114 - 「運命の歯車」
ハインリヒ公国の侵略、そしてアローガンス王国の敗北は、ローズヘイム内へ瞬く間に広がった。
すると、案の定、ハインリヒ公国に下ろうとする者や、無条件降伏するべきだと主張する貴族が次々に現れた。中には、フロン女王を差し出そうと喚く者もいた。
以前の女王であれば、ローズヘイムの民は女王ではなく、地元の貴族達に従っただろう。
だが、窮地を救った女王の行動を評価する者は多い。
それだけではない。
そのためか、女王を糾弾する貴族達に従う者は少なく、然程大きな混乱までは発展しなかったのだ。
そんな中、マサトは
「さて…… 何だか急に話が発展し過ぎて、既についていけてない訳ですが、何か質問のある人」
いまいち、覇気の感じられないマサトに、マーレが溜息混じりに話し始める。
「何だい、だらしないねぇ。リーダーがそんなんでどうすんだい。仮にも一国の王になったんだろ? もっとこう、俺に付いて来い! とか、俺がいる限り奴らの好きにはさせない! とか、カッコいいこと言えないもんかねぇ? 公国の奴らに舐められたいのかい?」
「舐められたい訳じゃないけど…… うーん、相手の国がどういう国で、俺達をどうしようとしているのか全く見えないからなぁ…… もしかしたら友好的な人達かも知れないし?」
「はぁ、うちのリーダーは、何でこうもお花畑なんだか」
「マーレさん、マサトさんはお人好しなだけです。決して頭がお花畑な訳じゃないですよ!」
「パンちゃん……」
(それフォローになってない……)
パンが顔を真っ赤にさせて反論すると、マーレは肩を揺らしながら「かっかっか」と笑った。
マサトは気にせずに話を進める。
「それより、ハインリヒ公国ってどんな国なの?」
その問いかけには、ワーグが答えた。
「魔導兵なる自立兵器を生み出した――魔導学が盛んな国じゃな。国は豊かだが、貧富の差はアローガンス王国よりも激しい。後は、貴族や豪商、言わば金の力が直接権力の強さに直結する場所だ。全ては、最新の魔導兵を何体保有しているかで優劣が決まるからじゃが……」
一度、言葉を区切ったワーグが、顎髭を触りながら「うーむ」と唸り始めた。
「他にも何か懸念が?」
「噂程度の話なんじゃが、魔導兵の数に比例して、フログガーデンの南部の土地が、次々に砂漠化してると聞いたのを思い出してな。じゃが、因果関係を証明するようなものは何もない。あくまでも噂だ」
「魔導学…… 化学のようなものかな? 魔導兵って見るからにロボットのイメージが湧く単語だけど…… 因みに、魔導兵って
「なんじゃ、知っておるのか?」
「何となく想像しただけ。じゃあ、よくあるパターンで、魔導兵作るのに土地の
マサトの言葉に、場が静まる。
皆がマサトを驚いた表情で見つめていた。
「……あれ、何か見当違いのこと言ったかな? ただのイメージだから、間違ってたら気にせずスルーして欲しい」
すると、それまでなぜかトレンの背後――誰にも気付かれない位置から、トレンの背後をずっと無機質な目で見つめていたレイアが、マサトへ視線を移し、ゆっくりと口を開いた。
「……いや、確かにマサトの言う通りだ。魔導兵は、動力源として
レイアの言葉に、トレンが続く。
「全てが繋がるな。領地の砂漠化に危機感を覚えたハインリヒ公国は、アローガンス王国領地である北の大地を欲しがった、と。となると、ハインリヒ公国が最も欲しいのは、潤沢な
「「ガルドラの地」」
皆の声が重なる。
話についていけていなかったセファロやマーチェでも、ハインリヒ公国が次にやってくる場所を理解したようだった。
「それ、戦争待ったなしじゃないですか……」
苦笑いを浮かべるマサトに、レイアが淡々と告げる。
「そうだな。マサトが戦わなければ、ネスの里は、遅かれ早かれハインリヒ公国に飲み込まれるだろう。里には、ハインリヒ公国から逃げてきた者もいる。穏便にはいかないだろうな」
「げぇ……」
「マサト、お前はどうするつもりだ?」
レイアの問いかけを合図に、皆が真剣な眼差しをマサトへと向けた。
「えーっと、決断を下す前に聞いておきたいことがあるかな」
「なんだ?」
「ハインリヒ公国と戦争反対の人は?」
皆が顔を合わせるが、誰も手を上げない。
そして再びマサトへ向ける眼を見て、皆が何を求めているのかが、何となく理解できた。
「はぁ、何で皆はこんなに好戦的なの? 俺はハインリヒ公国に何の恨みもないから、正直あまり乗り気じゃないけど……」
そこまで言うと、皆が少し苦い顔をした。
だが、マサトは皆にはっきりとさせないといけないと思っていたことをそのまま告げた。
「誤解のないように、これだけは先に伝えておくよ。俺は侵略戦争をするつもりはない。でも、降りかかる火の粉は全力で払う。後、邪魔してくる奴は徹底的に排除! 以上!」
マサトの宣言に、皆の顔に笑顔が浮かぶ。
マサトの視線を受けたレイアも、微笑みながら答えた。
「それでいい。私はマサトを支えるだけだ」
その言葉に、皆が続く。
「かっかっか! いいんじゃないのさ! うちのリーダーらしいさね!」
「うむ、儂も異論はない」
「おれっちも、マサトっちに付いてくぜ」
「はい! わたしも、マサトさんのお役に立てれるように、精一杯頑張ります!」
「かっかっか! パンの今の発言には、ちょっとばかり不純な動機が混ざってそうさね」
「な、なななにを言うんですか! マーレさん! 酷い言い掛かりはやめてください!」
「かっかっか!」
「ボス、以前にも直接言ったが、おれの気持ちは変わってない。この国の財政管理は任せろ」
「トレンのサポートは、あ、あああたしにお任せあれぇえ! マサト様ぁああ!!」
「ちっ、後で寝室へダニ虫を忍ばせてやる……」
「セファロ、そんな事ばっかり言ってると、
「えっ!? ちょっ、ジディ!? 追い出されるよ、じゃなくて、追い出すよ!? 聞き間違い? 聞き間違いだよね??」
「言い間違えてないよ。あまりマサトさんに嫌味ばっかり言ってると、私がセファロを追い出すよって言ったの」
「そ、そんなぁあああ!? ラックス何か言ってやってくれよぉ!?」
「無理でござる。マサト殿に許可していただいた虫養殖計画の邪魔をする者は、例えセファロでも許さぬ故…… 相済まぬ!」
「う、裏切りきたこれ……」
若干一名を除き、皆の意思が固まる。
「そういえば、ベル遅くない? 誰か知らない?」
マサトの問いかけに、皆が首を横に振る。
「……えっ? 最後にベル見た人は?」
「あ、はい。昨日の朝は、ベルさんと一緒に朝食食べました。それからは見てないです」
パンが昨日の朝に見た以外、誰もベルを見ていない。
その事実に、背中に冷たいものが走る。
「……まさか、
マーレがそう呟いたその瞬間、マサトに新たな繋がりが増えた。
「げっ! ベルが、ゴブリン呼びの指輪使った! た、助けに行かないと!!」
「何だって!? それはどこだい!?」
マーレの質問に答えようとした刹那、今度は扉を勢いよく開けて飛び込んでくる男がいた。
「マ、マサト王!!」
「今度は何だ!?」
王国の兵士であり、クラン「アンラッキー」のリーダー、スフォーチだった。額に玉のような汗を浮かべながら、肩で息をしている。相当急いで走ってきたようだ。
「一部の貴族が中心となって、街中で暴動を起こし始めました! 女王陛下がマサト王に応援をと!」
「えぇー!? こんな時に!? もうそんな巫山戯た貴族達はいらないでしょ! ここに居たくないなら、外に放り出しちゃえば!? ってか、その件はトレンに任せた! 自由にしていいから!」
「ふっ、分かった。任せろ」
「あっと、
「ああ! そっちも頑張れよ!」
「おうよ!」
「マサト!」
部屋を出て行こうとしたマサトを、レイアが呼び止めた。
「あ、レイアは女王様の護衛を頼んだ! 俺がいない間に暗殺されたりしたら笑えないから!」
「……分かった。だが、ちゃんと無事に戻って来ると約束しろ!」
「約束する! まぁ俺は負けないから大丈夫。それにちゃんとベルも救い出すよ。それじゃあ皆頼んだ!」
マサトが走って退出する。
それを見届けた面々が、それぞれの決意を胸に、ゆっくりと立ち上がった。
「さぁて、あたしらもいっちょ仕事するかね」
「今回は、流石に姐さんまで、出番が回ってこないと思うぜ?」
「かっかっか! そういうとき程、意外なところで出番がくるもんさね。フェイス、油断してドジるんじゃないよ」
「へいへい」
「うむ、このタイミングでの貴族の暴動、もしや既にハインリヒの手の者が入り込んでるかもしれん。気を付けた方が良いな」
「ああ、そうだな。ハインリヒがこう何日も何もしてこないとは考え難い。既に水面下では動いてるはずだ。マーチェは、普段見ない顔が出歩いてないか、情報を集めてこい。おれは
「トレン、また悪い顔してる……」
マサトを中心に、
ローズヘイム、アローガンス王国――
そして、ついにはハインリヒ公国を巻き込み、フログガーデン大陸全ての運命の輪が、マサトという歯車によって、ゆっくりと回り始めていくのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます