118 - 「後家蜘蛛抗争3」


「お、おい! 勝手に行くな! おい!」


「早く黒崖クロガケのもとへ向かわなければ、連れの女の子が手遅れになると思いますが……」



 マサトの言葉を背中に受けながら、その歩みを止めようとしないパークス。


 だが、マサトはパークスの歩みを止めさせるよりも、パークスが話した内容が気になってしまった。



「連れ…… ベルのことか!? 手遅れって、どういうことだ!?」



 マサトの問い掛けに、両手をあげたパークスが淡々と答える。



後家蜘蛛ゴケグモのマスターである黒崖クロガケは、[適性移植] と呼ばれる特殊適性の持ち主です」


「適性移植……? それは」


「はい。そのままの意味です。対象から適性や加護を抜き出し、他の者へ移植する。その際、適性や加護を抜かれた者は死にます」


「死……」



 マサトは自身の血の気が引くのを感じた。


 身近にいた仲間が、こうも簡単に死の危険に晒されるという恐怖を実感したのだ。


 ベルの安否を心配する気持ちが強まり、それが焦り、不安となって、パークスへの警戒心を上書きしてしまう。


 結局、マサトはパークスを立ち止まらせることはできなかった。



(くっそ…… 良いように押し切られてどうする俺!)



 これは罠かもしれない。


 信じては駄目だと思っていても、降伏してきた相手を無碍に殺せない自分がいる。


 それどころか、ベルを助けるために力を貸してもらおうとすら考えてしまっている。



(これが日本人の平和ボケ思想というやつかよ…… 映画の主役みたいに、情報聞き出すために拷問とかできないんじゃ、この世界ではやっていけないだろ!)



 マサトが左手に炎を纏い始める。


 [火の加護] の恩恵の一つである [火魔法攻撃Lv2] だ。



「少しでも変な真似をしてみろ……」


「自分の状況は理解しています。あなたを騙す様な真似はしない」



 信用してはいけない。


 そう考えたマサトは、目の前の男に神経を集中させた。


 マサトの威圧プレッシャーを背中に受けながらも、パークスは迷うことなく分岐の多い道を進んでいく。


 すると、前方から足音が響いてきた。


 マサトの脳裏を、やっぱり謀られた! すぐ殺しておくべきだった! という思考が過ぎる。


 だが、パークスは両手をあげたまま、顔だけ後ろへ少し向けると、マサトへこう言った。



「前方から敵が来ますが、私が排除します。私が下手な真似を少しでもしたと思ったら、後ろから斬り殺して構いません」


「なっ……」



 依然として、パークスのペースに乗せられたままのマサト。


 マサトが二の句を告げる前に、前から黒いローブ姿の者達が四人、姿を現した。



「止まれ!!」


「侵入者かっ!?」


「いや、よく見ろ! パークス殿だ」


「パークス殿、侵入者は……」



 目の前の者達が警戒を緩めた直後、一番手前の者の上半身が、名刀で袈裟斬りされたかのように、斜めにずれ落ちた。



「……えっ?」



 飛び散る血飛沫。


 斬られた者は、自分が何をされた理解する間も無く絶命した。



「な、何をっ!?」


「血迷ったかっ! パークス!!」


「殺せぇっ!!」



 途端に殺気付く後家蜘蛛ゴケグモの構成員達。


 だが、最初から殺す気で準備していたパークスの敵ではなかった。


 元々の戦闘力ですら天地の差があるのだ。


 一介の構成員如きが、後家蜘蛛ゴケグモの最高戦力であるパークスに敵うはずもなく……



 パークスの腕が振るわれる度に、黒い幹から赤い花が咲いた。



「うぐぁっ!?」


「ぎゃぃやぁあ!?」


「や、止めろ…… ガァハァッ!?」



 あっという間に、肉の塊が出来上がる。


 マサトが、躊躇わず仲間だった者を殺して見せたパークスの背と、その血溜まりを交互に見つめた。


 すると、パークスが再び顔だけを半分後ろへ向けながら、こう告げた。



「私を非難するつもりですか? 私が殺らなければ、あなたが殺していただけです。であれば、手間の少ない方がいい」



 マサトの返答を待たずして、何事もなかったかのように歩みを再開するパークス。



(や、やばい…… 理解が追いつかない)



 パークスの言ったとおり、道は酷く入り組んでいた。


 案内なしで迷わず突破できたかどうかも怪しい。


 なぜなら、ベルが召喚したゴブリンの気配が、全て消えてしまったからだ。



(ベルが危ない…… 早く、早く行かないと……)



 焦る気持ちと、このままパークスを信じていいのかと疑う気持ちがぶつかり合う。


 結局、何も決断出来ずにいると、パークスが突然歩みを止めた。



「ここです」



 パークスが壁に触れると、壁が動き、新たな道が現れた。



「隠し通路……」


「内部を知らぬ者であれば、決してここへは辿り着けない。あなたがどんな特殊な加護を得ているかは分かりませんが、少なくとも普通の者であれば不可能でしょう」


「分かった。先に入れ」


「はい」



 パークスが新たに現れた通路へ先に入る。


 それに続くマサト。


 すると通路の両脇が鉄格子に変わった。



「これは……」


「ここでは適性提供者ドナーと呼んでいます。身を売った者、売られた者、中には無理矢理連れて来られた者もいますが、ここから生きて出られることはありません。皆、死を待つ者達です」


「ここにベルが!?」


「いえ、恐らくここにはいないでしょう。居るとすれば、この先――後家蜘蛛ゴケグモの幹部が居る部屋です」


「くっ…… 早く」



 そう告げようとしたマサトに、パークスが突然振り返った。



「私が案内できるのはここまでです」


「な、何を」


「案内はしました。ですが、私も後家蜘蛛ゴケグモの構成員だった者。幹部の者と事を交えるつもりはありません」


「今更…… 俺が見逃すとでも……?」


「もし後家蜘蛛ゴケグモの幹部と戦うことになれば、あなたは私が裏切るかもしれないという不安を抱えながら戦うことになる。それならば、ここで殺しておいた方が、後の憂いは少ないはず」


「お前を殺せ、と? 自分で何を言っているのか分かっているのか?」


「はい。それが今は適切な判断かと」



 マサトは大いに混乱した。



(な、何言ってんのこいつ…… い、意味が分からない…… 殺すことで何か起きる能力? まさかな…… ど、どうする? 殺すか? あぁああ面倒くせぇえ!!)



「 《 和平の心パシフィスト 》 」


「なっ!?」



 マサトが突如詠唱を行使し、その行動にパークスが驚愕の表情を浮かべた。


 白い光の粒子が、瞬時にパークスを包み込むと、パークスの顔から険が消えていく。


 マサトの甘さにつけ込むことには成功していたパークスだったが、最後の最後で見誤った。


 パークス唯一の誤算は、マサトが行使できる多彩な能力を知らなかったことにあったのだろう。

 


(最初からマナをケチらずに使っておけば良かったのか……? いや、カードは有限だ。慎重にいこう)



 マサトの前には、先ほどの鋭い目付きが嘘だったかのように、柔和な微笑みを浮かべる男が立っていた。



「マサトさん、武器をしまってください。争いごとはいけません。戦争は断固として反対です。話し合いでの解決を目指すべきです」


「……え?」



 顔を引き攣らせるマサト。


 和平の心パシフィスト――対象を無力化する付与魔法エンチャントだ。


 付与された相手は、頭がお花畑になるとか、和平に目覚めるとか、VRではその個体差を楽しめるのも一つの遊び要素となっていたのだが、パークスはどうやら後者だったようだ。


 そんなマサトと、後家蜘蛛ゴケグモの幹部クラスの男のやり取りに、鉄格子を隔てて奇異な視線を向ける者達がいた。


 その中の一人が鉄格子へと近付き――



「ここから出して。おねがいします。いい子にします。だから、ここから出してください」



 震える声で、そう懇願した。


 マサトが目を向けると、頭に狐耳を生やした、両目の色が違う女の子が立っていた。



「おうちにかえして。おねがい。おねがいします。いい子にします。いい子にするから…… おうちにかえしてください。おうちに…… おうちにかえして…… おうちにかえりたい…… かえりたいよぉ……」

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