたい!って思うのは普通だろ?」


「そうだね。そう。俺もそう思う。よし! 頑張ろう!」


「おう!」



 互いの決意を確かめ合う場には、全く相応しくない悲惨な惨状が広がっていたが、トレンの国づくりについて熱意を聞けたのは良かった。


 足元に転がる聖職者だった者の亡骸からは、白い光の粒子が、二人を囲うように舞い上がりながら、マサトの胸へと吸い込まれていった。

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