117 - 「後家蜘蛛抗争2」


「……誰だ?」


「知らなくて当然。私とあなたは初対面だ。そして知る必要もない」


「俺がここで死ぬからか?」


「分かっているのなら話が早い」


「そっか…… 俺も残念だよ」



(あんたを殺さないといけないからな!)



 マサトの機微を察したパークスが、腕を振り払うことで先制した。


 目の前の空間がぐにゃりと歪み、それが凄まじい速度で迫る。



「またそれかよ!? おらぁっ!」



 すかさず宝剣で斬り上げるマサト。


 だが――



「いでぇっ!?」



 胸の肉を抉るような衝撃。


 そして遅れてやってくる激痛。


 崩れそうになる体勢を、すんでのところで踏ん張り耐えきる。


 そんなマサトへ、パークスが呆れを含んだ声を発した。



「無駄です」


「いけると思ったんだけど…… 無理か」


「剣で斬り払おうとしたのは、あなたが初めてですよ」



 そう言いながら、パークスは歩みを止めた。



「しかし、まさかあなたには見えるのですか? この鎌鼬かまいたちが」


「やっぱり鎌鼬かまいたちかよ…… 見えるよ。薄っすらと」


「そうですか。それはとても厄介だ」


「俺にもあんたが厄介な奴に見えるけどな」


「お互い様という訳ですか。私の鎌鼬かまいたちを何度も受けて、それでも平然としているあなたに、私は心底驚いています。凡人なら最初の一撃で肢体がバラバラになっているはずですから。あなたの身体は一体何で出来ているのか」


「筋肉だよ」


「そうですか。道理で頭の悪そうな顔をしている」


「ほっとけ!」



 マサトがパークスへと勢いよく駆け出す。


 だが、パークスもマサトを近寄らせまいと連続で鎌鼬かまいたちを放ってきた。


 それを右に左に回避してみせるマサト。


 だが、いつの間にか逃げ道のない場所へ誘導されていることに気が付かなかった。



「あっ! くそやられたっ!!」


「これでも耐えられますか!」



 パークスの右手の空間が大きく歪む。



(まずい! さすがにこれ以上は攻撃をもらいすぎだ!)



「くっそぉ! 《 炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイム 》!!」



 咄嗟に炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイムを唱える。


 マサトが突き出した左手から、紅色の光の粒子が舞い散り、三つの火の玉が回転しながら急速に膨らんでいく。



簡易詠唱ショートキャスト!? いや、それも適性なのか!? だが!」



 簡易詠唱ショートキャストとは、長い詠唱を省略し、呪文名のみで魔法を行使する魔法技能スキルだ。


 本来、簡易詠唱ショートキャストで魔法を行使した場合、その魔法は通常の詠唱時に比べて、威力や効果が半減したり、消費魔力マナが増えてしまう。


 だが、この魔法技能スキルを適性や加護として得ている者は、そのリスクなしで簡易詠唱ショートキャストを扱うことができるのだが、実際に簡易詠唱ショートキャストを持つ適性保持者は少ない。


 大抵の者が、訓練によって簡易詠唱ショートキャストによるデメリットを極力減らし、一つの魔法技能スキルとして会得しているのが一般的だ。


 それでも、簡易詠唱ショートキャストにより行使された魔法は大幅に弱体化してしまうのだが、マサトが苦もなく発現してみせた炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイムは、全く弱体化など感じさせないどころか、濃密で膨大な魔力マナに満ち溢れていた。


 因みに、攻撃系の適性や加護の発動は、詠唱というものが存在しないため、基本、簡易詠唱ショートキャストと同じ、呪文名、または適性名だけでの行使が可能である。


 以上の理由により、パークスは、マサトが簡易詠唱ショートキャストか、炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイムの適性所持者だろうと推察したのだった。


 実際はそのどちらでもないのだが……



 マサトの行動に、パークスが素早く左手を向けると同時に、何かを呟いた。



「 《 魔力引力マナアトラクション 》 」



 パークスの呟きの直後、マサトの左手を舞っていた光の粒子が、まるで粒子だけが掃除機で吸引されているかのように、凄まじい勢いでパークスの左手へと吸い込まれ続けた。



「なっ!?」



 炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイムの火の玉が、以前の三分の一程度の大きさで成長が止まる。


 それだけでなく、心なしか身体からも何かが抜けていっている気がした。



(何かやばい!?)



 咄嗟に火の玉を放つマサト。


 三つの火の玉が白い煙の尾を引きながら、パークスへと迫る。


 だが次の瞬間、またもやマサトの想定を覆す事態が起きた。


 パークスへと放った火の玉が、突如光の粒子となって霧散したのだ。



炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイムが搔き消された!?)



 パークスがニヤリと笑う。



「無駄ですよ」



(あいつ! まだ何か隠し持ってんのか!?)



「次は私の番です。ハァッ!」



 パークスが先ほどよりも大袈裟に腕を振り抜くと、目の前の空間が大きく歪んだ。



「やばい!? ぐぐっ……」



 まるでトラックか何かが衝突してきたくらいの衝撃に襲われ、腕を顔の前でクロスさせながら耐えるマサトを、強引に壁へと弾き飛ばした。



「ぐはぁっ!?」



 壁へ激突し、短く声を漏らすマサト。


 そのまま地面に膝を折る形で着地する。



「これでもまだ生きているとは……」



 上半身の服はボロボロだ。


 だが、そこから覗く素肌に傷はなかった。



(痛ぇ…… まじ痛ぇ…… 泣きそう……)



「いや…… まさか…… 無傷だと……?」



 傷のないマサトを見て、驚くパークス。


 一方で、マサトは焦っていた。


 残りのライフが気になったが、ステータスを呑気に確認している余裕などない。



(魔法もダメ、接近戦も近付けないからダメとなると、何ができる…… 何が……)



 二手、三手先まで覆されると、人は急に自信を失い、本来であれば有効な手ですら悪手に見えてくる時がある。今のマサトはまさにその精神状態だった。


 だが、マサトにとっては幸いなことに、パークスも同じように動揺していた。


 絶対の自信を持っていた鎌鼬かまいたちによる渾身の攻撃で、かすり傷一つ負わせることが出来なかったのである。


 追い詰めているはずのパークスの表情が曇っていく。


 そのまま攻め続ければ、あるいはパークスが勝っていたかもしれない。


 しかし、鎌鼬かまいたちがマサトに効かないと判断したパークスは、鎌鼬かまいたちでの攻撃を止め、違う手段での決着を選択した。



「攻撃に対して圧倒的に強い適性か加護を持っているようですが…… 手は他にもあります」



 そう言うと、両手をマサトへと伸ばすパークス。



「 《 魔力消失マナロスト 》 」



 パークスの両手から、灰色の波紋が広がり、それが周囲の色をくすませていく。


 マサトの頬を乾いた風が撫でた。


 その刹那、全身を気怠さが駆け巡る。



「な、なんだこれ…… だっる……」



(明らかに何かされてる…… だが、身体が怠くなっただけで、それ以上何かが起きる訳でもない? なら今のうちに反撃の手段を考えないと……)



 マサトの身体からは、淡い光の粒子が、焚き火から火の粉が舞うようにパラパラと舞い上がっているが、マサトは気付いていない。


 一方で、その光景を見たパークスの表情は次第に険しくなっていった。




◇◇◇




(なんだあの光は…… まさかあれが奴の保有する魔力マナの光だというのか……?)



 パークスは目の前で膝を折りながら、こちらの様子を窺っているマサトを見て、心に抱いた不安が急速に大きくなっていくのを感じていた。



(なぜ奴は倒れない? これだけの魔力消失マナロストを受けて、なぜ魔力欠乏の症状すら出ない…… 一体どれほどの魔力貯蔵量マナタンクがあるというのだ!?)



 すると、マサトが立ち上がった。


 右手に持つ光の剣が、パチパチと明滅しながら刀身の角度を変えたのが見える。



(くっ…… この状態で動けるのか!? だが、それは私も同じ!!)



 マサトが光の剣を構えると、腰を少し屈めた。


 その刹那――



「な、何っ!?」



 ボボボッと爆音とともに、マサトが閃光に包まれる。



(ま、不味い!)



 パークスが身を捩りながら右手を振るう。


 マサトの短い呻き声が聞こえ、すぐ近くを青白く光る剣線が通り過ぎた。



「くっ!?」



 地面に転がるパークス。


 そして、視線の先で同じように地面へ転がった――炎の翼を生やしたマサト。


 そのマサトを見て、パークスは自身の手に負える相手ではないことを悟った。



(こ、これほどとは…… 魔力消失マナロストを全力で受けて動けるだけでも異常なのに、その状態で魔法技能スキルも使えるのか…… こちらは、最大の武器である鎌鼬かまいたちでさえ、致命傷どころか、傷をつけることすらできないというのに…… フッ…… あの鎌鼬かまいたちが、相手の体勢を崩す程度の効果しか得られないとは、な……)



「フッ…… フハハハッ!!」



 パークスの笑い声が部屋に木霊する。


 体勢を立て直したマサトが、怪訝な顔をしながらパークスに問い掛けた。



「何が可笑しい」


「完敗です」


「……何?」


「私の負けです。素直に負けを認めましょう。私は君には勝てない」



 マサトが警戒を強める。


 流石のマサトも、デクストの裏切り直後では、敵の言葉にすぐ武器を下ろすような真似はしなかった。


 だが、攻撃は止まった。



「何のつもりだ」



 マサトがパークスへと問い掛ける。



(フッ、警戒はしつつも、私の言葉の真意を確かめようと攻撃を止めるとは。甘いな)



 パークスは、マサトがもう一度攻撃してきた場合、同じように攻撃を回避できるとは考えていなかった。


 触れた箇所を一瞬で消失させる斬れ味を持つ光の剣と、離れた相手に一瞬で近付けるほどの推進力を生み出す炎の翼。


 そして、こちらの攻撃をものともしない鋼の身体に、底の見えない魔力貯蔵量マナタンク


 異質な召喚術を抜きにしても、当人の戦闘力が純粋にずば抜けている。


 それは、Aランク冒険者であるパークスをもってしても、敵わないと悟らせる程の戦闘力の高さだった。



(彼が甘い考えの持ち主で助かったというべきか。彼なら後家蜘蛛ゴケグモを相手にしても遅れをとることはしないはず。となれば、後家蜘蛛ゴケグモもここで終わる可能性も高いな)



 本来であれば、長期戦になれば有利になるのはパークスの方であった。


 そのための能力をパークスは保有している。



 周囲の魔力マナを消すことができる適性――魔力消失マナロスト


 対象の魔力マナを引き付けることができる適性――魔力引力マナアトラクション


 そして、魔力マナを使わず周囲の風を操り、真空の刃として放つことができる上位適性――鎌鼬かまいたち



 魔力引力マナアトラクション魔力消失マナロストで、その場の魔力マナ掌握コントロールしつつ、自身は魔力マナに左右されない鎌鼬かまいたちによる攻撃を行う。


 これがパークスの必勝パターンだった。


 現に、この力の前では、今まで対峙してきたどんな相手も無力だった。


 魔法使いソーサラーは当然のこと、戦士職ファイター武道家モンクですら、魔力マナを活用して自身の筋力底上げを行うため、魔力マナを封じられた状態で、相手が強力な遠距離攻撃を持つとなれば、なす術がない。対峙する側にとっては脅威だろう。


 また、パークスは、魔力消失マナロストが効かない相手などいないとも考えていた。


 日常生活ですら、いや、生きるために人は微力ながらも魔力マナを使うのだ。その魔力マナを消失させる適性を持つパークスは異端だったといえる。



魔力消失マナロストの適性のせいで、世の中から排斥されていたあぶれ者の私に、チャンスを与えてくれた黒崖クロガケに恩はある。だが、その恩には十分応えたはずだ。このあたりが潮時だろう)


 

 パークスには、辛い過去があった。


 元々は魔力消失マナロストの適性しか持っていなかったため、幼少期は厄病神として悲痛な日々を送っていた。


 この世界の人間は、誰しもが必ず魔力マナを持っている。そのため、魔力消失マナロストの適性を持つパークスが触れると、ほとんどの者が体調を壊した。パークスも、始めは魔力消失マナロストの力を制御することができなかったのだ。


 パークスの母は、魔力消失マナロストの影響で命を落とした。幼いパークスを抱く度に、母乳を与える度に、魔力マナを失い、体調を崩し続けた。その結果、パークスを生んで数年で命を落としてしまう。


 それからのパークスは生き地獄だった。父も同様にして失い、家を追われ、幼くして一人で生きる道を選ぶことになる。だが、元々器量の良い子だったためか、何とか働き手を見つけては最低限の生活を維持し続けることができたため、極貧スラム落ちまではしなかった。


 大人になったパークスは、自身の魔力消失マナロストを最も活かせる仕事――暗殺へ手を染めるようになり、そこで後家蜘蛛ゴケグモに出会う。


 そして、新たに二つの適性を得たことで大成していった。


 新たに得た第一の適性――魔力引力マナアトラクションにより、周囲の魔力マナを引き付け、持ち前の適性である魔力消失マナロストにより掻き消すことができる。


 魔法は一切効かないが、自分も使えない。ただし、自分は新たに得た第二の適性――鎌鼬かまいたちによる遠距離攻撃が可能である。


 この必勝パターンで、多くの依頼をこなし、ついにはAランク冒険者まで上り詰め、その才能を買われてティー公爵のお抱え冒険者にまで成り上がったのだった。



「この先は、蜘蛛の巣のように通路が分岐している。案内はあった方がいいでしょう」


「それを信じるとでも?」


「私は後家蜘蛛ゴケグモの構成員ですが、ティー公爵のお抱え冒険者でもあります。いや、ティー公爵亡き今は “だった” というべきか。街を救った大英雄に、恩を感じていない訳ではない」



 マサトは、警戒しながらもこちらを攻撃してくる様子はない。


 その様子に、パークスはこの場を切り抜けられると確信した。



「私はパークス。ティー公爵唯一の側近であり、Aランク冒険者ですが…… その裏の顔は、後家蜘蛛ゴケグモの最高戦力――コードネーム A0特殊型と呼ばれる、黒崖クロガケの作品の一人ですよ」



 そう言いながら、パークスは両手をあげた。



「素性は明かしました。この通り、もうあなたとやりあうつもりはない。殺したければ殺せばいい。困るのはそちらです」


「お、おい! 動くな! ま、待て!」



 マサトの言葉を背に浴びながら、パークスは歩き始めた。

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