113 - 「得たものと失ったもの」


 私の夫となる男――マサトとの話し合いは、暫く思い出したくもないけど――色々あった。


 王家の証でもあった 《 王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キング 》 は、今でも信じられない――信じたくはないが、消えてしまった。


 綺麗さっぱり、マサトに消されてしまった。


 でも、代わりに素晴らしい加護を貰った。



 “聖なる神の力の加護”



 マサト本人は、《 神聖な力ホーリーストレンクス 》 だと言った。


 でも、私はこれが神の力だと思っている。


 もちろん、私も最初は疑心暗鬼だった。


 だが、そんな私でさえも、その加護を貰って考えが一変した。


 それほどの力が、その加護にはあった。


 加護は、すぐに使って試した。


  《 王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キング 》 を使うのと同じ要領で魔力マナを込めると、今までの淡黄色の光とは違う、純白の光が身体から溢れた。


 それと同時に、身体の底から漲る力。


 身体が、それこそ背中に羽が生えたかのように軽くなり、それでいて、力は以前の数倍にまで跳ね上がった。


 今までは何をしても全く敵わなかったオーリアに、組手稽古を挑んでも力負けすることがなくなったほどだ。


 凄い加護を貰った。


 素直にそう思えた。


 今までの 《 王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キング 》 は、発現させて脅すか、実際に発動して相手の加護を消すか、その二択しか使い道がなかった。


  《 王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キング 》 を使えば、皆が恐怖し、恐れ慄きながら跪いた。


 その度に、私の心は悲鳴をあげていたのかもしれない。


 恐怖による統治など、私の望んだ善政の形ではなかったから……


 でも、《 王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キング 》 で脅さなければ、腹の肥えた卑しい貴族達を従わせることが出来なかったのも、また事実だった。


 だけど、これからは違う。


 そう思える力が、この加護にはある。


 マサトから貰った 《 神聖な力ホーリーストレンクス 》 は、私の力を、純粋に英雄と呼ばれる者達の領域まで高めてくれた。


 加護を得ただけで――まだ身体能力だけだけど――王国筆頭の実力を持つ、近衛騎士団クイーンズガードの団長、オーリアをも超えられる。


 本当に凄い加護だと思う。



 卒倒したレティセは、その後すぐ目を覚ました。


 事の結果を聞いて、今度は別の意味で卒倒しかけたけど、マサトとの婚約と、代わりに得た加護を絶賛してくれた。


  《 神聖な力ホーリーストレンクス 》 は、死地であったローズヘイムまで共に駆け付けてくれた、近衛騎士団クイーンズガードの精鋭達にもお披露目した。


  《 王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キング 》 の時とは違い、 《 神聖な力ホーリーストレンクス 》 の純白の光――聖なる光による神々しさを目の当たりにした精鋭達が、私を、神の加護を得た使者として崇めた。


 その瞳には、尊敬や憧れの色が含まれていた。


 少し自信がついた私は、次にローズヘイムの民へ、演説を行った。


 勿論、マサトを私の婚約者として、また、ローズヘイムの新しい国王として、更にはローズヘイムを新しい国家として認める旨の説明を行った。


 その時の歓声は、それはとても大きなものになった。


 だけど、私が最も印象に残ったのは、別の事だった。


 それは、《 神聖な力ホーリーストレンクス 》 を民の前で発動した時のことだ。


 近衛騎士団クイーンズガードの精鋭達へ、初めて 《 神聖な力ホーリーストレンクス 》 を見せたときの反応以上のことが起きた。



 民は一様に、女王自ら民を救おうと死力を尽くした、勇敢で、献身的な行動が神々に認められた結果だと、大声援で私を讃えてくれた。


 今までは、恐怖の混ざった瞳を向けられていた私が、新しい加護を得ただけで、尊敬や憧れの眼差しを向けられるようになったのだ。


 確かに、私は近衛騎士団クイーンズガードを率いてローズヘイムへやってきた。


 民を救うために。


 でも、結果はどうだろうか?


 何も救えず、何も出来なかった。


 それだけじゃない。


 個々の力で、人族を上回る土蛙人ゲノーモス・トードに、数でも圧倒されて、為す術もなく全滅させられるところだった。


 助けたのはマサトであって、私じゃない。


 それなのに、民は私の行動に感動し、涙を流して喜んでくれた。


 褒めてくれた。


 それが、とても嬉しかった。


 嬉しさのあまり、民の前で初めて泣いた。


 その時、すぐ私の隣にいたマサトが、背中を優しく摩ってくれたのも、強く心に残ってる。


 私が、女王としての地位を盤石にさせるための、形式だけの婚約のつもりだったのに……



「姫様、いい加減鼻の下を伸ばすのは、みっともないのでおやめください」


「伸ばしてない!」


「では、ニヤケ顔をおやめください」


「ニヤケてもいないから!」


「では、猿の真似か何かでしょうか」


「さ…… レティセ!!」



 マサトと婚約してから、レティセの言葉に棘が目立つようになった。


 

(レティセがマサトに好意を向けていたのは知っていたけど…… 仕方ないじゃない…… ああするしか落とし所が思いつかなかったんだから。それに、レティセだって、絶賛してくれたのに、こう今でもネチネチと……)



 私の機嫌が悪くなり掛けてきたのを察したのか、レティセは「こほん」と、あからさまな咳で会話を仕切り直すと、深刻な表情を浮かべて本題を切り出した。



「それで、王都の件は如何しますか?」



 そう、私は大きな問題を抱えていた。


 状況的には、土蛙人ゲノーモス・トードの襲撃よりも重い問題。


 ローズヘイムを新しい国として、マサト王のもとに独立させると宣伝した翌日、王都から命からがら逃げ出してきた兵士が、ローズヘイムへ凶報を持ち込んだ。



 

『ハインリヒ公国が、王都ガザを占領した』




 何の抵抗もせず、アローガンス王国側がハインリヒ公国の軍を受け入れ、アローガンス王国は降伏を宣言。


 ローズヘイムを除く、フログガーデン大陸の全土が、事実上、ハインリヒ公国領となった。


 その報を初めて聞いた時、私はまた我を失いかけた。



 アローガンス王国には、王都を守る三つの主要要塞都市がある。


 ガザの南西の要塞都市――ヴィッテン侯爵が治めるフィデリティ砦。


 ガザの南東の要塞都市――リウドリフ侯爵が治めるライヤルティ砦。


 そして最後、フログガーデン南部、ハインリヒ公国との国境にある、アローガンス王国最南の要塞都市――ザクセン辺境伯の治めるアリジェンス砦の三つだ。


 その三つの要塞都市を、私がローズヘイムへ向かってからの数日間で攻め落し、王都まで占領するというのは不可能に近い。つまり、このハインリヒ公国の進軍は、予め仕組まれていたということになる。



「優柔不断なリウドリフだけなら、百歩譲って理解できるわ。でも、ヴィッテン卿とザクセン卿まで私を裏切っていたなんて!」


「ヴィッテン卿は、一度交わした約束は守る、忠義に厚いお方です。公国側に何か情報操作されたに違いありません。もしくは、背に腹はかえられぬ事情があったのではないでしょうか。姫様が健在だということを示せれば、きっと助けになってくれるはずです」


「そうね…… そうかもしれないわ」


「リウドリフ卿はその場の感情に左右される気紛れなお方なので、アローガンス王国を劣勢と見て見限ったとも判断できますが、国への忠義の厚いザクセン卿が寝返るとはとても……」


「ザクセン卿は…… それが国の為ならばと考えれば、寝返る可能性は十分にあるわ。問題はその理由よ。あのザクセン卿が寝返るような理由が、王国側にあったっていうの?」


「そのような理由は……」


「今考えて分かるようなことなら、こんな事態は招いてないわね……」



 二人の間に短い沈黙が流れる。


 普段は助言する立場のレティセも、この時ばかりは何を助言すればいいのか分からなかった。圧倒的に情報が不足していたのだ。



「せめて、ルーデント卿やブライ卿に連絡が取れればいいのですが……」


「期待はできないわね。その二人が健在なら、私かレティセ宛に何かしら便りを出しているはずよ。それが無いということは、連絡を出せない状況にあるか、内通者かのどちらかよ」



 私の言葉に、レティセが息を呑む。



「内通者…… ブライ卿ならまだしも、ルーデント卿もですか?」



 レティセはそう疑ったが、私の考えは違う。



「あの狸――ブライの方が、ルーデントより内通者の可能性は低いと思うわ」


「それは…… どうしてですか?」


「だってあの狸、自分の目先の利益のことしか頭にないもの。ブライが私に隠れて経営している商売――見世物小屋や男娼の館、あとは亜人解体小屋や他にもいくつか酷い商売があったはず。ハインリヒ公国ではその殆どが禁止されているのよ。ハインリヒ公国領となって損をするようなことを、あのブライが許す可能性は低いわ」


「それは褒めていいのか悪いのか…… それにしても、姫様はよくご存知でしたね。ブライ卿の副業を」


「何度か見に…… いえ、何でもないわ。それよりも、今後どうするかが重要よ!」



 代々続いてきたアローガンス王国が、ハインリヒ公国領となってしまったことは、今でも信じられない程の事件だったが、意外にも今の私は、自分でも不思議になるくらいに冷静だった。



(不思議ね。国も、適性も。王として代々受け継いできたもの全てを失ったのに。思ったほど落ち込まなかったわ。私も少しは成長したのかしら? それとも……)



 今の私がここまで冷静でいられるのも、過去の私にはなかったもの――どんなに望んでも、決して手に入れることができないと諦めていた、精神的な支柱の存在――夢の様な最終兵器――マサトを手に入れた影響かもしれない。



「きっと、私の旦那がどうにかしてくれるわ!」



 勢いでそう宣言したのはいいが、レティセの呆れるような視線を受けて、自分の発言がとても恥ずかしくなった。



(今の私は、きっと茹で蛸のように真っ赤な顔をしているわね…… ああ、なんて恥ずかしい発言しちゃったの私! 最近何かおかしいわ!)



 部屋には、レティセがついた深い溜息が木霊していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る